ワールドリワインド   作:恒例行事

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暫く腹ペコのターンです。
仕方ないね、三十話くらい不在だったからね。
少しは優遇してあげたいし俺が書きたい。


いつかの約束①

 

 

 ──少女、水木華は腕を組み険しい表情をしていた。

 

 これから戦争に赴く歴戦の兵士の顔つき、漂う血生臭い空気感──そう、彼女に取って紛れも無い戦争。

 

 

『じゃ、じゃあ私がご飯を作ってあげます! そうして美味しいご飯の有り難みって奴をおしえてあげますから!!』

 

 

 そう言うと、口元を軽く笑わせる男性。白い髪が目立つようになってきた、まだ両腕あった頃の──いや。

 あの出来事の、少し前。

 

 たしかに約束した、大切な事。

 

 ふふ、いつか食べさせてあげますよ──彼女の天才性は、遺憾無く発揮された。

 退院してまもなく、とりあえず自分達の身分がまだ確定してないために玉狛支部での生活を余儀なくされ、それ自体は特に問題ない(一緒にあの人がいるから)──が。

 

「…………ま、まあ、最初はこんなもんよ」

「だ、大丈夫! 私も最初そんな感じだったから……」

 

 料理を食べさせてあげるため、もとい花嫁修行の為に料理の師となってくれた玉狛支部の宇佐美と小南が励ましの言葉を告げる。

 だが違う、今私は慰めが欲しいんじゃない。切実に、料理のコツが知りたいのだ。

 

「………流石にこれは食べれないかな」

「……わ、わかってます。これはその、少し失敗しただけです」

 

 炭そのもの──そう言った方が正しい領域にまで焼き焦げたナニかが皿に乗ってるのを見つめながら、そう言い訳を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

「まあまあ、一発目でそうそう出来るものじゃないよ。……ちょっとオーブン間違えたくらいだから」

 

 宇佐美に言われ、呻きながらエプロンの紐を結びなおす。

 きゅ、と軽く締めてそのままテーブルにでーんと腕を伸ばし身をくたりと身体をゆるく撓ませる。

 

「うー……まさか温度設定を間違えるなんて」

 

 オーブンの温度を間違え、本来もっと低い温度でやる筈の物を無事に焦がした。焦がしたというより焼き尽くしたと表現したほうが正しいかもしれない。

 

 はぁ、と息を吐き恐ろしい姿になった元料理、現炭を見る。

 

 そんなすぐ身につくものではないと理解はしていた。理解はしていたが、まさか自分にこんな初歩的なミスをするとは考えてなかった。

 野菜を切ったり、肉を切るのは問題なかった。味付けにも問題はなかった。

 

 割と会心の出来だと思ってた上、ダメージがでかい。

 

「……うぐうう……」

「元気出して、華ちゃん。まだ一回目だからしょうがないよ! 私達もよく見ておけば良かったね」

 

 慰めの言葉が突き刺さる。

 

 腕を机の上で組んで、だらしなく背中を伸ばして顔を埋める。

 

「取り敢えず時間はあるから、次作りましょ。今日の晩ご飯作んないと」

「そだね、そうしよっか。華ちゃんも手伝ってもらえる?」

「うー……はい!」

 

 三人で入るには少し狭い台所だが、全体的に小柄であるためそこまで問題なく入れた。これがレイジ三人であったならキャパシティオーバーであっただろう。

 

「それにしても、本当一途ねー」

 

 小南が野菜を切りながらそう言う。

 

「廻さんに食べさせるため、でしょ?」

「ま、まぁそうです」

 

 なんだろう、改めて言われると少し恥ずかしい。

 漠然とそう感じつつも、別に恥じる事ではないので普通に答える。答えてるつもりである。

 

「前に、約束したんです。いつか食べさせてあげますよって」

 

 今でも鮮明に思い出せる当時の記憶、その中でいくつか約束したことの一つ。

 

「結局練習することも出来ずにああなっちゃったんですけどね〜」

 

 ズン、と空気が沈む。あ、これやっちゃった奴だと華が内心把握するも既に時間は巻き戻らない。時間を巻き戻すことができる人物はいないし、そもそもさせない。

 

「あっ、その、いや、そんな重く捉えなくても大丈夫ですよ!?」

「いや重いわよ!」

 

 華の謎フォローに対し、小南のツッコミが入る。

 恋か愛か──そこは別になんだって構わないが、一人の少女が大切な異性に食事を作る約束をした。そして、互いに快諾した。

 

 だが、練習すら出来ずに死んだ。

 

 重い。重すぎる。改めて言われて華はそう思った。

 

「……でも、仕方ないかもね。少なくとも第一次大規模侵攻で攫われた原因の一つは私達旧ボーダーの戦力不足だもの」

 

 ポツリ、と小南が漏らす。

 第二次大規模侵攻──先日起きたこの事件。被害者は僅か数人のC級隊員が連れていかれただけ。それに対して第一次大規模侵攻は、桁違いの被害である。

 戦力差や技術的な要素を踏まえなくても、大変な差がある。

 

「私達がもっといい方法を思いついていたら──また少し、違ったのかもしれない」

 

 あの時ああすれば、こうすれば──たらればの世界。そんなこと思っても意味ないに決まっているが、それでも思ってしまうものだ。

 

「今が嫌いとか、そう言うわけじゃない。少し思うこともあるのよ」

 

 トントン、とまな板と包丁のリズムに乗って音を奏でながら言う。

 

「……テレビを見て」

 

 呟く。

 

「街中の、おっきなショッピングモールとか……駅前の待ち合わせ場所とか。そういう所で、インタビュー受けてる人を見て」

 

「少し、羨ましいなぁって思っちゃいます」

 

