ワールドリワインド   作:恒例行事

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星見廻④

 ──腹に穴が空く。

 

 丸い、何かに穿たれた様な穴。

 

 それにしたって痛みはなく、違和感も感じない。

 

 ──ああ、これは夢か。

 

 いつもの夢、俺の生み出した都合のいい夢だ。

 

『──また来たのか』

 

 ふらりと、唐突に俺の後ろから声が聞こえる。後ろを振り向けば──そこにいるのは赤い髪の男性。

 

 ああ、性懲りも無くまた来たよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日差しが差し込み、太陽の光が俺の顔に当たる。熱と眩しさを感じつつゆっくりと身を起こす。

 

 昨日迅に借りた、青のジャケットと無地のTシャツに着替える。ズボンは適当にジーンズを借りたのでそれでいく。

 

 扉を開き、少し距離のある廊下を歩く。木の軋む音が耳に入り、どうにも心地よく感じる。まるで記憶にはないけれど、身体が覚えているのかもしれない──なんて他愛もないことを考えつつ、階段を降りる。

 

「お、噂の廻くんじゃねーの」

 

 階段を降り切った時に名前を呼ばれ──自覚はあまり無いが、これを自分の名前だと認識するように心がけてる──振り向く。

 

 黒い短髪を逆立て、メガネをかけた男性。

 

「俺は林藤匠──玉狛支部、つまりここの支部長だ」

 

 話は聞いてるよ、と差し出してきた右手を俺も握り返す。

 

「ま、軽く飯でも食って待っててくれ。一応ヒュースは捕虜って形だからそんなに自由には出来ないけど、君は別」

 

 悪いけど、と言葉を付け足す。気にしないさ、俺もヒュースも。

 

 リビングに向かって歩いていく。人気はあまり無いが、かといって閑散とした様子では無い。扉を開き、昨日も見た誰も人のいないリビングへと着く。

 

『──◾︎、大◾︎◾︎……?』

 

 何だろうか、何か──懐かしいような感覚になる。

 

 望郷の地、故郷……いや、そんなのは関係ないだろう。どうにも、少しずつ記憶が混ざっていく感覚がする。誰かと混ざってる訳じゃない、俺の中で──思い出している、のか。

 

 だと、いいな。俺が思い出せているとすれば。

 

「む」

 

 扉を開き、木崎がやってくる。

 

「随分早いな、それにその格好は──迅の服か」

 

 目が覚めてしまったから仕方ない。二度寝するのも面倒だし起きた。

 

「そうか。取り敢えずトーストでも焼くが、食べられないものはあるか?」

 

 いや、特にない。それにトーストならアフトクラトルでも食べてたさ。

 

 

 ──どう、剣鬼。これは味がする? 

 

 ──そう。しない、か。大丈夫、いつかわかるようになるわ。

 

 

 ズキリ、と頭が痛む。

 

 アフトクラトルの記憶──俺が仲間になって、あまり経たない頃。ミラが世話をしてくれてた頃に、俺に気を使って飯を作ってきたことがある。

 

『お前はそれを見捨てたんだ』。──喧しいな、分かってる。その上で、そっちは俺の役目じゃないだろ。

 

 苛立ちが募るが、なんとか抑え込む。クソ、落ち着け。ここにミラはいない、エリンも居ない。大丈夫、別にすぐ死ぬ訳じゃない。

 

「はよー……って早起き、じゃない……」

 

 落ち着け、落ち着け。見捨てた訳じゃない。未来があるから、そっちに賭けたんだ。

 

『随分都合のいい話だな』──うるせぇ。

 

「ちょ、ちょっと! 何してんの!?」

 

 思わず頭を殴ろうとして、小南に腕を止められるが──小南の力では止まらない。額を狙った一撃が、狙いがずれて鼻に直撃する。ブバ、と血管が切れたのか勢いよく血が噴き出る。

 

 ギリギリ服に直撃しなかった為、それに関しては大丈夫そうだ。

 

「ち、血! レイジさん、包帯と何か、ええと、鼻が折れてるんだけどー!?」

 

 慌てふためく小南に、悪いことをしたと思う。でも気にしなくていい。

 

 ──死ねば元に戻るから(・・・・・・・・・)

 

 ス、と腰につけていた剣に手を置き──引き抜いて、首に突き刺そうとする。だが、今度はがっしりと止められる。

 

「ちょっとちょっと、何してんの」

 

 ……? 何って、巻き戻そうとしただけだが。

 

「いや、えと、あのさ……」

 

 珍しく──まだ出会って数日どころの話ではないが──歯切れ悪く話す迅。よく見れば少し汗をかいていて、どこかから走って来たのか息切れも起こしている。

 

「廻さん。それはもう、やっちゃダメだ」

 

