死神「突然ですが、あなたは六時間後に死にます」【短編】   作:死神さん

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死神「突然ですが、あなたは六時間後に死にます」

「突然ですが、あなたは六時間後に死にます」

 屈託のない、とても爽やかな笑顔で目の前の女の子はそう言った。

 

 

 黒くて長い髪に、クリッとした大きな目。身長は僕の腹部に届かないくらい。服装は白のワンピース。そんな小さな女の子が、満面の笑みを見せてくれる。

 

 僕はとりあえず扉を閉じた。

 

 

「ちょっと待って下さい!! 信じて下さい!!」

 扉の向こうから大声が聞こえる。何時だと思ってるんだ。近所迷惑でしょうが。

 町内会の人が来たらどうしてくれるんだよ。とても迷惑である。

 

 

「あー、うるさい。勘弁してくれ。迷子か?」

「迷子じゃなくて死神です」

 僕はとりあえず扉を閉じた。

 

 

「信じて下さいぃぃ!! これも貴方の為なんですぅぅ!!」

「あー、分かった。分かったから静かにしてくれ」

 もうとりあえず黙らせようと、扉を開けて女の子を家に受け入れる。

 

 その際、僕はしっかりと外を確認した。下手すれば幼女誘拐だし。

 

 

「……で、なんなの君」

「死神です」

 ダメだ、話が通じない。

 

 

「分かった。交番に連れて行ってあげるよ。……はぁ、なんで僕がこんな───」

 悪態を吐きながら、彼女の手を取って家を出ようとドアノブを回す。

 

 しかし、ドアノブに伸ばした左手の感覚はあるのだけど、右手は彼女の手を文字通りすり抜けていた。

 

 

 頭の中を疑問符が覆い尽くす。

 

 

 思考に身体は追い付かなくて、僕は何度も彼女の手を取ろうと自分の手を闇雲に振り回した。

 文字通り、僕の手は彼女の身体をすり抜ける。貫通しているというか、立体映像に触ろうとしているような感覚だ。

 

 彼女の頭に手を突っ込んでみても、彼女は微動だにしない。ただ少女の頭に人の手が突き刺さっている光景が視界に映る。

 

 

「……幽霊?」

「死神です。次元が三つ程違うので、貴方は私に触れる事は出来ません」

 信じざる得なかった。

 

 現実は小説より奇なりとは言うが、これはまた僕の人生は面白い。

 問題は目の前の幽霊───もとい死神のさっきの言葉である。

 

 

 ──突然ですが、あなたは六時間後に死にます──

 

 

 彼女が普通じゃない事は確かだ。そして、その言葉も本当なら文字通り───僕は六時間後に死ぬ事になる。

 

 

「あ、あはは……マジか」

「マジです。これだけは決定事項ですね」

 僕は頭を抱えた。

 

 

 いや、いきなり六時間後に死にますとか言われてもさ。どうしたら良いか分からないよね。

 だって六時間だよ? 六時間で何が出来る。余命六時間とか突然言われて何か出来る人の方が少ないと思う。

 

「ていうか、だったら扉とかすり抜けれるんじゃないの?」

「あ、そうでした! 私おっちょこちょいなので、そういうの忘れちゃうんですよね」

 大丈夫かこの死神。

 

 

「……で、お前が僕を殺すのか?」

 とりあえず気を紛らわせる為に僕はそんな質問をした。

 そうだとしても彼女に触れる事すら出来ない以上、僕の死を回避する事は出来ないだろうが。

 

 

「いいえ。私の仕事はあくまであなたの魂を回収する事なのです。あなたの死を決めたのは神様のようなもので、そうですね……運命と割り切って頂ければ」

「割り切れる訳ないだろバカか」

 満面の笑みでそう言う彼女に僕はチョップを繰り出すが、その攻撃は当たり前のように彼女を貫通する。

 

「寿命……みたいな感じなのか。僕まだ十九歳の大学生なんだけどな……。で、僕はなんで死ぬの?」

 ただ、彼女をどうこうする事も出来ない。そしてしても意味がない以上、腹を括らなければいけない。

 僕は冷静に気になる事を聞いた。出来るなら、苦しくない死に方をしたい。

 

 

「僕は至って健康体だと思うし、今は二十三時五分だ。六時間後と言うと朝の五時。普段は寝ている時間に死ぬって事になるけど」

「それは私にも分かりません。ただ死ぬという事が運命付けられているだけで、実際どう死ぬかという事は定まっていないというか」

 死神は自分の顎に人差し指を当てながら、説明口調で言葉を並べて行く。

 

