ワールドリワインド   作:恒例行事

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神の国Ⅵ

暗い。ただただ暗い。

 

真っ暗な視界、首をどう動かしても視界の変化はない。現実感の無さに、夢かと思う。

 

……手の感触が、ある。ああ、何だ。違和感がある。無いはずのものが、付いている。

 

左腕がついてる。動く。感覚がある。触れた感触がはっきりとする。

 

気持ち悪い。失った物を思い出した筈なのに、気持ち悪い。急激な変化が怖い。これが、触る感触か。恐ろしい。自分は今、何を触っているのだろうか。

 

果たして本当に腕を触っているのだろうか。いや、もしかしたら別の物を触ってるかもしれない。そもそもこれは本当に触れた感触なんだろうか。

 

わからない。だからこそ気持ち悪い。

 

 

『――私……局……後も……なさ……』

 

 

ふと、遠くから声が聞こえた。

 

音の出所は、分からない。遠い遠い、どこか。

 

けれど、遠い何処かだが――近い場所にある。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

「……おはよう」

 

目が醒める。日差しが眩しいくらいに差し込んで、寝起きの目には中々厳しい。目を細め、ゆっくりと身を起こす。

 

既に部屋に来ていたミラに、何時か確認する。

 

「今? 大体昼くらいよ、寝坊助さん」

 

若干険しい目で返してきたミラに、機嫌が悪いのか尋ねる。どうしたのだろうか。

 

「……何でも、ないわ。それより寝汗凄いわよ。汗を流してきたらどう?」

 

そう言われ着ている服を確認すると、確かに汗で濡れている。……そんなに暑かっただろうか。俺自身、暑さや寒さを感じることは無いが身体は別だ。

 

斬撃に痛みを感じなくたって、出血という結果が残るように身体の不調が出ると言うことは何かしら理由があるということである。

 

死なないから気にして無いが。死んでから考えればいい問題は、今は後回しにする。

 

とは言え、別に不衛生なままいるつもりはない。二人を助けた時に、身なりが整っていないと笑われてしまうから。いや、笑われてもいい。けれど、最低限やっておかなければいけない事はずっと続けてきた。

 

食事、身嗜み、文化――……は、正直忘れてしまった。

 

流石に音楽を楽しむ余裕はなかったし、そもそも存在してなかった。けれど、その文化という概念は覚えてる。

 

今もまだ、二人の記憶は覚えてる。鮮明に、では無いけれど。二人の顔も、声も、まだ忘れてない。忘れる訳にはいかない。

 

……そうだな。先に、汗を流そう。帰ってきたんだ。戻ってきたんだ。俺の元に。

 

だから、焦らなくて良い。遠征部隊に選ばれ続ければ、二人と離れる事はない。不幸中の幸いと言うか、ここの連中はあの国の上層部の様な奴らじゃない。

 

裏切られたら、死んでやり直せば良い。舌を噛み切るでも、心臓を潰すでも、頭を叩き潰すでも、自分で死ぬ方法はいくらでもある。合理的に行こう。それが二人を救う一番の近道になる。

 

俺一人でダメなら、他を巻き込めば良い。同じ目的か、それに準ずる意思を持った他の誰かを。

 

……そんな人物がいるのか、わからない。けれど――俺も、進まないと。手遅れになる前に。

 

攫われて、別の国に来た。あの国にはあの国なりのやり方が、この国にはこの国なりのやり方があるはずだ。折角黒トリガー使いの集まる部隊に配属されることになったんだ。

 

怪しませない程度に探って、情報を集めなければ。やる事は沢山ある。露骨に減った腕の筋肉を見て、また鍛え直しだと呟きながら外を見る。

 

変わらず陽の光は、眩しく差し込んでいる。でも――さっきよりも、優しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁ剣鬼君、調子はどんなもんかな」

 

黙々と腕立て伏せを行っていると、エリンが入ってきた。最近割と遠慮なく入ってくるようになったが、まあいい。

 

「おや、トレーニングかい? ……そういえば来た頃結構筋肉あったね」

 

ほぼ寝たきりだったせいで大分落ちたが、仕方ない。まだ時間はある。せめて元と同じくらい動けるようにならなければいけない。

 

「ほうほう。 まあ、ゆっくり頑張るといいさ」

 

