ワールドリワインド   作:恒例行事

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いつかの約束②

 コツコツと、歩く音が響く。長めの通路に、少し殺風景な光景。近未来的なその壁に囲まれた場所を歩きながら話す。

 

「もう少しで着くよ」

 

 迅の言葉に頷く。

 

 ボーダー本部、その施設内。まだ来るには早いと思ったが、迅曰く「今しかない」と言うので訪れた。

 個人的には何だって良いのだが、どうやら本部で秘密裏に作っていたものが完成したとかなんとか。

 

 まぁ、別に実験体になるくらい構わないがな。一度死んでも、これは死ぬから辞めとけって言えるし。

 

「いや、その、流石にそれは……」

 

 迅の死にそうな顔で言う言葉に笑う。嘘だよ冗談だ。

 

「……信用ならん」

 

 ぶつぶつと言いながら前を歩く迅。これは見えたな、そう思いながら後ろをついて行く。

 

「本当にやりかねないからね」

 

 横を歩く空閑が突っ込んでくる。いや、そんなことは無いぞ。多分。

 

「つまんないウソつくね」

 

 はは、お手上げだ。嘘だよ嘘、多分やんない。華が悲しむからな。

 

「……ごちそーさま?」

 

 言うじゃねーか、この。

 空閑の頭をぐりぐり撫で回す。キラリといつもの顔をしてる空閑の頭がグラグラ揺れる。

 

「おお、揺れる揺れる」

 

 ちょっと楽しくなってきた。右手で空閑の頭をむんずと掴みそのまま持ち上げる。そして──シェイク。ガクガク揺れる空閑の顔が残像を残して飛ぶ。

 

「あががが」

「……何をしている」

 

 コーヒー片手に歩いてきた、背丈の低い童顔の……少年、って感じじゃなさそうだな。

 

「あ、風間さん」

「かざま先輩、どうも」

「全く格好ついてないぞ。これはどういう……?」

 

 風間と呼ばれた青年──迅がさん、とつけているところからおそらく年上だろう。

 迅、俺は何て? 

 

「あー……そうですね。この人は星見廻さん。色々事情があって詳しくは話せないけど──同い年だよ」

 

 どうもヨロシク、星見でも廻でも好きに呼んでくれ。

 

「……全く。また玉狛の策略か──俺は風間蒼也。好きに呼べ」

 

 じゃあ風間で。

 

「で、本部に何しにきたんだ。このメンバー……というより、お前と空閑が一緒にいる時点でだいぶ怪しいぞ」

「えー。なんのことやら」

「全く心外だ」

 

 二人揃って風間の声に対し惚ける。自ら何かありますと自白しているようだが、それが二人らしい。

 俺は連れてこられただけだからな、詳しくは迅に聞いてくれ、

 

「おっと丸投げ。まあそんな難しい話じゃないですよ──サプライズです」

「……怪しいな」

「ウソは言ってないから本気で怪しいと思われてるよ」

 

 随分信用ないじゃないか。ま、お前らしいが。

 

「一片たりとも嬉しくないんですが?」

「これは本当」

 

 真偽チェッカー空閑による厳しい判定。

 よよよと崩れる迅を見つつ、どうせ本当の事は漏らさないんだろうなと思いながら適当に話す。

 

「……まあいい。変な行動して目を付けられないようにしろよ」

 

 そう言いながら歩いていく風間。なんだかまた会いそうな気もするし、手を振って別れる。

 で、サプライズって何だ? 

 

「ゲッ覚えてる」

 

 空閑は嘘とも本当とも言ってないからな。必然的に一番怪しくなる。

 

 キラリと顔を輝かせる空閑。

 

「は、嵌められた……!?」

 

 多分自爆しただけだと思うぞ。

 

 

「着いた着いた。ここだよここ」

 

 ボーダー本部開発室──そう名付けられた部屋の前に到着した。

 先に入っていく迅。横の空閑の顔を見ると、大丈夫そうな顔をしてたので入ることにした。

 

 それなりの数の机と人、モニターが部屋の随所に配備されている。ここら辺の電子的な機器に関しては、見てきた国の中でもトップクラスに発達している。

 

「来たか、迅──空閑と星見も」

 

 少し小さい、丸めの中年が話しかけてくる。ああ、城戸と話した時にそう言えば居たな。

 すまないが名前はなんて言うんだ。特に何も知らされてないから、わからん。

 

「鬼怒田本吉本部開発室長──トリガーとか、そこら辺作ってるところの一番上の人だよ」

「ふん、そのくらい事前に知らせておけ。……そんなに気にはせん。例のヤツだろう。アレは雷蔵が担当している、向こうの部屋だ」

 

