ワールドリワインド   作:恒例行事

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ボーダー

 ──パタン、とノートを畳む。横に目を向けてみれば既にいくつも積み重なっており、書いた際の筆圧か少々元より膨らみが目立つ。

 

 あの日(・・・)を境にガラリと変わった生活を懐かしむ様に記憶を思い出す。

 

 そう、あれは三年前──第一次近界民(ネイバー)侵攻と呼ばれる最悪の日から。

 

 

 

 

 あの時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。

 

 始まりはなんでもない、変哲のない日。友達と出掛けるから少しお洒落して、一緒に暮らす──うん。暮らしていた(・・)男の子となんでもない会話をしていた。

 

 そうしたら急に手を引かれて、家の外に走りだした。

 

 外の景色は私の知っている街並みじゃなくて、知らない変な白い機械みたいな奴が沢山いた。家を壊し、人を食い、爪で裂き貫く。テレビや動画で見たことのある現実感のない悲惨な光景。

 

 惨たらしく、尊厳など無い。警察が来ても意味はない。法なんてもの機能してなくて、常識が通用しない。至る所から聞こえる悲鳴や怒声を耳に入れながら、なんでこうなったのだろうと考え続けた。

 

 軍隊だって歯が立たない。銃は効かない。殴っても意味がない。包丁やナイフでも効果はない。車で引いたって外傷一つつかない。そんな化け物相手に、どうすればよかったんだろうか。

 

 彼は、私の身代わりになった。手を引かれて走るだけの私を引っ張り続けて、時には、その──……人を見殺しにもした。

 

 人が急に変わって、すごく疲れてる顔だった。その前まで、ほんの前まで彼だったのに。

 

 怖くはなったけれど、そこで恐怖で逃げる事はなかった。彼は彼、一線は超えなかった(・・・・・・・・・)し、奥底に私を気遣うのがすぐわかった。……私が彼を最後に見たのは、あの時。

 

 どこか満足そうな顔をして怪物に飲み込まれていく彼を見て、手を伸ばして──届かなかった。私は助かって、彼──廻は助からなかった。

 

 今じゃこの街ではありふれた出来事の一つ。だけど、私にとっては生涯忘れることの出来ない──大事な(憎い)記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 カタカタと薄暗い部屋にキーボードを叩く音が響く。広く、講義室と言われても問題ないと思えてしまうほどの部屋に静かに鳴っていた。黒色の髪を肩で切り揃え、眉間に皺を寄せて一心不乱にキーボードを叩き続ける女性。

 

 時折目頭を揉んだり、マグカップの中の飲料を口に含んでいるあたり休憩は挟んでいるのだろう。それでも集中して仕事をしているということがわかる。

 

 ひと段落ついたのか、一時間ほどモニターと向き合った後に身体を解すために上半身の柔軟を行なっていた。

 

「──まだ残っていたのか」

「忍田さん」

 

 忍田、と呼ばれた男性は隊服の様なもので身を包んでおりその手に栄養剤が握られている。

 

「まだ資料が完成してないんですよ。どうにも不慣れで……」

「一ヶ月前まで現役だったんだ、それは仕方ない」

 

 あははと笑う女性に、少し眉を顰めて話す忍田。

 

「あまり根を詰めすぎるなよ。君の気持ちは分かるが──」

忍田さん(・・・・)

 

 何かを言おうとした忍田を遮り、女性が口を挟む。名前を呼んだだけの短い言葉だが、そこに秘められた想いと意味は計り知れない。

 

「私がやるって言ったんです。そんな、戦えなくなりつつある(・・・・・・・・・・)からと言って止まるわけにはいきません」

「……それは分かる、だがもう少し自分を労わるんだ。持たないぞ」

「適度に休んでますし、大丈夫ですよ。自分のことはある程度わかってるつもりです」

 

 そういいつつ軽く伸びをして再度モニターに向き合う女性。その姿を見て「今日もか(・・)」と内心嘆息しながら女性の机に栄養剤を置く。

 

「せめて身体は大切にな。私は先に戻る」

「はい、お疲れ様です」

沢村くんも(・・・・・)程々に、な」

 

 部屋から出ていく忍田を尻目に、作業を続ける沢村と呼ばれた女性。

 

 

「……諦めてなんて、たまるか」

 

 

 

 

 

 

 

「ん? おー響子さんじゃん、久し振り」

「そんな久しぶりでもないでしょ」

 

 界境防衛機関──通称ボーダーと呼ばれるこの組織に沢村響子は属していた。

 

 三年前に起きた、宇宙人──後に近界民(ネイバー)と呼ばれる存在に受けた大規模な侵略行為以来、世界と世界を繋ぐ【ゲート】が開くこの街を守るために設立された民間防衛機関である。

 

 トリオンと言われる特殊技術を操り、偵察でやってくるトリオンで作成された兵士を返り討ちにして街を守る、謂わば警備団。

 

