ワールドリワインド   作:恒例行事

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神の国Ⅲ

 

 

朝日が窓から差し込み、部屋中を照らす。少しづつ温かい空気に変化していくのを感じ取りながら、重い瞼(・・・)を無理やり持ち上げ目を擦る。

 

 

「……朝、かぁ……」

 

 

――結局、眠れなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

若干ふらつく足取りで、ベッドから降りる。はらりと伸びる髪を気にしつつ服を着替える。

 

鑑の前に立ち、自分の事を見る。幼少期から頭についているトリガー(ホーン)も大分成長して最早身体の一部と言っても過言ではない。

 

 

「……酷い顔ね」

 

 

自分の顔を見る。目に隈は出来てるし、肌も若干荒んでいる。徹夜なんていいことは無いと改めて自分に言い聞かせながら、瞳を見る。

 

……別段、どうってことはない。普通だ。変な要素は無い。

 

脳裏で思い返すのは、あの瞳。暗い、暗い闇の底の様な瞳。吸い込まれそうな、惹き込まれそうな、塗りつぶされそうなそんな瞳。

 

思い出して、更に身震いがする。

 

駄目だ。良くない。考えない方が良い。腕を交差させて摩り、悪寒を抑えようとする。ふぅぅ、と息を吐いて落ち着かせる。

 

ゾワリ、と言う鳥肌の立つ感覚。恐怖、という物なのか。それとも――……

 

 

「……いえ、考えるべきではないわね」

 

 

切り替えよう。頬を叩いて、顔を横に振る。私が考える事じゃない。大丈夫。気にするべきことじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……おは、よう」

「……ああ」

 

 

昨日と同じように、食事を持ち込む。食事と言っても、エネルギーと栄養を重要視しているメニュー。あまり味は良くないと不評ではあるが――病人が食べるのなら最適だろう。

 

 

「……その、食べれる?」

 

 

無言で右腕をじゃらん、と鳴らす。……そうよね。

 

ベッドまで食べ物を持っていき、また食べさせる。開かれる口の中を見て、ゾクリとする。

 

本当に、この傷だらけの中に突っ込んでいいのだろうか。躊躇う。

 

若干震える手で、口の中にスプーンを入れる。明らかに亀裂が走りボロボロの舌でスプーンに触れた感触がして、悪寒がする。

 

 

「っ……」

 

 

無言で構わず口の中で咀嚼する剣鬼に、思わず目をそらす。見てはいけない、考えてはいけない。必死に頭の中で言い聞かせ、次々と口の中に投入する。

 

水を飲ませ、一気に流し込む。なんの抵抗もなくするする喉を通過していき、一杯分の水をすぐ飲み干す。

 

 

「……片付けてくるわ」

 

 

カチャカチャと使用済みの食器をまとめ、部屋から出る準備をする。

 

味覚を感じるための舌も、喉も、口内はボロボロ。いつ壊死してもおかしくないのでは、と思う。

 

昨日報告はしたが、上が動くかわからない。あくまで剣鬼はサードプラン、そこまで重要という訳でもないからだ。

 

黒トリガーの適合者が他に見つかって仕舞えばそこで役目は終わり。エリン家の預かりになるから酷い目には遭わないと思う。けれど、タダ飯食らいを置いておく余裕は無いはずだ。

 

彼にとって、何が一番良いのだろうか。そのボロボロの身体で、また戦いに行くのだろうか。私達と戦った時のように、一人で――……

 

 

「……ねぇ、剣鬼」

「……何だ」

 

「……名前、なんて言うのかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎

 

「……名前、なんて言うのかしら」

 

唐突に、ワープ女が話しかけてくる。

 

名前、名前……お前達は俺の事を既に呼んでいるだろう。

 

そう答えるとううん、と首を横に振り此方を見る。

 

「貴方の名前。剣鬼なんて呼び名じゃなく、貴方が仲間達から呼ばれてた名前」

 

