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「やあ、元気かな剣鬼君」
相変わらずノックも何もせずに突撃してくるエリンに飯を食いながら顔を向ける。既に粥ではなく固形の食料に切り替わっている為、パンを適当に咀嚼する。
「おや、食事中だったか。すまないね」
「そう思うのなら少しは配慮して下さい」
当然の様にいるミラがエリンに苦言を呈するが、そんな物知らんと言わんばかりの態度で近づいてくる。
「ちょっと急ぎの用、というか。君に伝えなきゃいけないことがある」
真剣な顔でそう言うエリンに、パンの最後の一欠片を口に放り込み話を聞く。
「――私たちのボスが、君に会いたいらしい。申し訳ないけど一緒に来てもらえるかな?」
「この星――というか国は、四人の領主が管理してる」
廊下を歩きながら、軽く説明を受ける。
「それぞれの家が保有する戦力によって領地が変わる。他家が取れば狭くなるし、自分の所が戦力を補強すれば当然増える」
だから君を迎え入れた――成程、そういう理由があるなら納得できる。黒トリガー一つ増えれば、それは戦力の増加に繋がるという事なのだろう。
「うん、そういう事。黒トリガーを手に入れる事なんてそうそう無いから、今回は時間かかったね」
今回は――という事は、普段もある程度警戒しているのだろうか。
「そりゃあね。トリオン体にならない限り危険は少ないと言っても、敵の国の人間をそう容易く信頼する訳にはいかない。特に領主クラスは色々抱えてるからね」
「……言っておくけど、私は普段捕虜の手当てとか世話なんてやらないわよ」
ミラがいつも通りの顔でこっそりと呟いた言葉を聞き逃さず、それでいて特に反応もせずにエリンに話を聞く。
「まぁ私はしがない一家の主だから特に気にしてないんだけどね!」
どこか誇らしげにそういうエリンの姿が
「特にウチのボスは効率的に物事を考えるタイプだから、割と【駒】として戦力を数える。指揮官としてはとても優れてると思うよ」
あくまで指揮官としては、というあたり割と他にも事情が存在しそうだな。
まぁ、いい。駒扱いだろうが何だろうが、俺のやることは変わらない。
黒トリガーの研究を、解析を、全てを、暴いて理解しなければならない。そうしないと、助けられないから。
それが俺の、生きる理由だから。
「――……よぉ」
声をかけられ、思考を中断し声の主の方を見る。エリンもミラも俺が向いたのと同時に足を止め同時に見る。
斜めカットの前髪に、ギラついた目つき。見覚えのあるその顔は、どこか苛立ちを感じさせる。
「エネドラ」
「チッ、なにもしねーよ」
ミラの言葉に苛立ちを隠す事もなく舌打ちをして、嫌そうに顔を顰める。ああ、思い出した。コイツ、あの時のもう一人か。
「……ハッ、随分惨めだな」
俺の姿を見て、惨めだと言ってくる。ああ、間違ってない。俺は間違いなく、誰がどう見ても惨めだ。
愚かで、無能で、惨めで、見苦しい。
「……エネドラ」
「うっせーな、分かってんだよ」
少し低めの声を出すミラに言葉を吐き捨て、さっさと歩いて行く。その背中を見届けて、こちらも歩き出す。
「……その、ごめんなさい」
沈んだ空気の中ミラが謝ってくるが、別に気にしてない。そもそも本当の事だ。
仲間を、二人を救わなきゃって自分に擦り付けて、正当化して、心を保たないと生きていけない。醜い何か。それが俺だ。
だから、一切お前が何かを気負う必要は無いし悲しむ必要もない。俺に謝る必要も、何もない。
「っ…………」
ミラを見て言っていたが、顔を逸らされたのでこちらも顔の向きを変える。後ろを歩いていたミラに顔を向けていたので正面を見る。
「君は――……もう……」
いつの間にか歩みを止め、振り返っていたエリンがこちらを見て何かを呟く。驚いたような表情をしているが、何かあったのだろうか。
行かないのか、と声をかけるとハッとしたように歩き出す。一体何だったのだろうか。
