ワールドリワインド   作:恒例行事

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神の国Ⅴ

 

――ゆっくりと、呼吸を繰り返す。馴染ませ、馴染ませ――自らの身体を調整する。

 

これまで、身体を休ませすぎた。少しずつ、少しずつ体調を整える。ふう、と息を抜き再度取り込む。

 

何度も繰り返し、身体が慣れるまで繰り返す。

 

腰にぶら下がる重みが懐かしい。ずしりと主張をする剣を手に取り、握る。掌の感覚はもう無いけれど、この重みは忘れちゃいけない。

 

「……や。今いいかい?」

 

そうやって鳴らしていると、ドアの向こうからエリンが声をかけてくる。問題は何も無い、と伝えるとドアを開き入ってくる。

 

「正式に遠征部隊に入ることが決まったから、顔合わせしたらどうかと思ってね。うちの家から一人、優秀な子が選ばれてるのさ」

 

おいで、と言い扉の先に視線を向ける。

 

「……エリン家のヒュースだ。お前が、噂の剣鬼か」

 

若干不機嫌そうな顔で入ってきた、まだ幼さが目立つ顔つき――成る程、角付きか。

 

「ヒュースはまだ十四歳だけど、君と同じくつい最近まで剣を使っていたのさ」

 

十四歳――……か。俺は今、幾つだっただろうか。……駄目だな。覚えてない。まぁ、どうでもいいか。

 

「……ミラとエネドラを相手に、戦闘不能寸前まで追い詰めたと聞く」

 

ちらり、と俺が手に持つ(二人)を見る。

 

「それが、お前の黒トリガーか」

 

……ああ。俺には勿体ないくらいさ。だから俺は、やらなきゃいけない。お前たちの思惑が何だろうが、俺は……と。悪いな、最近どうにも考えてることが脇道にそれてしまう。

 

手に持った剣を腰に戻し、改めて話を聞く体制を作る。

 

「やっぱりトリオン体は作れない?」

 

エリンが横から話してくる。ああ、トリオン体は作れない。作っても、トリオン体を保存しておく媒体が存在しないからな。正確には【作れるが使用できない】と言った方が正しい。

 

そもそもトリオン体は、トリガーの中に保存する別領域が存在するから換装出来る。生身の上にトリオン体を乗っけている訳ではない――調べていくうちにある程度理解できた。

 

だから、必然的に。

 

このトリガーの中には、彼女がいる筈なんだ。

 

「……そっか。君の言う彼女、どういう子だった?」

 

彼女は、そうだな。腕白で、快活で、人懐っこい――……いい子、だったよ。俺みたいな人間を外れたような奴でも、人扱いしてくれた。文化の良さを、よく教えてくれた。音楽、食事、日常での会話……ああ、そうだ。よく食べる奴だった。幸せそうに、うまいうまいって食べるんだ。

 

懐かしい。そう感じてはいけないと思うが、そう思ってしまう。

 

人と話すなんて、久し振りだったから。誰かに話すなんて、久し振りだったから。

 

「――……うん。そう、だね」

 

エリンが少し驚いたような表情を見せる。微笑むような、慈しむような仕草で話を聞いていたから何がどうして驚いたのかはわからない。

 

「……エリン様。私はこれで」

「ん、そうかい。私はもう少し話してから戻るよ」

「……失礼します」

 

ヒュースが一足先に帰ると言い、扉から出て行く。その後ろ姿を見届けて、あいつがこれから味方になるのかと考える。

 

遠征部隊――他の国に侵入して、トリガー使いや優秀なトリオン能力を持った人間を捕まえる。……そこに何か思わない訳でもない。恐らく、俺があの国にいた理由はそれなんだろう。

 

もう覚えちゃいないが、最初からあの国にいた訳じゃない筈だ。

 

……どうでもいいか。大事なのは事実、今この場において過去のことは必要ない。

 

他の人間がどうなろうが知った事じゃない。俺は、二人を救わなきゃいけない。絶対に、確実に。

 

そのためなら、どれだけ手を汚したって構わない。手が汚れた位で、止まってられない。死んでも死なない、その点を活かせ。

 

「遠征部隊の部隊構造も説明しておこうか。多分ぼんやりわかってると思うけれど、説明された方が理解しやすいだろうしね」

 

そう言いながらエリンが何処からかスケッチブックを取り出す。さ、座って座ってと言いながら寝床に押されて座り込む。

 

どさり、と座り込んだ俺の横にエリンも静かに座り絵を描いて行く。

 

「まず、一番上。領主であるハイレイン様が隊長」

 

水色の髪を持った角が二本生えたデフォルメされた男が描かれる。その下に線を何本か繋がるように引き、描き込んでいく。

 

「遠征部隊の要、窓の影(スピラスキア)を操る紅一点ミラちゃん」

 

此方もまた先程のハイレイン同様、デフォルメされたミラが描かれる。口が独特の形をしているから、特徴的で覚えやすい。

 