……仲間達から、呼ばれてた。

 

名前、俺の名前か……そんなもの、覚えてないな。彼女と、アレクセイの事だけ考えていたから。自分の事は、覚えていない。

 

「……っ……そ、う」

 

生まれた場所も、生きた場所も、育った場所も、自分の事も、他の事も――いっさい、覚えちゃいない。

 

料理の味も、幸福の味も、なにも、何も。

 

毎日毎日戦った。取り戻す為に、失くさないように。その度に自分が自分じゃなくなる感覚はしていた。

 

徐々に喪われてく自分に、それでもと言い続けて、ずっと。

 

 

なぁ――……これ以上、何をすれば良いんだ?

 

 

俺は、どうすれば良いんだ。どうすればよかったんだ。どこで間違えたのだろうか。わからない。振り返っても、そこには何も無い。

 

……だからこそ、諦めたくないんだ。俺に、こんな何もなかった俺に……託してくれた、二人だから。

 

……悪い、関係ない話したな。俺は自分の事を、覚えてないよ。だから好きに呼べ。

 

 

「……そ、うね。なら、これまで通り、呼ばせてもらうわ」

 

 

震えた声でそう言って扉へ向かっていくワープ女を見送って、窓を見る。外は明るく、眩い光が差し込んでいる。

 

外を見ても、そこに争いの気配は無い。

 

 

……平和だ。

 

誰も彼も、戦いに備えていない。血反吐を吐くほど訓練をしていない。怒声は聞こえない。

 

……最初から、こうして、ここで出逢えてたら。俺たちは――……きっと。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、失礼するよ」

 

ノック無しに、いきなり入ってくる。

 

「身体の調子はどうかな?」

 

少なくとも痛みは感じない、至って普通だろう。

 

「ふむむ……うん」

 

近づいてきて、俺の体に巻かれた包帯をベリベリ剥がしていく。少し身体を引かれる感覚はするが、特に違和感はしない。そもそも感覚はしないが。

 

「……君、これで痛くないっていうのかい?」

 

包帯を取り、胸を指差してくる。……? 何かあるのか。よくよく見てみれば、穴が空いている。ああ、まだ治ってなかったのか。まぁ、死ぬものでもない。

 

痛みは無い――ただ、それだけだ。

 

「……それは、ちょっと……ミラの言う事は本当だったな

 

顎に手を当て、何かをぶつぶつと喋るエリンを尻目に自分の身体を見る。随分細くなった右腕に、穴の空いた胸。他の場所がどうなってるかは知らないが、まともな状態ではなさそうだ。

 

まともだろうが異常だろうが、関係ないが。

 

「……もしかして、感覚ってものがわからない?」

 

そう言いながら、穴付近を触ってくる。触れられていると目で見て理解できるが、そこに手の感触はない。

 

「一体、何をすればここまで……」

 

触れさせていた指を離し、一人で考え込む。

 

……痛み、か。相変わらず頭痛はするから、よく分からない。痛みを感じないと言うならば、この頭痛もどうにかしてくれれば良かったのに。

 

 

「……ごめんなさい、今大丈夫かしら」

 

 

コンコン、とノックされエリンが振り向く。

 

「どうぞ、よく来たね」

「……いらっしゃったなら言って下さい、それとここは貴方の部屋では――……」

 

エリンが扉を開けに行き、開かれた扉の先に若干ジト目のワープ女。手には、四角の箱を持っている。

 

「……その、やっぱりまだ治ってないのね」

 

俺の身体を見て眉を顰め、そう言うワープ女に一瞬疑問を抱く。……ああ、そう言えばこいつの付けた傷だったな。

 

「痛むでしょう。包帯、交換しようと思って」

 

そう言ってエリンにチラリと視線をやってから、こちらに近づいてくる。手に持った箱を椅子に置き、中を開ける。

 

