「──よっと」
一閃煌めき、続いて二閃瞬く。
「ほっほ、元気がいい」
軽く受け流し、続いて接近して剣を振る太刀川の剣撃を容易くあしらう。
「おいおい、自信失くすぜ」
そう言いながら次々と斬撃を浴びせていく二刀流を尻目に、老人は軽薄に笑う。
「こちらも重ねた物がある故──そう簡単に譲りはしません」
二つの攻撃をほぼ同時に剣を振りぬくことで対処する。剣技うんぬんの前に、根本的な性能差があると太刀川は感じた。
──それがどうした。
目の前の敵を斬るのに、それは必要な情報ではない。
「やかましい」
キ、と弧月を加速させる。これまでの剣速より二段程上昇した旋空弧月を振るい首を狙う。
「──ふむ」
それも容易く受け流される──が。それを予測していた太刀川が左手の弧月で追撃。家を巻き込みながら薙ぎ払い逆手旋空弧月が襲い掛かる。首を軽く捻って回避する老人だが、今度は正面に真っ直ぐ剣を振るう。振り下ろしの速度で一気に踏み込む。
──キン! と音が鳴り旋空弧月が受け止められる。
「……はは、ったく」
当然の様に受け止められ、トリオンとなって霧散する旋空弧月の刀身を見てからその場で納刀する。
「全く、アンタヤバいな。しかも全然本気出してねぇだろ」
「いえいえ、それなりにやっております」
「なーにがそれなりだ。いいね、益々斬りたくなってきた」
グラスホッパーと呼ばれる、小さなジャンプ台の様なものを足元に生成する。トリガーのオプションの一つであり、攻撃手の者たちが貴重な機動用として扱うもの。
当然太刀川も所持している。射程の足りなさと言うものを補う必要もあるため、大きく飛びたい時や距離を詰めたい時に使用する。
今回は後者、距離を詰め剣戟に持ち込むためである。
ダ、とこれまでとは違い一瞬で老人の懐まで詰め寄る。小柄な部隊員が使用するグラスホッパーではあるが、大柄な隊員でも十分使用する事は可能である。
勢いを保ったまま剣を新たに生成した二刀を振りかぶり、老人が攻撃してきても対応できるようにする。
──旋空孤月。
空中で動いたまま片腕で放つ。もう片方の手で何もしないことで、反撃に備えることも考えている。
「残念ながら、飛んでくる斬撃には慣れてるものでして」
「だろうな、アレを見てれば予想出来る」
いとも容易く回避されたことに腹を立てることすらなく、空いてる手で孤月を再度振る。純粋な剣術ですらのらりくらりと躱されている現状、相手が格上なのは承知の上ではあったが──少々堪える。
『……もしもし本部、繋がってる?』
『どうした慶』
本部へ連絡をしたところ、忍田が直接電話に出た。
『いやね、俺の戦ってる爺さんだけど──これちょっと無理っす』
『……お前でダメか』
『三輪隊とか、そこら辺の方が刺さるかもしんないすね。トリガーらしき物持ってんのに全く性能発揮されないどころか攻撃すらしてもらえん』
そう言いながら次々と剣戟を繰り広げられる辺り太刀川も大概なのだが、それを軽々と剣一本で防ぎ抜く老人も大概である。
『悔しいすけど完全に格上。多分突破されるから次考えといて下さい』
『──わかった』
そう言って剣に意識を戻し、再度振り直す。
「考え事はおしまいですか?」
「おーこわ、バレてら」
鍔迫り合いのような形になり、啀み合う二人。といっても互いに余裕そうな表情を保っており、互いに命を取り合っているとは思えない。
「実際の所何目的で来たワケ? 流石に散歩でここまではこねーだろ」
「いえいえ、本当になんでもないのですよ。ただ少しだけ、時間を頂ければ」
「よく言うぜこの爺さん」
一二三、目にも留まらぬ孤月二刀流に対し一本の杖で全部斬り結ぶ老人。
「いや、本当スゲーな。よく一本でそんだけ振りまくる」
「そちらこそ、よくそれだけの長さを振り回す。鍛錬がしっかりしている証拠ですな」
会話しながら、常に斬り合う。
「──……ふむ」
「おわっと」
突如老人が剣を持ち直し、反撃に転じてくる。
「申し訳ありません、玄界の戦士よ。どうやら此方もあまり遊んでいる場合ではなくなってきたようです」
「それじゃ困るな、キッチリ俺と遊んでて貰わないと」
攻勢を捌きつつ、隙を狙って孤月を振る。防がれるが読み通し、これまでと同じように振り続ける。
「ふむ、それだけの剣術──我が国にもそうそうお目にかかれるものではない」
「だろ? もっと楽しんでってくれよ」
「それもいいのですが、今回は事情があります故」
どんどん加速する剣の速度に合わせて、太刀川も対応していく。互いに攻撃と防御を繰り返し、周囲に少しずつ被害を出す。表情の変わらない老人と、口元の薄ら笑いが消えつつある太刀川。
どちらが有利かは、一目瞭然。
それでもなお──
「やってみろよ──こう見えて俺もアンタと同じなんだ」
「──っ!」
剣を振る。剣そのものの攻撃と、それに付随する斬撃により時間差多段攻撃を放つ。剣を防ぎ、相手の足元と側面の壁から生えた斬撃を回避される。
追撃で二つ、斬撃を放ち予知した位置へと先手を打つがそれすらも避けられる。
「……全く、未来でも見えてんの?」
