ワールドリワインド   作:恒例行事

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星見廻③

 木崎と名乗った男に連れられ、川の上に立つ建物まで連れてこられた。どうやらここが迅や木崎達の拠点──ボーダー玉狛支部、というらしい。

 

 扉を開き、木崎が車を表に止めてくるのを待ってから中に入る。

 

 そして中に入った途端──変なちびっこが居た。

 

「しんいりか……」

「……木崎。なんだこいつは」

 

 キメ顔で呟く子供にヒュースが訳がわからないと言った様子で聞く。大丈夫だ安心しろ、俺も訳がわからん。

 

「こいつは林藤陽太郎──ここの支部長の甥っ子だ」

「よきにはからえ、しんいりたち──あだっ」

 

 木崎のチョップが頭に入り、割と痛そうに悶絶している。いや、というよりなんだその生き物。全身毛皮で包まれたなんか大きい奴の背中に乗っていたことに今気づき、それと同時に見たことのない生物に疑問が湧く。

 

「こいつは雷神丸。カピバラだ」

「……玄界の犬は随分顔がでかいな」

 

 ヒュースが顎に手を当て何か納得したような仕草を見せる。いや、お前はどこに納得したんだ。

 

 ……まぁ、いいか。もう、気を張る必要もない。

 

「まだ二人分の部屋は作ってないから寝床は無いが、まあリビングで寛いでてくれ」

 

 夜までには準備しておくと告げて、そのまま歩いて行く木崎の後ろに俺も付いて行く。

 

「随分警戒心が薄いな」

 

 ヒュースが木崎へと声をかける。それもそうだ、仮にも侵略者で未だトリガーを所持してる奴らへの待遇では無い。

 

「迅が十分だと言ったからな。なら、十分なんだろう」

「……ふん」

 

 ヒュースも別に襲ってやろうなどと考えている訳でもなく、合理的に考えてここで騒ぎを起こす必要がないから大人しい。本国に帰る手段は幾つか残っているが──まあ、十中八九使えないだろう。

 

「さて──ようこそ、玉狛支部へ」

 

 ガチャリと扉を開けると、それなりに広い部屋に出た。机やソファがあって、一つの家庭と言っても遜色ない景観。

 

「支部の連中は皆出張っていてな。ヒュース、だったか。お前とずっと斬り合ってた奴もここの所属だぞ」

「ぐ」

 

 口を変な形に曲げて何か言いたげな表情になった後、横目で俺を見る。なんだ、何か言いたいことがありそうだな。

 

「……別に剣で負けたわけじゃない。貴様と模擬戦をしなくなって久しいから時間を食っただけで、負けてはいない」

 

 唐突に言い訳を始めたヒュースに、思わず少し笑ってしまう。

 

「…………お前が笑うところは、随分久し振りに見た」

 

 そうか? ああ、そうかもな。ずっと、ずっと──……気が狂いそうだった。

 

 静かに、ゆっくりと時間が過ぎて行く。何も進まないまま、解決なんてできないまま。着々と時間だけが過ぎて、タイムリミットが近づいてくるんだ。

 

 気も、狂いたくもなるさ。

 

 それでも──…………進んだんだ。

 

「……そうか」

 

 ああ、そうなんだ。きっと、そうだ。

 

 少し安堵したような表情のヒュースと共に、木崎に寛げと言われたのでお構いなくソファに座る。ヒュースと二人並び、既にトリオン体を解除しているヒュースと元から生身の俺はアフトクラトル特有の服装をしている。

 

「そういえば、ここがお前の故郷だとさっき言っていたな」

 

 ああ、記憶には無いが。

 

 思い出すカケラも、何もない。けど、俺の故郷らしい。

 

「お前を知っている奴も、いたんじゃないのか」

 

 ああ、居たよ。俺の記憶にはない、俺を知っている誰かは。多分、俺が覚えてなきゃいけなかった人も。全部抜け落ちてしまった。でも、俺はそれでもいいんじゃないかと思う。俺は、そんな多くは抱えられないから。

 

 目を細めて、無い腕の傷口を触る。

 

 この腕も、この髪も、この目も、この身体全部──捧げたって、なんの躊躇いもない。一人で生きるのは、辛い。

 

 一応腰から外した剣を手に取り、見つめる。

 

 何を想っているのか、俺にはわからない。どんな感情を抱いていたのか、わからない。恨んでいたのか、羨んでいたのか、憎んでいたのか、愛していたのか……感情っていうのは、難しい。

 

 自分のことすらわからないのに、他人のことなんてわかる筈もないだろ? 