 そう言いながら自分の席へと戻っていく鬼怒田。

 こうやって偉い人間と会うなら事前に言ってくれ。名前くらいなら覚えるから。

 

「いやあ、別に大丈夫だよ。鬼怒田さんは礼を欠くと怒るけど廻さんはちょっと特殊だからね」

 

 そこら辺、汲み取ってくれてる。

 なるほどな、ボーダーの人間は随分と優しいものだ。

 ……本当に、何もかも。

 

「……さ、行こっか」

 

 歩く迅の後ろをついて行く。例のヤツ、一体何なのだろうか。トリガー等を作成する部屋……か。

 

 扉の中、少し広い……居住空間と言った方が正しそうな部屋に着く。部屋の中心に、何やら変な機械が置いてある。

 これは……ラッドか? 

 

「それはまあ、関係ないんだけど……すいません、寺島さーん」

 

 迅が名前を呼び、少し待つ。空閑がそこに置かれているラッドをグラグラ揺さぶって遊んでるのを横目に、何のために呼ばれたのか少しだけ考える。

 

 サプライズ、それは果たして俺にとってなのかボーダーにとってなのか。迅の言うことだから、あんまり意地の悪い事ではないだろう。

 

「ほいほい、お待たせ──……何してんの」

「中々ラッドを振り回すチャンスは無いもので」

『ユーマがすまない』

 

 ぽ、といつのまにか空閑から出てきたレプリカが代わりに謝る。

 雷蔵と呼ばれた、少しふくよかな男性。飲み物を飲みながら、片手に何かを持って歩いてきた男性がラッドに近づく。

 

「んー……まあそのままでいいか。星見さんだっけ、俺は寺島雷蔵。チーフエンジニアやってるよ、よろしくね」

 

 ああ、よろしく。

 

 飲み物を机に置いて、差し出された手を掴む。

 

「取り敢えず、本題に入ろっか。そんなゆっくりするようなものでも無いしね」

 

 握手した方では無い手から、何かを見せる。

 これは──……トリガー? 

 

「流石に玉狛で聞いてたかな。そうそう、これがボーダーのトリガー。空閑くんも持ってるでしょ?」

「もちろん」

 

 スチャ、とトリガーをポケットから取り出す空閑。

 

「で、迅に頼まれててね。結論から言うと、星見さん専用のトリガーが完成したから受け取って欲しい」

 

 …………俺の? 

 

「そう」

 

 貴方の、と言いながら手渡ししてくる。手に握る感触はない。いつも通り、何の感覚もしない。

 

「通常の人より廻さんはトリオンが少ないからね。余剰に使うトリオンを削って、ある程度の機能を実装した完全ワンオフ仕様。とは言っても、基本規定内で弄ってるから本部のランク戦にはギリギリ出れるのかな」

 

 俺の、トリガー。

 

 それはつまり、迅。

 

 

 つまりだ。

 

 

「──そゆこと(・・・・)

 

 んだよ、迅……そうならさ。

 

 喉から出そうとした声が引っかかる。

 上手いこと、声が出ない。

 

 早く、言ってくれれば、いいだろうが……っ! 

 

 

「……なるほどね。迅さん、あんまり泣かせようとしないでよ」

「別にわざとやってるわけじゃないですー。そもそも察しが良すぎるんですー」

 

 

 ぎゅ、とトリガーを握る。

 そう言うことか。迅の奴、意地の悪いことをしやがる。お前のせいで、俺に泣き虫のイメージがつくだろうが。

 

「はは、そう言わないで下さいよ。起動方法はわかりますよね」

 

 ああ、わかるよ。このために俺に教えたんだろう、意地悪め。

 

 右腕に持ったトリガーを、ぎゅ、と握る。いつもとは違う大きさ、触れてる感覚の無さがスケールを掴むのを困難にさせるが──その程度、なんのハンデにもならない。

 

 

「──トリガー、オン」

 

 

 自分を構成するものが、変わっていく。

 そう、ありえない感覚。自らを構成するものが、認知できないものから──認知できるものへと。つまり、感じ取れるものに変化する。

 

 足先、地面をしっかりと踏みしめる。感覚。軽く、自分の身体ではないような心地。事実自分の身体とは少し違ったものになっているのだろうが、ここまでわかりやすいとは思わなかった。

 

 いや、俺だからか。俺だけか。過敏になっていく感覚に、少し笑う。

 自分の身体より、作り物の身体の方が感じ取れるのだ。これで笑わない奴が居るか。

 

 肌で触れている服の感覚がわかる。手に握ったトリガーの形がわかる。ああ──なんだこれ。

 