先程よりも重苦しい空気の中、廊下を歩く。ふと外を覗いてみると、晴れているのが良く見える。栄えた街並みと、明るい空気。どれもこれも、二人と共有したい物。
戦争の重苦しさじゃなく、殺し合いの陰湿さではなく。
生活の楽しさと、助け合いの喜び。
欲しいモノは、こんなにもそばにあるのに――肝心の、大切な二人が居ない。
ああ、クソ。惨めだ。こうやって何度も何度も繰り返して、進んでない。時は止まったまま、進んでなんかない。
でも、進んでないからこそ。
まだ、忘れてない。忘れたくない。忘れてはいけない。それだけは、誓っていなきゃいけない。目的を、理由を、明確に鮮明に。
「――着いたよ。ここが、領主の部屋だ」
気が付けば到着していた様で、特に他の部屋と変わりのない扉の前に立つ。これまでの偉い連中の部屋は多少なりとも目印があったからわかりやすかった。
「領主の部屋、と言っても別にここで生活してるわけではないの。ここはどちらかと言えば【遠征部隊】の部屋と言った方が正しいわ」
「まーまー、細かい所はいいじゃないか」
「よくないです」
エリンのずらした答えにミラが解説するが、まぁどうでもいい。遠征部隊だろうが何だろうが関係ない。
コンコンコン、とエリンが三回ノックする。特に特徴的な叩き方とか、そういう訳では無い。本当にそのまま三回ノックしただけ。
「おや、エリン殿ですかな」
「ヴィザ翁、わざわざ申し訳ありません」
中から、最初に見かけた――ヴィザ、と呼ばれる老人が出てくる。
柔らかい顔つきに、丁寧な態度。エリンもわざわざ敬語を使っていることからある程度上の人間なのだろう。
「こちらへどうぞ。既にお待ちになっております」
「はい。――と言う訳で、漸く我らがボスの場所に行くよ」
ヴィザが歩き出し、エリンがそれを追っていくので俺も付いて行く。
後ろからミラが付いてくるのを音と気配で感じ取る。成程、慎重というのはどうやら本当らしい。わざわざ黒トリガー使いを背後に配置し、念の為を用意している。用意周到、完全に負の可能性を出来るだけ消している。
扉の先は更に廊下になっており、少し長めの廊下に扉が幾つかある。右に三つ、左に三つ、正面に一つ。正面に真っ直ぐ進んでいくので、恐らくあそこにいるのだろう。
扉に手をかけ、そのまま開ける。順番に入っていって、部屋に入ると正面に黒い角の生えた水色の髪の男が座っている。
「お待たせしました、ハイレイン隊長。彼が剣鬼です」
隊長、と呼ばれた男はこちらをゆっくりと見定めるかのように視線を送ってくる。そこにあるのは悪意や好意だとか、そんな簡単なものではない。
『特にウチのボスは効率的に物事を考えるタイプだから、割と【駒】として戦力を数える。指揮官としてはとても優れてると思うよ』
不意に、その言葉を思い出す。成程な、そういう事か。
「――……君に聞くことはただ一つ」
口を開き、問いをかけてくる。
「我々の邪魔をするか、しないか。どちらだ?」
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「――邪魔をするもしないも、俺はそもそも今は捕虜だ。命令する権利はお前達にある」
だから、この問答は無駄だ。そう言い捨てた彼を後ろから見て、若干ハラハラする。大丈夫だろうか。あまり不用意な発言をすると必要無いと判断されるのでは――と思い、その思考を捨てた。
駄目だ、あんまり入れ込んでは。彼自身がそう言った通り、まだ捕虜なのだ。所属はこちらではない。……既に半分以上エリン家みたいな扱いはしてたけど。
「……君は良くても、俺は良くない。命令する権利が俺にあるのなら、納得いくまで質問に答えてもらう」
「好きにしろ。何だって答えてやる」
あくまで態度は変えない彼に肝を冷やしつつ、その様子を後ろから見守る。
「
「…………」
瞬間、何か寒気の様な物が襲ってくる。ゾワリと、不意に首を触ってしまう。まだ、つながっているという事を確認してしまった。
エリンも、私も、ハイレイン隊長も冷や汗を流している。それほどまでに、明確に死を感じ取れる。