 今から死ぬ人間に対してあまりにも業務的というか、もう少し言い方とかないのだろうか。

 

 

「例えば今から貴方が自殺しようとしても絶対に死ねませんし、なんならそれが死因になって六時間後に死ぬ事になると思います。あなたが家に引きこもっていても突然強盗が押し寄せてきてあなたを殺すかもしれませんし、突然心臓発作で死ぬかもしれませんし、なんなら突然この家が爆発する可能性もありますね。とにかく、あなたは六時間後───正確には翌日の午前五時十六分二十二秒に死にます」

 営業スマイルで彼女はそう言った。

 

 要するに、今僕は何をしても死なないらしい。明日の五時まで。

 

 

「事故死に病死……他殺、なんでもありって事か。それは、死ぬまで分からないと」

「はい。とりあえず、死にます」

 いや、分かったから。死ぬのは分かったからそんな現実を突き付けるのやめて欲しい。

 

 

「死にたくねぇ……」

 僕は頭を抱えて座り込む。

 

 当たり前の感情だが、それが迫っていると分かった時の実際の感情というのは思っていたよりも恐ろしい感覚だった。

 

 

「死にますよ」

「分かった。分かったから黙れ。……ていうか、なんでそれを教えてくれたんだ? 死ぬ人間は皆死ぬ前にお前が教えにくるのか?」

 素朴な疑問である。

 

 全人類が死ぬ六時間前に「突然ですが、貴方は六時間後に死にます」とな言われたらなんて想像してみろ。

 人によっては狂って何をするか分からない。それこそ、その人が誰かを殺すなんて事もある。

 そんな誰かも、六時間前に死神が挨拶しにくるなんて地球は毎日パニック状態だ。

 

 

「あ、いえ。今回は私が夜勤で偶々暇だったので、暇潰しにお話しようと思っただけですよ。私の担当地域で今晩死ぬの貴方だけですし」

 なんか夜勤とか担当地域とか言い出したんだけどこの死神。仕事なの? 職種なの?

 

 

「基本は挨拶もしないですね。身体から離れた魂の回収が私達死神のお仕事なので。でも、死神も結構人材不足で、忙しい日は本当休日出勤とか残業とか大変なんですよ……。回収し損ねると幽霊になっちゃいますし。この前の職場なんて二十四連勤ですよ?! 流石に移動させて貰いました。私だって仕事とプライベートの両立とかしたいんです!! 有給なんて全然使わせてくれないし!!」

「いや仕事の愚痴なんて聞いてないからね」

 なんでこの死神は今から死んで魂を回収する相手に仕事の愚痴を言ってるの? バカなの?

 

 

 そういえばこの死神、担当だとか移動だとか言ってるな。

 

 

「この辺りで働き出したのは、最近なの?」

「はい。二日前ですね。この町は結構忙しいって聞いてたんですけど、今の所お仕事も少なくて楽してます」

 嬉しそうだなこの死神。

 

 仕事が大変というのは、人間も死神も変わらないらしい。僕は就職前に死ぬらしいけど。

 

 

「死ぬ人には出来るだけ早くそれを伝える事が、私の仕事のモットーなんですよ」

「へぇ……それはどうして?」

 僕の寿命は残り六時間なのだが、そんな僕に死神は自分の仕事のポリシをー語り出す。

 ただ、僕も残り六時間をどう過ごすとか、もう考えるのも嫌なので彼女の話を聞く事にした。

 

 冥土の土産としては、面白い話だとは思う。

 

 

「だって、後悔して欲しくないじゃないですか。死ぬのがあと少し早く分かっていたら、アレもコレも出来たかもしれない。そんな想いの乗った魂って……重いんですよね。十分あれば、やれちゃう事もあると思うんです───」

 珍しく、沈んだ表情で死神はそんな事を言った。

 

 なんだよ、良い事言うじゃないか。

 確かに突然何も分からずに死んだから、きっと沢山後悔するだろう。それを少しでも和らげてくれる手助けをしてくれるこの死神は、もしかしたら優しいのかもしれない。

 

 

「───例えば、パソコンやスマートフォンの中のエロ画像とかエロ動画の消去とか」

「そんな後悔したくないけど、それは確かに重要だね」

 僕も消しておくか……。

 

