やり残しの軌跡   作:ちば

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1.クレアさん、何やってんですか

 「これからどうするんですか?」

 「TMPが解体されるまではこのまま尽力して……その後のことは決めてません。ですが、何かあれば相談させて頂きますね」

 「ええ。待ってますよ。この数年間を振り返ると、俺も含めてもう少し話し合っていれば――そう思うことも少なくなかったですし」

 「ふふ……そうですね。大丈夫です。今度は取り返しのつかなくなる前に、ちゃんと相談しますから」

 

 帝都に粉雪が降り注ぐ中、そう言って彼女は微笑んだ。

 

 帝国の呪いが解けた記念すべき年――その冬のことだった。

 

 

 

 

 

 

 「リーヴェルト元少佐と懇意にされてましたよね?」

 「えぇまぁ。というか、いきなりどうしたんです?」

 

 アークス越しに聞こえる落ち着いた声に、凛とした表情が思い出される。カエラ少尉――いや、今は中尉だったか。

 

 ユウナ達の卒業式が終わったのがつい先日のこと。初めて持った生徒達が巣立っていくのを見届けた俺は、一人寂しく帰省の準備を進めていた。

 

 そんなこんなで部屋の片付けを行っていた今しがた、カエラさんからの通信が入ってきたというわけだ。

 

 「まぁ、懇意ではありますね。多分。向こうがどう思っているかはわかりませんが」

 

 カエラさんからの珍しい通信に加えて、クレアさんの話題。さすがに不審に思ったが、とりあえずは彼女の話の続きを待とうと思い、そうとだけ返しておく。嫌な予感がビンビンにしているが、あえて気にしないようにする。

 

 お互いに色々と思わせぶりなこともあったが実際問題、あの人との関係について言及するならば……答えは、よくわからない――だ。

 

 ユミルではいきなり抱きしめられたり、海都ではキスをされたり(頬に)。色々あったが、適度な距離感というか、お互いに積極的な方でもないし、俺達の関係は微妙な感じに収まっていた。

 

 (というか、あの人がいなければ誰かしらを選んでた筈なんだよな、俺は……)

 

 決戦前最後の夜――結論から言うと俺は誰も選ばなかった。何人かからお誘いは受けたが、全て断らせてもらった。今でも本当に申し訳ないと思っているが、中途半端な気持ちで接するのも違うだろう――という想いが勝ってしまった。

 

 まぁ、純粋にクレアさんを愛していてどうのこうの……とはまた違うとは言っておこう。というか、純愛だったらどんなに良かったか。

 

 あの人に抱いている感情。それに名前をつけるとするならば、尊敬、心配、苛立ち、失望、驚愕、感謝、高揚――まぁ、色々ありすぎてわけがわからない。とにかくモヤモヤする。内戦前後はともかく、最近に至っては見ていてイライラするようにもなっていた。なぜかはわからないが。

 

 そんなこんなで、恋愛感情なのかそうでないかもわからないまま、悶々とした日々は続いている。そのお陰で恋人の一人も出来やしない。本当、このまま生涯独身だったら責任を取って欲しいまである。

 

 ――俺は恋愛すらまともに出来ないのか。いや、ギリアス父さんもドライケルス時代はそうだったようだし、やはり血筋というものだろうか。

 

 

 「シュバルツァーさん? シュバルツァーさん? 聞いてますか?」

 「あ、あぁ。すみません。それで、なんですっけ?」

 

 アークス越しに少し大きな声が飛んでくる。少しぼうっとしてしまっていたようだ。

 

 「もう……先月からリーヴェルトさんが私の部隊に協力してくれているんです。まぁ、期間限定ですが」

 

 初耳である。というか、最近帝都でも姿を見かけないと思ってたら、そんなことやってたのかあの人。

 

 「なるほど。共和国の建て直しに出来る限り協力する。帝国政府の声明でありましたね」

 

 正確にはオリヴァルト殿下の発案だったが、それを政府が代弁した形だ。人的支援も行っていくとのことだったから、多分その一環なのだろう。ちなみに俺には要請は来ていない。

