ワールドリワインド   作:恒例行事

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たしかなしあわせ

「ふんふんふふーん」

 

 鼻歌を奏でながら横を歩く華に、つい目を向けてしまいがちになりつつ歩く。ジャケット──ダウンベストと呼ばれる種類の、赤いジャケットを着ている。勿論、華が実費で購入したものだ。肩口から白い服が手まで続いており、それはセーターと言うらしい。

 出かける前に迅に叩き込まれたその知識を頭の中で適当に反芻しつつ、目的地に向かって歩く。

 

 季節は冬真っただ中。とは言っても既に二月、何とか覚えた日付を思い出す。

 

 まぁ、とは言ってもトリオン体。

 元々寒さは感じないが、今は余計何も感じないように設定してある。何の感覚もわからない奴が、急に寒いだとか暑いだとかそういうのに放り込まれたら脳がパニックを起こすだとか何とか。俺にはよくわからない話だ。

 

 首元を覆うマフラーが微妙に首の可動域を邪魔してくる。

 この街で急に襲われることは無いだろうから別にいいんだが、こういう服を着るのは記憶の限りでは初めてだ。結局記憶が戻らない現状、何もかもが初体験になる。

 

廻さん(・・・)、時間は問題なさそうですか?」

 

 ん? あー、待て。今確認する。

 確かアイツが入るのが昼過ぎって言ってたから、出来れば一時くらいに来いって言ってたな。今は……十一時。ちょっとどころじゃなく早いな。

 

「それならあそこ、行ってみません?」

 

 そう言いながら華が指差す場所を見る。

 明らかに俺には合わない空気感、なんかこう、ふわふわしてて、キラキラしてて……なんだ、アレ。

 

「クレープ屋さんです!」

 

 キラキラ瞳を輝かせる華に苦笑しながら、いいよと答える。

 やはり女性というのは、ある程度甘い物が好きらしい。全員が全員そうじゃ無いだろうが、少なくとも玉狛の連中はそう。わりとケーキとか、そういう甘いものを食べてる気がする。というか華に食べさせてる気がする。

 

 甘やかす気持ちも分からなくも無い。というか俺も甘やかす。強請られたら三秒保たない。……果たしてこんなにも俺は弱かっただろうか。

 仕方ない。色んなことが積み重なって、俺はもう逆らえん。逆らう気にもならん。冗談ならまだしもな。

 

「げ、結構並んでますね」

 

 若干眉間に皺を寄せてそう言う。

 別にいいよ、待とう。その位の余裕はあるしな。

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 相変わらず快活に笑う華に、こっちも笑い返す。

 まさかこうやって二人で買い物が出来るようになるとは、正直思ってなかった。俺の事をどう扱っても、結局の所人殺しなんだ。そんな人間を、トリガーという武器を持たせて自由行動させるとは──……有難いが、随分とお人好しだ。

 華にもまぁ、色んな事情がある。 少なくとも一般人として生きていけるかは謎だ。

 

 俺は出来るだけ、平和な場所で暮らして欲しい。

 決してこの地が平和では無いと言ってるわけじゃない。寧ろ平和だろう。トリガーという謎技術、トリオン兵という怪物。こんな連中が跋扈しているのに犯罪を起こす方が珍しい。

 脅威が分からなければ確かにそういう行動も取る可能性があるが、普通に考えてやらない。

 

「これ、メニューどぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 前に並んでいた二人の女性客からメニューを受け取る。

 成る程な、事前にメニューを選ばせておいて注文をスムーズにしてるのか。わかりやすいし、こっちも選びやすい。

 華、お前は何にする? 

 

「う~~~~ん……悩ましい……チョコバナナクレープは王道だと思うんですけど、いちごも捨てがたいですね。キャラメルも美味しいですし、全部乗せまで行くとかえって味を邪魔し合うのでやっぱり単品で行くしか無い……う~~~~ん……」

 

 ……なんか滅茶苦茶悩んでるな。

 俺は普通にチョコバナナクレープにするつもりだが、どうする? 二人で分ければ別の味が食えるぞ。

 

「う……そ、それもそうですね」

 

 何故か俺から顔を背けてメニューを畳む華。

 何してんだ。

 

「何でもないです!」

 

 急に顔を手で覆ってぶんぶん振り回す。

 ……俺に女心はよくわからない。迅、お前には何が見えてるんだ。

 