本人が見たら怒りそうだなと適当に考えながら話を聞く。

 

「そして泥の王(ボルボロス)を使う万年キレ気味エネドラくん」

 

斜めカットが特徴的な前髪のデフォルメされたエネドラ。万年キレ気味という事は、常にあんな感じで苛立っているのだろうか。

 

「隊長の弟で見た目超パワーファイターだけど射撃戦が得意、雷の羽(ケリードーン)を使うランバネイン」

 

赤色の髪を持つ、ハイレインより若干大き目に描かれたその姿は見たことがない。恐らく、まだ俺が会った事は無いだろう。

 

「君も知ってる、この国の中でも有数の実力者――国宝、と言われる特殊な黒トリガーを扱うヴィザ翁」

 

剣の腕もピカイチ、ヒュースの剣の師だよ――成る程。実際にやりあってないからわからないが、ヴィザが最上位に近い実力を持っているのは分かった。ミラとエネドラの二人よりも恐らく強いのだろう。

 

「最後に、最新のトリガー蝶の盾(ランビリス)を扱う新世代ヒュース」

 

やはり、少人数で構成されてるのはどの国も変わらないらしい。先ほど見た顔をデフォルメして描かれたヒュースを見て特徴を覚える。

 

「まだ君の場合身体が治りきってないから、参加はもう少し先になると思う。……実力面の心配はしてないけどね」

 

少し小さな声で呟かれたその声を拾うが、何も言わない。身体、か。治る治らないの問題ではなく、既に普通がわからない。

 

感覚がして、頭痛以外の痛みがして、味がわかって、温度がわかって――……全部、忘れた。今更急に出てきても、困るだけだ。

 

俺だけが、救ってもらった俺だけがそんな思いしても意味がない。二人に、伝えないと。共有しないと意味がないんだ。

 

だから、身体の状態はどうだっていい。

 

「……でも、私達はそれを見るのが辛い」

 

吐き出すような言葉に、反応する。

 

お前達がなぜ辛くなる。どうしてだ。所詮、敵の国から拉致られた捕虜一人にすぎない。そんなに親身になる必要なんてどこにも無い。無感情に、適当に扱えばいいんだ。

 

「それは……それじゃあ、駄目だ」

 

なんでだ。無償の信用なんて、クソにもならない。

 

哀れだ、可哀想だ。そんな感情を抱いていると言うなら、今すぐ捨てろ。同情は求めてない、哀れみは求めてない。

 

俺の中ではただ一つ、あの二人だけなんだ。あの二人が全てなんだ。

 

 

「……で、も。私は、君にもっと幸せになって欲しい」

 

 

先程よりも、絞り出すような声を聞き話を続けるよう促す。

 

 

「……私は当主の娘に生まれて、不自由なく生きてきた。幼い頃から朝起きる時に誰かが起こしにくるし、食事も誰かが作ったものを食べていた」

 

 

スケッチブックを膝に置いて、顔を俯かせながら話を続ける。

 

 

「当主として恥ずかしく無い行動を、と幼い頃から教育は受けてきた。常識と言われるものも身に付けた。教養も付けた。戦争にも出た。現実を知った。その上で――……自分は、勝者なんだと思っていた」

 

 

現実に勝ったと。他の人間より優れているぞ、と。

 

 

「そして、自分の下に敗北した人間が沢山いる事を知った。私が生まれた時から約束されていたこの地位は、誰かが羨んで止まない場所かもしれない。そういうものから、目を逸らして来た」

 

 

顔を上げ、後ろを振り向き窓の外を見る。

 

 

「ヒュースは元々、平民出身なんだ。この国ではトリオン能力に優れている子供がいると兵士として育てるって風習があってね。エリン家に引き取って、兵士にしたんだ」

 

 

罪滅ぼしとは、少し違う。古い風習に従って、国の為にとやったこと。

 

 

「家族としての愛はある。責任もある。どっちかというと年の離れた弟、って感じなんだ。……私は、君ほど追い詰められてるのに気を保っている人間は、見たことがない」

 

 

限界ギリギリ、崖っぷちに掴まって宙にぶら下がっている。

 

 

「もしかしたら、私が追い詰めた人の中にもそういう人はいたかもしれない。いや、いたんだろうね。けど、私の目に触れる前に消えていった。国に、家に、人に押し潰されて。……だから私は、君を見捨てたくない」

 

 

当主としては間違っている。けれど、人として――ここで、選ばなければ。

 

「きっと私は――胸を張って、名乗れなくなってしまう」

 

だから、君には幸せになってもらいたい。誰の為でもない、自分の為に。

 

 

「きっと君を幸せに出来たら、私は人として胸を張れるから。……私が私として、生きていられる間にね」

 

 

少し儚げな表情で微笑むエリンに、既視感を覚え――ズキリ、と頭が痛んだ。


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