ぐるぐる巻きにされた包帯を取り出し、そそくさと付けていく。割と手慣れた手つきに若干感心しながら、ワープ女に聞く。

 

 

――何で、そこまでするんだ? 俺には、それがわからない。

 

 

ピタリと包帯を巻く手が止まったから、話を聞いてると判断して言葉を続ける。

 

 

俺を生かしてる理由は分かってる。恐らくだが、二人(黒トリガー)の適合者が居なかった場合を考えてだろう。

 

次への繋ぎとして(・・・・・・・・・)、俺は残されている。

 

 

「……ま、大筋はそんな物だね。私らはともかく、一番上が策略や陰謀が好みだからそこは仕方ない」

 

 

やれやれ、と肩を竦めるエリン。

 

 

「君のその生い立ちを考えるに、正直黒トリガーの適合者は出ないと思っている。私も、ミラも」

 

 

黒トリガーは、だからこそ強いんだけどね。そう続け、更に言葉を紡ぐ。

 

 

「君を欲しいと言ったのは私だよ。上から言われた、っていう事もあったけれど――それ以上に、君自身の魅力かな」

 

 

俺自身の、魅力――……か。

 

 

「自分を過小評価しているみたいだけど、君は控えめに言って天才だ。生身でトリオン体相手に戦い、うちの誇る黒トリガー使い二人を相手にかなりギリギリまで追い詰める。それだけでも十分私達としても欲しがる理由があるのさ」

 

 

……違う、違うんだよ。それは俺の才能なんかじゃない。俺の力なんかじゃない。二人が、全部二人がやってくれたんだ。あの二人のお陰なんだ。俺の力じゃない。俺だけじゃ、そんな力は無い。

 

全部、全部全部全部。

 

二人のお陰なんだ。あの二人が、全てを投げうってでも俺を助けようとしてくれて。それで、俺は。

 

 

頭が痛い、思わず呻く。頭を抑えたいが、手錠が邪魔をして動けない。手錠をガシガシならしながら、どうにか頭を抑えようとする。

 

ああ、クソ。イライラする。

 

 

「……動かないで、傷に響くわ」

 

 

そう言ってワープ女――ミラが、手錠のついている部分に手を当てる。そのままエリンの方を向き、互いに視線を合わせた後――俺の手錠を外した。

 

パキン、と音が鳴り手錠が外れていく。トリオンの粒子となって散っていくその手錠を見送り右腕を動かす。

 

 

「……もう、良いでしょう。彼に、戦闘の意志はありません」

「うん、十分だろう。私が上手く言っておくよ」

「ありがとうございます」

「いいのさ、その内彼は私の家に来るんだしね。――と言う訳で剣鬼君、もう暫くゆっくり休むと良い。少なくとも私達は、君の居た国の人間とは違うからね」

 

 

そう言いながら扉から出ていくエリンの後ろ姿を見送って、中途半端に投げ出された包帯を見る。

 

「……ぁ、と、ごめんなさい。途中だったわね」

 

再度包帯を戻し、綺麗な部分を使い巻きなおす。

 

無言で巻きなおすミラに特に何も言わず、ミラも何も言わない。互いに何も言わない、無言の空気の中で時間が進んでいく。

 

 

「……その」

 

 

ミラが話しかけてくる。ああ、どうした。

 

 

「……正直私は、貴方みたいな境遇の人に会ったことが無いの。貴方が初めてと言ってもいいくらい」

 

 

きゅっ、と包帯を絞り巻き終える。

 

 

「その辛さも、努力も、何を思ってきたのかも――……わからないわ」

 

 

椅子に座り、こちらをまっすぐ見てくる。

 

 

「私が貴方を攻撃したことは、謝る気は無いわ。それが、戦争ですもの。……でも、せめて」

 

 

何か一つ、貴方が思い出せるように――私は、協力する。

 

 

 

 

 

そう言って真っ直ぐこちらを見てくる目に――ひどく、頭痛がした。

 

 


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