「――それで、エネドラ。どう感じた?」
少し厳かな雰囲気の声が響き、エネドラに語りかける。
「どう感じた――……ってもな」
はぁぁと大きく溜息をついて、腕を組み脚を組む。態度としては最悪だが、相対する男――ハイレインが特に気にする様子はない。
「ありゃ異常だ。最初の接触のときからある程度はやばいってことをわかってたが――そういうレベルじゃない。あいつ自身がトリオンで作られたナニカって言われた方がまだ納得できる」
「そうか……様子はどうだった?」
「様子だぁ? あー……アレだな。急に動いた」
光景を思い出すように、天井を見上げて目を細める。
「俺の泥の王の気体化攻撃を何故か察知したのか知らんが、その直後に大きく息を吐いたんだよな」
「……息を?」
「ああ、息を」
顎に手を当て、何かを考えるような仕草を出すハイレイン。
「……昔、まだまだ先代が健在だった頃。ある話を耳にしたことがあります」
ハイレインの後ろに佇んでいたヴィザが、口を開く。
「……先代の頃、か」
「ええ。あまり現実的ではないという要素から頓挫した計画ですが」
自信なさげにそう語るヴィザに珍しいと目を見開くエネドラを尻目に、ハイレインが問う。
「構わない。ヴィザが何かあると感じたのならそれを知っておくに越したことは無い」
「……んで、何があんだよ」
「そうですな。特に面白い話題ではありませんが――まぁ、それなりの話でした」
そう言って何かを懐かしむ様に目を細めた後、口を開いた。
「トリオン能力の、
Ⅰ
ぶるりと、身体が震える。寒いとかそういう話ではなく、何故か唐突に震えた。
――結局、エネドラとの戦いでリハビリ等も特に問題ないという結論が出た。これから割と積極的に模擬戦を組んでいるとミラが言っていた。
エネドラはともかく、ヒュースやヴィザとの戦いという物は割と楽しい。
特殊型の武器を扱うエネドラやミラは純粋な剣の闘いと言うのが出来ない。あそこまで特殊なトリガーを使うのもそうそう居ないだろうから、あまり経験にならない。
そんなことを言ってしまえばぶっちゃけ俺はいくらでも死に戻れるから経験もクソも無いが。
適当な事を考えながら、食堂へ向かう。現状、黒トリガーを自由に見れるチャンスは無い。黒トリガーそのものを見れなくてもいいから、何かしらの研究情報が欲しい。
ここまで大きな国なのだ、必ずどこかにある筈。流石に警戒されているのか、そう簡単に尻尾を掴ませてはくれない。
「おや、剣鬼君じゃないか」
考えながら歩いていると、横から出てきたエリンに声をかけられた。当然の様に後ろについているヒュースに最早安心感を覚えつつ返事をする。
「元気そうだな」
あまり表に感情が出てこないヒュースだが、それなりに味方として認めてくれているのだろうか。
「ふっふっふ、剣鬼君やい。聞いておくれよ、うちのヒュースの殊勝さを」
「あの、エリン様」
若干悪い顔で腕を組んで仁王立ちするエリンに、ヒュースが控えめな声をかけるが全く遠慮せずに言葉を紡ぐ。
「君に模擬戦でボコボコにされた後、
「エリン様」
「しかもトリオン体じゃなく、生身で修練してるんだよ! 何でか聞いても教えてくれないし、これはもう確実に」
「エリン様」
暴走するエリンを死んだ目で後ろから見つめるヒュースになんとなく憐みの目線を送ると、『お前の所為だぞ』と言わんばかりの視線を受けた。
「……言っておくが、別に貴様に負けたからではない。生身相手にトリオン体で勝利できなかった俺が情けないからやっているだけだ」
ツン、と若干突き放すような言い方をされるがニヤニヤしているエリンがヒュースの頭に手を置く。
「こんな風に言い訳作ってるけど明らかに君に負けたからだと思うから、これからもヒュースの事を頼むよ」
「エリン様!」
声を荒げてエリンに文句を言うヒュースが若干涙目になっているのを見て、仕方ないなと言った感じで了承する。ヒュースがこれ以上強くなるというなら、それはそれでいい。純粋な実力者相手に模擬戦を行うというのは実際役に立つ。
「それじゃあ会議があるからこの辺で。無茶はしないでね?」
「…………」
優雅に手を振って去っていくエリンと、疲れた悲哀の漂う雰囲気で歩いていく主従の関係に心の中で苦笑いしながらこちらも目的の食堂へと歩く。
腰にぶら下げた剣の重心を懐かしく感じつつ、それに慣らすように歩いていく。決して早くはなく、それでいて遅くもなく。
ずっとこの状態で生きていたとは言え、流石に暫くつけてないと身体の感覚も変わる。そもそも筋力量もある程度変わっているのだ。前と同じ感覚――そもそも感覚も感じ取れないが――で振るえる訳がない。
だからこそ食事を取って栄養を吸収して、肉体に変えなければならない。根性や意思で身体が動くのは限界がある。
痛みも感じない、疲労も感じない――けど、身体が動かない。それはもう、身体が動くための要素が足りていないからだ。
だから緊急の時に、詰みにならないように普段からある程度心がける。……無論、そうやっても防げないものはあるけれど。
「お、おはようございます」
この家で雇われている人間に挨拶を返して、食堂に着く。
食堂もあるし、部屋も多い。そもそも家としての大きさがでかいのでそれ相応に雇われの人間はいる。そう言った人間に何故か怯えられているせいで普段から避けられている様な気がする。
……まぁいい。俺にとって必要ではないから。けれど、二人が人間だと認めてくれたのにこうも引かれてばかりだと――情けない。
