ワールドリワインド   作:恒例行事

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星見廻 終

「はい、じゃあ検査は今日までです。お疲れさまでした……」

 

 ぐ、と拳を握る。身体検査を終えて、最終的な結果を待つだけになった。治療と言う治療はまだ行ってない。治療でどうにかなるのかは知らない。けどまぁ、死にはしないだろう。別に元に戻らなくたって構わない。

 

 コキ、と首の骨が鳴る。

 

 これは途中で医者に聞いただけだが、どうやら脳に異常があるらしい。

 

 脳の異常を主原因として、身体に変化が訪れて半ば突然変異に近い形で表れている。異常に強い筋力に、動体視力が何とかこんとか。

 

 そんな専門的な話はどうでもよくて、同じように聞いていた沢村が引き攣った笑みを浮かべていたのが印象に残っている。

 

「お、もう終わったんですか」

 

 ああ、今日で終わりらしい。治療をするのかどうかは知らない。別にやんなくてもいいけどな。

 

「いや、それは流石に……どうなんだろう」

 

 顎に手を当てて首を捻る迅を尻目に、歩いて行く。

 

 そういえば迅、二人はどうだ? 

 

「ちゃんと玉狛で保管してます。ヒュースのトリガーは適当なロッカーに入れたりしてますけど、流石に金庫に入れてますね」

 

 ちょっと狭いかもしれないけど、と付け足す。いや、大丈夫。多分そんくらいの事に目くじらを立てるような奴らじゃないよ。それに、俺の方が散々な扱いしてる。二人を振り回して殺したりしてるから、恨まれてもしょうがないのは俺だ。

 

「……それは、大丈夫だと思いますよ」

 

 お前のサイドエフェクトが、そう言ってるのか? 

 

「言葉潰さないでくださいよ、はは」

 

 自然と笑みを浮かべる。なんとなく、お前の言う事が分かって来たよ。

 

 病室に戻り、窓を開ける、ふわ、と風が入り込んで髪を靡かせる。……帰って、来たんだな。

 

 彼女とどんな約束をしただろうか。三人で、旅行に行こうなんて話もしたな。なあ、迅。俺はどう見える? 

 

「……どう」

 

 ああ。俺は、人らしく生きてるのか。忘れてたけど、思い出したんだ。もっと、身に気を配れって怒られたのを。お前は無茶をし過ぎだ、もっと他人を頼れって──二人に、いわれたんだ。

 

 長い間、彷徨ってたら──もう、気にもしなくなってたけど。

 

「……そうですね。廻さん、らしいと思いますよ」

 

 ……俺らしい、か。

 

 そうか。なら、いいか。ありがとう。

 

「あくまで俺の印象、ですけどね」

 

 いや、いいんだ。お前の言葉を聞きたかった。

 

 ……早く、動けるようになりたい。こうしてる間にも、時間が迫ってるかもしれない。お前から見て、どうなってる? 

 

「大丈夫です。此間と何も変わってないですよ」

 

 なら、いいんだ。

 

 呼吸を落ち着かせるために、深呼吸を行う。自分で先がわからないのが、こうも苛立たしくなるとは思わなかった。いや、きっと前にも味わってるんだろうな。

 

 落ち着け。もう焦る必要は無いんだ。

 

 コンコン、とドアがノックされる。

 

「やっほ」

「お、沢村さん」

「迅くん来てたんだ」

 

 ボーダーの制服に身を包んだ女性──沢村がやって来た。よう、今日で検査は終わりだよ。

 

「え、もう?」

 

 やけに元気のない医者にさっき言われたよ。もう今日で検査は終わりだってな。まるで疫病神みたいな扱いだ。

 

 大体見舞い客が来てくれるので、常に出しっぱなしになった椅子に腰かける。窓から入り込む風で、左腕の袖がひらひら舞う。

 

 ──やっと、だ。やっと、始められる。

 

「……そう、ですね。俺は今日用事があるので、この辺で」

 

 おう、またな。

 

 そそくさと退出していく迅を見送って、沢村に向き合う。悪いけど、今日も教えてもらっていいか? 昔の、俺の事。

 

 

 

 

「やあやあどうも」

「お、お邪魔します……じゃなくて、失礼します」

 