 温もりに包まれて、暖かいという感覚がわかる。身体全体を包み込まれて、もう、覚えてすらいない──初見と言っても過言ではない感覚。

 

 

 ……ああ。成程な。

 

 ああ、成程。全く、はは。

 

 

 涙は、こんなに熱いんだな。クソが、わざわざ設定しやがったな。

 トリオン体に、こんな機能無いだろうが。

 

 

 この野郎、ああもう。

 

 最近、こんな事ばかりだ。喪って、忘れて、取り戻せない物が帰ってくる。驚きと、嬉しさと、戸惑いが混じって自分でもよくわからない。

 

 

「言ったろ? 俺のサイドエフェクトがそう言ってる、ってね」

 

 

 その通りだよ、この野郎。信じてなかったわけじゃないが、こんな早く──綺麗に、救われるなんて。思う訳が無いだろうが。

 

 ぐ、と手に力を込める。握る感覚と、それに伴う痛みがあまり無いのが若干違和感があるが……それは既に通った道だ。痛みの無さと、感覚の薄さには慣れた。

 

 服は、見覚えのあるものを着ている。いや、これは……。

 

「あ、気が付いた? 昔着てた服がこんな感じだったって聞いたけど」

 

 これは、あの頃の。あの時の、最悪だった時に。

 アレクセイに、貰った服。なんで、どうして。

 

「──華ちゃんに聞いた」

 

 ……そう、か。だろうな。これを知ってるのは、俺たち三人しか居ない。あの頃との明確な違いは、ヒラヒラと揺れる左腕。

 

「左腕の分のトリオンを別口に回して、消費量を抑えてる。いきなり増えても戸惑うかと思ってね」

 

 寺島がそう言う。

 けど、そんな事はどうだって良い。これが、最良だ。

 

 俺たちの戦ってきた歴史は残り、傷は残り、そこには無駄ではなかったという証明が残る。決して、無駄な戦いを続けてきたわけではないと。

 

 折れて、尽きかけても──無駄ではなかったのだ。

 

 それが、分かってもらえて。

 途轍もなく、どうしようもない程に──嬉しい。

 

 溢れ続ける熱い液体を指で掬うように拭きながら、嗚咽を漏らさないように少しずつ感情を落ち着かせる。

 

 鳴いて泣いて哭いて──多くの未知に包まれながら、ひたすら感謝を続けた。

 

 

 

 

 

「どうだ、星見。元の感覚……とは少し違うが、取り戻した感覚は」

 

 車の中、運転しているレイジが横から話しかけてくる。

 そうだな、こう……なんとも言えない。喩えられる言葉が多すぎて、でもそんなので表しきれない。

 大きな大きな感情だよ。

 

「そうか、良かったな」

 

 ああ、良かった。これで、お前の飯も味わえる。

 

「……ふ、そうだな。だがまぁ、俺より先に味わってやるべき人がいるだろう」

 

 華、か。勿論分かってるさ。けど、アイツはまだ料理の練習も何もしてないだろ。何作ってくれても、美味いんだろうけど。

 

「素朴な料理の方が味わいたいか?」

 

 そうだな。ぶっちゃけ作ってくれた飯なら何でもいいよ。

 味のするしないは大切だし、美味い不味いも大事だろうけど……それ以上にさ。

 

 仮に華が飯を作ってくれて、それを味わえたら──どれだけ幸せか。

 

 そん時は多分、飯どころじゃなくなっちまうな。

 

「なら、楽しみにしておけ。その時までな」

 

 ああ、そうするよ。

 

 

 

 

 

「──おかえりなさい!」

 

 入り口で出迎えてくれた華が、満面の笑みで言ってくる。

 

 ただいま。

 

「華ちゃーん、盛り付けるから手伝って貰ってもいいー?」

「あ、はーい!」

 

 パタパタと歩いていく華の後ろ姿を見つつ、リビングに向かう。

 

「……もう出来てるんだな」

 

 たしかに、匂いが──ああ。なるほど。

 良い匂いだ。腹の奥底を刺激するような、いい香り。これが食事、料理か。

 

 ……本当に、戻ったんだな。

 

「驚くのはまだ早い。これからもっと、たくさんの事を知るさ」

 

 そうだな。もっと沢山、いろんなことがある。

 全部が、俺にとっては大切なものになると思う。

 

「ふ、その意気だ」

 

 リビングの扉を開き、空気が廊下に流れ込んでくる。

 ふわりと香りが鼻から脳へと突き刺さるように刺激してくる。全身でそれを受け止めつつ、ゆっくりと呼吸をする。

 

 ああ、匂いなんて──もう、遠い記憶にすらない思い出が。

 

