ワールドリワインド   作:恒例行事

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大規模侵攻③

「──『強』印、五重!」

 

 バキッ! と大きな音が響き渡る。連続して何かがぶつかる様な音が鳴り、場が静まる。

 

「ふいー、やっと倒した」

『ラービット──単独での戦闘なら問題はないが、これが三体連続となると面倒だ』

 

 にゅ、と空閑の腕からレプリカが飛び出してラービットへと近づいていく。

 

『オサムから緊急の連絡は無い。ラービットの解析を行おう』

「……さっきから上の方で飛んでる奴。探査型の奴だな」

『ふむ、あれだけの数を戦場に出す意図か……』

 

 空を漂うトリオン兵をみて、レプリカと空閑は考察する。

 

「ただ戦力を測るって言うなら、こんな大々的な戦争は行わないでしょ」

『ああ。それこそラッドによる侵入を繰り返すだけで十分だ』

「何か他の理由がある……うーん」

 

 歩いてくるトリオン兵を適当にあしらいながら、空閑が悩む素振りを見せる。

 

「……何だろ。一際優秀なトリオン能力を持つ人間を探してるとか」

『無くはない。噂ではマザートリガーをも抑えて様々な国を襲っていたそうだから──……』

「……ふむ。マザートリガーか」

『だが玄界にマザートリガーは存在しない』

「アフトクラトルのマザートリガーって、周期幾つなんだ」

『そういう事か』

 

 空閑のレプリカに対する質問で、察してその先を告げる。

 

『基本的に母体となるトリオン能力に左右されるが、数百年単位になるだろうな。そこまで昔の文献等はデータに入っていないから不明だが』

「可能性としては無くはない、か」

『真の目的がそれだとすればある程度辻褄はあう。これだけの戦力を投入しておいて未だ様子見に徹しているのはシンプルに勝利条件が違うからだ』

「トリオン能力の高い奴──チカか」

『遠距離でトリオンを計測する力があれば別だが、そこまで進化はしていない筈だ。どちらにせよ向かった方がいいな』

 

 結論を出し、早急に千佳達が避難誘導している方へ向かう空閑とレプリカ。

 

「オサムはどこにいる?」

『現在、何処かの部隊と合流しているようだ。ここからそう離れてはいない、通り道だ』

「うーん、そうか。おれの事を知らない部隊だと攻撃されそうで怖いな」

『たしかに接触は避けた方がいい。こちらの事情を理解している部隊ならばいいが』

「危険な橋は渡らない方がいいでしょ」

『最終的にそれを決めるのは私ではない』

「じゃあ少し確認して、知ってる人だったら行こう」

 

 息のあった、戦場であるにもかかわらず慣れた会話をする二人。道すがらトリオン兵を何体か撃破しつつ、三雲についてる小レプリカの位置を頼りに向かっていく。

 

 一分も経たない程度の頃に、目視で確認できる距離まで接近した空閑が一度立ち止まる。

 

「あー……アラシヤマ隊だ」

『ならば問題ないな』

 

 少しニヤリと笑いながら先程よりも早く跳んでいく。流石に目の前に衝撃を与えながら着地するのは良くないと判断したのか、勢いを殺すため民家の屋根で軽くブレーキをかけてから躍り出た。

 

「空閑!」

「やあやあ皆さんお揃いで」

 

 キラリと顔を輝かせ挨拶をすませる空閑。それに対して嵐山が声をかける。

 

「空閑くんか! 先程新型と当たったそうだな」

「中々強敵だった……」

『相手はかなりの装甲を有している。弱点である口の中を攻撃するのが一番だろう』

「そうか、空閑くんで手強いと感じるのか……本部、こちら嵐山隊。空閑隊員と合流──……?」

 

 嵐山が本部へと連絡を取ろうとしたところ、通信がうまくいっていない事に気がつく。

 

「何だ、本部で何か──!?」

 

 ドゴォン!! と一際大きな爆発音が響き、ボーダー本部から衝撃が疾る。見てみれば本部の建物へ向かって大きな空を飛ぶトリオン兵が何体か突撃しており、まだ後続に三体程続いている。

 

「イルガー!?」

 

 爆撃用トリオン兵であるイルガーには、二つの機能が備え付けられている。一つは爆撃モード。上空を泳ぎ、居住区や基地への爆撃を可能としている。そしてもう一つ──これがこのトリオン兵の最も厄介な要素。

 

「もう自爆モードだ」

 

 装甲を強固に、自爆を行う特別なモード。その堅牢さは目を見張るものがあり、空閑でさえ正面から叩き潰すのは悪手だと判断するほど。

 

「マズイ、本部が──」

「──いや、大丈夫だ」

 

 三雲の焦りの声に対し、嵐山が冷静に返答する。

 

「ボーダー本部には──個人総合一位がいる」

 

 ──ゾン!! と自爆モードへと突入していたイルガーの体が四つに分かれ墜落していく。

 

「自爆モードのイルガーを斬って墜とすのか、凄いな」

 

 硬さをよく知る空閑も、黒トリガーでならともかく通常の弧月で斬り捨てた事に驚きを示す。

 

