ワールドリワインド   作:恒例行事

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迅悠一③

 ボーダー本部にある一室、大きな体育館のような広さがあり多くの人間が集まっている。

 

 皆似たような白い服に身を包んでおり、既にある程度グループが形成されているのか四、五人で固まっている者が多い。その中で一人だけ黒い服装に身を包み、髪色は特徴的な白い髪の少年──空閑遊真がいた。

 

「──ボーダー本部長、忍田(しのだ)真史(まさふみ)だ。君達の入隊を歓迎する」

 

 数日前に作戦会議で顔を合わせた、忍田が登壇し挨拶をする。

 

 ボーダー正式入隊日、近界民(ネイバー)であるがボーダーにとって無害であり尚且つ色々な交換条件を以て入隊を許可された空閑は漸くボーダーの一員として扱われることとなった。

 

「詳しい説明は嵐山隊に一任する、あとは頼む」

「はい、忍田本部長」

 

 新たに入る隊員──C級隊員達の前に四人の男女が並ぶ。右から嵐山隊長嵐山准、エース木虎(きとら)(あい)、狙撃手佐鳥(さとり)(けん)、オールラウンダー時枝(ときえだ)(みつる)

 

「嵐山隊……!」

「本物だ!」

 

 相変わらず人気だなー、と他人事のように頭の中で考える空閑。ボーダーで最初に遭遇した嵐山隊は、その人柄の良さと誠実さで空閑の中でも信用できる人物達としてカテゴリされていた。

 

 嵐山隊に騒めくC級隊員達を小馬鹿にするような態度をとる者達もいたが、別段空閑にとっては興味の沸くものでは無かったため無視した。

 

 空閑のサイドエフェクト──嘘を見抜く力によって、心の底からそう言っていることが分かってしまった為どうでもよくなったのである。ただの愚か者に対して構っているほど空閑は優しくは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──一閃煌めき、訓練用トリオン兵の身体を真っ二つに叩き斬る。

 

 危険も何もない、戦闘用ですらないトリオン兵が対象ならこんなもんかと内心思いながら訓練室からでる。

 

 トリオン兵は愚か、もっと強くて意地悪で性格の悪い連中と年中戦ってきた空閑からしてみればこの程度戯れにしかならない。驕りや生意気な感情で言っているわけではなく、そうとしか言いようがないのだ。

 

 猛獣の退治をずっと続けてきた人間が、アリの巣に水を流し込む作業を難しいと思うだろうか。

 

 トリガーの練習もずっと小南と行なっているから、そこらへんの新兵と同じではないのである。本来ならば最初から経験者として扱うべきだが──ボーダーで近界民(ネイバー)を特別扱いするわけにはいかない、と判断され他の隊員と扱いは変わらない。

 

 新人で才能があった者達が文句をつけてきたためにもう一度行なったが、先ほどの記録がコンマ六秒なのに対し今度はコンマ四秒で記録を縮めただけだった。

 

「流石だな空閑!」

「サンキューアラシヤマ」

 

 口を3の形へ変えてデフォルメされた顔をする空閑、どういう技術でそうなっているかはわからない。嬉しそうな顔で褒めてきた嵐山に返事をして、遠くから見ていた三雲へと目を向ける。

 

「正隊員になったら三雲くんと組むのか?」

「うん、そう」

「そうか、それは楽しみだな!」

 

 とことん人のいい嵐山と会話しつつ、気がつけばいた見知らぬ人物に目を向ける。

 

「あれ、あの人は?」

「ん? ああ、A級三位風間隊の人達だな。右側の少し小柄の人が風間(かざま)蒼也(そうや)、真ん中の髪が長い子が菊地原(きくちはら)士郎(しろう)、一番左の大きい子が歌川(うたがわ)(りょう)

「ほほう、A級三位……強い?」

「強いぞ。A級三位以上っていうのは少し特別で、正確には遠征に行くために【黒トリガーに対抗できる部隊】として認められてないといけないんだ」

「なるほど、三輪隊よりも強いんだな」

 

 ピクリと顔を動かしてこっちを見てきた菊地原に手を振るがシカトされる。

 

「嵐山、訓練室を一つ貸せ」

「何をするんですか?」

「迅の後輩とやらの実力を確かめておきたい」

「ん、おれ?」

 

 風間が階段を降りて近づいてくる。トリオン体に換装して準備を整えた風間に対し、話の流れ的に自分だろうと空閑は推測して答える。

 

「待ってください! 彼はまだ訓練生ですし、トリガーだって訓練用だ」

「違う、そいつじゃない」

 

 嵐山が空閑を庇うと、風間は違うと否定の声をだした。

 

「俺が見たいのは──お前だ、三雲(・・)

「……え?」

 

 メガネをかけて正隊員の隊服に身を包んだ男子──三雲修が困惑の声をあげた。

 

 

 

 

「うお、透明になれたりするのか」

「風間隊の象徴とも言えるトリガー、カメレオンだな。彼等はこの透明からの奇襲のコンビネーションがとても上手い」

 

 模擬戦という形で三雲を一方的に斬り続ける風間を見ながら空閑がいう。

 

「迅の後輩、か……まぁ確かに気になるな」

「ん、迅さんが何か言ったの?」

「迅が黒トリガー持ってたのは知ってるか?」

「うん、聞いたよ」

 

 ぽりぽりと頰をかきながら、少し言い辛そうにする嵐山。

 