 濁流のように雪崩れ込んできて、心地いい。不快な気持ちは無く、そこにあるのは多幸感のみ。

 

「さ、早く食べましょ──ほら華ちゃんはこっち。廻さんはこっち」

 

 小南に言われ、華の隣へと座る。

 えへへと言いながらこっちににこやかに笑う華に思わずこちらも笑い返す。

 

 指で、華の頬を触る。

 

 ふわりと、緩やかに──心地よく滑る。人肌ってのは、こうだったか。驚いたような表情を見せた後、目を細めて続きを促すように顔を動かす華。

 

「はいそこ、イチャイチャするのは後にする。取り敢えずご飯冷めちゃうから、食べるわよ」

 

 おう、それもそうだな。

 ここ数日で改めて慣れた箸を持って、料理に目を向ける。

 

 ──いただきます。

 

 手を合わせることができないから、軽く一礼してから手をつける。

 

 ハンバーグ──たしかそう言う名前だった筈だ。

 あの頃食ってたような、謎の肉ではない。正真正銘動物の、肉。

 

 一つ取って、皿に移す。半分に箸で切ると、中から汁が滲み出てきてより香りを強く漂わせる。

 

 さらに半分にして、口に運ぶ。近づけば近づくほどいい香りが漂ってくるのに対し、嗅ぎたくなるのを我慢して口の中に入れる。

 

 まず始めに、熱を感じた。口内を熱が駆け巡り、一瞬で満たす。

 こんな感覚は、知らない──いや。知っている。

 

 遥か昔、遠い記憶の中に紛れる少しの感覚。

 

 そうか。美味いよな。

 

 咀嚼して、ゆっくりと味を味わう。

 

 無味ではない。

 

 無臭ではない。

 

 味がする。感触が不快じゃない。そもそも感触がある。

 

 口惜しく思いつつ、飲み込む。するりと喉を通って、身体の中へと進んでいく。

 

「……どうだ、星見」

「え?」

 

 レイジの言葉に、華が反応してこちらを見る。

 

 ああ、そうだな──……美味い。美味いよ。

 こんなにも、違うものか。全然違うじゃないか。

 

「そうか、美味いか。良かったな、二人とも」

「え? え?」

 

 状況が飲み込めてないのか、華が戸惑いを見せる。

 

「今日の飯、水木が手伝ってるそうだ。どれを作ったのかは、知らないがな」

 

 ……ほんと、迅の、野郎。

 

「えっ? ど、どういう……? ていうか、するんですか!? 治ったんですか!?」

 

 ガバッと身を乗り出してくる華。

 料理に混じって、華の匂いがしてくる。

 

 治っては、ないさ。けど、な。

 見つかったんだよ。あったんだよ。どうにかする方法は、確かにあったんだよ──すぐそこに。

 

「……あっ、た? あ、そ、その服……!?」

 

 俺の服を見て、動揺する。

 

 懐かしいだろ? 俺がアイツに貰って、華が覚えてて。迅が聞き出して──作り上げた。治っちゃいない。

 けど──俺は、漸く二人と同じ場所に立てるようになったよ。

 

 

「……………………」

 

 

 トサ、と。

 

 椅子に呆然と座る。

 

 ど、どうした? 

 

 俯き顔を見せない華に、ちょっと内心怯える。

 何か、彼女の気に触ることをしてしまったのだろうか。

 

 華──と、声をかけようとした時。

 

 ふわり、と香りがする。甘い、いつまでも嗅いでいたくなるような香り。全身抱き締められているような広がり。

 飛び込んできた華を、抱きしめ──ながら転ぶ。

 盛大に後頭部をぶつけたが、そこはトリオン体。無傷でやり過ごす。

 

「ちょっとちょっと、大丈──」

「小南」

 

 小南の心配する声と、レイジの呼び止める声が聞こえる。

 けれど、それは気にしない。

 

「…………す……! ……たですっ……!!」

 

 俺の肩に顔を押し付けながら泣く華。ぎゅ、とどんどん力が増していく。トリオン体だから特に気にはしないが──華に対しては気を遣って抱き締め返す。

 

「本当に……っ! ほん、とうに……!!」

 

 恥も何も気にせず、言葉を続ける華。ああ、そうだな。

 本当に、良かったよ。ったく……ほんとうに、な。

 

 滲む視界と、全身に伝わる多幸感を文字通り味わいながら。

 

 幸せと言うものを、噛み締めた。

 

 





この後感極まって廻くんの寝床に華が突撃してふつうに受け入れて一緒に寝たり朝起きて廻のおはようで華が自分の感情を改めて受け入れたりするかもしれない。

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