1.影浦雅人と星見廻
「…………チッ」
ボーダー本部、ランク戦ブース。
人が多く集まり、日夜研磨が繰り広げられるその場所に影浦雅人はいた。いつもより苛立ちを多く見せ、その事が原因で見知らぬ隊員の視線まで買っている。ムカつく。
「何苛立ってんだよカゲ」
「……鋼、おせーんだよ」
チッと舌打ちしながら後ろを振り向く。いつも自分とランク戦を行なっている村上と、横にいる見知らぬ白髪のチビ。
また白髪かと内心思いつつも影浦が問う。
「おいチビ」
「ん?」
どストレートに突っ込んでみたが無反応。悪意や敵意は感じ取れず、突き刺さる感情は──好奇か。
「名前、なんつーんだ」
「おれは遊真。空閑遊真だよ」
「ハン、空閑。空閑……空閑ァ!?」
名前を聞いて、驚く。
「だはは、お前らこんなチビにやられやがったのかよ! あとで久しぶりにログ見るわ」
「見んなよ」
笑って村上に言う。
「んで、何の用だよ。言っとくが暇じゃねーぞ」
不機嫌そうに立ち上がり、苛立ちを見せる。
「そう難しい話じゃない。空閑とカゲは──なんだか合う気がした。だから連れてきた」
村上のその言葉に、空閑を見る。
何を考えているのかわからない目、何よりも──自身になんの感情も突き刺さってこないのだ。影浦からしてみても、初めての経験だった。
「むらかみ先輩に事情は聞いたから」
「あぁ? 聞いたからって、お前……」
聞いたから。恐らく、サイドエフェクトを。普通聞いたから感情を向けないように出来るのか。
「……お前、おもしれーな」
「どうもどうも」
キラリと笑う空閑に益々興味を持つ影浦。そんな影浦を尻目に──後ろから声がかかる。
「や、どもども」
「迅さん?」
元S級隊員、迅悠一。
いつも通り飄々とした表情を見せて歩いて来たその姿に村上が驚く。
「珍しいですね、ここに顔を出すなんて」
「まーね、漸く少し落ち着けるようになったし──ちょっと用事があってね」
ちょいちょい、と影浦の肩を叩く。
「なんすか」
「戦って欲しい人が居るんだけど、ちょっとお願いしてもいいかな」
「はぁ、何で俺が──」
そう言って迅の方に振り向く。
先程とは違い、真面目な表情で見てくる迅に影浦は察する。ああ、この人は本気でそうするのが一番だと言っている。あまりいい気分ではないが……仕方ない。
「ッチ……何番すか」
「228番の孤月の人ね、ヨロシク」
若干機嫌悪そうに歩いていく影浦を見送って、村上は迅に話しかける。
「どうして急に?」
「んー……まあちょっと事情があってね。けど、見れば納得するんじゃ無いかな」
迅の的を得ない言い方に、この人らしいと思いつつ村上は素直に従う事にした。別にそんな反抗する理由もなければ、影浦と空閑を引き合わせるという本来の目的自体は達成したし影浦の戦闘を先に見せるというちょっとしたハンデも出来た。
実際に戦ってる訳では無いし、ログと一緒だろ──心の中でそう言い訳をする村上。
「始まるよ。──よく見ておきな、二人とも」
「……チッ」
街に転送され、周りには人の気配はない。……いや。
正面、道路の先。小さな人影が佇んでいる。左半身を包むような布を纏って、それがヒラヒラと風で揺らいでいる。少しずつ距離を詰めてくるのを見て、影浦もそれに倣うように歩き出す。
玉狛の新メンバーか、それとも支部にずっと居た見知らぬ人間か。ごく稀に支部にずっと居て本部に顔を出さない稀有な人材もいなくもないが、その線は低いだろう。
なぜならば、迅がわざわざ動くような人物。迅でなければ、俺は戦わないと判断されたのだろう。
「…………あぁ?」
肉眼で捉えられるほどになって、そこでふと気がつく。そういえば、こんな感じの奴とついこないだ戦ったような気がしなくもない。大規模進行、忌々しくも強制脱出させられたあの近界民──
「──旋空」
ゾクリ、と影浦は背筋が凍るような感覚を味わった。
まるでこれから断頭台の刃が降りてくるような、既に手遅れな危機的状態に感じるような寒気。その感覚に従って、首筋に奔る敵意よりも先に影浦は動き出した。
