「ほら、もっとこれ食べなさい。栄養が足りてないのよ栄養が」
小南に言われ、差し入れとして持ってきて貰ったカレーを食べる。……うん、変わらない。美味いよ。
「どれ、俺も一口」
「あんたはいつも食べてるでしょーが。これは
いつも通りの様子でつまみ食いしようとしてきた空閑に対して小南がツッコミを入れる。それでも変わらずチャレンジ精神を見せる空閑に折れて少し分ける。
三門総合病院。そこで言われた通りに検査を受けた俺は──入院することになった。
◇
「い、いやぁ〜……数え役満ですね」
めちゃくちゃ赤色のペンで印を付けられた俺の結果報告書を手に取る迅。
検査終了五秒とか、そういうレベルで速攻決まった。付き添いで来た沢村曰く、医者が目を剥きながら検診してるのは初めて見た──らしい。
最初の血液検査、この時点で大分怪しかった。腕に注射器を刺そうとするが全然刺さらない挙句身体の反射反応すら無かったため怪しまれた。
そして心電図と呼ばれる、へんなテープをつけて異常がないか検査する奴。これで完全に医者がフリーズした。何があったかは聞いてないが、あまり良くない結果であったとだけ後に聞いた。
「うーん……まぁ、大丈夫でしょう。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
流石に病死した事はないからどうなるかは知らん。もしかしたら、そのまま死ねるかもしれないな。
「いや冗談にもならないですよそれ」
手を横に振って否定を示す迅に、少し笑う。冗談だ、気にするな。
「……よく、こんだけ症状あるのに普通に活動してましたね」
全身、至る所に問題があったらしい。別に俺は何も感じてないからな。
「脳、かぁ……」
難しい顔で顎に手を当てて何かを考える迅。
まぁ、生きてるんだ。別にいいさ。死んでも、死ななくても──変わらない。何も、何一つな。
「……廻さんに、一つ聞きたいことが」
真剣な顔でそう言ってきた迅に、なんだと声を返す。
「その、凄い答え辛い事だと思うけど……巻き戻った時。どうしても避けられないことがあって、どうにも出来なかったその瞬間──どう感じました?」
冗談や嫌味で聞いてるわけではない。至極真面目、恐らく──迅も似たような経験があるのだろう。絶対にそれだけは避けたくて、でも、どれだけやっても避けられなくて、それでも諦めきれなくて。
踠いて踠いて足掻いて苦しんで、辛くて惨めで恐ろしくて──でもその恐ろしさは、決して保身や我が身可愛さではないんだ。失うことは、諦める事、手が無いと──もう避けられないと、理解してしまうことが恐ろしい。
俺は、そうだったよ。今でも忘れない、あの地獄のような時。
「…………そう、ですよね。うん」
若干躊躇いがちに呟く迅。お前も、似たようなものだろう。
俺たちは同じだ。一人だけ未来が見えて、周りとは差がある。見えてる世界も違うし、意識も違う。目の前に突如現れる災害は、俺たちからしてみれば既知の障害になる。
周りは違和感を感じるだろうし、俺たちは既に見た景色を通り過ぎることになる。この温度差と、自分の感情が噛み合わない。
理解を示して貰えない、いや。誰も理解出来ないんだよ、これは。
だからこそ、俺達は走り続けなきゃいけない。俺達以外に、この視点を得ることの出来る人間は居ないから。そうやって、俺もお前も走ってきた。
「です、よね。うん、そうだ。そう──……」
……風刃は、恩人なんだろ。お前はどんな風に歩いてきたんだ。
「え、いや、俺は大丈夫ですよ」
いいから。
「……その、なんて言うか」
あまり言い慣れてないのだろう、椅子に座り、両手を絡ませたまま話す。
「ボーダーに入る前から見えてて、ずっと他人の未来ばかりわかって。中には、近界に攫われる人も居て。けど、その頃の俺は無力だったから」
「俺は、最上さんに会って。色んなことを教えてもらって。……未来が、見えたのに、救えなくて」
震えた声で語る。
「だから、ずっと悔やんでて。風刃を、最上さんを手放した時も。本当は苦しくて、離したくなんて無くて。でも、それしかなくて」
ツ──と、一雫落ちる。
「俺は、俺は──俺も、ずっと、一緒で……」
……わかるよ、言いたい事。俺も、お前に救われた。だからわかる。誰にも理解されず、同じ奴が居るなんて思ってなかった。
多分だけど──俺は、お前がいなかったら死んでいた。だから、俺はお前の力にも出来るだけなりたいと思う。
お前もそう、思うだろ?
