ワールドリワインド   作:恒例行事

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大規模侵攻⑤

 

 

「──」

 

 北添を斬った、その直後。

 

 ピク、と身体が反応し唐突に後ろへと跳ぶ。

 

 ──ザン! とその場に幾つかの斬撃が奔りその場にあった瓦礫を細切れにし、北添の遅れて放ったメテオラが降り注ぐ。ドゴ、と大きく音を立ててまたも爆風が靡き視界を悪くする。

 

「──おいおい、これを避けるのか……」

 

 ザ、と歩く音を鳴らしながら歩いてくる。

 

 ブア、と煙を掻き分け伸びてきた斬撃を手に持った剣で防ぐ。二度三度と立て続けに振られる斬撃を剣で受け流し笑みを見せる男──迅悠一。

 

「どうも、アフトクラトルの黒トリガー使いさん。俺は実力派エリートの迅悠一です」

「……ミラ」

 

 ギュア、と男の後ろに黒い穴が開く。渦巻いて不気味さを醸し出すそこの中から、ミラと呼ばれた角が生えた一人の赤い髪の女性が出てくる。

 

「こいつは」

「……恐らく黒トリガーね。任せて良いかしら?」

「ああ」

 

 そう告げると再度黒い穴の中へと戻っていく。

 

「なるほど、今のがゲートを開く人か……結構厄介だな」

 

 ビュッ! と男の剣が振られる。下から上へと唸るように振り切られた黒い斬撃に対し、手に持った風刃で対処する。

 

「ふむ……なるほど(・・・・)。そうなる訳か」

 

 ス、と風刃を上段に構える。その間にも連続して斬撃が襲い来るが、軽く身を捻ることで回避する。ぐ、と力を込め一気に振り下ろす。当然何も出ない──訳がない。風刃から伸びた一つの斬撃が、男の身体を貫く。地面から生え、右足と右腕を文字通り断ち斬った。

 

「っ……おいおい、マジかよ」

 

 右腕と右足が身体から離れ、血液を大量に噴き出す。それに伴ってバランスが取れなくなったことで大きく身を崩し地面に倒れこむ。

 

「生身って、そんなのありかよ……」

 

 つまり、この隻腕も。真っ白な頭も真っ赤な瞳も全部本当の身体。倒れ込んだその姿にしたのは自分で、もがくことすらせずに此方を見るその瞳から──思わず目を逸らした。

 

 

──世界が歪む。

 

 

 

 

 

「──っ!?」

 

 ピタ、と剣を振る腕を止める。汗がタラリと雫となって落ちていくような感覚を肌で感じる。暑いからとか、そういう理由ではない。トリオン体である以上そんな過度な影響は出ないが──緊張や焦りはしっかりと発生する。

 

「…………気のせい、か?」

 

 ゆらりと佇む目の前の白髪の男を見る。そして視えてくる映像を確認し、あまり大差ないことを確認する。

 

 生身。

 

 完全に生身である。トリオン体による戦闘が当たり前の今、いや。玄界からしてみれば狂気すら感じるモノである。

 

 心臓の鼓動が喧しい、そんな気分だ。

 

「……なんだ、来ないのか」

 

 その言葉を言われた瞬間、目の前に光景が浮かび上がってくる。

 

 真っ二つにされた自分。膾切りにされた自分。手足をもがれ、動かなくなったところをラービットに捕らえられた自分。風刃を奪われる自分──ありとあらゆる失敗が雪崩れ込み、さしもの迅も顔を歪める。

 

「……こりゃ一筋縄じゃいかなそうだ」

 

 再度、汗が垂れたような気がして額を拭う。当然何も流れ落ちないが──少し気が紛れたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 黒い斬撃が街を刻む。

 

 家を断ち、地を断つ。その射線上に乗ったモノは等しく斬られ分割される。遠くから見ても分かるものであり、最早単独の戦闘とは思えない。時が違えば──それこそ太古の時代であれば、この世の終わりと勘違いされても遜色ない。

