玉狛支部
「──退院おめでとー!」
パンパァン! と大きな音が響く。
ひらひらと俺に向かって落ちてくるやたらとキラキラ輝く装飾を見つつ、頭の上に乗ってるのを取っていく。
「いやー、もう退院。早いものですね!」
玉狛のオペレーターである、宇佐美栞が話しかけてくる。前は奇跡的に出会わなかったが、話には聞いていた。
「いやー本当ですね! 退院無事に出来て良かったです」
華が普通の服を着てクラッカーを手に持ってる。あれ、なんでお前がここにいるんだ? ていうかお前まだ退院してないだろ。
「ふっ、私がそんなつまらないものに縛られるとでも……?」
せめて治るまでは縛られとけよ。おい迅、どうなってんだ。
「どうしてもって言うから仕方なく~~」
「と言うわけで脱獄してきました」
ぶい、とピースする腹ペコ。それで良いのか玉狛支部、まぁいいか。俺もいてくれて嬉しい。
ありがとうな、華。
「…………はい」
「これはカウンターが完璧に入りましたね」
なぜか押し黙った華と、それにコメントを付ける迅。
「で、今日は結局どうするわけ?」
「折角屋上あるんだし焼肉しようぜ」
迅が親指を立てて、サムズアップをしながら言う。
「天気も悪くない、いいんじゃないか。俺は賛成する」
「俺も構いませんよ──廻さんさえ良ければ」
レイジと、烏丸が言う。
俺は別に何でも構わないが、皆がいいって言うならそれにしよう。
「ほう……焼肉」
『この間、食文化については調べておいた。動物の肉を焼いて食べる──玄界にしては技術のあまり関与しない、原始的な食事だ』
「あ、じゃあ肉の買い出し行ってきます」
三雲がそう言いつつ立ち上がる。それに対して迅が、まぁまぁと言いながら座らせる。
「俺が言い出しっぺで無いと思う?」
「……昨日買い物に行った理由はそれか」
ハァ、とレイジが溜息をつく。
「と言うわけで、レイジさんは準備手伝って。京介は俺と一緒に野菜切る。小南は──……あー、休んでて」
「あたしだけなんか雑!」
うがーと噛み付く小南に、どこかで見たような感覚を覚える。なんだ、この……既視感と言うべきか。
「……これは……まさか……」
いつの間にか隣に来ていた華がぶつぶつその場で呟く。なんかロクでもないことを考えてそうだったので無視しつつ頭をわしゃわしゃ撫でる。
「んもぉー!」
ボサボサになった頭を自分で元に戻す彼女に口元を緩ませて、丁寧に撫でるように髪を直すのを手伝う。最初は自分で手を使っていた華だったが次第に動かすのをやめて、されるがままになる。
「…………ん」
ぐい、と頭を押し付けてくる。まるで猫みたいな動作に笑いつつも、撫でる。
「……ほら、準備しに行くぞ。小南、悪いけど手伝ってくれ」
「任せなさい! 火起こしは得意よ!」
行くわよと言いながら空閑・三雲をズルズル引っ張る。それを見てどうしようかとオロオロ動く小さな女の子──雨取千佳を眺めて笑う。
「じゃあ野菜を──昨日の内に切ったのがあるからそれを先に使おう」
「流石の準備のよさですね」
台所で冷蔵庫を開けて、具材をどんどん出す迅。
ほら、行くぞ。何気来るの初めてだろ?
