帝都『東京』
今、帝都では人々が大騒ぎでとある号外を呼んでいた。
その中身は人々を驚愕させるには十分すぎるものであった。
何故なら今この時、この号外の内容で帝国の元勲たる元老を筆頭に陸海軍内閣重鎮を悩ませている物でもあるのだから
その号外の内容とは?
『帝国海軍欧州派遣艦隊印度洋にて壊滅?!』
である。
この号外を聞いた時の元老の表情は大きく歪んだ。
「どうしてこのような物が出ているのか」と
そう、何故ならインド洋の件はまだ元老を始めとした国家の重鎮しか知らない筈であった。
まぁ、ぶっちゃけるならインド洋に居る各国の記者がこの特ダネを大急ぎで本国に伝えた結果である。
因みにこれには日本の記者も含まれたのだが、情報が情報な為に目の前で大惨事な帝国海軍は無視し海援隊が坂本竜馬と東郷元帥の影響力をバックにかなり強引ではあったが何とか日本の記者が帝国本土に情報を無造作に垂れ流すのは阻止し、『みかさ』の暗号通信で大急ぎにこの状況を帝国に送り、原作の様な感じに元老が「なんだ、あのバカ艦長?!」と言って対策に乗り出そうとしていた矢先にこの号外である。
そもそも戦時下にこの様な情報が出ること自体がおかしい。
史実でも日露戦争の際には死ぬ気で戦艦『初瀬』『八島』の沈没は隠し、結局は終戦するまで隠しきった。どっかのぶっちゃけみんな知ってますよ状態だったむっちゃん沈没とは違うのだ。
そしてこの時代の戦略兵器たる戦艦
ましてや帝国の欧州へ行かせた艦隊の戦艦は最新鋭の金剛型の4隻を含む
それがどの艦とは書かれていないが壊滅しましたなど普通出るはずがない。
しかし、現に帝国本土への通信は阻止した。
では何故?
どっかの馬鹿が口を滑らせて海援隊のこの報告漏らしたのか?、マスゴミが頑張りやがったのか?、それとも敵国ドイツの策略家か?
A,各国記者(欧米系)→欧州本国→日本の各マスコミ支部→日本のマスゴミ
つまりは艦隊に同行していた各国記者たちがこの大ニュースを大急ぎで自国の本社に伝え、その本社が日本の支部に対してこの情報を更に仕入れるように命令した所、日本在住の各国の記者達からこの情報が『日本のマスコミに漏れ』そこから全く空気を読まずに号外の流れである。
等のドイツのスパイもびっくり仰天である。コレは使えると、何故か自分たちがこれから広めようとした情報を道行く人たちが皆知っているのだから。
『こんな普通は隠しておく情報を』
なお、等のドイツ海軍では日本のスパイの報告からこの戦果本物?と言う意見が出てくると言う何とも言えない状態になっていた。その為、等のドイツ海軍の発表が列強各国の中で一番遅いと言う何とも言えない状態になってしまった。
ただし、その分当然ながら一番派手に宣伝した。
そして、この号外の内容であるが、欧州記者からの又聞きな為に捏造では無く真実である為に否定できない。その上質の悪い事に又聞きな為に情報が正確でない。
実際は『壊滅』まで入っていないのだ。
しかしこの状況では国民を落ち着かせるためにも壊滅では無い事を伝えなければならないが、それはイコールこの情報は結構正しいですよと政府が認めるものである。(欧州マスコミを全否定とかそんなの当然無理な為)
しかし状況的にやらないといけない位に国民が騒いでいるのが現状である。
国会議事堂の前に人が集まるのも時間の問題であろう。
その為、胃を痛めながら会見を準備すると言う憂鬱な作業が始まった。
なお後日、自分達の苦労は一体と思う組織があった・・・。
「如何に高性能の戦艦を持っていてもそれを操る物がダメだと悲惨な事と成る言う事を我々はこの時まじまじと目撃した」
八島文行 津島皇国海軍大将元帥 回顧録より