「現状本部にはA級部隊の面子がそれなりに詰めてる筈だから、防衛力に関しては心配しなくてもいいと思う。──と、通信が返って来た」

「へぇ……」

 

 まだ戦力に余裕があるという点で、密かに安心する。ボーダーの内情に明るいわけでは無い空閑からしてみればどれだけの戦力が保有されどれだけ対処に当てられているのか不安に思っていた。迅や小南、玉狛のメンバーの戦力の高さは分かっている。他に本部で知っている戦力と言えば一戦交えた三輪隊くらいだ。

 

「はい、はい。わかりました──空閑くん! 城戸司令が話があるそうだ」

「おれに?」

「オープンにするから、交代できるか?」

「わかった」

『──空閑隊員、聞こえるか』

「ん、聞こえてる」

 

 空閑に対してボーダー本部、城戸から話があるだということで嵐山が回線を開きスピーカー状態にする。

 

『……黒トリガーを使った事は非常事態故、特に問わない』

「どーも」

『ただし今後空閑隊員は、嵐山隊について新型の撃破をしてもらう』

「──っ!?」

 

 この言葉に最も動揺したのは空閑でも嵐山でもなく、三雲である。

 

 少し離れた場所で避難誘導を行なっている千佳、夏目をいち早く安全地帯へ連れて行きたい三雲からしてみれば空閑が居た方が圧倒的に成功率が高い。実力が決して高くない今、自分一人の力で救えるとは考えていない。

 

「おれの仲間を助けなきゃいけないんだけど」

『組織に属した以上は、命令に従ってもらう』

「それで間に合わなかったら?」

『黒トリガーという力を持っている以上、より強い力にぶつけるのが最適だ。救援は三雲隊員達正隊員が向かう』

「……ふーん」

 

 チラ、と三雲を見る空閑。トリオン体である筈だが顔は苦悶の表情を浮かべており自信のなさや緊張を感じる。自分のような命の奪い合いをする経験は積んでない、新兵と言っても差し支えないのだ。

 

 流石にこの状態の三雲を一人で行かせるわけにはいかないと考え、どうにかついていける手段が無いか考える。本人がたとえ平気だ、と言ってもとてもそうとは思えない。

 

「──隊長、私が三雲くんについて行きます」

「木虎」

 

 嵐山隊のエース、木虎が答える。

 

「そうすればC級隊員の保護、そして新型の撃破も問題ないと思います」

『……いいだろう。問題はない』

「悪いなオサム」

「いや……僕にもっと戦う力があれば良かったんだ。謝るのはこっちだ」

 

 空閑が三雲に対してついていけずすまない、という意図で謝罪を送ると三雲が謝罪で返してきた。

 

「それは今言っても仕方ないわ。それに──あの時とは違って、もう正隊員でしょ?」

 

 木虎の言葉に含められた意味を受け取り、三雲が少し強めに頷き返す。

 

『では頼む』

「はい!」

 

 城戸が通信を切り、指示の通りに進める嵐山。

 

「三雲くん、すまないが空閑くんを借りるぞ」

「いえ、戦力を考えれば仕方ありません。木虎、すまないけど力を貸してほしい」

 

 こく、と頷く木虎。

 

「行こう」

「ええ」

 

 その場から跳んで、屋根の上を駆けていく二人。無人の家を走って、トリオン体という事もあり早々に小さくなっていった。

 

「俺たちも行こう、新型がどこにでているかは知ってるか?」

「いや、全然」

「先ず二宮隊の所に三体。風間隊が一体、東さんが率いるB級部隊の所に三体だな」

『ニノミヤ隊の三体に関しては見た。個別にカスタマイズされた特別個体が紛れているようだ』

「どうやら太刀川さん──さっきのトリオン兵を斬った人だ。あの人も新型狩りに出ているみたいで先にB級部隊の場所に向かったらしい」

「じゃあニノミヤ隊の所か」

「二宮隊は影浦隊が援護に行っているから問題ないと思う。だから俺たちが行くべきなのは──」

 

「ちょっと待ってもらってもいいか?」

 

 判断を下そうとしていた嵐山を止める声が響き、声を出した人物の方を見る。

 

「迅」

「や、ども」

 

 青い玉狛の隊服に身を包んだ迅がそこに居た。

 

「悪いんだけど、遊真を借りてもいいか?」

「何か見えたのか?」

「うん。ちょっとマズい感じのがね」

 

 いつも通りの笑みを見せつつ、少し焦った様子で話す迅。

 

「……わかった! 空閑くん、悪いけど迅の言うことを聞いてくれるか?」

「わかった。迅さん、オサム達の所?」

「流石察しがいいね。俺はちょっと別のところに向かわなきゃいけないから単独で行ってもらえるか?」

「りょーかい」

「あ、そうだ。B級隊員がその姿を見たら勘違いするかもしれないけど、今B級は固まって行動してる。だから空を跳んでっても大丈夫だぜ」

「それはありがたい」

 

 跳ね飛んで、先に向かう空閑。

 