「んー……あとちょっと……もう少し……」
まるで子供のようにしおらしくなった彼女に微笑んで、撫で続ける。別にいいだろう、少しくらい休んで。
コテ、と身体から力を抜いて甘えてくるのを受け止めながら──緩やかに時が過ぎるのを待った。
「ぐ、このっ……!」
ゆっくりした後、屋上に来てみたが──何やら小南が四脚の入れ物と格闘している。それを少し離れた場所から見守る三雲と雨取。
一体何をしてるんだと聞こうと思ったが、もう一つの場所で火を起こしてるレイジと空閑がいたのでそっちに向かう。
「流石に手慣れてるな」
「昔親父と旅してた時に一通り学んだからね、一応できるよ」
火加減の調節をしながら言う空閑。
「メグルさんと──……えーと、ミズキさん?」
「ありがと! うーんと、空閑くんだよね」
ぶんぶんと空閑の手を掴んで振りまくる。
「歳近いし敬語とかは必要ないから、よろしくね!」
「空閑遊真です、ヨロシク」
顔をいつものように変化させて返事を返す空閑。
あれ、そういや俺って何歳だっけ……? ふと、疑問に思う。四年前に攫われた、その事だけは覚えてる──というより記憶に再度刻んだと言った方が正しいか。
四年前の事を覚えてないせいで、自分の年齢がわからない。……まあいいか、別に年齢なんて。誕生日という文化があるのは理解したが、それももう覚えてない。
「……お前は、こういう景色を待ってたんだな」
レイジが話しかけてくる。空閑と仲良さそうに話す彼女の姿を見て、答える。
その通りだよ。きっと俺は、幸せになって欲しかったんだ。自分に、こんな俺に、どうしようもないほど枯れて薄れた俺に──全てをくれた。
だから、どれだけ時間をかけてでも救うって決めてる──まだ、終わってないけどな。
「……そうか」
二人で、少し離れた場所から見る。
やっとだ。ようやくこうして、得たかった光景を見れた。混ざる混ざらない、俺がいるいないではない。彼女がああして、人間らしく──いや。彼女らしく、快活に生きてる姿を待ってたんだ。
「おーす、やってるなぁ」
林藤が、傍に誰かを連れて上がってきた。
「……ふん、急に連れ出したと思えばなんだ」
──……ヒュースか。随分久し振りだな。
フードを取って、顔を見せる。ああ、ヒュースだ。何だお前、まだ玉狛に居たんだな。
「お前こそ、生きていたんだな。そう簡単にくたばるとは思ってないが」
ふん、と顔を背けるヒュース。
「あれ、廻さん。その人は?」
空閑と戯れていた華が話しかけてくる。こいつは──アフトクラトル、俺が二年間くらい居た国の……同僚?
「一番適切な表現だ」
「へぇー、て言う事は一緒に戦ってたんですね? 私、水木華です。廻さんを守ってくれてありがとうございます!」
「おい、剣鬼。おい。どうにかしろ」
ぶんぶん両腕をしっかり握って振りまくる彼女にヒュースが助けを求めてくる。
そうだヒュース、その子が俺の言っていた子だよ。どうしても助けたい二人の一人──あの中に、入っていた子だ。
「……なるほど。剣鬼」
流石にピタリと止めて離れた彼女を尻目に、ヒュースが俺に言う。
「──まあ、あれだ。おめでとう、とでも言っておく」
そう言ってそっぽを向くヒュースに、らしいと思う。ありがとう、お前と──エリンのおかげだ。
「その言葉は直接言え。どうせ行くつもりなんだろう?」
ピク、と身体が動く。
……まあ、そうだが。現状俺が行ける確率は殆どない。戦う必要が無いと判断されているし、トリオン量もいまは多少マシになったがそれでも優先して戦わせるほど多くない。
俺がアフトクラトルに行けることは、無いんじゃないのか。
「それは無いだろう。──あの国には、
ヴィザ──アフトクラトル最強の剣士であり黒トリガー使い。死に戻りを駆使してなお、勝率が三割に満たないほどの実力を保有する圧倒的な存在。
「あれを抑えるには、少なくとも玄界の兵士で言えば──迅と空閑が最低限黒トリガーを所持しているのが条件になる。他の兵士では何人いても変わらない」
「えーと、そのヴィザって人がどれくらいの人かはわかりませんけど……アフトクラトルって、そんなに強大なんですか?」
「少なくとも、これまで相手してきた国にアフトクラトルより強い国はない。黒トリガーの数も使い手の性能も、圧倒的だ」
だからこそ、と前置きをおいて語る。
「お前クラスの実力者は、他にいない。そもそも相性が良すぎるんだ、お前は。隊長の攻撃は生身だから効かない、ミラのワープホールやランバネインの射撃をなぜか回避する、エネドラ──……は、もう居ないか。ボルボロスの攻撃を簡単にへし折る、蝶の盾を真っ二つにする。なんなんだお前は」