 

「そんな訳で、今日は暇だったので六時間前にお知らせが出来たんです。さぁ、やり残した事はありませんか? エロ本もちゃんと処分した方が良いですよ!」

「この微妙な年齢の男にエロばっか言わないでくれる?!」

「ハッ、申し訳ないです。もしかして童貞でしたか? なんなら今から童貞捨てに行っちゃいます?」

「ぶち殺すぞ!!」

 殺せないけど。

 

 

 死ぬの僕だけど。

 

 

「それとも私に欲情して一発逝きますか? 朝までコースでテクノブレイクでも良いかもですね。ふふ、今ならサービスで脱ぎますよ。あ、これでも私成人してるので! 合法ロリですよ!」

「触れない相手に欲情なんてしょうもない事したくないよ……。もうその手の話はやめてくれ」

 僕は頭を抱えて首を横に振った。そんな死に方したくない。

 

 

 どう死ぬかはともかく、やり残した事が出来るだけないようにするのが僕が今するべき事だろう。

 とにかく、エロ画像の消去だ。

 

 

「何処へ行くんですか?」

「自分の部屋だよ」

 僕は階段を上って、自分の部屋まで歩いて行く。

 死神は当たり前のようにそんな僕の後ろに付いてきた。

 

 

「どうして付いてくるの?」

「何かお手伝いする事が出来るかもしれませんし。あ、ぶっちゃけると暇なんですよね。夜勤なので」

 デリカシーないよね、死神。

 

 

「それにしても、この家一人暮らしの大学生には広過ぎませんか? 二階建ての一軒家なんて」

 彼女の言う通り、僕が住んでいる家は二階建ての一軒家である。

 普通に考えてただの大学生が住むような家ではない。

 

 

「あぁ、一月前に両親が…………死んでさ。死神さんはその頃違う所で働いてたらしいし、知らないか」

「なるほど、納得です」

 なんの関心もなさそうに死神は頷いた。この様子だと、二日前に転勤してきたって話は本当なのだろう。

 

「あの時は……別の死神が僕の両親の事を見てたのかな」

「かもしれませんね。前任の死神さんも結構仕事熱心な方だったと聞いているので」

「その死神は他の人には見えないの?」

 気になったのはそんな事だ。

 

 

 この死神は出来るだけ早く伝えると言っていたから、死神が見えるのは僕だけじゃないのだろう。

 しかし、両親が死んだ時僕の目に死神は映らなかった。

 

 

「私達は自分の姿を見せる相手を決められるので。きっとご両親には見えていたでしょうが、その時のあなたには見えていなかったんでしょうね」

「へぇ……」

 そんな話を聞いてから、僕は自分の部屋に入る。

 とりあえずパソコンの電源を着けて、パソコンが起動するのを待つ間に部屋の辺りを見渡した。

 

 

 何の変哲もない部屋である。

 

 

「この家、臭いですよね。凄い異臭が漂ってますよ」

「大学生の一人暮らしなんてそんなもんだよ。食べかけのカップラーメンとか押入れに押し込んであるから、絶対に開けないでね」

 ていうか匂いとか感じるんだね。死神なのに。

 

「本当ですね……。押入れから凄い匂いが……」

 嗅ぐな。

 

 

 

 

「エロ画像は消せましたか?」

「そんな確認しなくていいよ……。さて、あと五時間半くらいか」

 色々あって、僕の残りの寿命は五時間と少しになった。

 

 少し落ち着いたせいか、現実味が薄くなる。

 あと五時間程で死ぬと言われても、僕の身体には特に何の異常もない。

 死因が分からない以上なんとも言えないけど、誰かに殺されでもしない限り僕は死にそうにない気がした。

 

 

「他殺……かなぁ」

「その場合、貴方がどんなに足掻いても相打ちにすらなりませんので。大人しく楽に殺してくださいとお願いするのが正解だと思いますよ」

 僕以外はこの死神の管轄内で死なない事になっている。

 逆に捉えると、僕が今から何をしようが誰かを殺す事は出来ない。僕が何をしようが誰も死なない。

 

 いっそ歴史に名を残す為に大きな犯罪でも犯してやろうと思ったけど、なんの準備もせずにあと五時間で出来る事なんて限られていた。

 

 普通にやり残した事をした方が良さそうである。

 

 

 