「っ…………」
思わず、椅子から立ち上がり窓の外を見る迅。──すると、外から人の気配がする。
「──……この空気、私達出ていい空気じゃ無いわね」
「おお、こなみ先輩も空気が読めるんだな」
「いつも読んでるでしょーが! アンタこそ生意気なのよ!」
扉の向こう側から聞こえてくる声に、反応する。
「……やられた。読み逃した。くそ、あー……これ絶対弄られる」
迅がこっちを見て、少し赤くなった目元をさする。まぁ、たまにはいいんじゃないのか。俺には、共有することしか出来ない。それを解すのは、あいつらだろ。
「……十分、過ぎますよ。本当に」
そう言いながら扉を開けて、小南と空閑を招き入れる。
「ゲッ、あ、き、気付いてたの?」
『普通あれだけ大きな声で話せば誰でも気づく。それに、玄界の病院は静かにしなければならない場所だろう』
ふわふわ漂うレプリカと、若干目を逸らしている小南。
「ど、どうしたの? 何かあったの?」
「隠すの下手くそだ」
空閑の容赦ない呟きが小南に突き刺さる。
「うぐっ……そ、そうだ! 差し入れ作って来たのよ!」
ガサゴソと肩からかけてるトートバッグを漁り、中からタッパを出す。
「私の作ったカレー、栄養満点だから……その……ほら。血とか、出してたし、栄養足りないかなって」
若干自信無さげに言う小南に、有難うと伝えて受け取る。……全く、思い出してダメージ食らって、俺も成長しないな。
大丈夫、有り難く貰うよ。きっと、美味いんだろうな。
「……ええ!」
隣で見てる空閑の、若干鋭い目線に気がつかないふりをして──小南の作って来た差し入れを貰う。
「……差し入れにカレーってあり?」
迅のその言葉には、誰も触れなかった。
「よ、元気してるか」
迅、小南が先に抜けて空閑とレプリカだけ残った俺の病室。仕事を終えたのか、林藤が訪ねて来た。
「遊真も来てたのか」
「ども」
キラリと輝かせたような雰囲気で返事を返す空閑。
「身体の事は迅から聞いた。アイツが大丈夫って言ってんだから大丈夫だろうし、あんま気にするな」
どうせ死なないだろうし、これまでも同じだったんだ。気にしろ、という方が無理がある。それに──もう、死んだって構わないから。
「──いいの?」
空閑が聞いてくる。
ああ、二人が救われるならそれで構わない。俺は、もう十分生きたから。
「……でも、そこにメグルさんがいなくていいの?」
……さぁ、な。欲を言えば、居たいのかな。見て、交ざって、三人で約束を果たしたい。彼女の故郷──そうだ。多分、そうだ。
「話の腰を折るようで悪いが、その事について聞きたい事があってな」
先程まで迅の座っていた椅子に座る。
「廻の大切な人──その人について」
改めて林藤の事を見返して、その言葉の続きを待つ。
「もしかしたら、この世界の出身かもしれない。だから今日は特別なリストを持ってきたんだ。遊真……は、見ても大丈夫だな」
ガサゴソと、手に持っていた袋から大きめのアルバムのようなものを取り出す。これは、一体?
