ワールドリワインド   作:恒例行事

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大規模侵攻⑨

 高速で回転し続ける円に、その周回軌道上に現れた剣。辺りを瓦礫と化し、暴風となって回り続ける。

 

「あれ、厄介だな。目で追える速度じゃ無い」

『ならば落とせばいい。『錨』印+『射』印で払い落とす』

「賛成」

 

 目の前を回るオルガノンに、A級の三輪と戦闘した際にコピーした鉛弾(レッドバレット)を用意する。一つで100キロの重さを誇り、相手の動きを阻害する。

 

「──『錨』印(アンカー)『射』印(ボルト)三重(トリプル)

 

 空閑の右腕から、幾つもの黒い小さな弾丸が飛び出す。レプリカが相手の速度を計測、その上で弾を当てるタイミングを計算して確実に当たるように放った。

 

 狙い通りオルガノンの周回軌道、現在放っている四本全ての剣に命中し速度を一気に落とす。

 

「ほう、これは中々……」

 

 だが、特に慌てることもなく冷静に対処する。剣のタイミングをずらし、交互に当て合う事で殆ど全ての鉛弾を斬り落としてしまう。

 

「さっきよりはマシ、ギリギリ見えるかな」

『対応能力も高い。タチカワを斬ったログは解析したが、純粋な剣技がとてつもない。近づくのは悪手だ』

「でも近寄んないとジリ貧。そもそもこの感じだと逃げに徹しても捉えられそう」

 

 グルグル回り続けるオルガノンの射程から少しずつ離れつつ先を探る。

 

「『錨』印でどうにか動きを封じる」

『シノダからは時間を稼いでくれと言われている。無理に倒しに行かなくても問題ないとは思うが』

「でも、ここで倒した方が絶対良い」

 

 向かってる剣を回避して、黒い弾丸を射出する。先程同様レプリカによる計算を行い確実に当たるように調節して放つ。

 

「──同じ手は通じない」

 

 しかし回転スピードをバラバラに変更されて、難なく回避される。

 

「『強』印、三重!」

 

 地面に強化した拳を叩きつけ、瓦礫を巻き上げる。その中に紛れ込み、老人が斬り捨て完全に瓦礫の一部になった家の下まで退避する。

 

「──さて、どうしよっか」

『時間が経てば此方を無差別的に斬ることもしてくるだろう。あまり無いぞ』

「わかってる。近接戦闘では敵わない、中距離の撃ち合いも不利──……ま、あの時よりはマシか。『響』印」

 

 音を反響させ、瓦礫の下の道を探る。窪みが所々に発生している現状、下から奇襲を行うということが可能になっている。ある程度正確に道を把握し、相手の足元付近まで駆ける。

 

「『強』印+『射』印──四重」

 

 地面の下から強化した射撃を通す。ある程度の位置をレプリカの齎らす情報によって把握し、足元から放つ。

 

「ふむ」

 

 オルガノンを自らの身体へ収束させ、剣で防御する。ただの刃であるはずだが、ラービットにすら傷をつける空閑のトリガーで傷一つ付いていない。

 

 驚異的な硬さを誇るオルガノンに内心呆れながら手を緩めることはしない。

 

「『鎖』印──『錨』印+『射』印!」

 

『強』印と共に放った『鎖』印──鎖が伸び、物と物を繋げることが出来る。瓦礫と老人を繋ぎ、視界を塞ぐ。その間に死角から鉛弾を放つ──が。

 

「なかなかいい攻撃ですが、今ひとつ足りない」

 

 平然とした顔でマントで鉛弾を受け止め、マントを斬り落とす。新しくなったマントをヒラヒラ揺らめかせ、杖に手を置きゆらりと待つ。

 

「次はどうくる? また地面から攻撃ですかな。いや、正面から斬り合いでもいいでしょう。私はここで貴方にいて貰えれば結構ですので」

「……ふーん」

 

 地面から出て、再度地表で相対する空閑は老人を見る。

 

 空閑のサイドエフェクト、嘘を見極めるこの力で老人の言葉をよく噛み砕く。嘘は言っていない、ここで時間を稼ぐのが目的なのは正解。ならば、この感じ取れる嫌な気配はなんだろうか。

 

「……どっちにしても、変わらないか」

 

 過去に父親に言われたことを思い出す。相手の力量を見極めて自分でやれることをやる。それができなかった過去の空閑は身体を損傷し、父親は黒トリガーになって空閑を助けた。

 