「お前はどうするんだ?」

「俺はちょっと、どうしても出なきゃいけない場所があってね。多分だけど、そこが分かれ道だ」

「……決まるって事か」

「うん。そこから先は見えないけど、あそこをクリアしなきゃ何も始まらないみたいだ」

 

 たははと笑う迅に、少し真剣な顔をした嵐山が話す。

 

「迅。何か手が必要なら言ってくれ」

「ありがとう准。けど、ここだけは俺じゃないとダメみたいだ。他の誰でもない俺だけ」

 

 そういうと、少し離れた場所で爆発音が鳴る。

 

「トリオン兵か……! 迅、しっかり片付けてこいよ!」

「ああ、任せとけ」

 

 何たって俺は実力派エリートだぜ、そう言って走っていった嵐山隊を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やっほー、どんな感じ?」

「お、ゾエじゃん。てことは今の爆発はゾエのメテオラか」

 

 ──特殊個体のラービットを包んだ爆発は、現場に到着した影浦隊の支援によるものだった。

 

「やっほカゲ、助かったよ」

「チッ」

「酷くない?」

 

 影浦隊隊長である影浦に舌打ちをされ少し悲しそうな声を出す犬飼。しかし顔は笑ったままである。

 

「辻くんが相当やられたって聞いたけど」

「ちょっと刺されただけなんだけど、トリオン吸収能力を持ってたっぽい。あんまり長くは持たないかな」

「チッ、めんどくせぇ」

 

 ガリガリと頭を掻く影浦。

 

「多分、まだ終わってないよ。なんで出てこないかわかんないけど」

「警戒は怠るな。影浦、お前には伸ばしてくる刃をへし折って貰いたい」

「あぁ? ぶった斬ればいいだろが」

「奴はトリオンを吸収して自己再生に当てる能力がある。俺たち遠距離で削って潰しきるのが一番効率がいい。絵馬もいるんだろう」

「向こう側でもうスタンバイしてるよ」

 

 少し離れた場所の建物を指差す。

 

「なら問題ない。奴が空を飛んだら撃ち落とすように伝えろ」

「オッケー。……にしても本当に出てこないや」

 

 微妙に散開し、未だ煙に包まれてるその場を見る。

 

『トリオン反応増加、これは──ゲート信号です』

「増援か、時間をかけすぎた」

 

 そういってアステロイドを構える二宮。

 

「……あ?」

 

 影浦のサイドエフェクト──感情受信体質。相手の差し向けてくる感情が、肌に触られた様な、突き刺さる様に感じ取れる副作用。特に負の感情であれば余計突き刺す様に感じ取れ、相手の攻撃の前兆を予測可能であったりする。

 

 しかしトリオン兵相手に感情は無く、この新型も同様であると考えてた影浦は少し驚いた。自分の首へ、本気の殺意を向けられたのだから。

 

「おい、来る──」

 

 ぞ、と。

 

 その言葉は告げることが出来なかった。いや、告げることは出来た。ただし間に合わなかった。

 

 

 ──シュン、と静かな音が響き渡る。

 

 

 影浦のみが、自らへの攻撃を察知していた為何が起きたか理解できた。回避行動を取り──いや、自分の予測より圧倒的に早く到達した黒い斬撃が首を裂いた。

 

「チッ──」

 

 転がる様に地面に手をつき、煙の向こうへと構える。ゆらり、と風が靡き煙が晴れていく。サク、と場違いな歩行音が鳴り注目を集める。

 

「……まず一人。いや、二人か」

 

 煙の向こうから声が聞こえ何のことだ、と影浦は思った。狙われた自分は存命である、ならば何を持って一人だと判断したのだろうか。そう思ったところで──後ろにいた他のメンバーのことだと気がつく。

 

「そういうことかよ……!」

 

 後ろを振り返ると、二宮を庇う様に前へと押し出た辻の体が胴と下半身で真っ二つに割れ──そして、その後ろにいる二宮は縦に分割されそのまま次の句を告げるまでもなくベイルアウトした。二人を尻目に残った人員は警戒を最大限に強めて対応を待つ。

 

「……おい、声が聞こえるってことはよ」

『うっそ!? 確かに一瞬ばかでかいトリオン反応はあったけど──今反応してるのはさっきの新型だけ!』

 

 サク、サクと音が続き小さな音のはずが響き渡るように鳴る。煙を分け、歩み姿を現す。

 

 白髪で染まった頭部に、若干覚束ない足取り。手に握られた剣は赤黒く鈍く輝き、胎動の様な運動を繰り返し行っている。ゆら、と何かその姿を中心に何かが揺めき空気の振動を伝える。

 

「……人型近界民」

 

 誰かが呟いたその言葉に特に反応する事もなく、離れた場所で警戒を続ける影浦達を軽く見た。

 

「……もう、時間がないんだ……構ってる暇なんて何処にもない、早くやらなきゃいけないんだ」

 

 だから、と言葉を区切って剣を握りこう言った。

 

 

「──死ね」

 

 

 その瞳は、赤く血液の色で濁っていた。

 

 


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