 珍しく、空閑がレプリカではなく別の人間を連れてきた。メガネをかけた、平凡そうな青年。

 

「こいつはオサム、おれの部隊の暫定隊長です」

「初めまして、三雲修と申します」

 

 ん、どうも。星見廻だ。……そういえばお前、黒トリガー使いだったな。

 

「これから玉狛の配属になるから──というより、玉狛に既にいたんだけど顔合わせる機会が無かったからさ。今日連れてきた」

 

 そうか。これから世話になる──右手を差し出して、握手を求める。忘れていたが、これが挨拶……というより、割とみんなやってるからやってるだけだ。

 

 おずおずと手を伸ばしてきて、掴む。

 

「い、いえっ。僕は別に何も……」

「まーまー。世話になることがたまにあるって迅さんも言ってたし、メグルさん悪い人じゃないし」

 

 ね、と目線を向けてくる空閑。俺が悪いかどうか決めるのは俺じゃない、お前だろ。

 

「……何かレプリカみたいなこと言うね」

 

 ……確かにその節はある。別にいいだろ。それに、当のレプリカはどこに行ったんだ? 

 

「ああ、今日は迅さんが用あるからって連れてったよ」

 

 珍しいな、あいつがレプリカに用があるなんて。

 

「あ、あの。星見さん」

 

 俺と空閑の話に入ってこなかった三雲が話しかけてくる。

 

「迅さんに、貴方が居なかったら僕達の被害が大きくなっていたという話を聞きました。それも含めて、お礼をと思って」

 

 ……俺には自覚が無いから、いいよ。あくまで俺がやったことは、俺がやりたいようにやった結果だ。迅のように常に未来を視て動いてないし、俺は二人の為にしか動いてない。

 

 だから、そういう事を含めて──それは、迅に礼を言うべきだ。お前たちを救ったのは、迅悠一だよ。俺も含めて、な。

 

「……でも、そこまで持ってこれたのはメグルさんがきてくれたからだよ」

 

 まあ、そうとも言う。けど、俺は本当に大したことはしてないよ。でもまあ……そうだな。空閑には世話になってるから、何か困ったことがあったら言ってくれ。

 

 迅程じゃないけど、力を貸すよ。首の斬り方でも教えてやろうか? 

 

「オサムを変な方向に導かないで」

「く、首の斬り方ですか……」

 

 はは、冗談だ。それにしても玉狛の人間はどれくらいいるんだ? この感じだと、俺が知らない奴が後何人か居そうだが。

 

「えーっとね、トリオンが黒トリガー並にあるチカって女の子と、もさもさした男前な烏丸先輩がいるよ」

 

 トリオンが黒トリガー並……それ、ハイレインに狙われなかったか? 

 

「お、ご名答」

 

 やっぱりか。アフトクラトルは神を探して出兵してたからな、失敗していなかったらきっと──……今はなかった。

 

「……アフトクラトルの、神?」

 

 ああ。アフトクラトルはもうマザートリガーが保たない時期まで来てる。次の神候補として、出兵で手に入れる予定だった。手に入らなかった場合は──俺とヒュースを玄界に捨てて、エネドラを処分。

 

 ヒュースの親代わりである、エリンを星の神に据える作戦の筈だ。

 

「ヒュースの、親を……!?」

 

 エリンはトリオンが多いが、どちらかと言うと研究者気質な女だ。俺の、黒トリガーの研究に唯一付き合ってくれた協力者でもある。

 

 でも、まぁ──アイツを救うのは俺じゃない。

 

「……成る程ね。迅さんの言ってた意味がわかったよ」

 

 察しがいいな。そう言うことだ、部隊を組むなら考えときな。

 

 冷蔵庫にしまってある水を取り出す。そういえば二人に何も出していなかったことに気が付き、迅の買ってきたジュースを渡す。

 

 来てもらっといて何も出さないのは申し訳ないからな、ほら。受け取ってくれ。

 

「これはこれはお構いなく」

「あ、すみません」

 

 お構いなくと言いながら普通に受け取る空閑。そう言えば、お前はトリオン体だっけか。

 

「ん、そだよ」

 

 トリオン体って、味覚とか再現出来るのか? 