身を屈めて相手へと攻撃を繰り出す。ザ、と右足のみを前に踏み込んで左手を後ろに持っていくことでバランスを保つ。キ、と左手と右手からキューブブロックの様なものが生まれる。
頭の上を駆け抜けていった孤月に目をくれる事もなく影浦は目の前に集中する。狙うのは供給を断ち切るための胸。相手の実力を、あの時の近界民クラスだと想定して動く。確証はない。髪色は白だったはずだが今は黒で、目の色は青色で車のテールランプのように残光を残していたあの時とは違う。
だが、そんなものいくらでも変えれるのだ。だからこそ、影浦は相手をそうだと確信している。なにより迅が連れてきたのだ──そういう相手である、と言ったところだろう。
「上等ォ……!」
ニ、と口を薄く歪めながら腕を振るう。振り切った体勢から早くも防御体勢に切り替えた相手に速い、と思いつつそれより先に動けるように意識する。
相手が一歩先を行くのなら、二歩先を行く。
攻撃手上位ランカーだったプライドが、影浦を奮い立たせる。
スコーピオンを二つ重ねて、中距離への攻撃を可能とする影浦が考案したオリジナル技。マンティスが相手の胸元へと伸びていき──寸前で、止まる。
「チッ……」
チク、と影浦の首を突き刺す明確な敵意。届くより早く、先ほどの孤月から察するにマンティスが当たるより早く此方へと攻撃が入ると踏んで回避を選んだが──追撃は、ない。
「は──!?」
ザ、と踏みとどまる。
「……なるほどな」
口を開いた相手の声が、やはり聞き覚えのあることに気がつく。どういう事かはわからないが、やはり件の近界民で間違いないらしい。
「初手の旋空を避けた時点で、何らかの予知がある人間なのはわかった。前回も含めて──……どうやら、相手の視線でも感じ取ってるのかと思って色々探ってみたが違う。それでも、【攻撃しよう】と思った箇所に対する対策は行われた。つまりだ」
自分に向けられた敵意がわかる、そんな所か。
「……ハッ、だったらどうするよ、近界民」
「……近界民、か。それもそうだ」
影浦の言葉に、何か自嘲するようなニュアンスで呟く相手。
「──旋空」
刀を握り、上段に構える。
その姿を見て、影浦は最大級の警戒を行う。武器が例の黒い斬撃ではなくなったとはいえ、孤月は似たような武器である上にボーダーの中でも総合的に一番優秀と言えるトリガーだ。個人成績一位の太刀川や、尋常ではない射程を持つ生駒。そういった人物と鎬を削ってきた影浦だからこそ、見える攻撃でもしっかり対策しなければならないことを理解している。
「──孤月」
振るわれる孤月を、目に捉える。通常の振りより圧倒的に早いソレを上段から振り下ろされるのは把握している、横に飛んで回避しようとする。その瞬間突き刺さる敵意を無視し、目に見える攻撃に注視。先程の実験で、ブラフとして敵意を出せることを影浦は理解していた。
この相手には、俺のサイドエフェクトは頼りにならない。それどころか無駄に警戒する数を増やすための弱点にしかならない。
だからこそ、今回自分のサイドエフェクトを頼らなかった。それが正解かどうかは、わからない。
少なくとも──結果として、振るわれる過程でぐにゃりと捻じ曲がった孤月が影浦を貫いた。
「や、お疲れさん」
「……迅さん、誰っすか」
十本先取ランク戦──十戦十敗という形で終わった影浦は若干不満そうに、それでいて少し楽しそうにブースから出てくる。
「え、俺から言わないとダメ?」
「あー……わかってんでしょ」
「まぁね」
影浦は迅が暗に「ここでいう必要がある?」というニュアンスで言っている事を把握している上、迅は影浦の「誰っすか」がただの挨拶のようなものだと理解している。
二人の回りくどい話が、割と周囲の人間からしてみれば疑問符を浮かべざるを得ない程度には曲者。
「や、廻さん」
「……今更だが、俺がここで戦って良かったのか?」
少し離れたブースから出てきた、特徴的な布を左肩から靡かせている男が出てくる。
「平気だよ。もう正式にどうするかは決まったからね」
「ならいい。影浦、だったか」
相変わらず光の失せた死んだ瞳で話す男。
