ワールドリワインド   作:恒例行事

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大規模侵攻①

 

 

「……ん」

 

 ボーダー本部屋外、屋上にて迅は座り込んでいた。

 

 曇り空、何か不穏な気配が漂う中じっくりとその場に待機する。雲が動き、風に流されていくのを観察しながらじっと待つ。手に握った黒い待機状態のトリガー、風刃をちょこちょこ触って空を見続ける。

 

 高い場所であるからか、風が吹き荒ぶ。顔に打ち付けるように響く風切り音を聴きながら、ぼうっと空を見上げる。

 

 ピク、と眉を動かし目を閉じる。

 

 一度深呼吸、静かに瞑想をして気持ちを落ち着かせる。頭の中に浮かんだ未来に目を通して、自分の思い描く未来が無いことを再度確認する。その上で、必ず手にして見せると誓い目を開く。

 

「──よし」

 

 予知は不十分、備えも不十分、たどり着くためのヒントも正解もありはしない。

 

 けれど、その答えを見つけると決めた。だからやる。それ以上でもそれ以下でもない。迅悠一という存在の全てを賭けてでも──例えば、生命を捨てることになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

「始まったな」

 

 遊真や三雲が通う学校の屋上──昼食を食べ休息を取っていた遊真達は突如大量に開いたゲートを目視で確認していた。

 

「これが……」

「とりあえず先生方に説明して、その上で避難してもらおう。千佳と夏目さんは避難誘導をやってもらえるか?」

「うん」

「了解っすメガネ先輩!」

 

 屋上から駆け下り、すぐさま教員へ説明と自らの責務であるボーダー正隊員としての仕事をするべく外へ出る。

 

「空閑」

「ん?」

「一緒にトリオン兵を食い止める。一緒に来てくれ」

「そうこなくっちゃ」

 

 拳を打ち合わせやる気十分である、という様子を見せる遊真。

 

「ああ、そうだ。チカにもちびレプリカを渡しとく。あぶない時は呼んでくれ、俺かオサムが絶対助けに行く」

「──うん」

 

 小さく分裂したレプリカを傍らに浮かせ、千佳はトリガーを展開しトリオン体へと換装する。

 

「いくぞ」

「オーケー、トリガー起動(トリガーオン)!」

 

 トリオン体へと換装し、駆ける二人。その姿を見送って千佳と夏目も学校や付近の住民の避難誘導を開始した。

 

 

 

『ボーダーとトリオン兵が戦い始めた様だな』

「状況は!?」

『数では圧倒的にトリオン兵が多い──が、なぜか戦力を分散して投入している。元々全戦力を掻き集めて対応しているボーダーからしてみればこの程度(・・・・)と言われてもおかしくないだろう』

「けど、油断するなよ。基本的に戦いってのは数が多い方が有利だ。しかも相手は戦力的に圧倒的に格上の奴らが来る可能性の方が高いし、先日の探査型トリオン兵を潜ませていた国だとすればこっちの戦力はある程度把握していてもおかしくない」

 

 実際に何年も戦争を行なってきた遊真やレプリカは、自分たちの経験以外にもさまざまな情報を抱えている。大国が小国に逆襲された例もあるし、大国が全てを蹂躙したという事例も知っている。

 

「いいかオサム、戦争に絶対は無い。迅さんの予知がどれだけ正確だったとしても、絶対じゃ無いんだ」

「……ああ!」

 

 その言葉は油断や慢心を取り払うものであり、また未来は変えられると自分たちを奮起させる言葉の意味も含まれていた。

 

 

 

 

 

「……ふん」

 

 二宮隊隊長、二宮匡貴──今でこそB級であるが、ある事件が起きるまではA級上位チームで尚且つ元A級一位であった部隊に所属していた精鋭中の精鋭。類稀なるトリオン量と、その本人のストイックな努力もあり彼は射手(シューター)一位の座を冠していた。

 

『こちら犬飼、近辺のトリオン兵は全部斬りましたー』

『辻、同様に』

「それなら次だ。奴の予知によればまだ序の口らしい」

『人型とか勘弁してほしー』

 

 その実力の高さもあり、和気藹々──とまではいかないが、平常の空気を保ったままトリオン兵を駆逐していく二宮隊。

 

『──待ってください。そこのトリオン兵の死体から反応があります』

「……なに?」

 

 二宮のすぐ真横、先程自分で片付けたトリオン兵の中に別反応。遭遇したことのない事例に、警戒心を持ち距離を取る。

 

「未確認のトリオン反応か」

『これは登録されていません──出てきます!』

 

 がら、と音を立てて死体を退ける様に出てきたトリオン反応──うさぎの様な耳に肥大化して両手足、そして通常のトリオン兵より人間の形に近づいたソレは静かに二宮の事を見据えた。

 

「──面白い」

 

 二宮の背後に、巨大なトリオンキューブが二つ生成される。アステロイドと呼ばれるシューターの装備の一つを放つ。

 

 並大抵のトリオン兵では耐えることは愚か、原型を保つことすら難しいその攻撃に対し──バン! と大きな音を立ててその場から飛び跳ね民家の屋根へと逃れるトリオン兵。

 

「小賢しいな」

 

 スラックスのポケットの入れていた両手を広げ、なにかを仰ぐ様に構える。

 

「──徹甲弾(ギムレット)

 