「とは言っても、あと五時間か。……まだ見てないあの映画とか見ようとしたら二本しか見られない。あの漫画の続きも気になるけど、そもそもまだ完結してない。あのゲームも買ったはいいけど手が付けられてなかったか? いや、あと五時間でクリア出来る気がしないし、そもそも最期の時間にゲームで良いのか」

 僕は一人でブツブツと最期の時間の過ごし方について考えた。

 

 どれもこれもパッとしない。

 

 

「童貞さんは好きな女の子とか居ないんですか? 彼女は居なさそうですけど。顔的に」

「顔的に?! いや、決め付けが酷すぎじゃないかな。ていうかその呼び方やめろ」

「それじゃ居るんですか? 彼女」

 妙にキラキラした目で、死神さんは俺に詰め寄ってくる。

 

「……い、居ないけど」

「ケッ、つまんねー」

 おい態度。態度。

 

「色恋沙汰の一つや二つもないんですか? つまんない人生でしたねー」

 過去形なのが腹立つよね。

 

 

「……なくは、ないよ。狙ってる女の子はいる、かな」

 どうもこのままバカにされるのは癪なので、僕はそんな事を言った。

 これから五時間後に死ぬ僕にとっては意味のない事だけど。

 

「本当ですか?! 気持ちは伝えたんですか?! 進展は?!」

 しかし、死神さんは妙にグイグイ来る。女の子がそういう話を好きだというのは人間も死神も変わらないらしい。

 

「ないよ。ただの友達さ」

 ただ、彼女の期待するような話はない。

 

 

 僕がそういうと、死神はまたつまらなそうな顔をした。なんて不謹慎な死神なんだろう。

 

 

「それに、あと五時間の命の僕に何が出来るってのさ。もう電車も動いてないし、連絡先も知らない。歩いて行こうにも三時間くらい掛かるし、そしたら時間的にもう寝てるのが当たり前だからね」

「連絡先も知らないのに家は知ってるんですか?」

「……た、たまたま家を知る機会があっただけだよ」

 どうも深入りしてくるなぁ、この死神。

 

 

「でも、何もしなかったらきっと後悔しますよ」

 少しの間の後、死神はそんな当たり前の事を言った。

 

 そんな事は分かってる。

 だけど、残り五時間の命をそんな事に使ってどうするんだ。

 

 

 

 運命は決まっている。

 

 

 

 僕は死ぬんだ。

 今日は他に誰も死なないこの町で一人。僕だけが、死ぬ。

 

「……何をしたって、後悔しかしないよ」

 他所を見ながら僕はそう言う。

 

 

 やり残した事なんて片手で数えきれない。後悔しない程、必死に生きてきてもいない。

 突然六時間後に死ぬなんて言われてさ、どうしろって感じだよね。

 

 

「……それじゃ、お話を聞かせて下さい」

 死神は僕のベッドに何食わぬ顔で座ると、屈託のない笑顔でそう言った。

 

「話?」

「はい。もうする事もないなら、せっかくですしこの十九年間を振り返ってみたらどうですか?」

 我が物顔でベッドに座る死神は、話を聞いてやると言わんばかりに僕に身体を向けてくる。

 なんだろうな。見た目も相まって妹と話しているようだ。今更だけど、あんまり死神って雰囲気じゃないよね彼女。

 

 

「振り返る、か。そうだな……せっかくだし死神さんが喜びそうな話をするよ」

 せっかくだから、僕が狙っていた女の子の話をしようと思う。

 

 まずはその女の子との馴れ初めだ。

 

 

「……一目惚れ、ですか?」

「うん、一目惚れ。理由は分からないけど、本当に一目で気になった。……そうだな、少し君に似てる」

 綺麗な黒髪の長髪が似合う、少し背の低い女の子である。

 

 学校で偶々すれ違って。それから少しして一緒のサークルに入って、最近では話す機会も増えてきた。

 なんの他愛もない話しかした事ないけれど、彼女と話している時はなんというか安心するんだよね。

 

 

 今この感じと同じというか、なんというか。

 

 

 それから僕は死神さんに彼女との思い出をいくつか話してみる。

 

 サークル活動で一緒に出掛けた事や、二人きりで買い物に出掛けた事。

 まぁ、なんて事はない大学生の普通の生活だ。だけど、死神は特に退屈そうにする事もなく真剣に僕の話を聞いてくれた。

 

 それが嬉しくて、ついつい話し込んでしまう。

 気が付いたら午前二時。僕の寿命は後三時間程だ。

 

 

