「これからどうするんですか?」
「TMPが解体されるまではこのまま尽力して……その後のことは決めてません。ですが、何かあれば相談させて頂きますね」
「ええ。待ってますよ。この数年間を振り返ると、俺も含めてもう少し話し合っていれば――そう思うことも少なくなかったですし」
「ふふ……そうですね。大丈夫です。今度は取り返しのつかなくなる前に、ちゃんと相談しますから」
帝都に粉雪が降り注ぐ中、そう言って彼女は微笑んだ。
帝国の呪いが解けた記念すべき年――その冬のことだった。
✩
「リーヴェルト元少佐と懇意にされてましたよね?」
「えぇまぁ。というか、いきなりどうしたんです?」
アークス越しに聞こえる落ち着いた声に、凛とした表情が思い出される。カエラ少尉――いや、今は中尉だったか。
ユウナ達の卒業式が終わったのがつい先日のこと。初めて持った生徒達が巣立っていくのを見届けた俺は、一人寂しく帰省の準備を進めていた。
そんなこんなで部屋の片付けを行っていた今しがた、カエラさんからの通信が入ってきたというわけだ。
「まぁ、懇意ではありますね。多分。向こうがどう思っているかはわかりませんが」
カエラさんからの珍しい通信に加えて、クレアさんの話題。さすがに不審に思ったが、とりあえずは彼女の話の続きを待とうと思い、そうとだけ返しておく。嫌な予感がビンビンにしているが、あえて気にしないようにする。
お互いに色々と思わせぶりなこともあったが実際問題、あの人との関係について言及するならば……答えは、よくわからない――だ。
ユミルではいきなり抱きしめられたり、海都ではキスをされたり(頬に)。色々あったが、適度な距離感というか、お互いに積極的な方でもないし、俺達の関係は微妙な感じに収まっていた。
(というか、あの人がいなければ誰かしらを選んでた筈なんだよな、俺は……)
決戦前最後の夜――結論から言うと俺は誰も選ばなかった。何人かからお誘いは受けたが、全て断らせてもらった。今でも本当に申し訳ないと思っているが、中途半端な気持ちで接するのも違うだろう――という想いが勝ってしまった。
まぁ、純粋にクレアさんを愛していてどうのこうの……とはまた違うとは言っておこう。というか、純愛だったらどんなに良かったか。
あの人に抱いている感情。それに名前をつけるとするならば、尊敬、心配、苛立ち、失望、驚愕、感謝、高揚――まぁ、色々ありすぎてわけがわからない。とにかくモヤモヤする。内戦前後はともかく、最近に至っては見ていてイライラするようにもなっていた。なぜかはわからないが。
そんなこんなで、恋愛感情なのかそうでないかもわからないまま、悶々とした日々は続いている。そのお陰で恋人の一人も出来やしない。本当、このまま生涯独身だったら責任を取って欲しいまである。
――俺は恋愛すらまともに出来ないのか。いや、ギリアス父さんもドライケルス時代はそうだったようだし、やはり血筋というものだろうか。
「シュバルツァーさん? シュバルツァーさん? 聞いてますか?」
「あ、あぁ。すみません。それで、なんですっけ?」
アークス越しに少し大きな声が飛んでくる。少しぼうっとしてしまっていたようだ。
「もう……先月からリーヴェルトさんが私の部隊に協力してくれているんです。まぁ、期間限定ですが」
初耳である。というか、最近帝都でも姿を見かけないと思ってたら、そんなことやってたのかあの人。
「なるほど。共和国の建て直しに出来る限り協力する。帝国政府の声明でありましたね」
正確にはオリヴァルト殿下の発案だったが、それを政府が代弁した形だ。人的支援も行っていくとのことだったから、多分その一環なのだろう。ちなみに俺には要請は来ていない。
というのも、散々無理してきた身のため、一応政府側としても考慮してくれたということらしい。まぁ、禄に休めていなかったし正直助かった。何より、卒業までユウナ達のことも見なければいけなかったし。
「ええ。帝国政府からの補助要員――いわゆる人的支援ですね。改めて接してみてわかりましたが、基本的には優秀な方ですよね。人当たりも良いですし、一般人からの評判もまずまずです。それに、半年前も影では色々と配慮してくれていたみたいですし」
「そうですか……」
基本的には――その単語が引っかかったが、今は隅に置いておく。言っちゃなんだが悪名高き“氷の乙女”だ。針のむしろになっていないか心配だったりもする。尤も、心配だけではないが。
「思いつめて突拍子もない行動をすることもありますが、基本的には穏やかな人ですからね。ただ、受け入れられているのは驚きですが……」
「あ、あはは……なんだか辛口ですね?」
「気のせいです」
現在、俺の胸中は心配半分――怒り半分なのが実情だ。
(またあの人は勝手に決めて……いや、諦めよう。進歩がないのは俺も大概なんだから)
そう思って心を落ち着かせる。生徒達は立派に成長を遂げているというのに、俺の自己犠牲癖はなかなか治らないし、クレアさんの自爆癖はむしろ歳を重ねる毎に悪化している。
「まぁ、帝国内では有名でも共和国ではそうでもないですから。一部軍関係者からの当たりが強いところはありますが、そこはまぁ私がいればなんとか」
なるほど。まぁ、カエラさんは軍の中でも一目置かれているようだし、この人が味方になってくれているなら大丈夫か。そう思い、俺は感謝の言葉を述べてから、聞きたかったことを言葉に出す。
「……恩に着ます。ただ、今日はなんで通信を? 世間話というわけでもなさそうですが……」
「それが……」
言いづらそうに、少し声を潜めながらカエラさんは話し始めた。
優秀で面倒見もよい。そこはまぁ、流石クレアさんと言ったところだそうだ。ただ、少し目に余るところもあるそうで……
曰く、魔獣の群れをニコニコしながら一人で殲滅した
曰く、猟兵団を深追いした氷の乙女が血まみれで微笑んでいた。それを見たカエラさんの部隊の隊員が震えながら失禁した。
曰く、骨折しているのに治癒もしないで魔獣と戦い続けていた。カエラさんは怒ったそうだ。
曰く、宿舎でビール片手に泥酔しているところが度々目撃されている。休日前は唸りながらトイレに篭っていることが多々あるそうだ。
などなど――俺の頭を抱えさせるには充分すぎる内容だった。ほら、頭痛がしてきたよ。
自暴自棄気味になる気持ちは分かるが、それにしてもやっていることが酷い。色々とダメな人だ。元々がお淑やかなお姉さんなだけに、ギャップが凄いことになっている。
……ほんと、何やってるんだあの人は。
幸いなことに致命傷を負ったことはないそうだが、やっていることは完全に危ない人のそれだ。
出会った頃の頼れるお姉さんはどこへやら。今となっては完全に問題児だ。まだミュゼやアッシュの方が手がかからないと言ってもいい。近くにいる分、何かあっても対処しやすいということもあるが。
この一年間の中で一番と言っても良いほど、俺の頭を悩ませてくれたお姉さん。
これが恋の悩みだったらどんなに幸せだっただろうか。などと思うが、現実は厳しい。
「……カエラさん。実は俺、今日からしばらく休暇なんですよ」
「え?」
これはいわば、半年前のやり残し。
ずっと心に引っかかっていたことを考えれば、これもまたよい機会だろう。
こうして俺は帰省を取りやめ、人生初のカルバード行きを決めたのだった。