■■■
――考えれば考える程、知れば知るほど嵌まる。陥る、と言った方が正しいのか。
トリオンとは、トリガーとは。そして――黒トリガーとは。人づてに聞く訳にも行かないから、ある程度信頼できる……というより、三人共通の顔見知りに聞く。
少しずつ理解出来てきたが、それでもまだまだ分からないことが多すぎる。
そして理解できないものが出るたびに、苛立ちが増えていくのは一番面倒くさい。自分でさえそう思う。分からない、そこから生まれる焦りというのか。
焦っても仕方ないと頭の中でわかっているつもりでも、苛立つ。
現状、黒トリガーを元に戻す方法は存在しない。この国ではそう言う風に言われているらしい。正確な情報かどうかはわからないが、少なくとも誰に聞いても方法があるという答えは返ってこなかった。
……まぁ、そうだよな。仮に黒トリガーから元に戻す方法があれば、そんなに重宝される物ではないだろう。恐らくもっと簡易的に大量に黒トリガーが存在している筈だ。
そもそも元に戻す方法を誰か模索したのだろうか。その果ての成果なのだろうか。いや、そうとは限らない。
こんな国だ。黒トリガーを減らされたら困ると、制限しているのかもしれない。情報の正確性をしっかりと見極めなければ。どこかに、きっとどこかにある筈だ。絶対に。
諦めてたまるか。まだ、やれることは沢山ある筈だ。探し出せ、その方法を。見つけろ、試せ。
飯を無言で食う。口に放り込み適当に咀嚼し、再度放り込む。そのルーチンを繰り返しながら、考える。どうする、どうすればいい。足りない。情報が足りない。誰に聞いても、黒トリガーなんてものを理解していない。
クソ、二人を使う訳にも行かない。そうなれば他の黒トリガーを手に入れるしかないが――……生憎手に入れた分は渡してしまった。もっと考えていれば良かった。
痛む頭を抑えつつ、どうするか考える。もう一度黒トリガーを奪う。だが、奪っても何かを研究するような場所はない。問題が山積みだ。そう思うと更に嫌な気分になる。
やめようやめようと考えて、また戻る。その思考が嫌になり、更に繰り返す。駄目だ、このままじゃ駄目だ。進歩がない。どうにか、前に進まないと。少しでも前に進まないと。
トリガーという物を、トリオンを、全てを理解しなければ。だが、そういった施設は今のところ確認できていない。どうにか学習できる物が欲しい。教材、それに準ずる物が必要だ。少なくともトリガーを作成できるのだから、そういった専門職の人間は存在するはずだ。
そうだ。確かエンジニアの様な連中がいた筈だ。そいつらを探そう。どこにいるかはわからないけど、どこかに居る筈だ。
席を立ち、片付ける為にトレーを持つ。こんな時アレクセイが居れば――……ああ、居れば、よかったのに。本当に、あいつが居れば……。
俺じゃなくて、こんな無様な俺じゃなくて。あいつら二人だったら、もっとうまくやれていたのに。苛立つ。イライラする。トレーを下げ、食堂を出る。
軍の情報網なんてもの持ってるはずも無い。軍の上層部や深い部分に居る人間に迂闊に話せば、二人の事がバレる。こっちから接触して、バレないように立ち回るしかない。
二人の事がバレてしまえば、最悪奪われる。それだけはどうにか防がないといけない。
マシな道筋としては、新たな黒トリガー使いとして認識されある程度の特権を与えられる事だが……俺は、奴隷兵士だから。正規兵に黒トリガーを渡すよう命令が下ってお終いだろう。
いっそのことこっちから交渉を仕掛けにいくか。この国の上層部に対して、黒トリガーがあることをアピールする。そして……駄目だな。うまく行く気がしない。どうする、どうすればいい。なぁ、どうすればいいんだ。
教えてくれ。俺には、わからない。
……わからないんだよ。
ガタゴト揺れる乗物の中で、静かに気を休める。
……ああ、疲れたな。
もう、休んでいたい。
二人の元へ、俺も――……。
心が圧し潰されそうになる。現実は非情、世界はいつだって残酷な事実を突きつけてくる。わからない。黒トリガーとはなんなのか。トリガーとは。そもそも、トリオンとは何なのか。
少しでも聞いておけばよかった。もっと頼っておけばよかった。後悔ばかりだ。悔やんで、悔やんで――もう、戻れない。その事実が深く重く圧しかかる。
二人を握り、深く呼吸をする。考えたくない。
もう、死にたい。
最近はそうとしか思えなくなってきた。現実に圧し潰されて、逃げたい。この世界から、生きているという事実から。でも、逃げられない。
俺は、死に戻るから。俺だけは、死ねない。それが無性に腹立たしい。死にたい。楽になりたい。
息苦しくなって、何だと思うと自分で首を絞めている。そんな事が、最近増えてきた。考えることに、疲れてきた。考えても考えても、どこにも答えは無い。俺の知識じゃ、何も解決できない。
俺は、生きる意味があるのだろうか。人を犠牲にして、助けられて、そうしなきゃ生きていけない。死ねない癖に、助けられる。
こんな無能がのうのうと生きて、あの二人がこんな姿になる必要はあったのだろうか。
どうして。何故なんだろう。ぐるぐる思考が回って、考え続ける。自分に対する呪詛を、憎しみを。俺は生きる必要があったのだろうか。生きている意味は、存在価値は――……必要、ないだろう。
でも、死ねない。死なない。死にたい。どうしようもない程、焦がれてる。二人に、会いたい。会って、話をして……俺は……。
……死んだところで、二人はいない。二人は死んだのか、それとも生きてるのか。それだって、わからない。本当の事は何もわからないまま、置いて行かれた。俺も連れて行って欲しかった。そうすれば、三人で一緒だったのに。
なぁ、アレクセイ。俺は、どうすればいいんだ。このまま探して、探して……見つかるのだろうか。二人を、元に戻す方法は。
カチャリと剣を鞘越しに動かしてみるが、反応は無い。
ああ……そうだよな。答える筈もない、よな。
息を吐き、再度深く呼吸をする。
アレクセイ。今、彼女はそっちで何考えてんだろうな。腹、空かせてんじゃないのかな。お前が面倒見てやってくれよ。
いつものように、お腹がすきましたって、お前を困らせてるんじゃないのか。そう言っている姿が目に浮かぶし、それに対して困惑しているお前の姿も鮮明に映る。
俺も、そこに混ざりたい。一緒に居たかった。ずっと、三人で。
……そうだ、な。まだ、諦めるには早い。
例え方法が見つからなくても、知識を得られなくても。この国に無いだけかもしれない。まだ、まだ。諦めるには程遠い。
折れそうになる度に思い出せ。二人を。言葉を。大切さを。
思い描け。未来を。望む世界を。
約束は沢山ある。何一つ一緒に出来ていない。諦めてたまるか。折れても折れても進み続けろ。
――カタリ、と。
少しだけ、腰の二人が