「俺は、星見廻と言うらしい。先ずは、此間いきなり斬って悪かったな」
「……んだそりゃ」
順番がめちゃくちゃだろ──影浦はそう思って、素朴な疑問が出てきた。周りに聞き耳を立てている人間がいない事を確認してから、影浦が聞く。
「お前、近界民じゃねーのか?」
「……さて、何といえば良いか。半近界民みたいなもんだな」
「半……?」
一緒にいる村上が疑問を口に出す。
「ここで話すのも何だし、ちょっと違うところで話そっか」
迅の言葉に、一同が頷く。普通の事情ではなさそうだと把握した村上と影浦は、そちらの方が混乱せずに済むと納得し歩き出す。
「ならウチの隊室でいいすか」
「オーケー、影浦隊はみんなあん時居たでしょ?」
こくりと頷く。
「影浦隊……部隊長の名前がそのまま隊の名前になるんだったか」
「そうです。影浦隊は廻さんが相手した二部隊のうち一つで、ボーダーでも指折りの実力者ですよ」
廻さん──迅がそう呼ぶと言うことは、もしや年上なのだろうか。
第一印象で殺意をぶつけられ、二度目の顔合わせで色々な事を探られた影浦だったが──不思議と、拒絶の感情は沸いてこなかった。
影浦隊の隊室、何時もなら明るく和気藹々とした空気が醸し出されるその部屋の中は異様な空気に包まれていた。重たく、どんよりとした空気。通夜か何かと勘違いするような重さに、ズズズとお茶を啜る音が響く。
「…………いや、その。なんかすまん」
「……いや、なんでもないっす。はい」
影浦隊隊室では、偶々北添しか居なかった為に北添を交えて三人に話した。廻のこれまでの人生と、サイドエフェクト等。
影浦は思わず、近界民などと言ってしまった過去の自分がどうしようもない程に悔しく思えた。悪意など無く、いや……悪意は、あったかもしれない。軽口とは言え、それをパッと言ってしまった自分を恥じた。
「すんません。……近界民なんて、言っちまって」
軽く頭を下げる。常に攻撃的で直情的だと捉えられがちな影浦だが、別に誰にでも牙を剥くわけじゃない。言っていい事と言ってはいけない事の分別は、ある程度はつけている。
「気にするな。別に間違ってないからな」
口元を軽く歪めて笑う廻に、影浦は罪悪感を覚える。実際本人から刺さる視線には負の感情は無く、逆に好意的な視線が飛んできている。それが尚更申し訳なく感じたが──そこで思考を止めた。
「見ての通り、根は悪くない奴なんです」
「んな一昔前の不良みたいな紹介してんじゃねぇ……!」
「事実じゃんか」
村上がフォローするように影浦のことを弄る。
「……ふ、成る程。迅の言う通りだな」
廻は笑みを少しだけ深める。トリオン体になって身体の筋肉が正常に感じ取れるようになってから違和感が拭えないが、慣れる為に少しずつ自分の身体を動かしている。うまく笑えているのか──まぁ感覚なくても笑えたんだしいいだろ。軽い。
なお、本人が笑えていると思ってるだけで大抵死んだ笑顔だったのは彼女ともう一人の暗黙の了解となっている。
「楽しそうだ──いや。楽しいんだろうな」
今はまだ分からないけれど──いつかこれが楽しいと思える日が来る。きっとそうだと内心思う。
「詫び、って訳じゃあないすけど……今度ウチに飯食いに来て下さい」
「影浦の家にか?」
「ああ、カゲん家は飲食店なんですよ。お好み焼き……だけだっけ」
へぇ、と薄く声を溢す。
「飯、飯か……いいな。必ず行くよ」
「無理して来てもらう事も無いんで、ほんと良かったらでいいっす」
いや、大丈夫だと答える。
「大飯食らいが一人いるからな……」
「ああ……うん」
迅が納得したような声を出す。迅ですら納得できるとは、どれほどのものかと影浦は内心驚く。
「そん時はゾエさんも連れてってね〜」
「ケッ、お前はいつも来てんだろーが」
「ひどい」
よよよと崩れるゾエに、どこか見慣れた気安さを感じる。
「……これが、ボーダーか」
廻が、誰にも聞こえないようにそっと声を出す。呟かれた言葉に込められた想いには、誰も応える事は無いが──戯れる影浦達を見て。
ふ、と小さく──自然に笑った。