 ──取り敢えず廻さんは人の心を思い出そうか。

 

 俺の中の迅は随分と非情だった。

 

 そんなこんなで待っていると、目の前の二人組の女性客が注文を始める。もうカウンターが目の前にあり、割と早く着いたなと思う。

 迅に渡された携帯電話の画面を確認すると、時刻は十一時半。それでも大分早いくらいだが、ゆっくり休めば丁度良くなるか。

 

「おー、なんか携帯触ってるとそれっぽいですね」

 

 それっぽいってなんだ、それっぽいって。

 白い髪、充血が治りつつある目、ひらひら舞ってる左腕。……一般人には見えないだろ。

 

「大丈夫、かっこいいですから!」

 

 そういう問題か……? 

 ま、お前がいいならいいか。

 

「……えへへ」

 

 ひらひら舞う袖で遊ぶ華。

 変な風に結ぶなよ、割とめんどくさいから。にまにまと笑う表情が、なんとも言えない気持ちにさせる。

 

 注文の番になり、俺はさっき決めた通りの注文。華はいちご系にしたらしく、なんかダブルなんとかこんとか。……俺に流行りはわからない。なんもわかんねぇじゃねぇか。

 く、これを機に流行りモノを調べるのもいいかもしれん。

 

 出掛けるって事になって、俺は何にもわからんじゃ意味がない。華にだけ考えさせる訳にはいかない。

 文化というものを今一度勉強し直すか。というか、俺はそれを感じ取れる心があるか──試すしかない。無かったら鍛える。

 

 出てきた品を受け取って、代金は注文時にそのまま支払った。ボーダーとして受け取った金のお陰。別に欲しいと要求した訳でもないが、ここで渡さない理由はないとのこと。

 城戸を中心に、必ず渡すようにと規則を見直して金額を正当に支払ったそうだ。俺は口座? も無いから、口座から作り直したらしい。

 

 迅曰く、「攫われて戦ってきた年数分を渡すつもり」。

 

 それに加えて先日の戦いの事もあるので、相当な額になると言っていた。

 

「へぇ~、いつの間にカードなんて作ったんですか?」

 

 合間だよ合間。

 ……全部迅に言われて作ったんだが、もしかしてアイツこの景色も見えてたのか? もしそうだとしたら、頭が上がらん。

 

 カウンター席が空いていたので、そこに座る。華と隣り合って座り、静かに食べ始めた。

 

 トリオン体は便利だ。

 味覚が無くなった者でも、味覚を味わえる。嗅覚が蘇る。視界に色がつくように、空虚な世界に色が塗られるように。まさかこうやって、欲しがった未来が手に入るなんて──やはり、未来はよくわからない。

 

 取り敢えず一口。

 甘い。此間玉狛で食べたケーキ、全体に塗られていた生クリームか。ホイップ? まぁなんでもいい。甘い、けれどしつこすぎない甘さ。ああ、美味いな。

 

 華、そっち一口くれ、

 

「へっ」

 

 あー、と口を開いた状態で何だか惚けた声を上げる。

 ……俺が先に食わせるべきだな。筋が通ってなかった、すまん。

 

「へえっ」

 

 素っ頓狂な声を上げる。

 チョコ嫌いだったっけ? 

 

「いやいやいや! そういう訳じゃないですよ! いただきます! ええ! 勿論……いただきます……」

 

 ごくりと、なぜか何かを飲み込んでから俺の手に持つクレープを見つめる華。何してんだ、食わないのか? 

 

「食べます! ……すぅー、はぁー……っ」

 

 深く呼吸してから、覚悟を決めたのか──何の覚悟かは俺も知らない──俺が差し出したクレープに顔を近づける。はよ食え。

 視線の先のクレープに目を向け……あ。俺の口つけた方差し出してた。悪いことしたな、と言いながら反対にくるりと回転させる。

 

「…………………………アリガトウゴザイマス」

 

 あむ、と口に含む。凄い不服そうな顔をしてる。

 ……反対にひっくり返す。

 

 止まる。

 

 戻す。

 

 口を開ける。

 

 どっちだよ。まあいいや、くれ。

 

「……はいっ」

 

 口元にクリームを付けつつ、華が差し出してきたソレを頬張る。

 甘い、が。チョコの甘みのあった俺のとは違って、いちごの酸味が強い。甘さと酸っぱさが混ざって、うん。美味いな。

 

「……にへへ」

 

 ん、美味いか? 

