ワールドリワインド   作:恒例行事

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神の国

 薄暗い。居心地の悪い、そんな感覚。

 

 重たい。全身が怠い。このまま眠りについて、楽になりたい。目が覚めたら、いや。いっそのこと、目が覚めなくたっていい。もう、楽になりたい。

 

 ずっと、ずっと。三人で居られれば、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

 

 眩しい。目に直接入り込む光に目を細めつつ、ゆっくりと息を吸う。

 

 鼻から吸い込み、肺が空気で満ちた所で吐く。

 

 何度か繰り返し、身を起こし自分の置かれている場所を確認する。どこだ此処は。普段より、これまでよりずっと見た目が飾られた布団に寝させられている。

 

 豪華、と言うほどでもないが綺麗。整えられている。

 

 一先ず状況を確認するために身を起こし、部屋を見渡す。

 

 カタリ、と音が鳴ったので見てみると腕に手錠が付けられており、その接続先である壁から離れられないようになっている。

 

 ……どう、なったのだろうか。わからない。確か、あの変なマント野郎とワープ女を斬ろうとして。それで、それで――……記憶が、無い。

 

 グッと手錠を引っ張ってみるが、ビクともしない。恐らくトリオンで構成されているのだろう、強度が桁違いだ。

 

 

「――おや、目覚めましたか」

 

 

 声の方へと意識を向ける。ドアから音もなく入ってきたその老人はこちらを真っ直ぐ見ている。

 

 ……見覚えのない顔だ。髪色や顔から国の人間かどうかは理解できないが、少なくとも見たことのあるタイプではない。ただ、ここまで年老いた顔は見たことがない。

 

「……ふむ。あまり状況を把握できてないようですな」

「……ここ、は?」

 

 疑問を投げる。少し驚いたような動きをするが、すぐさま元に戻り余裕のある姿を見せる。

 

「ここは、貴方の所属していた国とは別の場所――アフトクラトル、という国。直前で二人の男女と戦っていたのは覚えていますかな?」

 

 ……覚えてる。ただ、最後の瞬間どうなったかは覚えていないが。

 

 

「幾ら黒トリガーとは言え、隻腕でお二人を相手にギリギリまで追い込むのは素晴らしい技能と実力の持ち主である証拠。そんな人材を相手国に保有させたままなのは勿体ない――という訳で、出血で意識を失った貴方をこちらで確保させて頂いた……と言うのが此処までの流れです」

 

 少々手荒で申し訳ありませんが、と腕についている手錠を見て言う。

 

 

 ……そう、か。まぁ、どうでもいい。

 

 そんなことは気にしてない。それよりも、大事な事がある。こんなくだらない事より、大事な事。

 

 

「――……なぁ。俺の、いや……二人(・・)は、どこだ?」

 

 

 気付かない筈がない。

 

 これまでずっと身に着けていたのだ。その重みは、最早慣れ親しんだ物。

 

 ずっとずっと、大切に持っていた。肌身離さず、失くさないように。これ以上、耐えられないから。

 

 

「二人……と、その言い方からすると貴方の使っていた黒トリガーの事ですかな」

 

 

 ふむ、と顎に手を当て何かを思案する老人に対し苛立ちながら、答えを待つ。早く答えろ、どこにやった。

 

 頭痛がする。頭を押さえようと手を動かし、手錠が引っかかる。ああ、クソ。邪魔だな。苛立ちを抑えようにも、頭痛で更に苛立つ。

 

 

「――結論から言いますと」

 

 

 顎に当てていた手を下げ、こちらに目を向ける。

 

 どうにも嫌な感覚がする。

 

 ギュッ、と手に力を籠める。

 

 

 

「今、貴方の黒トリガーはこちらで保有してあります」

 

 

 

 …………そう、か。

 

 なら、まだマシだ。向こうに置いて行かれて、俺だけ連れていかれた訳では無い。

 

 まだ、間に合う。取り返せる。どうにかできる。絶望的じゃない。重く受け取るな。良かったと思え。

 

 希望はまだある。黒トリガーが欲しいだけなら、俺は必要ないだろう。恐らく、こいつらは二人を奪う事だけを目標としている訳じゃないだろう。

 

 

 また這い上がればいい。泥を啜ってでも、地べたを這いつくばっても。諦めるには、まだ早い。

 

 

 

「――ヴィザ翁」

 

 

 扉から、見覚えのある女が入ってくる。頭から生えた角に、少し長いセミロング位の髪の毛。

 

 ああ、此間のワープ女か。こちらを見て、少し眉間に皺を寄せる。

 

 

「……隊長が呼んでました」

「ふむ、承知しました」

 

 

 それでは、と言い残しヴィザ翁と呼ばれた老人が退出していく。ワープ女の口振りから察するに、【隊長】と呼ばれる者の下にそれぞれ構成されている様だ。

 

 

「……」

「……」

 

 