「これは──第一次大規模侵攻、つまり廻の戦いが始まったあの事件で行方不明になった人達の名簿だ」
行方不明者、リスト。つまり、俺の名前も載っていて──彼女が、写ってるかもしれないのか。
「まぁ、そういう事。焦らなくていいから、見てもらえると助かる。元に戻す前から分かってれば色々手続きしやすくなるからな」
それだけだよ、と言って眼鏡の位置を調整する。
試しに一ページめくり、どう言う中身になってるか確認する。目次にあいうえお順と、そのページ数が記されている。ペラ、と一枚めくる。
『あ』の行に刻まれた文字列と、その写真を見る。
誰も見覚えのない、見たことのない。全く記憶にない顔と名前が続いていく。一日で見通すのは無理そうだ──まぁ、いいか。どうせやる事もないんだ。戦う代わりに見て一日を潰すのも、いいかもしれない。
「……ま、出来るだけどこにも持ち出さないでくれ。一応城戸司令の承認は得てるんだけど、無くして良いものじゃないからな」
そして、話は終わったと言わんばかりに別の話を切り出す。
「で、どうなんだ実際。その、彼女の方はどうにかなる。黒トリガーを元に戻す方法ってのは見つかったのか?」
そういえば、林藤にも話した事を思いだす。……まぁ、なくはない。可能性として、存在する。ただし、それを実行するのは恐らく現時点では不可能だと言う事実がある。
「……マジであんの?」
理論上は出来なくもない──筈だ。もっとトリオン全体の研究と、トリオン器官というあやふやなモノについて理解が進めば自ずと開ける。俺がアフトクラトルで得た最終的な成果はこれになるだろう。
「……嘘じゃない、ね」
空閑が呟く。……そうか、お前もそうだったな。
「うん。馬鹿やって、親父に助けられた」
何だ、俺も同じだよ。馬鹿やって、助けられて──救われた。どいつもこいつも、黒トリガーなんて物を使ってる連中は……馬鹿だよ。どうしようもない、愚者だ。
「そう、か……そうか。なくはないんだな」
あくまで理論上だから、実現は無理だ。だけど、もしこの方向で進めるのなら──何れは。
「…………それ、まだあんまり口外しないでくれ。悪いけど、ボーダーも過激派が少数存在するからな。然るべき場所で、然るべき人物にそれを伝える機会をその内作る。だから頼む」
わかった、そうしよう。
「……さて、暗い話ばっかりで悪いな。明るい話をしようぜ──て訳で、差し入れだ」
差し出された袋を見る。右腕で受け取って中身を確認する。
「むむむ、玄界の病院は入院してる人間に対してかなり適当だな」
『それだけ医療が発達しているのだろう。少しの毒程度ならば問題ないという事だ』
「すごいナチュラルに俺が毒盛ったみたいに思われてないか?」
空閑とレプリカのコメントを聞きつつ、袋を開ける。狐色、と呼ばれていた色に包まれたよくわからない物。
「それはな──シュークリームだよ。玄界のデザート、おやつともいう」
──シュークリームみたいですね……?
ふと、何か頭の中で思い出す。何処かで、そんな言葉を聞いた気がする。遠いあの日、遠い世界の記憶。
取り出して、食べ──ることはせずに、そのまま戻し冷蔵庫に入れる。すまん、林藤。これはまだ食べれない。
「ん、そうか。ゆっくり食べてくれりゃいいし、口に合わないなら俺が持って帰るさ」
そうじゃないんだ。まだ俺はこれを食べるべきじゃない。それだけなんだ。まだ、その時じゃない。
「……そうか。よし、遊真。そろそろ時間だから行くぞ」
「そんな時間か。じゃあねメグルさん、また来るよ」
ああ、何もないけどそれでよければ。
手を振り、出て行った二人を見送る。明日から本格的な治療が始まるだが何だか言っていたからり多分そんなに時間を取れ無くなるんだろう。
ペラ、と再度ページをめくる。
シュークリームは、食べるのは決めてるんだ。ああ、思い出した。色々と、一緒に行くんだ。思い出せて良かった。一枚ずつめくっていきながら、過去を思い出す。
灯を消され、夜が更けても──その手を止めることはなかった。