 

「それでも」

 

 木崎が手にマグカップを持って、歩いてくる。

 

「それでも諦めきれなかったから──知りたかったから、走り続けたんだろう」

 

 コト、とソファの前にあった低いテーブルに置く。俺とヒュース、それぞれの前において木崎も俺たちの前に向かい合うように座る。

 

 

「聞かせてくれ。お前の話を──星見」

 

 

 木崎とヒュースに、俺の話をした。覚えている限りの、俺の記憶を。

 

 ヒュースには元々ある程度話していたから、今回話すのはあんまり新鮮ではなかったかもしれない。それでも、時折頷いたり反応を示してくれた。

 

 拐われて、最初の国に行ったらしい事。

 

 最初の国で、この黒トリガーになった奴に出会い──そして、救われた事。

 

 一人で模索し続けて、狂いそうになったところでアフトクラトルに誘拐されて。そこで、ヒュースやミラ──エリンと出会った事。

 

 遠征部隊として動き続け、時に人も殺したという事。

 

 最後に──ここに辿り着いた事。

 

 

「……なる、ほど。それは、大変だったな。とても、こんな言葉じゃ表せないくらい」

 

 木崎が言葉を慎重に発する。こちらを不快な気分にさせないよう、言葉を選んでいることがよくわかる。そういった気遣いが、どこかエリン達に似ていて──少し悲しくなる。

 

 俺は自分で思っていたより、アフトクラトルの連中を大事に思っていたらしい。一部のみだが。

 

「ん、もうこんな時間か」

 

 気がつけば日は暮れて、反射してオレンジに見える太陽の光が窓から差し込む。

 

「迅は夜に帰ってくる。ほかの隊員も、家族や友人と今会ってる途中で夜には帰ってくるだろう」

 

 ソファから立ち上がり、調理場の方へと向かって行く。

 

「今日は俺が飯番だ。口に合うかはわからんが」

 

 そう言って何やら冷蔵庫をガサガサとあさり始める木崎。

 

 ……そう、か。故郷の味、か。隣から浴びるヒュースの視線に、ああ、と頷く。いいんだよ、俺はまだ。一人で先に楽しむ気は無い。

 

「……ふん、協力してやらんこともない。だが、まぁ……いや」

 

 なんでもないと言って、外を眺めるヒュース。ああ、そうだな。なんでもないだろ。

 

 痛いくらい眩しい太陽の光が、日が落ちきるその時までずっと輝いていた。

 

 

 

 

 

「ふーん、アンタがあの星見さん……」

 

 じろじろと、懐疑的な視線ではなく好奇の視線に晒される。

 

 栗色の髪を腰辺りまで伸ばして、所々ハネている髪がある。人によっては生意気とも取れる表情で俺の周りをぐるぐる回る女性。

 

「小南、あんまりジロジロ見るな。悪いな」

 

 小南と呼ばれた女性をずるずる襟を持って引き摺る木崎に気にするなと伝える。

 

「別にとって食ったりしないわよ!」

 

 うがーと暴れる小南に、なんだか懐かしさを感じる。どっちかというとこっちは素の感じがするが。

 

「貴様、案外こっちでは名が知れてるんだな」

 

 そうみたいだな、理由は知らない。

 

「それはおそらく、俺たちだからだな」

 

 木崎が小南を連行し、ついでに食器を運ばせながら言う。

 

「俺と小南、そして迅は今のボーダーという形になるより前に近界民と接触していた事がある。旧ボーダーと呼ばれる、数えれる程度の人数しかいなかった頃の話だ」

 

 そういいながら鍋から料理を皿に盛りつける木崎。

 

「他にもメンバーはいるが……それは割愛する。ボーダーが本格的に姿を現した、あの時。そう、第一次大規模侵攻──つまり、星見が攫われた後。ボーダーは世間に姿を現し、公に隊員を募集した」

 

 コト、と先程と同じように。今度はテーブルと椅子の食事を摂る場所に料理を置いて行く。小南に仕草でちょいちょい、と手招きされたので立ち上がりそっちへ向かう。

 

「一番最初の公募でやって来たのが──沢村さんの世代だった」

「その時に、何でボーダー入ったのか聞いたらね。言ってたのよ」

 

 ──私を救ってくれた人を、いつか救うため。

 

「だから、他にも星見さんのことを知ってる人は居ると思うけど……まあ、そんなに気にしなくていいんじゃない」

 

 木崎がカウンターへ乗せた料理をテキパキテーブルに並べながら、そして座り──俺を見て固まる。

 

「……ちょっと、待ちなさい」

 

 小南が俺に対して制止の声をかけてくる。何かあったのだろうかと考えつつ、とりあえず従っておく。

 

「……ねぇ、もしかしてさ。左手……」

 

 そう言われ、左腕のあるはずの場所でゆらゆら揺れている袖を掴む。これがどうかしたか? 

