ワールドリワインド   作:恒例行事

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現実

 ◼︎◼︎◼︎

 

 ――……目が、覚める。

 

 差し込む光を浴びながら、いつも通り感じる頭痛と吐き気に溜息を吐きつつ身体を起こす。眠気、という物を最近感じ取れなくなってきた。見慣れた光景を目にいれ、溜息をつく気にもならず静かに寝床から起き上がる。

 

 自分の足で立ち、バランスのおかしさを感じ取る。片腕が無いからまぁ仕方ないが、やはり違和感に慣れるには時間が必要だ。

 

 腰に付けた剣を一撫でして、息を吸い込む。息苦しい、重たい感覚が身体を引き摺っている。体調の悪さに苦笑いしながら、誰もいない部屋を出る為に歩く。

 

 この部屋に寝る場所は幾つもあるのに、使われているのはただ一つ。俺の使っている場所だけ。そう思うと心がずしんと重くなるが、何とか振り払って部屋を出る。

 

 既に明るく日差しが差している廊下を歩く練習をしながら進む。人が増え、中継地点として使われるようになったこの拠点は建物が拡張されてかなり広くなっている。一つの軍事区間とでも言うのだろうか。

 

 ゆっくりと、馴染ませるように歩く。時に駆け足で、時に忍び足で。この状態になれるまでは、とにかく自分の身体に覚え込ませるしかない。

 

 食堂に向かい、一先ず飯を食う。腹を満たす感覚すら知らないが、取り敢えずそれは行っておく。そこは譲れない、忘れてはいけない物だ。

 

 到着し、いつも通りの物を注文する。適当に定食を注文して――……あぁ、そうだな。これも、付けとくか。よくわからない謎のデザートをセットに追加し、出てくるまで待つ。

 

 

 帰還してから、既に一週間が過ぎた。敵の黒トリガーを渡して、二人は死んだと伝えた。恐らく指揮官には気が付かれてるだろうが、何も言わないでくれた。それが俺には、少しだけありがたく感じる。

 

 片腕が斬り落とされたから、少しずつ身体を慣らすためにリハビリをして一週間過ごした。走るという行動ですら中々面倒に感じたが、走り込み・筋トレ・日常生活の繰り返しを行って何とか馴染んで来た。少なくともトリオン兵に殺されることは無くなったんじゃないか。

 

 顔に見覚えのある連中は、俺の腰の(二人)を見て何も言わないで「そうか」で済ませてくれる。その度に少しずつ心が苛まれていく感覚がする。

 

 出てきた飯をトレーごと右腕で持って、席を探す。ぽつらぽつらと空席があるから、適当な場所に座る。いつものように(・・・・・・・)複数人が座れる席に座り。食べ始める。

 

 味は相変わらずしない。食感もわからない。匂いもわからないから、泥なのかスープなのかも判断できない。ただまぁ文句を言う奴が食堂に居ないという事は、これはれっきとした料理なのだろう。片腕で食べ辛いと思いつつ、飯を口に放り込む。

 

 変わらない。周りは変わっていくのに、俺は何もかも変わらない。何も知らないまま、何も覚えていないまま、周りが変化していく。ズキリと痛む頭を気にしつつ、更に口に放り込む。

 

 結局、あの二人の言う甘いだけのデザートの味もわからない。そもそも、甘いとは何だったか。味とは、何だっただろうか。嬉しいとは、何だっただろうか。

 

 わからない。俺には一つもわからない。あれだけ教えようと、伝えようと色々二人が奮起してくれたのに。俺には結局理解できないままだった。

 

 ……少しでも、残っていれば良かったのに。少しでも、ちょっとでもいいから、共感できる場所が残っててくれれば――……。

 

 ……やめよう。飯を食うだけでこんなになってどうするんだ、切り替えろ。嘆く暇はない、黒トリガーから元に戻す方法を考えなければ。無いのなら、自分で作ればいい。

 

 やることは、沢山ある。こんな場所でつぶれてる場合じゃない。まだだ、まだ折れるべきじゃない。例え折れたとしても、まだ倒れる訳には行かない。

 

 ぐっと堪え、席を立ちあがる。やるべきことがあるんだから、集中しろ。うだうだしてる場合じゃない。

 

 進め、前に前に。俺が出来るのは、それだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣を振る。訓練用の模造剣で、リハビリをする。

 

 剣を振るときにも、黒トリガーという物について考える。そもそもトリガーとは何だ。トリオンとは何だ。そこを俺は理解しなければいけない。

 

 文献か何かがあればよかったが、流石に今は読めない。腕がもう一つあれば読みながら、という作業にも出来たのだが。

 

 敵の黒トリガーは一つ奪ったが、まだ来る可能性だってある。そもそも、敵は一人じゃない。国だ。国が敵なんだ。戦争なんだ。敵の国を全て一片の塵も残さないくらいズタズタに打ち滅ぼす――その覚悟を決めなければ、また、手遅れになってしまう。

 

 ……手遅れ、か。あぁ……手遅れ、だよ。

 

 失った。アレだけ嫌だと、否定して、やり直したのに。俺は無力だ。無能だ。いても居なくても変わらない、そんな存在なんじゃないかと自分を責め立てる。

 

 そして、そうすることで少しだけ安らぐ自分の心が――とても、醜く思う。彼女だったら、アレクセイだったら、あの二人だったら。そう考えてしまう。そしてその思考の沼に漬かっている自分に、更に苛立つ。

 

 情けない。情けない。こんな、自分を責め立てて安心してる場合じゃないのに。俺は、俺は――……弱い。どうしようもなく、心が。

 

 あの二人が、全てだったのに。全部、全部、二人の為だけに(・・・・・・・)頑張って来たのに……

 

 

 

 

 やめ、よう。一々感傷に、浸るのは。

 

 俺がここで折れたら、二人を救えない。なぁ、そうだろう。折れてる場合じゃないんだ。現実から目を逸らして、自分だけ楽になろうとするな。

 

 考えるんだ。まだ、何の答えだって出ていない。トリオンとは、トリガーとは、この国は、黒トリガーとは、トリオン体とは。まだだ。まだ考えるべきことが沢山あるんだ。

 

 剣を振る手を止め、腰につけている(二人)を撫でる。なぁ、待っててくれよ。

 

 

 アレクセイ、お前は言ったよな。

 

『いつの日か、必ず彼女を――』って。なら、お前の中には既に答えはあったんだろうな。

 

 お前はトリガーを理解していた。トリオンをある程度理解していた。その上でお前は、これしかないと判断したんだろう。なら、大丈夫だ。お前が示してくれた。遺してくれた道があるんだ。

 

 

 ……どうやって勉強したのか、聞いときゃよかったな。

 

 

 足りない、何もかもが足りてない。でも、うん。さっきよりかは、大丈夫だ。俺は、まだ折れてない。進める。だから――……待っててくれ。

 

 

 

 

 

 

 


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