迅が思わずそう小さく呟く。こちらが予知した上でのこの行動である。予知を上回り、完全に未知の戦いになっている。こんな物は久しぶりだと内心思いながらも相対するその姿に再度意識を向ける。
時々人体を無視した挙動を行うあたり、何か謎があるのだろうか。自分と同じ、何かしらのサイドエフェクトを持っていてもおかしくはない。身体能力の強化か、五感の補強か、それとも──時間軸に関する何かか。
先程からずっと見える様々な死の光景は何なのだろうか。果たして本当に戦いの果てに待っているのか。
風刃を構えて再度前進する。相手の特徴はあの射程が無限にでもあるのだろうかという恐ろしく長い斬撃であり、それさえ防げば簡単にという話ではないが選択肢の一つは減る。
ぐにゃぐにゃ伸び縮みも可能だし、接近した方がかえって風刃を活かすという点でははっきり言って良くない悪手である。
だが、それでも前に出なければいけない。これ以上振らせてしまうと、取り返しのつかないことになる。それは、
真正面から風刃を振りかぶり、思い切り振り下ろす。まるで受け流す様に綺麗に逸らされて、空いた胴体を真っ二つにしようと剣を振るってくる。
しかしそれは予知によって把握済みのため、前もってこうなる事を予見し逸らされる方向まで確定させておいた。逸らされる勢いをそのまま使い上体を捻る。
ぐい、と若干無理のある体勢になるが気にせず片足でバランスを取る。頬のすぐ真横を通過していった剣を見て若干ビビりながらも風刃で斬る。ほんの少しだけ後退、髪に触れたか触れてないか程度の攻撃しか通らなかったのを確認してそのまま風刃の斬撃が放たれる。
流石に避けようもなかったのか大きく飛び上がり瓦礫と化した家へと着地する。
「やっぱり未来見えてない? 気のせいじゃないでしょ」
「…………」
「明らかに攻撃が入るタイミングで、完全に理解された動きしてんだよね。こうも綺麗に何度も躱されるとさ、疑いたくもなるよ」
笑みを浮かべながら話しかける迅。対照的に、冷徹で機械のような瞳をしている男。
「因みに俺は未来が見えるよ。どんな動きをするのか、とかね」
「……未来なんて」
ボソ、と呟く。
「未来なんて、見えちゃいない……ただ、生きてるだけだ」
「…………生き、てる?」
自分の予測はあたっていたのかと思い、それと同時に何か違和感を感じる迅。何か、大事な事を忘れていないか。
「何度も何度も何度も何度も、斬って斬られて死んで殺して殺されて──……そうとしか、生きられないだけ」
「──……いや、ちょっと待て」
その言葉に、迅は思考を早める。仮に言っている事が本当だとすれば、厄介どころではない。天敵という次元でもない。
「……なあ、一つ聞いていいか」
「…………」
「一番最初、俺が来た時。あんた、死んだだろ」
「──それがどうした」
カタ、と手に持った剣を揺らす男。
「……成程、そういうことね。そりゃ全滅もするよ」
納得したような表情で風刃を構え直す迅。それを見て男は特に構えを変えることもなく、瓦礫になった家から降りる。
「──あんた、名前は?」
「……剣鬼」
「そりゃまた──その通りだ」
剣の鬼と書いて、
「俺は──何度繰り返すことになっても、諦めない……!」
傷つこうが構うことか、死ぬことなど恐れてなるものか。恐れるものは諦めという現実、構うことは
ヒュガッ! と音がなり迅に高速の斬撃が奔る。
「(やべ、見逃してた──!)」
未来を見るが、自分で選んで未来は読めない。見えた未来を必死に探り戦う迅と、何度死んでも復活する剣鬼。
迅に段々と斬撃が近づいていき──そして、ある声が響く。
「──旋空孤月」
──横から突如乱入してきた孤月が、剣鬼の斬撃を遮って迅にたどり着くまでのタイムラグを生み出す。瞬間的にその方向へと剣鬼が剣を振るが、その攻撃は迅がカバーする。
「すまん助かっ……何で来てんですか?」
援軍としてやってきたその者に、思わず迅が突っ込む。
足元まである季節外れの黒いロングコートを身に纏い、手に握られた孤月。
「
男性ではない高い声、肩口で切り揃えた黒髪に身体はコートの上からも女性的な丸みがほんのりと見て取れる。
「……成る程。そういう訳ね──
元忍田隊攻撃手、沢村響子。現役を退いても、その願いを叶えるために自らの力を磨き続けた女性。
「この人があの斬撃の使い、手──……」
剣鬼を視界に収めると、ピタリと止まる。映像で確認できたのはあくまで攻撃や姿であり、詳細な顔や体格は不明だった。
「──うそ、でしょ……?」
カラン、と孤月が地面に落ちる。
記憶の中にある姿を即座に思い出し、目の前の人物と見比べる。ああ、どこを見ても同じには見えない。片腕がないし、目は充血か何かで真っ赤になっている。お揃いであった黒い髪も白に染まり、随分と窶れた顔。
けれど、忘れるわけがない。いつか見つけるために、遠征部隊と定期的に通信も行える本部長付きオペレーターになったのだから。
「──……廻?」
「──……沢、村……?」
奇しくも互いに疑問を口に出す。それが果たして同じ疑問か否かは──わからない。