 

「──すまん。失念していた」

 

 そう言って木崎が急いでスプーンとフォークを渡してくる。ああ、すまん助かる。

 

「……本当にないの?」

 

 小南が恐る恐る左腕のあるはずの袖に手を伸ばしてくる。ヒラヒラと漂う袖にそっと触れて、確かめるように動かす。

 

 ないぞ、どれだけ触っても。

 

「……しょうがないわね。私が食べさせて──」

「ういー、実力派エリート迅悠一ただいま帰宅しました」

 

 バーンと扉を開いて迅が突入してくる。

 

「お、今から夕食?」

「わかってて帰って来たくせに何をいってるんだ」

 

 木崎がため息をつきながら、普通によそって来た新しい料理を別の席に置く。

 

「お、さすがレイジさん。俺のことよくわかってるねー」

 

 そう言いながら、俺の隣の空いていたカウンター席へと座る迅。いただきます、と呑気に言いながら先に口に含む。

 

「ふいー……どう、廻さん。何かあった?」

 

 いや、特に何もない──と言おうとして、その声を遮られた。

 

「ちょっと迅!」

「なんだなんだ」

 

 ドタドタと歩いて迅の元へと行く小南。

 

「アンタわかってて帰って来たでしょ!」

「えー、何のことだよー。食べさせてあげればいいじゃん」

「やっぱり──!」

 

 うがーと暴れながら迅の襟を掴んでグラグラ揺らす小南。

 

「……騒がしいな」

 

 ああ、騒がしいな。けど──いいんじゃないか、こういうのも。

 

「……ふん」

 

 んが、と口を開いて料理を食べるヒュース。普通にモゴモゴ食うあたり、味は気にならないらしい。チラ、と俺のことを見てくる。

 

 それに倣って、俺も口に運ぶ。スプーンでスープを掬って、口の中で転がす。──相変わらずだな、俺も……。決して何も変わったりはしない、か。

 

「どうだ?」

 

 

 ──ああ、美味しいよ(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 飯を食い終えて、何とか普通に過ごして少し休んだあと。

 

「ただいま」

 

 白い髪の、小さな少年が入ってきた。いや、見覚えがある。確か──ヴィザと戦っていた奴だ。

 

「よう遊真、長かったな」

「ちょっとオサムと話してた。それで──そっちの人はさっきの?」

 

 ああ。俺は星見廻──と、言うらしい。

 

「……へぇ、そうなんだ。おれは空閑遊真、よろしくねメグルさん」

 

 差し出された手を、取り敢えず握る。右手を出してきてくれたおかげで、こっちも握りやすくて助かった。

 

「レプリカ」

『──お初にお目にかかる。私の名前はレプリカ、ユーマのお目付役兼友人だ」

 

 ふわ、と空閑の腕から出てきた小さなトリオン兵のようなやつを見る。

 

『オルガノンの使い手との戦いの時は助かった』

 

 気にするなよ、あの爺さんはちょっと違うんだ。俺も全然勝ってないからな。

 

 ちょこんと隣に座った空閑に特に何か思うこともなく、俺も特にやることがないので黙る。

 

「そうだ、廻さんと遊真。明日少し時間貰いたいんだけどいいかな」

 

 食事を終え、休んでいた迅が話してくる。俺は特に構わない。

 

「おれも別に大丈夫だけど」

「良かった。実は城戸さんに呼び出され──」

 

 ぶふっと口に含んでいた飲み物を吹き出した小南。木崎も何があったと心配そうに台所から走ってきた。

 

「落ち着け。……迅、いきなり爆弾を打ち込むのはやめろ」

「まあまあ、大丈夫だよ。既に城戸さんには廻さんの事は話してあるから」

 

 のほほんと余裕そうに語る迅に、まぁ余裕なんだろうなと俺も思う。

 

「尋問とかじゃないと思う。俺が辞めさせるけどね」

 

 城戸さんはそんな人じゃないよ、と言いながら欠伸をする。城戸──どんな人物かは知らないが、どうやら評価が二分されているようだ。

 

「遊真が呼ばれた理由は、まぁサイドエフェクト関係だな。悪いけど協力してくれ」

「ん、わかった。明日はよろしくね、メグルさん」

 

 そう言って階段を上っていく空閑。

 

「色々根回しはしてきたから大丈夫、だと思うんだけどなぁ……」

 

 俺は未来がわからない。中途半端に時を刻むことしかできない。けど、もう良いだろう。

 

 救う未来があるんだ。後はそれを掴み取るだけに過ぎない。

 

 ──迅、俺からも手伝って欲しいことがある。頼んでも良いか。

 

 そう告げて、迅の反応を窺う。

 

 一瞬虚を突かれたような顔をして──ニヤリと笑った。

 

 

 

 


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