適当に注文して、空いてる席を探す。隻腕だから最初はある程度心配されていたが、今となっては慣れたのか特に何も言われない。前の国の時は心配はおろか見向きもされてなかったが。
空いてる一人掛けの席に座り、口にする。
いつも通り味はせず、けれど慣れたから口に運んでいく。こうやって味覚が無くなって、口の中の感覚も消えて――然程不便に感じたことはない。
だが、どうにも自分が人間離れしたなと自嘲はする。
「お、剣鬼ではないか」
自信満々と言った顔で近づいてきた男を見る。特に見覚えはないそいつの頭に角が生えているのを見て、こいつもトリガー使いかと推測する。
「俺はランバネイン。しがないトリガー使いだ」
気の広そうな様子を見せて、隣にいいか?と聞いてくる。特に断る理由も無いので了承し、ランバネインの為のスペースを若干作るために避ける。
「ああ、すまん。図体ばかりでかくなってしまってな」
ワハハと笑いながら語るランバネインに、中々愉快な奴という印象を持つ。
「……して、剣鬼よ。どうだ、うちの遠征班は」
真面目なトーンでそう問いかけてくる。どうだ、と言うことは……他国と比べて、と言うことだろうか。それを踏まえて回答すると、十分どころじゃなく戦力は足りているだろう。
俺との模擬戦を行った二人――ヒュースは剣技でしか戦っていなく、最新のトリガーを使いこなせば恐らく相当に化ける。黒トリガーに混じって通常トリガー使いとして遠征班にいるのだ、実力が低い訳がない。
エネドラは、あの慢心癖が少し抜ければ俺も危うい。昨日だって一度死んでる訳だし、初見の相手に負ける要素は無いだろう。液体に変化することまでは理解できても、まさか気体にまでなれるとは思わない。
内部から貫いて終了、それで確殺出来るのだから短期決戦における最高戦力といっても過言では無い。
それでいて、ワープホールをある程度自由に作成できるミラ。ミラと誰かが組んだだけで、相当な連携になる。エネドラの気体をワープホールから遠くに伸ばせば、それだけで殺せる。
ヴィザの実力の高さは見ればわかるし、後は隊長と――もう一人、だったか。
「うむ、そこだ。領主であるハイレイン――ああ、隊長でも構わんがな。トリオンに関しては恐らく最強格だろうな」
その分お前の様な生身には弱い、と笑いながら言うが普通は生身でトリオン体相手に戦おうとする奴はいないから大丈夫だろう。もし居ても、俺の様な死に戻りや彼女の様な勘の良さが無ければ普通に死んで終わりだ。
「そして最後の一人――遠近中全距離対応できる射撃トリガー使いだ。火力に関して言えば、この中でも一番か二番手だろう」
飯を買いながら話すランバネイン。射撃型、か。遠近中全距離対応可能、と言うのはどう言うことなのだろうか。
「単純に火力が馬鹿みたいに高い。遠くへの射撃でも火力が維持されたままで、精密射撃も出来るトリガーだ」
そんないいとこ取りをしただけのトリガーを開発したと言うのなら、素晴らしいことこの上ない。もしもそれがあってアレクセイが持っていたなら――……いや、関係ないな。
「流石の剣鬼も射撃型相手はある程度やり辛く感じるのか?」
それは特に無いな。なんとなくで相手のいる場所は分かるし、守らなきゃいけないとかそう言う条件が付かない限りは問題ない。
「ほほう、それは凄い。……なんとなく、と言うのは?」
そのままだ。なんとなく、そんな気がするから行ったらいる。
「……凄まじく勘が良いのか? 無意識にトリオンでも感じ取っているのか……」
トリオンを感じ取ってる――成る程、そういう考えもあるのか。ただ漠然と勘が良い、と言うよりかは理に適っている。明らかにトリオンが関係ない場面は流石に覚えてないから、それをどうこうしようと言うつもりもない。
そもそもそんなのどうでもいい。重要なのは勘で理解できるか、出来ないか。
食い終わったのでさっさと先に戻ることにして、ランバネインに先に行くことを伝える。おう、と返してそのまま食事を続けるランバネインを置いて部屋に向かう。
しかし、そうか。トリオンか。
トリオン――……ああ、そうか。成る程。少しだけ、希望が見えたな。
「ふむ……」
食事を続けつつ、ランバネインは考える。
噂の剣鬼と接触し、直接会話をした。たしかに雰囲気は死んでるし、ある程度近寄り難い空気は出ているがいざ話しかけてみると案外まともであった。
「勘がいい。勘がいいか……」
エネドラやヒュース、ミラから戦闘時の異常なほどの勘の良さと身体能力については聞いていた。すでに痛みや感覚を幾つか失っているとも聞いているし、身体能力に関しては恐らく――脳の機能が壊れているのだろう。
医学というものに対して明るくないランバネインだが、こう見えても領主の血縁関係に当たる。幼い頃から教養は身につけている。
脳の機能が不全――それがあの勘の良さに繋がるのだろうか。そもそも、何となくで行動して最善の行動を取るあたりヤバイ。確実に普通ではない。
思いついた中で、トリオンを無意識に感知しているというのを呟いたがなくはなさそうだ。相手のいる方がなんとなくわかる。これはそれで証明できる。
勘の良さ――これがわからない。脳の機能が壊れて勘が良くなるのならもっとそういう人物が出ている筈だ。戦争の最中は特に、精神を病む者が多い。
誰もが戦いたい訳ではない――ランバネインはそれを知っている。仕方なく戦う者もいる。それこそ、前の剣鬼の様に。
「まあ、考えるのは俺の仕事ではないがな」
そう言いつつ最後の一口を食べる。
取り敢えず悪意は見えなかった。実力の高さもヴィザのお墨付き。味方になるのなら心強い。
次の遠征に期待しよう――心の中でそう呟いた。