「信じられるか?あの大傾斜している戦艦って改装の有無こそ有れど今乗ってる比叡なんだぜ?」
初瀬忠信 津島皇国海軍中尉 戦艦比叡艦橋にて同期の物に対しての発言
「戦史に載りますね、コレは」
吾妻一彦 津島皇国海軍少尉 同じく戦艦比叡の艦橋にての発言
なお、この時記録写真を撮るように命じたが、後日この写真は津島皇国水軍志官学校の教法に載る事と成る。しかも最新の情報な為にデカデカと。
「ただし、確実に教官がこうなるなと言うでしょうが」
吾妻一彦 先の発言に続けて
同時に周りの同期から水志寮なら大島教官の鉄拳制裁だろとの意見が出たが一つ上の三笠世代、更にその上の八島世代の皆が同意見であった。
なお、後日約半分の人間がいる霧島の方の人間にも話したが全く同意見であったそうだ。
「それよりも敵巡洋艦射程内なんだが撃ったらダメか?」
富士清輔 津島皇国海軍大尉 戦艦霧島からの無線通信
皮肉なことに身の前で大惨事な帝国海軍を差し置き見敵必殺を実行する直前の会話
「うわっ」
三笠真清 津島皇国海軍中尉 戦艦比叡艦橋見張り場にての連合艦隊を見ての発言
極論であるがこの一言で終わるのがこのインド洋の一件である。
「うーん、コレはまずいかもしれない」
ウェルキン・ギュンター ガリア派遣軍司令官代行(強制)
なお、日本艦隊の戦力低下や情勢の変化を見越しての発言ではなく、重油流出による海洋汚染を心配しての発言
「今でも昔でも普通にガリアなら左遷ものだな」
クルト・アーヴィング ガリア派遣軍ネームレス隊隊長
因みに後々改めて考えたら旧体制時なら謀殺された可能性も高かったが、現体制なら確実にバルドレンが処刑しているのでは?と思い立った。
「史実の自分の気持ちが分かる気がする」
栗田健男 遣欧艦隊司令長官 艦隊旗艦戦艦扶桑艦橋にて
「加古沈められたときこんな気持ちやったんかもな、史実の俺」
三川軍一 遣欧艦隊副司令長官 旗艦扶桑艦橋にて同上の発言をした栗田に追従して
なお、扶桑には英国の観戦武官が居たが一番見晴らしが良い所で状況確認がしたいと言ったために『扶桑の』艦橋の見張り場まで行ってこの場に居なかった為このメタ発言は聞かれずに済んだ。
インド洋の一件は始まりこそ原作と同じであったが、やはり違う点もあった。
不幸な事に原作よりも艦隊規模がはるかに大きい為に動員されたUボートの数も増大していた。
そこに原作と同じ感じで馬鹿が突っ込んで行った所を雷撃されてしまった。
そして更なる不幸は本来ならば比叡をかばったはずの駆逐艦が艦隊規模の増大に伴い、ゲストの輸送船団の護衛の方に周った事であった。
その為潜水艦の雷撃はそのまま獲物まで届いてしまった。
この雷撃で
真っ先に先頭の旗艦と思われたために狙われた比叡が被雷3
2番艦の金剛が比叡の逸れた魚雷と3番艦榛名を狙った魚雷をそれぞれ1発ずつ艦首と艦尾に被雷2
榛名は相手のUボートが欲張り最後尾の霧島と2尾を追ったために狙いが甘く被雷1
最後尾の霧島は最後尾かつ、後続艦が不在であったために回避に余裕があり被雷せずに済んだ。
幸運であったのはUボートが駆逐艦を警戒し追撃を行わずに撤退を開始した事であった。
万が一にも追撃が有ったらどうなった事やら。
ただしその肝心のUボートは合計何隻居て何隻沈めたかは不明である。
聯合艦隊所属の駆逐艦ソナー要因曰く
「向うの連合艦隊の爆雷で識別不能」との事。
なお、囮の巡洋艦は戦艦霧島(海援隊)が撃沈した。
そして各艦の被害状況であるが幸運な事に全艦沈没こそ回避したが
比叡が右舷大傾斜で自走不能。
金剛も艦首被雷の上に艦尾被雷で推進軸を破損し自走困難。