 では、今はどうか。相手の力量──自分の全てを総合しても勝ち目のない高さ。やれることはあまりない。けれど頼まれたのだ。

 

「やれるやれないじゃない。やるんだ」

 

 未だ無事な五体に満足し、戦意を漲らせる。ここで止めなければ他がない。ならやる。不退転の覚悟を決め、空閑は再度印を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……出てこんな」

「出てきませんなぁ」

 

 瓦礫に沈んだエネドラを遠くから見ていた生駒隊──否、B級連合は集合し陣形を組んでいた。

 

 一番近づくのが生駒隊、その後方に荒船隊が控えている。先程まで王子隊も共にいたが、B級下位チームの助太刀に向かったために今は2チームしかいない。

 

「えーと、荒船隊の狙撃と」

「後は蔵っちのサラマンダーやな。普通だったら吹き飛ぶわ」

 

 だが、普通ではないのが今回の相手。エネドラは黒トリガーの使い手であり、アフトクラトルという大国で限りのある黒トリガー使いに抜擢されるのは並大抵のことではないのだ。

 

 ──生駒達からしてみれば知ったことではないが。

 

「お、何か集まり始めた」

「来るんちゃいます?」

 

 瓦礫の下から先程の黒い液体が集まり、一つに固まっていく。ぐねぐね蠢きながら姿を元に戻すそれを見ながら警戒態勢をとる。

 

「──す」

 

 ズズ、と距離が離れた場所に再生し直したエネドラが何かを呟きながら液体をその場で回転させる。ぐるぐる渦巻かせて、その一本を高速で回し続ける。

 

「──殺す」

 

 先程までの攻撃と全く違う速度で放たれた攻撃に対し、ギリギリで回避する。エネドラ本体に荒船隊の援護が入り、的確に関節部を撃ち抜く。だがバランスを崩すことも無くその場に立ち続け、飛び散った液体を一瞬で元に戻す。

 

「あら、なんかめっちゃ怒っとるやん」

「──ぶっ殺す」

 

 暴風のように渦巻き、一瞬で生駒の目の前まで移動してそのまま攻撃を放つ。液体攻撃と織り交ぜて気体化攻撃も放ち、完全に逃げ場をなくす。

 

『トリオンが広がってる!』

「──メテオラ」

 

 水上のメテオラが入り、爆風が生駒とエネドラを包む。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 水上をターゲットにエネドラの攻撃が突き刺さり、飛び上がって回避しようとした水上の右足を切断する。その間にも荒船隊の狙撃は食らっているが全く怯むことなく攻撃を続ける。

 

 水上のカバーに入った生駒に対し、四方八方から刃が飛び出る。後ろから迫る刃に対して──遠距離から狙撃が突き刺さる。

 

「あぁ?」

 

 先程まで自分を執拗に攻撃してきた狙撃が急に精度を上げて攻撃を放ってきた事に違和感を覚える。これだけの芸当ができるのならば、自分の弱点を撃ち抜くことができる筈だ。ならばこれは偶然か、それとも──新手か。

 

「そりゃあ──後者だろうなぁ!」

 

 だが、生駒をここで殺しきるには十分だ。いくらボーダーでトップクラスの剣の腕を持っていても、これだけを相手に捌くのは難しい。それが庇いながらになると尚更。

 

 それ故に──そこに集中してしまった。

 

 

「──はい終わり」

 

 

 カ、と。突如湧き出た声の主がエネドラの硬質化した弱点を斬り裂いた。

 

「──ん、だと……!?」

 

 目の前でこっちを見ながらベイルアウトしていく生駒を尻目に、背後から駆け抜けていった存在を見る。最初に戦った、透明になるちょこまか動く部隊。

 

 

「──気付いてなかったの、本当に間抜けだね」

 

 

 肩まである髪の毛をあげ、後ろ結びのような形で留めている。気だるげな目と、それとは反して闘志を滲ませる動き。最初にエネドラと会敵していた、A級三位風間隊。唯一ベイルアウトせずにずっと戦場でカメレオンを使用しサポートに徹していた──菊地原士郎。

 

「なんでずっと弱点を狙われなかったとか、少しは考えた?」

「──ク、ソがァ……!」

 

 ピシピシとエネドラのトリオン体にヒビが入っていく。

 

 弱点を攻撃されなかったのは、純粋に相手が把握していなかったから。相手の実力が低かったから。考える力がないと思っていたから。

 

 菊地原が透明になって鳴りを潜めたのは、援軍を呼びに行っていたから。──否。全てが伏線、生駒の攻撃も水上のメテオラも王子隊の援護も全て全て──この菊地原の一撃のため。