 

 それが──個人へと向けられる。なんの躊躇いもなく、容赦なく。

 

「──っと!」

 

 予知によって視えた攻撃を避ける。先程までは一刀ずつ伸びる斬撃であったから余裕があった。だが今はどうだ。

 

 目に見えないほどの速度で振られる剣、その一つ一つの動作に斬撃が生成され襲いかかってくる。辛うじて防ぎ、タイミングを見計らい攻撃しようとするも自分の死が視えるだけ。

 

 思わず手を止め、再度チャンスを探り──その繰り返し。

 

「あっぶねー……これで生身だってんだから信じらんない」

 

 ふう、と一息ついて少し離れた場所にいるその男を見る。遠距離戦は出来なくはない、かえって好都合だ。風刃は、目の通る場所に物質を通じて斬撃を放つ黒トリガー。

 

 正直今この瞬間にも当てることは可能である。可能ではあるが──それによって敗北しか見えないのだ。だから手を出さない。出さない。ただし相手の攻撃は容赦なく飛んでくる。

 

 それに、何時迄も防戦一方でいるつもりはない。あまり時間をかけて仕舞えば戦局が悪い方向に進むのだ。

 

「くっそー……沢村さん、何処までなら範囲的に拡大できる?」

『ちょっと待って──ええと、大体迅くんから見て後方ね。つまり本部方向よ』

「これ以上下がったらそっちに通っちゃうかもな……」

『映像はこっちでも確認してる。今のところ他の箇所がそこまで追い詰められてないから誰か増援に回せるけど』

「いやいいよ、こっちは俺で抑える。沢村さんは俺が連絡したらとってくれ」

 

 先程までと打って変わり動かない相手を見て思わず苦笑する。よくわからん奴だ、と内心思いながら屋根の上から降りる。

 

「なぁ、アンタ名前はなんて言うんだ?」

「…………」

 

 何も答えることはない。しかし手に握った剣を振る仕草も見せない。

 

「俺はあんた達近界民とも、ある程度は仲良くしたいと思ってる。そっち側に行った事だってあるしな」

 

 揺さぶりをかけ、他に手がないか探る。

 

「…………?」

 

 ふと、顔を歪ませる男。唐突なその仕草に迅も警戒して、未来を見逃さぬように気を張り詰める。

 

「──……ら……?」

 

 なにかを呟き、頭を殴りつける。剣の柄でぶん殴り、少し切れたのか頭から血を流す。

 

「……おいおい、何してんだ」

「……う、……い……」

 

 ブツブツとなにかを呟く男の不気味さに思わず風刃を握り直す。

 

「──違う、要らない。俺は違う。そんな奴は知らない。二人しか、俺には二人しかいないんだよ……!」

 

 ギリ、と歯を噛み締め睨みつける。血走って狂った目をギラつかせ迅を見る。

 

「どけよ……! 他に何もないんだよ……!」

 

 ごくり、と自然に喉を鳴らす。その気迫に、後ずさる。

 

「そこを──どけ!」

 

 なにかを散らすように叫び、剣を振る。間一髪身を捻り回避した迅の背後は断ち切られ、ボーダー本部にさえその一撃は届いていた。

 

「…………マジかよ」

 

 耳に入ってくる沢村からの通信に意識を向けることも無く、真っ直ぐ男を見る。

 

「……ごめん沢村さん。出れないわ」

 

 風刃を抜刀、いくつも斬撃の帯が出来上がる。躊躇うこと無く、振ろうとして──止まる。

 

「どういう絡繰かは不明だけど……めんどくさいな、あんた」

「……違う……そんな奴は居ない。俺には、もう……あいつしか、あいつらしか……」

 

 いつもの薄い笑みを消し、余裕のない顔で言う。

 

「悪いけど、ここで倒すよ(・・・)

 

 風刃を掲げ、今度こそ躊躇いなく──振り切った。

 

 

 

 

『──……ん』

 