「ほっほ、凄まじいモノですな」
ただ一人、ヴィザ翁だけ飄々としている。何故こんなに楽しそうなのだろうか、訳が分からない。
「……冗談だ。実際の所適合者は一人もいなかった。だからここに呼んだ」
「……俺を使い手にするのか」
「ああ。その為に、色々条件を付ける為にな」
そう言って話を本題に持っていく隊長。
「まず、これは話を聞いてると思うがエリン家に入ってもらう。そして正式な配属として、遠征部隊に入ってもらう」
遠征部隊――その名の通り他の星に遠征し、トリガーやトリガー使いを奪い戦力にする。彼の黒トリガーの能力が有れば、それはかなり楽になるだろう。
「あと、必要に応じて新たな任務を行ってもらう事もある。いいな?」
「……構わない」
話は以上だ、と言って席から立ち上がる隊長を見てこちらも退出するタイミングだと測る。
「ヴィザ」
「はい」
そう言うと、傍に控えていたヴィザ翁が何か包みを持って来る。落とさぬように、両手で持っている。
「剣鬼殿」
彼が目を向けて――その目をいつもより開き、ヴィザから受け取る。
「ここではなく、あちらの部屋で。さ、行きますか」
そう言いつつ先導するヴィザに無言で付いて行く彼とエリンの後を追おうとする。
「ミラ」
急に隊長に声をかけられ、立ち止まる。振り向き姿勢を正し話を聞く。
「……いや、何でもない」
「……そう、ですか。わかりました、失礼します」
何かを言おうとして、飲み込んだ隊長に言葉を残し後を追いかける。扉を開け、先程通ってきた道を歩く。急いでも仕方ないし、別にそんな焦ってるわけじゃない。
既に姿のない三人をゆっくりと追いながら、何を言おうとしたのか考える。何だろう、彼についてだろうか。まぁ、それ以外に他に言うべきタイミングでもないし恐らくそうなのだろう。
信用できるのか、とかそういう事では無いと思う。ヴィザ翁をわざわざこうやって寄越したという事は信用してないのだろう。ある程度行動でわかる。
だから、少し気になるが――……何だろうか。わからない。
そんな風に考えつつ歩いていると、部屋の前に着いた。いつも通りノックをし、開けるのを待つ。
返事が何時ものように聞こえてくる――筈だが、聞こえてこない。耳を澄ませてみると、何かが物音はする。いるけど、手を離せないのだろうか。
――……何か、良くないことが起きてるんじゃないでしょうね。
嫌な予感を胸に抱きつつ、扉に手をかける。
ソロリ、と扉を開け中の様子を伺う。微かに聞こえる、うめき声。
普通ではないと判断し一気に扉を開こうとして――背後から肩を掴まれ止まる。
「……何でしょうか」
「今はそっとしておいてあげな。少し、参ってるみたいだから」
何故か外に居た二人に言われ、扉から手を離す。よく、耳を澄ましてみると――微かに、ほんの少しだけ聞こえてくる。
「……っ…………」
静かに、噛み締めるかのような声。彼が、淡白な声以外で初めて出す声。
痛みも、感覚も、味覚も、ありとあらゆる物を失っても――喪う辛さと痛みは覚えている。
「……そんな、ことって……」
それでは、あまりにも――あまりにも、救いが無さすぎる。
どれだけ頑張っても取り戻せるか分からない物ばかりで、掴み取れるとは限らない。それなのに、続ける。それしかないから。彼にとっては。
「……どうにかしてあげたい、けどねぇ」
そう、うまく行くものではない。それは誰もが思うだろう。
「そう、焦る必要もありますまい」
ヴィザ翁が零したその言葉に、振り向く。
「剣鬼殿がどう思ってるかはわかりませんが、少なくともこれからは共に戦い生活をするのです。その中で、少しずつ、少しずつ近づいて行けばいい」
焦ってもいい事にはならない――そう、告げていた。
長い時間を生きたヴィザ翁の言葉に、それもそうだと納得して改めて考える。
前にも協力するとは告げたけれど、ほんの少しずつでいい。無駄に嘆かなくていい。彼にも、希望を持ってほしいから。
「……そう、ですね。少しずつ、歩んでいければ」
これから