 

 表情は悪鬼の様に歪み、憎悪は前面に押し出されて殺意が充満している。そんな中菊地原は特に動揺することもなく、片足を失った水上を庇うようにさりげなく前に移動して話す。

 

「液体と固体だけじゃなく、気体にもなれる。万能で弱点が少ない黒トリガーだけど──使い手が残念だね」

「テメェ……いつか、いつか殺してやる……!」

「やってみなよ──そのチャンスが来るかどうかなんて知らないけど」

 

 ド、とエネドラの身体が爆散する。

 

 煙がその場に巻き上がり、一瞬菊地原の姿が飲み込まれるがすぐに晴れる。

 

「いやー、助かったわ」

「囮どうも、まあ僕一人でも大丈夫でしたけど」

「それは流石に無理があるやろ」

 

 水上が片足を引き摺りながら歩く。

 

「──で、こいつどないする?」

「とりあえず本部に連絡します。──え、何ですか」

 

 菊地原が通信を繋げると、オペレーターから割り込みが入る。

 

『トリオン反応、敵黒トリガーの真横──新手!』

「うっそやん」

 

 水上が思わずその場から飛び跳ねる。菊地原はスコーピオンを構え直し、再度戦闘の準備をする。

 

「うえー、めんどくさ……」

 

 ぶつくさ言いながら少し距離を離して耳を澄ませる。

 

 菊地原のサイドエフェクト──強化聴覚。ただひたすらに耳がいいと言うサイドエフェクトで、ボーダーに入るまでは厄介者扱いであった。

 

 聞きたくも無い陰口を聞き、人の秘密を勝手に聞いてしまう。そのせいで風評被害を受けたことは幸い無かったが、人と関わるのを難しく考えるようになってしまった。

 

 けれどボーダーに入隊し、風間に見初められ部隊として戦うようになるにつれて──このサイドエフェクトはいつしか【呪い】から【武器】へと変わっていった。

 

 今はこの力を使うのに躊躇いはない。無意識に鍛えられたその技能を遺憾なく発揮し一つの音も漏らさない様に気を張り詰める。

 

 そして──聞こえてくる声。

 

「──随分手酷くやられたわね、エネドラ」

 

 赤い髪に、ツノを二本生やした女性。パリッと隊服を着こなし、他のメンバーとは違いマントを身につけていない。

 

「チッ……るせーよ。早く回収しろや」

 

 そう言いながら手を差し出すエネドラに、逃してたまるかと寄ろうとする菊地原。

 

 ──しかし、その行動は無駄骨に終わる。

 

「……ごめんなさいね」

「あぁ?」

 

 瞬間、エネドラの腕を黒い棘のようなものが空中に現れ切断した。

 

「……あ゛?」

 

 その確かな痛みと、無くなった感覚の違和感がエネドラを困惑させる。ボトリ、と落ちた腕を女性が拾い上げて待機状態のボルボロスを引き抜く。

 

「──か、カ──あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!?」

 

 左腕で傷口を抑え、その場でのたうち回る。頭を地面に叩きつけ、痛みを我慢する絶叫をあげる。

 

「テメ、テ、てめぇっ……! どういう、事だぁ!」

「悪いけど、こういう作戦なの。──そう、悪いけれど……こういう、作戦なのよ」

「ざ、ざけんなッ! 返しやがれ! 泥の王(ボルボロス)は俺の──」

 

 直後、エネドラの胴体をいくつもの棘を突き刺し致命傷を与える。血を吐き、左腕を女性──ミラに伸ばしながらエネドラは地面に倒れこむ。

 

「ふ……ざけ……ォレの……」

「──さようなら、エネドラ。……昔の貴方なら、どうしてこうなるかわかった筈なのに」

 

 トドメと言わんばかりに再度棘を突き刺し、動かなくなったエネドラから目線を外して最後に、その場から動かなかった菊地原と水上を見て向こう側へと消えていった。

 

「……はぁ、どうしますか」

『とりあえず連絡はこっちで行っておく。何か持ってないか漁った後──念のため本部へと運べ』

「もう死んでますよ、こいつ」

『救護班は動けない。そこは戦地真っ只中だからな。それくらい我慢しろ』

「はいはい、わかりましたよーっと……いつも貧乏くじだなぁ」

 

 ガサゴソと血塗れになったエネドラの死体を漁る。どこか手慣れたその手つきと表情に、嫌そうな雰囲気がありありと表れていた。

 

 

 


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