 所属する人間も、特殊な訓練を受けた軍人などではなく民間から募集・スカウトされた【トリオン】の多い若者が中心になっている。そんな中、ボーダー設立当初から前線に立ち続け、ノーマルトリガー使い最強と謳われた忍田とチームを共にし続けた女性──それが沢村響子。

 

 トリオン兵を斬っては投げ斬っては投げ、時にはトリオン体を破壊されることもあったが何かに取り憑かれた様にトリオン兵を狩り続けた響子はボーダーの中でサイドエフェクトなどという特殊な才能や、特異な天才を除いて上位の戦闘能力を持っていた。

 

 年齢によるトリオン能力の減衰が始まってから少しずつ前線から離れ、今ではボーダー本部にて忍田の専門オペレーターとして日々過ごしている。

 

米屋(よねや)君、どう? ランク戦する?」

「お、珍しいねー。アンタ(響子さん)から誘ってくるなんて」

「たまにはいいの。どうする?」

「勿論お受けします」

 

 ふざけた物言いをするこの男──米屋陽介はこう見えてボーダーでも指折りの実力者である。孤月と呼ばれる刀のトリガーを改造し、孤月槍を使用する天才。ランク戦と呼ばれるトリオンを利用した模擬戦闘で、ボーダーは急速に成長していた。それこそ、何度死んでもやり直せるように(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「いやー負けたわ……」

「油断したわね」

 

 十回戦って、七勝三敗。沢村響子の勝ちである。

 

「なんで前線退いてんのに強くなってんだこの人」

「普段の行いがいいからじゃない?」

「それなら俺は今頃個人ランキング一位(剣バカ戦闘狂)超えてるぜ」

 

 はははと笑いながらブースを退出する二人を、遠くから見る目が多数。C級隊員と呼ばれる、ボーダーに入りたての卵達である。

 

 A級・B級・C級の三つに分かれて階級のあるボーダー。米屋は現役のA級で、響子は元A級である。周りのC級隊員からしてみれば雲の上の存在、戦闘能力的に言えば化け物。

 

 そんな二人が肩を並べて歩いていると恐ろしいが、一応仲間であるために“憧れ”を抱く者も少なくはない。人間、さらに若い年齢になると英雄という物に憧れを持つことが多い。実際ボーダーに入隊する者の中にはそう言った考えの者も居る。

 

 だが、篩にかけられドロップアウトしていくのだ。自分は天才などではない、ただの凡人だと──真の天才(怪物)に叩きつけられていく。それでも心が折れなかったものは比肩するほどの実力を成長して持つ者も居る。だが、多くの人間はそう高潔に生きてはいけない。

 

 だからこそ、ずっと最前線で戦い続けているA級と言うのは知名度が高い。それほどずっと戦い続ける、その理由を人々は知りたがる。

 

「どうなの、オペレーター業の方は」

「……それ、聞いちゃう?」

「気になる気になる」

「はぁ……全然ダメ。慣れない作業ばっかりやっててもう悲惨よ」

「……それはもう」

 

 はぁ、と心底疲れた溜息をこぼす響子に流石に何も言えなかったのか米屋がなんとも言えない顔をする。

 

「あートリオン兵斬ってるだけのあの頃に戻り……たくは無いかな」

 

 どうせ戻れるならあの頃へ──三年前を思い出し、

時が巻き戻るなんて有り得ない事を妄想する(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。ぶんぶん頭を横に振って考えをリセット、現実逃避してる場合では無いと切り替える。

 

 ──貴方は今、どこで何をしていますか。

 

 彼を攫ったトリオン兵が殺傷能力は薄く、拉致が目的のトリオン兵ということはとうの昔に判明している。だからこそ、響子は生きているのでは無いかと思いを重ねてしまう。

 

 可能性は低くても、どこかの国で生きているのでは──そう思い続け、戦ってきた。

 

 こうやって前線で戦い続ければ、いつかゲートの向こうからやってきてくれないか──浅はかな考えだと言われても、甘い考えだと言われても諦めるつもりはなかった。

 

 彼も諦めず自分を救ってくれたのに、自分だけもう諦めるなんて薄情すぎる。

 

 けれど──三年という年月は、長い。自分も戦えなくなりつつある。限界が見えてきてしまった。今は米屋に勝ち越せたけれど、次もそうであるとは限らない。そうなってしまえば緊急出動すら無くなってしまうだろう。

 

 だからこそ、トリオン器官を長生きさせるために定期的にランク戦を行なっている。好戦的なものが多いため相手に困ることはない。

 

 いつになったら会えるのだろうか。死んだとは思いたくない。一応、御墓参りには毎年行っている。けれどそこで死を悼んだことはない。

 

「……ままならないわね、本当に」

「ん、どうかした?」

「何でもないですー」

 

 零した言葉を米屋に聞かれていたので誤魔化す。自分の戦う理由を知っているのは上司である忍田と他数名、別に知られてもいいがそれを理由にイジられるとめんどくさい。耐える自信はない。

 

 

 いつかまた会える──いや、会うのだ。頭に刻み込んで、響子は今日も生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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