「その、な。ちょっと前に空閑の黒トリガーを奪おうとする動きがあってな……」

「ほほう」

 

 キラリと目元を光らせ話を聞く空閑に苦笑いしながら申し訳なさそうに嵐山が続ける。

 

「本来隊員同士の基地外部での私闘は禁止されている。だけど、正式にボーダー本部から命令されたA級上位三部隊と迅、そして俺たち嵐山隊が戦ったんだよ」

「ふむ……それは何だか申し訳ない」

「君は確かに近界民(ネイバー)だけど、別に全員が全員悪者なんて話じゃない。そんな都合のいい話は無いんだ」

「そういって貰えるとたすかる」

「話を戻すと、迅はその私闘の代償に風刃を本部に引き渡したんだ。自分から」

「……確か師匠の形見って言ってたよね?」

「そうだ」

 

 それは確かに気になる話だ。あの迅が、と言えるほど空閑は仲良く詳しくなったわけでは無いが一筋縄ではいかない人間である迅がそこまで裏で動くのは一体何を見たのだろうか。

 

「そこまでしてくれたんなら言ってくれればいいのに、特に返せるものはないけど」

「迅がそう決めたんなら無駄なことじゃ無いし、きっと君達にも必要なことなんだと思うよ。多分だけど──」

「おーす二人ともー」

「あ、噂をすれば」

 

 自称実力派エリート、迅悠一が訓練室に入ってきた。

 

「むむ、何やら楽しそうなことやってるね風間さん」

「お前の後輩の実力を確かめたいんだってさ」

「その節ではお世話になりました」

 

 ぺこり、と礼をする空閑に本気でなんのことかわからない迅は疑問を浮かべる。

 

「……なんのこと?」

「俺のこと庇ってくれたんでしょ? ありがとうございます」

「あー……准?」

「聞きたいって言われたからつい」

 

 ははっ、軽い笑みを浮かべる嵐山に迅ががっくりと肩を落とす。

 

「こう、なんていうか、暗躍がバレるとすごい恥ずかしい。お前本当はすごい気遣いできるじゃん! とかそういうの言われたみたいで超恥ずかしい」

「心の底から恥ずかしがってるね」

「そのサイドエフェクトずるくない? 人のこと追い詰める才能あるね」

 

 よよよと顔を手で覆い崩れる迅に笑いつつ、三雲と風間の戦いを見る。

 

「三雲くんに勝率は?」

「無いでしょ、申し訳ないけど」

「みればなんとなくそんな気はしてた」

 

 実際嵐山もそう思ってたのか、二人の意見に同意する。

 

「才能ある方じゃないし、経験もない。勝てはしないだろうけど、面白いことにはなるぜ」

「ほほう、視えた?」

「まあね」

 

 いつも通りの表情でそういう迅に、何か期待を裏切ることをやってくれると期待する嵐山。

 

「多分だけど──メガネくんはみんなが思ってるより強いよ」

 

 

 

 

「しかし、これで晴れて遊真は正式にボーダーになった訳か」

 

 模擬戦を終え、結果的にあまりいいとは言えないが一つ引き分けをもぎ取った三雲を出迎えに行った空閑と嵐山を見送って迅は呟く。

 

「こんな時期に来たのが、よかったのか悪かったのか──少なくとも俺たちにとっちゃ有り難い」

 

 ボーダーにとって、黒トリガー使いが一人増えるのは純粋にとてつもなく大きい。城戸司令率いるボーダー過激派集団(致し方なし)と争っている場合ではないほどの最大級の危険が迫っている中、助かる要素でしかない。

 

「……大丈夫、未来はもう動き出してるさ」

 

 少しずつ、少しずつ見える情報が増えていく現状に進んでいることを実感する。全滅しか見えなかった道が、少しずつ個人の戦う姿が見えるようになってきた。

 

 大きな大きな進歩だ。

 

「凌いで、遊真の黒トリガーも奪わせない。不利な条件もつけさせない──全く忙しいなぁ」

 

 そうボヤく割に嬉しそうな顔をする迅。

 

「喜べよ遊真、世界は思っているより楽しいぞ──入隊(・・)すればもっと色んな奴が……?」

 

 入隊、その言葉が唐突に脳裏に浮かぶ。

 

 何だっただろうか。入隊、入隊──去年? いや、何もなかった。一昨年? それも何もなかったはずだ。そうだ、そういえばあの違和感──まてよ。確か沢村さんが入隊した時に何かを見た。そうだ。そうだ! 

 

 ガタ、と手すりを掴む。大きな音が鳴ったので少し目線を集めるが全く気にせず考えを集中させる。

 

 思い出せ、何を見た。沢村さんが、今のオペレーター服の様な物を着ていたはずだ。なら時系列は今であっている。四年前のあの日、俺は何を見た。

 

 沢村さんと、誰か。何だった、思い出せ。

 

 男、そうだ男だ。男──沢村さん……ひとつだけ、繋がる要素はある。ただ一つ、ものすごく低い確率が。安易に伝えることはできない、無責任に希望を持たせる訳にはいかないから。

 

 レプリカ先生と遊真の情報を照らし合わせ、あり得るかどうかの話をしなければ。時間はもうあまり残っていない。

 

 もしかすれば、逆転の一手になるかもしれない──その可能性に賭け、進めよう。こちらを見上げる遊真達を視界に入れて、迅も歩いて向かっていく。

 

 プライドを見せてくれた後輩を労うため、自分達の未来を救うため。

 

 

 

 

 

 





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