 

「……うーん。どうなんだろう……おれは最初から味覚があったけど、メグルさんの場合脳の方に異常があるんでしょ? 分かんないな」

 

 そうか。可能性があるだけマシ、かな。ああ、そうだ。未来に可能性があるなんて──こんなに希望が溢れることもない、

 

「……だね、違いない」

 

 俺もお前も──な。

 

 少しだけ、無言の静寂が続く。空閑も、三雲も俺も。窓から注がれる風に身を任せ、穏やかな時を過ごしていた。

 

 

 

 

 

「やほ、廻さん」

 

 ある日──もう退院も決まり、もうすぐで玉狛へ帰ると言った頃。荷物を纏めていると迅が病室にやってきた。

 

 よう、最近あんまり顔見せなかったな──なんかあったのか? 

 

「んー、まぁあったと言えばあったけどないと言えば無い。そんな感じでしたよ」

 

 ……そうか、お前がそう言うならそうなんだろう。で、今日はなんか用か? 荷造り手伝ってくれるのか? 

 

「それは頼まれなくたってやるよ。今日はちょっと別件でね」

 

 ひょこ、と扉の外から空閑が顔を出す。

 

「メグルさんに、会って欲しい人がいる。ちょっと時間貰ってもいい?」

 

 別に構わないが。外に出るとしたら、医師の許可がいるんじゃないのか? 

 

「大丈夫です、既に許可もらいました。それに外と言っても敷地内なんでもーまんたい」

 

 ぐ、と親指でサムズアップする迅。空閑も後ろからサムズアップしていて、年の離れた兄弟に見えなくもない。お前達は仲が良いな。

 

「まぁ似た者同士ですからね──貴方も含めて」

 

 おっと、これは一本取られたな。

 

 病室を出て、迅から借りてる服に身を包んだまま歩く。敷地内──そんなに広かったか? 

 

「中庭とか、駐車場とかで言えばかなり広いですよ。県庁所在地を除く都市では破格の人口を誇るので、それなり以上には」

 

 県庁所在地が何かはわからないが、とにかく広くてでかいと言うことがわかった。

 

「まぁ、治ったらなんでも出来ますよ。勉強、します?」

 

 いいな。旅行に行こうって、文化に触れようって、決めてるんだ。歌を歌って、うまい飯を食って、満足するまで寝て──そうやって、生きたい。

 

「……出来ますよ、きっと」

 

 そうだな、俺もそう思うよ。

 

 

 歩き続けて数分、結局屋上に来た。

 敷地内どころか、普通に上に来ただけじゃねーか。

 

「まぁまぁ、細かい事は良いんですよ。少し待って貰っても良いですか?」

 

 そのくらい待つさ。それで、俺に会いたいって言ってるのはどんな人なんだ? 

 

「んー……そうですね。真っ直ぐで、綺麗で、元気な人です」

 

 へぇ、彼女みたいだな。

 

「そうですね。とても雰囲気とか似てるんじゃないでしょうか」

 

 お前が言うってことは、相当似てるんだろうな。ひらひらと、風で袖が揺らぐ。……眩しいな。

 

 ドン、と屋上の扉から音が聞こえる。

 

「ごめんごめん、待った!?」

 

 扉をあけて出てきたのは──トリオン体の沢村だった。

 

「いや、ちょうど今来たとこ。そっちはどうですか?」

「こっちも準備オッケーだよ。どうにもあーしたいこーしたいって聞かなくてさー。廻、待たせてごめんね」

 

 いや、べつに構わん。どんな人物か気になるだけだ。

 

「そうですね。そろそろ、来てもらいますか」

「ん、わかった。じゃあ連れてくるね」

 

 そう言って扉をあけて、下に向かっていく沢村。

 

「廻さん」

 

 後ろから迅に話しかけられたので、振り向く。どこかこれまでと違う目線で見られているような気がして、むず痒く感じる。

 

「俺はこう見えて、結構貴方に感謝してるんです」

 

 語る。

 

「大規模侵攻、最初は全滅とかばかり見えてて。実はずっと絶望してました。もう駄目だ、これ以上はどうにも出来ない──そう、思ってました」

 

 けど、と言葉を繋ぐ。

 

「貴方に会って──未来を見て。少しずつ変わっていって……結果、こうなりました。感謝しても、しきれません」

 