そう言って何故か俺の寝床に腰掛けるエリンを尻目に、腕立てを続ける。実際の所、戦闘の際に筋肉があるかないかというのはかなり重要だ。

 

普段から変な姿勢で戦ったり、指の小さな運動を使って剣を振るうという事が発生したときに身体は正直だ。動ける動きしかしないし、絶対に届かない領域と言うのは存在する。

 

だからこそ、普段から鍛えておくことが重要――……ああ。大分前にこうやって誰かに説明した気がするな。確か、あの時は……彼女だったか。

 

少しの思考で、一瞬で過去に思いを馳せてしまう。これが良い事なのか悪い事なのか――うん。忘れるよりはいいだろう。特に、俺みたいな場合。

 

無言で回数を重ねて慣らしていく。幸い筋肉痛とかそういうのとは縁がないから、暇さえあればトレーニングを行えるのが便利だ。流石に腕が震えてバランスが取れなくなった場合は別のトレーニングをするが。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

言葉を交わす事もなく、俺の腕立てと呼吸が部屋の中に響く。エリンはそれに何かを言う事もなく、腰掛けたままである。

 

こちらとしても別に用があるわけでもないし、向こうに何か用があるのかもわからない。まあ、別になんでもいいか。邪魔しに来たわけではない。その事実が大事だ。

 

「そういえば、剣の腕って一日でも休めば下手になるみたいな話を聞いたことあるけど大丈夫?」

 

剣の腕、か。……さあ。実際に斬ってみない事にはわからない。

 

少なくとも前ほどうまく戦えはしないだろう。こう、長い間剣を振らなかったのもそうそうなかった。

 

「ふむ……君さえよければヒュースと模擬戦とか頼むけど、どうかな?」

 

模擬戦、か。確かに味方のレベルを理解するのは大事だしこちらも勘を取り戻す必要がある。条件を考えれば願っても無い事。

 

「流石に今すぐは無理だけどね! 一週間とか、その位期間は空くよ」

 

一週間あれば、少しはマシになる筈だ。ヒュース――剣の腕がどれほどかはわからないが、黒トリガーに混じって遠征部隊に選ばれるほどだ。実力は確かなのだろう。

 

別に殺し合う訳じゃ無い。これまでとは違うんだ。もし殺す気で来たら、殺さず無力化すればいい。敵だと上層部に思われるわけにはいかない。仮に殺してしまったら、自殺しよう。

 

「……そうなると、髪の毛邪魔じゃないかい?」

 

ふと、見てみる。ああ、確かに邪魔だな。視界を若干塞いでいる前髪に気が付き腕立てを一度やめる。なあ、何か切れるもの無いか?

 

「切れるもの……包丁とか? それともカッターとか」

 

何でもいい。邪魔だから切る。

 

「……自分で?」

 

他に誰がやるんだ。自分で切るに決まってるだろ。

 

「切ってあげようか?」

 

そう言いながら手を上げ人差し指と中指を動かし挟むような動作をしてニヤっと笑うエリンを見て、どこか増した頭痛を無視する。

 

まあ、いいか。別に俺が切ってもお前が切っても変わらない。それじゃあ頼む。

 

 

「……まさかそんなに素直に了承するとは」

 

 

そそくさと寝床から立って扉に向かうエリンを見送り、軽く前髪を摘まむ。確かによく見てみれば視界が若干薄暗くもない、何故気にもしてなかったのだろうか。

 

最近ミラが持ち込んだ鏡を思い出し、手に持つ。ああ、確かに長いな。

 

後ろ髪も肩甲骨あたりまで伸びてるから若干ヒラヒラしている。このくらいの髪の長さだと、アレだな。彼女と同じくらいか。

 

彼女とは違って綺麗な黒髪じゃなく薄汚れた白髪で、元気な瞳じゃなく今にも死にそうな程淀んだ目。快活な表情はどこにもなく、そこにあるのは死人の様な無表情。

 

……これで、いいんだ。俺はこうでいいんだ。俺らしい。

 

酷く擦れてても、見失わなければ。なあ、二人とも。鏡を置き、腰に付けた二人を撫でて呟く。

 

 

 

――……■は……■……に……

 

 

 

脳に響いたその小さな声を、どうにも思い出せず――少し、頭痛が引いたような気がした。

 

 

 

 


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