 

 というのも、散々無理してきた身のため、一応政府側としても考慮してくれたということらしい。まぁ、禄に休めていなかったし正直助かった。何より、卒業までユウナ達のことも見なければいけなかったし。

 

 「ええ。帝国政府からの補助要員――いわゆる人的支援ですね。改めて接してみてわかりましたが、基本的には優秀な方ですよね。人当たりも良いですし、一般人からの評判もまずまずです。それに、半年前も影では色々と配慮してくれていたみたいですし」

 「そうですか……」

 

 基本的には――その単語が引っかかったが、今は隅に置いておく。言っちゃなんだが悪名高き“氷の乙女”だ。針のむしろになっていないか心配だったりもする。尤も、心配だけではないが。

 

 「思いつめて突拍子もない行動をすることもありますが、基本的には穏やかな人ですからね。ただ、受け入れられているのは驚きですが……」

 「あ、あはは……なんだか辛口ですね?」

 「気のせいです」

 

 現在、俺の胸中は心配半分――怒り半分なのが実情だ。

 

 (またあの人は勝手に決めて……いや、諦めよう。進歩がないのは俺も大概なんだから)

 

 そう思って心を落ち着かせる。生徒達は立派に成長を遂げているというのに、俺の自己犠牲癖はなかなか治らないし、クレアさんの自爆癖はむしろ歳を重ねる毎に悪化している。

 

「まぁ、帝国内では有名でも共和国ではそうでもないですから。一部軍関係者からの当たりが強いところはありますが、そこはまぁ私がいればなんとか」

 

 なるほど。まぁ、カエラさんは軍の中でも一目置かれているようだし、この人が味方になってくれているなら大丈夫か。そう思い、俺は感謝の言葉を述べてから、聞きたかったことを言葉に出す。

 

 「……恩に着ます。ただ、今日はなんで通信を? 世間話というわけでもなさそうですが……」

 「それが……」

 

 言いづらそうに、少し声を潜めながらカエラさんは話し始めた。

 

 優秀で面倒見もよい。そこはまぁ、流石クレアさんと言ったところだそうだ。ただ、少し目に余るところもあるそうで……

 

 

 曰く、魔獣の群れをニコニコしながら一人で殲滅した

 

 曰く、猟兵団を深追いした氷の乙女が血まみれで微笑んでいた。それを見たカエラさんの部隊の隊員が震えながら失禁した。

 

 曰く、骨折しているのに治癒もしないで魔獣と戦い続けていた。カエラさんは怒ったそうだ。

 

 曰く、宿舎でビール片手に泥酔しているところが度々目撃されている。休日前は唸りながらトイレに篭っていることが多々あるそうだ。

 

 

 

 などなど――俺の頭を抱えさせるには充分すぎる内容だった。ほら、頭痛がしてきたよ。

 

 自暴自棄気味になる気持ちは分かるが、それにしてもやっていることが酷い。色々とダメな人だ。元々がお淑やかなお姉さんなだけに、ギャップが凄いことになっている。

 

 ……ほんと、何やってるんだあの人は。

 

 幸いなことに致命傷を負ったことはないそうだが、やっていることは完全に危ない人のそれだ。

 

 出会った頃の頼れるお姉さんはどこへやら。今となっては完全に問題児だ。まだミュゼやアッシュの方が手がかからないと言ってもいい。近くにいる分、何かあっても対処しやすいということもあるが。

 

 この一年間の中で一番と言っても良いほど、俺の頭を悩ませてくれたお姉さん。

 

 これが恋の悩みだったらどんなに幸せだっただろうか。などと思うが、現実は厳しい。

 

 「……カエラさん。実は俺、今日からしばらく休暇なんですよ」

 「え?」

 

 これはいわば、半年前のやり残し。

 

 ずっと心に引っかかっていたことを考えれば、これもまたよい機会だろう。

 

 

 こうして俺は帰省を取りやめ、人生初のカルバード行きを決めたのだった。


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