 そんな事を思ったら、自然と涙が出て来る。

 当たり前だ。後三時間しかない。そしたら、僕は死ぬ。そういう運命らしい。

 

 

「……良いんですか?」

 死神は優しい笑顔でそう言った。

 

 

「……何がだよ」

「会いに行かなくて、ですよ。お話を聞か限り、結構脈ありだと思うんですよね。お話が貴方の妄想でなければ」

 残り三時間。歩いてもなんとか間に合う。そんな時間だ。

 

 まるで見透かされているかのように、彼女はそう聞いてくる。

 

 

「何時だと思ってるんだよ。それに、僕は死ぬんだよ? 運命は決まってる。無理だ」

「運命は決まってなんかいませんよ」

 彼女は真顔でそう言った。僕の頭は真っ白になる。何を言っているんだこの死神は。

 

 

「だって……僕は───」

「確かにあなたは死にます。でも、どうしてあなたが死ぬかは決まっていません。必ず死にますけど、それ以外は全てあなた次第です。……運命は自分で決めるだけ。ただ結果的にあなたは死にますけど」

 一言多い。

 

 だけど、彼女のおかげで決心が付いた。

 

 

 自分の運命は自分で決めよう。

 

 

「何処へ?」

 立ち上がる僕に、分かりきっている質問をする死神。

 

 止まっている時間はない。僕は着替えながら、横目で彼女をみて口を開いた。

 

 

「彼女に会いに行くよ」

「残り三時間しかない命を歩くのに使うんですか? 彼女が起きているかも分かりませんよ」

 ごもっともな意見である。

 

 きっと、それは正しい意見だ。

 

 

 それでも僕は───

 

 

「───自分の運命は自分で決めるよ」

「正しい意見です」

 屈託のない笑顔でそう言って、彼女は何処からかスマホみたいな物を取り出す。

 ここに来てツッコミを入れさせる気なのかこの死神。なんか着信してるようだけど、死神も電話するの。

 

 

「あ、上司から電話なんで貴方は気にせず準備して下さい。どうせ死ぬので、最大限に格好付けると良いと思います」

 そう言って、死神は電話に出た。本当に一言多い死神である。

 

 

 僕は台所に向かって、必要なものを大きめのポケットに入れた。特に何か特別持っていく物はない。

 強いて言うなら身分証明が出来る物くらいか。僕が死んだ後、それがないと警察の人が困るだろうし。

 

「学生証で良いかな……」

 なんて独り言を呟くと、死神が階段を降りてきた。付いてきてくれるのかな?

 いや、付いてこないと魂が回収出来ないのか。申し訳ないけど、僕の最後の散歩に付き合ってもらおう。

 

 つもる話もあるしね。

 

 

「それじゃ、行こっか死神さん」

 僕がそう言うと、死神さんは真っ青になった顔を上げた。どうしたんだろう? さっきの電話で何かあったのかな?

 

 

「どうしたの? 死神さん」

「あ、あの、その、えーと……その、非常に伝えにくいのですが」

 物凄く声を震わせて、表情を引き攣らせる死神さん。

 

 どうも嫌な予感がした。心臓の鼓動が速くなる。

 

 

「……死神さん?」

「そ、その……ごめんなさいぃぃ!!!」

 彼女は突然土下座した。

 

 

「貴方死にません!!! 私の勘違いでした!! 死ぬの違う人でした!! いや、本当、マジで、ごめんなさい!!」

「……は?」

 静まり返った部屋で、時計の針が進む音だけが聞こえる。

 

 

 

 僕はその場に座り込んで、大笑いした。

 

 それはもう多分人生で一番笑ったと思う。まだたった十九年の命だが、それでも結構笑った方だ。

 

 でも、本当に人生で一番笑ったと思う。これからの人生で今以上に笑う事があるだろうか?