 残ったワープ女が、無言でこちらを見てくる。何度か口を開こうとして、微妙に口ごもる。……なんだ。言いたいことがあるのなら、早く言ってほしい。

 

 

「……あの、黒トリガーは」

 

 

 

「あなたにとって、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、待たせてしまいましたかな」

 

 ある大きな部屋――部屋の中に、丸く円卓が配置されている。席が幾つかあり、既にその席はほぼ埋まりつつある。

 

「いや、まだ揃っていない」

「それはよかった。さて、今回は……」

 

 頭から角を生やした、水色の髪を持つ男性に対し目線を向ける。

 

「ああ。彼の様子は?」

「早い物で、既に意識を取り戻していました。いやなに、若いというのは素晴らしいですな」

「もうか! はは、それは凄いな!」

 

 ほっほ、と笑いながら席に座る老人の話を聞いて、一人豪気に笑う男。

 

「益々いい戦力になってくれそうだな」

「……まだどうなるかは分からない。現状、不確定要素が多すぎる」

「相変わらず慎重だな」

「慎重にもなる。相手は生身でトリオン体と渡り合ったんだ。警戒しないのは愚者のやる事だろう」

 

 溜息を吐き、ジロリと老人――ヴィザの事を見る。

 

「何か、言っていたか」

「えぇ、そうですな。黒トリガーの事を【二人】と表現しておりました」

「ふむ……何か事情がありそうだな」

「少なくとも、黒トリガーの事を大切に思っているのはわかります」

 

 持ち帰って正解だった、と呟く青い髪をした男性。

 

「ミラとエネドラの二人がかりで、斬るという事にほぼ全リソースを割いている武器であそこまで追い詰める実力者はそうそういない。ヴィザ、お前ならどうだ」

 

「ふむ……星の杖(オルガノン)を使えば可能かもしれません。ですがその限られた性能に加えて生身となると――厳しいでしょうな」

 

 どこか楽し気な様子でそう語るヴィザに、珍しい物を見る様に見る男二人。

 

「そう楽し気なヴィザ翁は久しぶりに見るな……」

「いやはや、恥ずべき事ではありますが――とても楽しみにしております」

 

 ニコリ、と口の端を緩やかに曲げて笑う。楽し気に、心地よさように。

 

「それだけの剣の腕。この国全体の練度上昇に大いに役に立つでしょう。それに――個人的にもとても興味がある」

 

 ただ、と言葉を続ける。

 

「それ故に、慎重に進めなければいけない。かなり、持っている(・・・・・)様に見受けられますからな」

 

「ああ。だからこそ、どこに預けるかを考えていた」

 

 トン、と額に手を人差し指と中指を当て考える仕草を見せる。

 

「それならば、あの家が最適だろうな」

「ふむ。恐らくそうでしょうな」

 

 二人が納得した仕草を見せ、その姿を見て頷く。

 

「そうだ。あそこならば、幾つか同時に(・・・・・・)実行できることがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたにとって、何?」

 

 

 ……突然何を言い出すかと思えば、唐突に質問を投げ入れてきた。

 

 何。俺にとって。そんなのは決まっている。

 

 俺にとって、全てだ。

 

 俺の生きる意味も、諦めない理由も、捨てたくない理由も、全て全て全て――全部が、二人の為だ。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

「……そう」

 

 

 呟き、扉に向かっていく。結局、なにが聞きたかったのだろうか。

 

 

「こういっては何だけど。クソトリガー何て言ってしまってごめんなさい」

 

 

 そう言いながら、扉を開けて出ていく。

 

 ……別にワープ女が言った訳じゃ無いと思うが。これは、代わりに謝ったという事なのか。

 

 ――切り替えろ。

 

 駄目だ。まだ何とかなると言う事がわかったから、少し緩んでいた。

 

 ここで甘えるな。どうせ、こいつらも変わらない。前の連中と変わらない。ここで俺を生かしておく理由は恐らく戦力としてか、国との交換用の捕虜としてだろう。

 

 そこで緩むな。油断するな。

 

 ただ一つの感情に絞れ。目的を合わせろ。ただ二人の為に――それを心に刻みなおせ。

 

 国から離れた。ならば、次はこの国でひたすら調べてやろう。死ぬことは無い。取り戻して、調べて調べてやり直せ。

 

 

「――ふむ、君が噂の剣鬼君か」

 

 

 突如聞こえた声に、思わず反応する。

 

 いつの間にか空いていた扉から、ゆっくりと入ってくる。

 

 金色の長髪、ロングヘアーと言うのだろうか。真っ直ぐ伸びたその髪は腰まで届くいている。

 

 自信に満ちたその表情を見ると、何故か少しだけ頭痛がする。

 

 

 

「私の名前はエリン。ベルティストン家に仕えるエリン家の現当主だ」

 

 

 

 そして、と言葉を続けてこちらに近づいてくる。

 

 

「これから君を預かることになっている。よろしく頼むよ、剣鬼(・・)君」

 

 

 

 

 

 

 

 


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