 

「それはもうっ」

 

 そうか。

 なら、よかった。俺も美味いよ。……甘いよ。

 

 

 

 

 少し休んで二人で雑談しつつ、目的地に向かうことにした。

 と言ってももうそれなりに近い距離にあるようだし、迅に渡されたこの携帯電話の地図機能を使えば場所は分かる。便利だ。トリオン体がデフォルトだった連中はマップ機能が視界に現れるからかえって見ずらくなったとか言っていたが、俺からしてみれば便利すぎる。

 

 何せ、もう我武者羅に走らなくていい。目的地が分かるってのは素晴らしいぞ。

 暗闇の中を進行する必要も無いわけだからな。

 

「……地図ですか?」

 

 そ、地図。

 ていうかお前の方がこういうの得意だろ。年頃だし。

 

「まだ廻さん二十歳行ってませんよね?年頃ですよね?」

 

 知らん知らん。色々捨て過ぎたからな、俺にはお前が居ればいいよ。あとアレク。

 

「…………もー」

 

 ぺこっと脇腹をつついてくる。トリオン体だから効かないけど、触られた感覚は残る。

 何だよ、何か変なこと言ったか?

 

「言ってませんけど……言ってませんけどぉ」

 

 ふんすと頬を膨らませてそっぽを向く。

 ふむ、分からん。俺が他人の気持ちを理解できる日は果たしてくるのだろうか。

 

 そんなこんなで歩いて、少し経った頃。今日の本来の目的地に到着した。既に店の前(・・・)に何人か見知った顔が居る辺り、俺達が一番最後かもしれない。

 

「あ、遊真くんも居ますね」

 

 此方に気が付いたのか、手を振ってくる。レプリカは人の目があるから姿を現わしていないが恐らく一緒にいるのだろう。

 

「や」

「ども」

 

 空閑と共に、前に知り合った村上。

 後は影浦隊のメンバーと、他数名。

 

「ええと、初めまして。水木(みずき)(はな)と申します!ちょっと前までお腹に穴が空いてて黒トリガーの中に居ました」

「いきなりとんでもない情報が出て来たな……」

 

 華のジョーク交じりの自己紹介に、帽子を被ってる男が引き気味に言う。

 前ならこの自虐交じりの自己紹介ですらダメージを喰らっていたが、精神的に少し余裕ができた今の俺は笑う余裕がある。

 

「取り敢えず中に入ってからにしますか。今頃カゲ待ってるだろうし」

 

 それもそうだな。

 店の窓からチラリと中を見て、こっちを睨みつけている影浦を尻目に、俺達は入店した。

 

 

「そんじゃ、改めて。今日はカゲの奢りなんで気にせず行きましょう」

「テメーらコラ、あんまり調子扱いて食いまくんなよ。別にいいけどよ」

「おっ、流石カゲ。ゾエさんも張り切って食べるよ」

 

 鉄板の上で、お好み焼きと呼ばれる料理がじゅうじゅう音を立てて焼かれている。

 それを度々世話する影浦と、眺める空閑と華。

 

「おぉ、かげうら先輩上手い」

「舐めんな」

 

 反対側にひっくり返し、焼く。

 トリオン体だと口の中を気にしなくていいから楽だ。ある程度治ったとは言え口の中は相変わらずヤバい事になってる。具体的に言えば、ようやく人に見せれるレベルに回復した。

 

「おおぉ……おいしそう……」

 

 口を開けてだらりと涎を垂らす華。

 先程着ていたジャケットは脱いで、首元まで覆う白いセーター。腕は肘辺りまで捲り上げて、準備万端と言った感じ。お前本当飯には妥協しないな。それらしいけど。

 

「ふふん、玉狛で作るのとは違いますからね。本業の方が作るお好み焼きですよ?それはもう別物です。家で作るのとは違うんですよ!」

「……そこまで褒めるもんでもねーけどよ」

「照れるな、カゲ」

「うっせーボケ!」

 

 華の言葉に影浦が反応し、それを村上が煽る。

 やはりこいつらの絡みは見ていて楽しい。何だか、前を思い出せる。あの頃の気軽に振舞おうとしていた、三人での生活を思い出す。華が何かを言って、アレクが反応して、俺がそれを見て笑う。懐かしい。

 