 そう、これからの人生があるんだ。もう、笑うしかない。

 

 

「───お前バカかぁぁぁああああ!!!」

「ごめんなさいぃぃ!! 本当にごめんなさいぃぃ!! 何分若輩者でして!! 余裕こいてましたけど、ぶっちゃけいつも仕事ミスしたらどうしようって不安なんです。その不安からか今回は本当にしょうもないミスを犯してしまい貴方にはどうお詫びをしたら良いか。いや本当に申し訳ありません!!」

 見た目幼女が大学生に土下座で平謝りする姿は正直見ていられない。側から見たら凄い光景である。

 

 

「はぁ……僕の事はもう良いからさ。行かなくて良いの? 三時間後に死ぬのは僕じゃないんでしょ?」

「あ、はい。そうですね。いや、本当、先輩から電話で教えてもらって良かった……」

 さっきの電話、先輩死神の方からだったんだね……。

 

 

「それでは、私は本当に死ぬ人の所に行くので。本日はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。この件で私がクビにならない限りは、貴方が死ぬ時にまたお会い出来ると思います。……それではまた、お会いしましょう」

 そうとだけ言って、死神さんはまるで電気でも消すように姿を消した。

 

 夢だったんじゃないかと頬を抓る。普通に痛い。

 

 

 時計の針の音だけが、静かな部屋に木霊した。

 

 

「三時十五分か」

 明日学校あるんだけど、どうしてくれるんだよ。

 

 外に出掛ける準備までしたのに、全くお騒がせな死神である。

 

 

「……寝ようかな」

 選択肢としては普通にありだと思った。というか、それが正しいと思う。

 

 だけど、僕の足は二階ではなく玄関に向かっていた。

 

 

「……行くか」

 後悔したくない。

 

 

 三時間後に僕は死なない。だけど、人間なんて本当にいつ死ぬか分からないのだろう。

 あの死神が次にいつ僕の目の前に現れるかは分からない。

 

 

 誰の前に現れるかも分からない。

 

 

 だから、僕は後悔しないように玄関の扉を開いた。

 

 

 

 

 それは誰にでも平等に訪れる。命の終わり。

 本当にどうしようもなく、突然やってきたりゆっくりやってきたり。だけど確実に誰にでも訪れる。

 

 

 死。

 

 

 だから、後悔しないように。その日その日を後悔しないように生きるのが大切なんだ。

 それはきっと難しい事だけど、やれる事だってあるのだと僕は思う。

 

 あの死神は僕にそんな事を教えてくれた。

 

 

 

 

 人間はいつ死ぬか分からない。

 

 

 

 

 三時間。

 歩きながらそんな事を考える。

 

 彼女の家に着いた。

 よくよく考えなくても、彼女は寝ていると思う。

 

 

 正直三時間歩いて幾分か冷静になったので、自分がバカな事をしている事は分かっていた。

 

 

 

 だけど、僕は彼女の家の呼び鈴を鳴らす。二階建てのアパートの二階。一番奥の部屋。それが、僕が狙っていた女の子の部屋。

 どう考えても迷惑だ。午前五時ちょい過ぎ。お天道様は少しだけ空を照らしているが、まだ辺りは暗くて静かである。

 

 

 

 呼び鈴を鳴らして少しだけ時間が経った。

 

 正気に戻って駅に戻ろうと振り向いたその時、扉が開く。

 中から出てきた黒髪の長髪が似合う女の子は驚いた表情をしていた。

 

 

 当たり前だろう。

 多分彼女からしたら、なんでお前がここに居るんだって感じだし。

 

 

 だけどせっかくここまで来たんだ。

 後悔しない為に、前に進もうと思う。

 

 

「突然だけど、話があるんだ」

「ぇ……。うん、分かったよ」

 彼女は一度自分の部屋を覗き込んでから、笑顔で心良く僕の話を聴いてくれた。

 

 

 

 僕は自分の気持ちを伝える。

 

 

 

 彼女は泣いていた。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 翌日というよりはその日の夕方。

 

 

 僕は彼女のアパートの前に立っている。学校の帰りだ。

 彼女のアパートの前には、何台も白と黒の車が止まっている。

 

 

 二階建てのアパートの二階。一番奥の部屋。それが、僕が狙っていた女の子の部屋。

 

 

 そこで、今朝方死体が発見されたと。

 周りに集まっている警察の人が言っていた。

 

 

「……あっはは。あはは。あっはははは」

 昨日の夜以上に僕は大笑いする。

 

 

 

 

 本当に人間はいつ死ぬか分からない。

 

 

 

 

「なぁ、死神。……お前は今朝、あそこに居たのか?」

 

 

 

 

「突然ですが、あなたは十分後に死にます」

 だから、面白いんだ。




真っ黒な死神のお話。バッドエンド???
はい、久しぶりにオリジナル作品です。Twitterでのとある企画で書きました。絶望しろ。

実はこのお話気が付くと怖いタイプの裏話があったりします。考察してみると面白いかもです。


それでは。
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