『……れで……か?』

 

 

 

 

 鬼はまだ、目覚めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そんで爺さん、アンタら何しに来たんだ?」

 

 ボーダー個人総合一位(ソロNo. 1)、太刀川慶。飄々とした表情で余裕を常に醸し出しつつ、その圧倒的な実力で敵を薙ぎ倒していく実力者。

 

「ふむ……そうですな。散歩のようなモノですよ」

「おいおい、散歩で人間殺すかよ」

 

 相対する老人──マントを靡かせ、手に持った杖を支えに立っている。

 

「ほっほ、それもそうですな。では、趣味で遊びに来たとでも」

「近界民は趣味で人間を殺すのか、流石だな」

「それほどでもありません。出来るだけ早く穏便にやるべき事をやって、帰りたいのですよ」

「何だ、じゃあさっさと帰ってくれよ」

 

 腰に携えた二本の孤月に手を置く。ノーマルトリガー最強の男、忍田真史の弟子である太刀川は彼の二刀流も受け継いでいる。その実力は前述の通りボーダー内で個人一位という結果になるほど。

 

 そして本人は戦闘狂である。強い者と戦う事を生き甲斐としており、趣味をランク戦で勝利する事だと公言している。その太刀川が、仮にも存分に戦えるであろう敵に対して「帰れ」等と言うのだろうか。

 

否、通常であれば言わない。

 

「(……ったく、冗談きついぞ迅の奴。何が『太刀川さん、強い人ならあっちの方にいるよ』だ。これ……)」

 

 上手いこと乗せられたと内心愚痴る。実際強い相手と戦えるのならそれでもいいのだが、いろんな相手と戦いたいのだ。いきなりラスボスクラスに当てられるなど考えてもいなかった。

 

 逆に考えれば自分以外相手できなかった、若しくは迅の予知の上で俺以外誰もいなかったと考えれば気分は少しは晴れる。

 

 先程からビュンビュン飛びまくってる黒いなにかを視界の端に入れて、目の前の老人に声をかける。

 

「あの黒いの、そちらの誰か? 少なくともウチにあんなもん振り回せる奴いないんだけど」

「えぇ、そうですね。私の星の杖(オルガノン)程ではありませんが有数のトリガーと使い手です。……剣技だけで言えば、最強に近いのではないでしょうか」

「へぇ、成る程ね。それで、最強がアンタか?」

「……ふむ、やはり玄界の戦士は成長が早い」

 

 ス、と構える老人に対し最大限の警戒をする太刀川。

 

「最初はお譲りしましょう。子供には加減をするものですから」

「……言うじゃん」

 

 警戒は解かず、戦意を漲らせていく。ここまで露骨に侮られて憤らない太刀川ではないし、何より強敵を前に何時迄も燻っている自分ではない。

 

「──斬るぜ、アンタ」

 

 敵が強いから何だ。そんなもの最初からわかっている。その上で斬るのだ。それが太刀川慶という男だ。

 

 両手に孤月を握りしめ、腰を落とし一気に脱力する。ふら、と抜けたその刹那に急転し孤月を抜刀する。

 

「──旋空」

 

 腕を十字に交差させ、力を損なわない様に丁寧に。それでいて豪胆に振り上げる。下から唸る様に迫り来る斬撃に対し──老人は笑った。

 

「──孤月」

 

 振り切られた剣の先端、遠心力等の力が全力で全て割り振られ幾度となく相手を両断してきた絶対的な一撃が老人に肉薄する。老人に接触する刹那──姿がブレたその瞬間に旋空孤月の軌道が変わる。

 

「……ま、だろうな」

 

 一撃を、杖から抜刀した剣で受け流して防御した老人。そのくらいは出来るだろうと考えていた太刀川は慌てることもなく、至って冷静に反応する。

 

 

「──うし、ここで斬る。悪いけど付き合ってくれよ」

「ほほ、いいでしょう。少しだけ、お付き合いします」

 

 

 

 

 


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