榛名は被雷こそ1であるが右舷機関室浸水で速力半減という有様であった。
この状態では壊滅言われても仕方がない。
しかしココからの帝国政府の動きは迅速そのものであった。
まず、損傷した3艦はインドにて応急修理の後本国へ帰還。(なお、被害が比較的に小さい榛名はインドでの損傷の診断次第)
3艦とその護衛が抜け半減した帝国海軍遣欧艦隊にその場に居た海援隊艦隊を編入し艦隊を再建した。
この普通では有りえないこの行動の裏には帝国政府や元老の涙ぐましい努力と海援隊への補償と坂本龍馬へのDO☆GE☆ZAの賜物である。
なお、ちゃっかり普通では有りえないこの行動をした為か、この艦隊の司令官も普通では有りえない東郷提督と成っている。
因みにこの現状に司令官就任は仕方ないと割り切っている本人であるが、今の戦力と英国についてからチャーチルに会う事がかなり憂鬱であった。
因みに海援隊を編入したが、海援隊は司令官が東郷提督なのでそこまで文句はなかったが問題は帝国海軍の方であった。
しかし既に元老院は手を打っていた。
何と日本海海戦時の艦長や戦隊司令や参謀等の士官をコッチの日本の2式大艇に乗せて大量に送り込んできた。
東郷としては日本海海戦時の人間な為に知っている人間ばかりで大変喜んだ。
なお、送られた大量の士官、将官たちも再び東郷と戦えるのは光栄の極みである。
ただし各員が配置の各艦についてからは一気に今までの怒りが爆発し各艦の艦長を筆頭に士官がえらい目に合う事と成る。
正直あまり関係のなかった下士官達すらも恐怖する光景が各艦で多数発生した。
艦長以下、海軍大学校出だろうがエリートだろうがアホな事したり言ったりしたら即座に鉄拳制裁。医務室送りなんぞ当たり前。
帝国海軍の栄光がうんたらかんたら言った艦長が貴様らが落として何ほざきやがると鉄拳制裁で医務室送り、今は艦長が臨時であるがそんなの珍しい話ではない。
むしろ普通に勤務できてる艦長の方が少数である。
そしてこの士官版も各艦で大量発生しており各艦医務室は士官だらけであった。
なお、空いた士官の位置には海援隊の女性士官を臨時で置いたりしたが、この時点で残っている士官は鉄拳制裁を普通に免れたような人間や、逆に評価されている人間ばかりな為に普通にうまくいっており、後日の海軍と海援隊の交流の始まりの最初とされる。
そしてこのような状態で海援隊をどうこう言う根性あるヤツは居なかった。
(なお、この鉄拳制裁劇は普通に死者や自殺者も発生しているほど凄まじかった)
因みにこの士官の大量空輸はインドに離脱した組の方にも行っており、あちらは最新鋭艦をあんなことにしてしまった連中の総本山の様な為にこちらの比では無かった。
と、遠い目をした同期に言われた李家くんであった。
因みにこの同期の彼は唯一真面な彼であったので別にひどい目には合わず、むしろ逆に評価され出世街道に乗る事と成る。
因みに肝心のあのアホは2式大艇に乗って来た憲兵サンに引きずられ一足早く戦犯として本国に帰投した。
なお、派遣して人材不足化していた海援隊には、日本艦隊等から派遣要員が送られていた。
因みにこの派遣争いはひどく醜い物であったがそんな事海援隊の皆さまは知りようも無く、お土産の甘味類でスーパーハーレムを満喫する馬鹿(海軍軍人)が大量発生していたりする。
この様にインド洋の珍劇を何とか収めつつあった日本政府並びに帝国海軍であったがココインド洋から遠く離れた欧州の海ではドイツ海軍に動きがあった。
そして異世界の海の先、津島皇国の対岸たる大陸でも動きが始まろうとしていた。
後の世に言う『第一次ユトランド海戦』と『楠叙紛争』である。