 私も、その場所に居たかった──他に望むものはなくても、普通らしい格好はしたかった。普通の暮らしもしたかった。

 

「もう普通に戻れないのは、分かってるんですけどね。戻るつもりも無いです」

 

 仮に私が元に戻っても、あの人は元に戻れない。

 全てを投げ捨てて生きてきたあの人は、なにかを得る事ももう出来ない。

 

 なのに、自分だけ元に戻ろうなんて──そんな事は、出来ない。

 

 気が付けば止まっていた手に、雫が落ちる。

 

「あ、あはは。すみません、変な空気にしちゃって。ちょっと、顔洗ってきます」

 

 包丁を怪我しないようにシンクの中に放り込み、走る。

 少し大きめに作られたお風呂、洗面台。自分の顔を見て、思わず笑う。

 

 ぐしゃりと歪んだ顔、溢れる涙。ボヤけた視界でも見て取れるソレを指で拭き取る。熱が指に伝わる。

 

 この熱も、あの人は感じ取ることができない。

 

 何から何まで、哀しくなる。憐れみや、そんな安い感情ではない。重くのしかかる、辛い感情。堪えるなんてとても出来ない、貴重な感情。

 

 水を出して、手に当てる。ヒヤリと急に冷たくなり、高ぶった感情に打ち付けるかのように感じる。そのまま顔に水をかけ、ゴシゴシと何回か擦る。

 

 冷静に、冷えた頭で考える。こうも感情を取り乱してしまうのは、やはり前にはなかった。いや、無かったわけじゃない。あったけれど、表に出てくることは無かった。

 

 顔を上げて、改めて見る。前髪が水に濡れて垂れ下がり眉辺りで軽く束になっている。赤く腫れた目をタオルで拭いて、解す。

 はぁー、と息を吐いて呼吸を落ち着かせる。大丈夫、大丈夫。

 

 これから待ってるのは幸せだって。あの人が信じた、迅悠一(あの人)も言っている。

 

 なのに、なのに──……こうも悲しくなるのは、何故なんだろう。

 

 

 

 

 

 

「ふう、取り敢えずこれで終わり。助かったわ華ちゃん」

「いえいえ、殆ど何もしてませんよ~」

 

 料理中、邪魔になってお団子を軽く纏め上げる形で結んだ髪のままソファに雪崩れ込む。思ったより料理というのは疲れる、というより誰かの為に何かをするというのはやはり疲れる。

 

 たとえそれが大切な人のためだと分かっていても、肉体や精神は疲弊する。

 

 でーんと横になりソファを占拠する。置いてあった煎餅に手を伸ばしバリバリと食べる。やはりおいしいモノは良い。というより食べることはいい。

 

 ふとテレビに目を移し、映る景色を見る。山奥に佇む山荘から街中を一望、通常では見渡すことの出来ない光景。

 いつかの日に、見たいと思った景色。そんなものもあったと思いだす。

 

「ほら華ちゃん詰めて詰めて」

「ぐむうう」

 

 バリバリ煎餅を食べつつ、小南に押されたので身体を丸めて横になる。

 

 こうやって、帰って来た。確かに自分の故郷に帰って来た。

 

 けれど、既に自分の居場所はどこにもなかった。いや、少し違う。

 昔の居場所は、無くなっていた。

 

 あの人は、無い。元々無い場所を失って、過去を投げ捨てて私達に全てを賭けてくれた。だからこそ自分だけ元の場所を得るつもりは無い。

 

 挨拶の一つもする事なく、別れの言葉も無くいなくなってしまった両親に申し訳なく思う。それと同時に、どう思えば良いのだろうと思う。

 

 確実にあの地獄の日々が無ければ、私達が出会うことはなかった。

 

 それだけは確かだ。だからと言って、アレを認めて良いのだろうか。認めたい。だけど、認めるには──何もかも、重すぎる。

 

 元に戻れて、幸せな筈なのに……色々考え込んでしまう。

 

「なーに辛気臭い顔してんのよ」

「わぶっ」

 

 わしゃわしゃと小南に頭を撫でられ、髪が崩れる。

 

「……いいのよ、幸せになって」

「え?」

 

「なにも考えず、幸せになっていいの」

 

 小南の一言が、胸に染み渡る。

 

 幸せになって、いい。

 

 なるほど。

 

「沢山苦労して、頑張って、走り続けて──幸せになれなかったら、それこそ嘘よ」

 

 だから、胸を張って幸せにならないと。

 

「…………そう、ですね」

 

 お腹をさする。

 

 刺された時は、もう食べられなくなるんだなと何処か他人事のように思っていた。神様がもしもいるのなら、性格が悪いと呪うくらいに。

 

「……そうです。幸せに、ならないと」

 

 車の音が聞こえてくる。

 

 ああ、帰って来た。あの人が戻ってきた。

 それなら、飛び切りの笑顔で迎えないと。

 

 むくりと身を起こして、玄関に向かう。さっきまで深刻な事を考えていた癖に、また会えると思うと口が緩む。

 

 ……うん。これが、幸せ。

 

 確かに自分の中で答えを出しつつ、開く扉にドキリとする。

 す、と一度呼吸を整えて声を出す準備をする。半開きになる。扉を開く腕が見える。でもまだあの人じゃない。

 

 チラ、と白い髪が見える。ああ、見えた。けどまだ顔が見えない。

 木崎さんが入ってきて、そして──後ろから続いて入ってきた。言わないと、いや。

 

 

 私が言いたいんだ。

 

 

「──おかえりなさい!」

 

 

 

 




この後、実は迅とレプリカのお陰でトリオン体だった廻くんが華が作ったご飯を食べて味がちゃんとした号泣したりする。
もちろん華も号泣する。

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