改めて言われた言葉に、それもそうだなと思う。でも仕方ない、斬れるのが悪い。
「貴様、随分精神性がよくなったようだな……?」
ピキ、と額に青筋を作るヒュース。はは、怒るなよ。
「……それは置いておいて。仮にアフトクラトルに行くとすれば──お前は選ばれる。否応なくな」
「アンタあたしにずっと足止めされてたくせに何言ってんのよ」
コツン、とヒュースの脇腹を小南が小突く。
「あれはノーカウントだ。久しぶりに剣を扱ったから不慣れであっただけで、今度やれば俺が勝つ」
「ふーん、言うじゃない」
ばちばちと視線で戦意をむき出しにする二人。
「おいこら、何やってんの」
迅が上まで上がってきて、ヒュースと小南に声をかける。
両手が塞がっているため、少し動きづらそうにしている迅から一つ奪う。ほら、運ぶからどこに置けばいいか教えろ。
「あー! 私が持ちますから休んでてください!」
「いや水木ちゃんも休んでてね? 今日は実質二人を祝う会だからね?」
レイジがやってきて、俺と華から籠を奪う。山盛りになった野菜と肉をテーブルまで運び、置いて準備を開始する。
「肉も来たし、焼き始めるぞ。三雲はこんくらいでいいか」
「いや、多く……い、頂きます」
わりと茶碗に山盛りになってる白米を渡され、困惑しつつ三雲が受け取る。レイジの若い奴は食べろという感情が割と伝わっているのかもしれない。
「星見は──……どうする?」
普通でいいよ、普通で。こいつは多分多め。
「私は少し多めくらいで十分です」
となりにいる華にもご飯が手渡され、茶碗をよく見てみると黒い花模様が入っている。なんだか似合っていて、頬を緩ませる。飲み物を受け取るために、茶碗をテーブルの上に置く。
「全員行き渡った感じ? 飲み物も行ったよね」
迅が確認し、全員へと行き渡ったのを確認する。
「ていう訳で──廻さん退院&水木ちゃん復活、おめでとうの焼肉パーティーです。肉は結構あるので、安心して食べてね。それじゃあ──乾杯!」
乾杯──と、声を合わせてグラスを揺らす。キン、と軽く隣にいる彼女とグラスを合わせる。
にぱ、と笑う彼女の顔にどうしようもないほど惹かれ──ああ、まだ全て終わった訳ではないけれど。
よかった──そう、心から思った。
「ほら、食え水木。お前もだ星見」
ぽんぽんと皿に盛られていく大量の野菜と肉を見つつ、少しずつ食べる。変わらず味はしないが、寧ろこれが安定してるまである。
「廻さん、これ! 美味しい! で!」
ハグハグと色々食べながら話す腹ペコ。お前はもっと落ち着いて食え。
「久し振りの美味しいご飯ですよ!? 元に戻ってから食べたのは病院食ですし……!」
張り切って食べる華に、やっぱり腹ペコが似合ってると思いつつ空閑の方を見る。ホクホク言いながら食べてる空閑も、なんだか何処か似ている雰囲気を感じる。
「うま、うま」
『ふむ。鶏肉はしっかり焼かないと食中毒が──と思ったが、ユーマに食中毒は効かないな』
「いや、わかんないよ。トリオン体に効く食中毒もあるかもしれない」
『…………無いだろう』
二人仲良く話す姿に、良かったと思う。
俺がいなかった場合、高確率でレプリカが犠牲になっていたという話を何度か聞いた。俺が足掻いた結果として、二人の人生も楽しいものにできたと思うと──少しだけ、嬉しい。
「はい、廻さん」
華が俺になにかを差し出してくる。見てみれば、箸で焼いた肉を摘んで──ふう。食えってか?
「どーぞ!」
あーんと言いながらにこやかに笑う彼女に、まあいいかと思いつつ食べる。変わらず味のなさ、だけれども──ああ。美味い。
美味いよ。こんなに、美味いのは、ああ。
「……メグルさん」
空閑が話しかけてくる。いつもと違い、真面目な顔付きで話す。
「
…………ああ。ああ……!
美味いよ、本当に……!
目を抑える。ああクソ、こないだ散々流したのにまだ出てくる、
どれだけ流しても、決して尽きることのない涙が。悲しいからじゃない、嬉しさの涙が。
止まらない。
「え、ご、ごめんなさい! 何か変でした!?」
いや、違うんだ。嬉しくて、嬉しくて──……止まらないんだよ。
「……ふ、ゆっくり食え。まだまだあるぞ」
ああ、ありがとうレイジ。
目を一拭きして、お返しと言わんばかりに華に肉を食わせる。そら、食べろ食べろ。
「あ、ちょっと待っ」
有無を言わさず食べさせる。ああ、全く。玄界の飯は──故郷の飯は、美味いな。もがもがと何か言いながら口を動かす華。
「……えへ」
ニヘラっと、口元を両手で押さえてだらしなく笑う。目元が緩みきって、笑っているのが丸わかりな顔。
「………えへへ」
嬉しくて、嬉しくて堪らない。ああ、そうだよ。
俺もそうだよ、華。