 真剣な表情で俺の腕を掴む迅と、目を合わせる。その未来を視る瞳が、何を写しているのかは知らないが──それは了承できない。

 

 俺には、これしかないんだ。死んで、元に戻るしか。他に方法を知らないんだ。何度も何度も繰り返して、正解を見つける……もう、これしか知らない。

 

「俺も手伝うから、他に何かないか探そう。貴方はもう苦しくないかもしれないけれど、俺達はそうして欲しくない」

「ちょ、ちょっと待って。迅、どういうこと?」

 

 蚊帳の外だった小南と、呼ばれて飛んできた木崎が近づいてくる。

 

「……廻さんは、俺と似たようなサイドエフェクトを持ってる。未来視に近いサイドエフェクトをね」

 

 少し躊躇うような表情で、迅が語る。いや、大丈夫だ。俺が言うよ。

 

 木崎が持ってきてくれた白い布を当て、血を抑える。少し話しづらいが、まぁ仕方ない。

 

 

 俺のサイドエフェクトは──死んだ時点から、ある程度前の地点まで巻き戻る。【死に戻り】のサイドエフェクトだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりがいつだったか──それは覚えていない。

 

 それこそ、一番最初に願っていたことは何だったか。今の俺はもう、覚えてない。彼女を助けて、アイツも助ける。それだけを思って、生きてきたから。

 

 あの国で、戦った。ひたすら戦った。

 

 生き残るために自分で訓練して、死んで、殺して、死んで──何度も何度も、繰り返した。そのうち、死んでも特に感じることが無くなってきた。それが悪いことなのかどうかは知らない。

 

 斬られても、手足が千切れても、首が飛んでも、死なない。死ぬけど、死なない。

 

 それを持って、俺はようやく二人に追い縋れた。何度も救われた。最後に、恩を返せないまま──約束を果たさないまま、二人は……。

 

 迅には言ったが、俺はどうしても救いたい奴が居る。どれだけ俺という存在が希薄になって掠れていっても、これだけは忘れてはいけない大事なこと。

 

 

「──……何か、他に聞きたいことはあるか?」

 

 

 ボーダー本部。少し薄暗くて、広めの部屋。静まり返る空気、何か考えているのかとても静かな空間になっている。

 

 俺の目の前に座る、片目に傷の入った男は額に手を当てて目を瞑ったまま反応がない。林藤も近くに座って腕を組むだけだし、迅も壁に寄りかかって目を瞑っている。

 

「……じゃあまずあたしから」

 

 ス、と端の方に座っていた小南が手を挙げる。

 

「アフトクラトルは、サイドエフェクトの事知ってるの?」

 

 いや、知らない。一人だけ、俺の協力者にそれとなく言及された事はあったが──答えてはいない。

 

「……そう」

 

 玉狛のメンバーは、これから恐らく生活を共にするからという理由で木崎を除き呼ばれている。ボーダー本部に俺がいると、多少良くないものがあるらしい。

 

「……私からも一つ」

 

 目の前に座る、片目に傷を負った男が静かに言う。額に当てていた手を机の上に出し、机の上で手と手を合わせる。

 

「君が星見廻という人物である事は確認した。正真正銘、君はこの世界の住人であった星見廻に違いない──その上でまず、謝罪を。私達が無力であり、間に合わなかった」

 

 静かに頭を下げる傷の男を見て、数秒後に頭をあげる。

 

「そして、君には幾つか選択肢がある。これからの、身の振り方──いや」

 

 目を真っ直ぐ此方に向け、言葉を続ける。

 

「──君の人生についてだ。これから君は、ボーダーの庇護下に入るか改めて戸籍を戻し普通の生活に戻る選択肢がある。仮にボーダーに入るのならば、玉狛で番外隊員として暮らしてもらいたい」

 

 それか、と一瞬だけ目線を下に下げてすぐさま元に戻した男はこう言った。

 

「記憶を消し、全く新たな人物として生きていくかになる」

 

 ──断る。

 

「……理由は、聞かずともわかる。そう言うだろうとは思っていた」

 

 だから、これはあくまで選択肢の一つに過ぎないと言ってから言葉を紡ぐ。

 

「君の目的を達成するのも、ボーダーで無ければ恐らく難しいだろう。我々からしても、君のような有識者が増えるのは望ましい……が」

 

 一旦言葉を区切り、口を閉ざす。

 

「──まぁ、俺たちは基本お前を戦わせる事はないよ。そういう奴を生まないためにいるんだ」

 

 若干影のある雰囲気でそういう林藤。

 

 それならば、此方からも願いがある。既に迅には協力を願っているから、後は組織側での支援が貰えれば実行出来るはずなんだ。

 

「……聞こう」

 

 迅、頼む。

 

「OK──まず、これを見て下さい」

 