 合成弾と呼ばれる、弾と弾を合成し特化した性能へと変化させる技。予め用意していた弾道に沿って、合成弾を撃ち出す。ギムレットと呼ばれるソレは貫通力と破壊力を増したもので、アステロイドでは出せない威力を持つ。

 

 アステロイドよりも弾速を強化し、先程と同じ様子で避けようとしたトリオン兵は胴体を貫かれ飛ぶ動作の最中にバランスを崩す。

 

「アステロイド」

 

 再度背後に展開される大きなトリオンキューブを確認したトリオン兵が両腕でガードの体制を取る──が。

 

「無駄だ」

 

 トリオン量が多ければ多いほど、シューターの武器というものは強化されていく。それは威力であったり、弾の数であったり。通常の隊員の一撃と、二宮の一撃では文字通り次元が違う。

 

 そう、それが例えアステロイド一発だとしても。

 

 ──ズガガガッ!! とトリオン兵の身体を貫き破壊していくトリオン。身体を貫かれ、静かに地面へと落ちていくその姿にさらに追撃を放つ。完全に沈黙して地面に激突したトリオン兵を尻目に、オペレーターに連絡を取る二宮。

 

「うお、流石」

「他の連中よりは歯応えがあったが──所詮人形だ」

 

 全く新たな敵を相手にしたというのに、そこには余裕以外ない。これが射手個人一位、二宮匡貴である。

 

「情報を伝えろ。新型の様な、見たことのないトリオン兵が身体の中に潜伏している。人型に近い、うさぎの耳の様なモノがついてる。それと戦闘能力が通常のトリオン兵より高い」

『はい、詳細と映像を本部に送ります』

 

 オペレーターが応じて、しっかりとデータを送るために精査する。

 

「……犬飼、辻。警戒を続けろ」

 

 隊員へと指示を出し、何も居ない空を見る。

 

 何処と無く、嫌な感覚を覚えたのはその歴戦の経験か──どちらにせよ、その勘は正しかった。

 

『っ──! ゲート開きます!』

「──アステロイド」

 

 来る前から既に構えておく、新型がどれだけ投入された所で、この俺が負ける訳ないと言う絶対的な自負。

 

 ゲートが三つ開き──新型トリオン兵が三体投入される。その真ん中の個体には、頭から右腕にかけて丸が七つ刻まれていた。本部へと報告するため、本部オペレーターである沢村の元へと回線を繋げる。

 

「二宮隊、暫定新型三体と戦闘に入る」

『──了解しました、増援に影浦隊を要請します』

「……了解した」

 

 別に必要はないと思いつつも、新型の機能がどうなっているのかを把握出来ていないため増援は必要。自分達が新機能によって初見殺しされる可能性もなくはないのだ。

 

「辻、犬飼──三分で片付けるぞ」

「了解」

 

 銃を構えた犬飼と、孤月と呼ばれる近接用トリガーを手にする辻。たとえ一人欠けていても、そのチームワークには寸分の狂いも無かった。

 

 

 

 

 

 

「──ハッ、オイオイ。もうラービットがやられてるじゃないか!」

「ケッ、やられたのはプレーン体の雑魚だろが。……確かに玄界(ミデン)の猿にしちゃあやる方だがよ」

 

 暗い室内、ローブの様なものに身を包んだ男女が円卓を囲む様にして座っている。

 

「……今のところ、雛鳥達の居場所は分からないな」

「はい。雛鳥を戦闘に出すとは思えないので恐らく後方にいるのではないかと」

 

 ラッドと呼ばれる偵察用小型トリオン兵を前もって送り込み情報を収集し、狙い通りの戦況を作り出している。

 

 正隊員を前線に押し上げ、トリガー使いに成熟していない雛鳥達を捕える。襲撃者達──近界民達の狙いは領地や即戦力ではなく、新たな次世代を担う雛鳥達。

 

 ラービットと呼ばれるこの国でしか使用していないトリオン兵を使い、狙いがバレない様に分散させていく。徹底したリスクの管理を行い、自らの目標を必ず達成させる。

 

「ほっほ、玄界の進歩も目覚ましいですな」

「──まどろっこしい、さっさと俺達を投入しろよ」

「まぁ待てエネドラ」

 

 腕を組んだ、大柄な男性が文句をつけた前髪斜めカットの男──エネドラに声をかける。

 

「あくまで俺達は雛鳥を捕まえるのが狙いだ。あと少し、戦力が割れたと判断すれば俺達も出るさ」

「それに追い詰め過ぎれば黒トリガーを生み出す可能性もある。そう簡単に詰めれはしない」

 

 冷静に、論理的に会話を続ける二人に対しエネドラは何も言わずに舌打ちをする。

 

「……プレーン体ではない、ラービット相手にどのような対策をするのか見ものですな」

「あ? ……あぁ、そう言うことか」

 

 三体のラービットと戦闘する二宮の映像には、肩に丸が刻まれたラービットが腕から斬撃のようなモノを放って戦っている様子が描かれていた。

 

「剣鬼、テメェのラービットだぞ──勝てると思うか?」

 

 剣鬼、と呼ばれた存在──白い髪に窶れた姿、人が見れば死人か何かと勘違いする者もいるだろう。生気を感じない眼をゆらりと開き、返事を返す。

 

「…………どうでもいい」

 

 ──全部、斬ればいい。

 

 腰に携えた黒と赤の剣を一撫し、興味無さそうに映像を見据えた。

 


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