 だから、それはお前が必死になった結果だ。俺はもう半ば諦めてて、お前が掬い上げた。努力の、結果だよ。

 

「それでも、です。きっと廻さんが居なかったら──この現在(未来)は無かった。だからこれは──」

 

 恩返しだとでも、思ってください。返しきれない程大きい、恩の。

 

 ガチャリ、と扉が開く。にこやかに屋上に上がってくる沢村と──その傍に、一人の少女。

 

 ──ドクン、と。

 

 心臓が、脈打つ。

 

 迅の言った通り、快活で、真っ直ぐで、綺麗で──……。

 

 笑みを浮かべながら、目の前まで歩いてくる。俺より背が低くて、元気で明るくて、強くて……。

 

 

 

 

 

「──お久しぶりです」

 

 お兄さん、と。笑う彼女の顔は──記憶の中と変わらなくて。

 

 言葉が、出ない。言おうと思ってた言葉も、言いたかった感情も、伝えたかった想いも考えてたのに──吹き飛んだ。

 

 は、腹ペコ……。

 

 なんとか言葉を絞り出す。

 

「何で復活して一言目が腹ペコなんですか!?」

 

 むきーと暴れる彼女の姿に、全く変化が無くて、それも全部俺のせいだと考えて──堪らなく、嬉しい気持ちが湧いてきた。あの頃と、何一つ変わってない。

 

 俺は色々あって、元の俺とは言えないかもしれないけど──彼女は、変わってなかった。

 

 ──視界が歪む。じわりと、液体が溢れだす。

 

 拭っても拭っても止まらなくて、気がつけば呼吸も上手くできない。

 

 ああ、クソ。視界が、うまく見えない。迅の奴、何が恩返しだ。こんな、こんな──……ああ。

 

 言葉を、ゆっくりと紡ぐ。

 

 久し、ぶり。

 

 ──ごめんな、時間、かかっちまった。待たせたよな。

 

 そう言った瞬間、バッと胸に飛び込んでくる。その小さな身体を受け止めて、抱き締め返す。相手を労わるように、優しく。

 

「──名前」

 

 私の名前、と言いながらこちらを上目遣いで見る。

 

「知ってますよね? 花言葉」

 

 ああ、聞いたよ。そうだな、遅すぎるも無いか。

 

 

「はい──廻さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──隠してなんておかないで、教えちゃえば良かったのに」

 

 屋上の扉の中、屋上に廻と少女を残して三人は下がっていた。

 

「感動の再会で、いいだろ? それに結構ギリギリだったんだ」

 

 迅の未来視──見た景色は、廻に言っていた景色とは少し違っていた。少なくとも、そんなに時間は残ってない。彼女の命が消えるまで、そう長い期間は残っていなかった。

 

 だからこそ、レプリカの力を借りボーダーの力を借り──一足先に、戻した。

 

「ね、沢村さん。いい子でしょ?」

「……そうね、凄くいい子。健気だもん」

 

 ここまで運んできた車椅子を見る。まだ自分では満足に動けないくせに、無理をしてでも歩いていった。

 

「……妬けちゃうわね」

 

 沢村が屋上から目を逸らし、下の階へと歩いていく。

 

「諦めるの?」

「──まさか」

 

 迅に向かって振り返り、言い放つ。

 

「私は空気の読める女なの──今邪魔するなんて、出来るわけないでしょ」

「大人の女性だ……」

 

 空閑が脳裏で、昔男だと勘違いした事を根に持ち続けた女性を浮かべる。

 

「それにしても、ロマンチックね。あの子」

「ん……? ああ、名前の事ですか」

 

「そうよ──水木華(みずきはな)。両親が名付けた理由が、ハナミズキにちなんで、だって」

「それはまた……ロマンチックな、親御さんだ」

 

 水木華──ハナミズキ。言葉の意味は、返礼、永続性──そして、私の想いを受け取ってください。

 

「……今日は焼肉にする」

 

 一人歩いていく沢村を見送って、迅と空閑が話す。

 

「傷も塞がってるし、大丈夫。……あの二人はもう、大丈夫さ」

「……そっか、なら安心だな」

 

 真偽がわかる空閑が、迅の言葉に同意する。

 

 

 

 未来を見通す迅の瞳に────

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 






廻の戦いは終わりますが、物語は終わりません。

では、また。


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