 壁から、俺の方へとやってくる。その腰につけた剣のような布で包まれたモノを持ち、林藤の机の上に置く。

 

「廻さんの使用していた武器、さっき言っていた通り──便宜上は黒トリガーと呼びます」

 

 丁寧に気遣って置かれ、俺も安心出来る。たとえ意識がなくたって、もう遅くたって──二人は二人なんだ。

 

「昨日、廻さんと話しまして。先ず、この黒トリガーなんですけど──トリオン体を作成できません」

 

 アレクの言っていた言葉を信じ、それを仮定してこれまで考えてきた。アフトクラトルでは結局、細々と研究を続けることしかできなくて──詳しい解析はできなかった。

 

 だからそれを前提に、そうならどうすればいいかと言うのを考え続けた。

 

 トリオン体を作れるほど、俺はトリオンを持っていなかった。しかし、黒トリガーからトリオンを供給されればまた変わる──筈なんだ。

 

「試しに風刃起動してもらおうと思ったんですけど、適性がなくて起動できませんでした」

 

 迅曰く、「最上さんならそうだろうね」──だそうだ。逆に俺のトリガーを起動することは、玉狛の人間では誰もできなかった。

 

「なので昨日、支部長の了承を得て玉狛のトリガー解析装置と空閑のレプリカ先生に頼んで解析しました。結果──トリオン体換装領域が、既に埋まっていることが判明」

 

 レプリカ先生さまさま、と言って戯けて見せる迅。

 

 作る際に、俺がトリオン体を作るスペースは無いと言っていた。それは、彼女の傷ついた身体を守る為にだ。

 

「つまり、今すぐやれば救える可能性があるって事です」

 

 どうか、俺に力を貸してくれないだろうか。

 

 別の星を攻撃するのに、使ってくれたって構わない。どうしてもと言うのなら、人殺しもやろう。今更、もう何度もやった事だ。

 

 痛みだって感じないから、拷問で喋る事もない。単身送り込んで、殺しきってから回収でも構わない。彼女と、アイツを救ってくれれば──

 

「──何、言ってるの」

 

 言葉を遮り、沢村の声が聞こえる。

 

「そんな事、するわけないでしょ……」

 

 酷く掠れた、絞り出すような声が続く。

 

「もう、散々苦しんできたんだよね。もう、辛い思いはしなくていいよね。なのに──なんで自分から、傷付こうとするの……?」

 

 それしか、残ってないから。

 

 俺が使える道具は、これしかないからだ。

 

 殺して、奪って、欲しいものは取りこぼして──俺は、何もできない。そんな俺が唯一出来るのは、これしかないんだ。

 

「…………っ……」

 

 だから、俺の全部どうにでもなってかまわない。命だって捧げて見せるから──頼むから、コイツらだけは……! 

 

「──まぁ、そんなことは俺がさせないけどね。遊真」

 

 迅が空閑に声をかける。

 

「──嘘は一つも言ってないよ。それこそ、全部ね」

「……つまり、痛みなどを感じないのもか」

「うん」

 

 目の前の傷の男が少し思案する様子を見せる。

 

 これで否定されてしまったら──俺はもう、縋るあても無くなる。それこそ、もう何も。頭痛が響く。心臓付近が軋む。さっさと答えを出してくれと言う思いと、頼むからまだ答えないでくれという思いが相反する。

 

「廻さん」

 

 迅に呼ばれ、振り向く。

 

 

「──大丈夫」

 

 

 ──その後に言葉は、続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の話を承諾しよう。君が望むなら、黒トリガーの解析班を新たに立ち上げて研究を始めることも吝かではない」

 

 思わず、告げられた言葉に目を見開く。

 

「ね、大丈夫でしょ」

「ただし」

 

 迅の言葉に被せるように続けられた言葉を待つ。

 

「──その前に、医者の所へ行ってもらう。これが条件だ」

 

 真っ直ぐ、傷の残る瞳に見つめられ──べつに否定する意味もないので頷く。

 

「……班の立ち上げについてはこれから決める。一先ず、玉狛で過ごしていてくれると助かる。まだ、こう言っては申し訳ないが──本部で受け入れるには準備不足だ」

 

 わかってる。自分が如何にイレギュラーな存在からなんてことは。

 

 ……ありがとう、ございます。

 

 ス、と頭を下げる。

 

 俺は、どうしようもない程弱くて、情けなくて、何時迄も記憶に追い縋る事しかできない半端な無能です。

 

 でも、それでも──助けたい、救いたい──また会いたい人がいる。

 

 本当に、本当に──……ありがとう。

 

「気にしないでくれ。我々は、君のような存在を救うためにある」

「……じゃ、行こっか」

 

 迅に呼ばれ、振り向く。ああ、ありがとう。

 

 どうしてか、歩き出す歩幅は──いつもより、広かった。

 

 

 

 

 

 


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