「んでええと、水木だったか。さっきの話ちょっと聞いてもいいか?」

 

 帽子を被った男、荒船哲次が話す。

 

「さっきの話──ええと、私が黒トリガーの中に居た話でしたっけ」

 

 チラリと俺を見る華。

 別に、ここにいる連中には話しても問題ないと思うけどな。何か問題があるなら迅が止めてくるだろうし。

 

「……すんごいざっくり言うと、死にかけたのでもう一人──アレクセイっておじさんが居たんですけど、その人が黒トリガーになる時にトリオン体保存領域に私を封じてくれました。その結果死ぬこと無く、何とか出てこれたわけですね」

「黒トリガーに。……あの戦いで星見さんが戻ってきたのはこっそり聞いてたが、まさかそんな事になってたとはな」

 

 さり気なくおじさん扱いされてるアレクに同情しつつ、特に否定もしない。

 あの場では、それが最善だった。それしかなかった。俺が二人をもっと信じていても、俺がもっと強くても、あれ以上は無かった。でも、後悔は幾らしても悔やみ足りない。

 

 むぎゅ、と頬を抓られる。

 何だよ、ちょっと自己嫌悪に浸ってただけだろ。

 

「もー、あれはしょうがなかったんですって。そもそも防衛部隊の数が少なすぎましたし、私達二人に関しては生身ですからね。勝てる要素の方が無いですから!」

「え、てことは水木ちゃんも星見さんばりに動くの……?」

 

 華の方が強いよ。

 俺もまぁ、途中からサイドエフェクトの影響で実力は付いてったけど……コイツは天才だからな。俺が途中で折れなかったのも、華のお陰だよ。

 

「ていう事はサイドエフェクト持ちって事?」

「そうみたいですね。トリオンが少ないのにサイドエフェクト持ちってどういうことだって騒いでましたけど」

「オラ、焼けたぞ。食え」

「わ、ありがとうございます!」

 

 焼きたてのお好み焼きに、ソースとマヨ。あと鰹節を振りかけて、影浦が華の皿へと移す。その次に空閑で、俺が三番目に配られた。

 

「オメーらは自分で焼けよ」

「えー、何かカゲが成長したようでしてなくてゾエさん悲しいよ」

「うるせーボケ」

 

 なんだかんだ言って自分達で焼いていた荒船たちは既に皿にのせている。準備が早い。

 

「そんじゃまぁ、帰還祝い?退院祝い?どっちになんだコレ」

 

 どっちでも構わないさ。祝ってくれるならなんでも、な。

 

「……そうすね。んじゃま、これから(・・・・)に期待して」

「はい、いただきます!」

 

 そうだな。

 これから、だよ。

 

「……はふっ、あふっ」

 

 一番先に口に入れた華が熱そうにしている。

 小さめに箸で切って、片手で問題なく食べれるから安心だな。湯気が立っているのを見て、少しだけ冷まして口に放り込む。

 

 熱い。トリオン体だから感じ取れる熱が、口の中で暴れてる。痛みに対する耐性は無いけど、怪我したところで何にも恐怖が無いからそのまま咀嚼する。うん、美味い。

 色んな味が混ざってて、食べてて飽きない。

 

おいひいれふね(おいしいですね)!」

「はふ、うま」

 

 空閑も同じようにトリオン体だが、熱さを冷ましつつ食べてる。

 焼きたてだからなのか、それともこの料理自体の味か。どちらにせよ美味い事に変わりはない。

 

 そういえば、大分前にも同じような感じで華がもごもご言っていた事があったな。飯食いながら何かを言っていて、それにアレクが反応して。

 

 ……演じる必要なんてもう無い。

 元の華がどんな子だったかなんて知らないが、あの経験が、何かを変えてしまったのは事実だ。それを忘れてはいけない。あの日々が、出来事が、俺達のすべてを変えた。

 

「廻さん」

 

 水を飲んで、髪を後ろに纏めなおした華が俺に話しかけてくる。

 

「私、幸せですよ」

 

 ……そっか。

 また、気を遣わせたな。悪い。

 

「えへへ、食べましょ?」

 

 ああ。

 影浦。

 

「ん、なんすか」

 

 ありがとうな。

 

「……ウス」

 

 影浦のサイドエフェクト──感情受信体質。

 そのサイドエフェクトが、どんなものを感じ取っているのか──少なくとも、今は不快なものは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 


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