機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
遺伝子調整により優れた能力を得て生まれたコーディネイターと、
それを持たないナチュラル。
互いの権益を巡り、2度にわたって起きた戦争は、
多くの犠牲を払い、終結した。
それから、既に7年余りの月日が流れた。
コーディネイターの国・プラントを含む、
国際組織・統一連盟の発足により、
ナチュラルにとっての錦の御旗・地球連合が発展的に解消されると、
各国でコーディネイター容認の法案も採決され、
反コーディネイターを叫んだ、
ブルーコスモス系勢力の活動も下火となっていった。
こうして戦争は過去のものへとなっていく……
ハズだった。
C.E.77年に、東ユーラシア連邦の提案で、
多国籍軍によるオーブ連合首長国への軍事制裁が開始すると、
オーブの処遇を巡り、連盟内部での対立が表面化。
これに、
ザフト撤兵以来事実上の無政府状態となった北アフリカ事情、
東西ユーラシア連邦の内紛、
南アメリカの「独立」問題などが重なり、対立は激化する。
C.E.80年にオーブ征伐が終結すると共に、
プラント・大西洋連邦間で歴史的な「和解」がされ、
こうした対立構図にも一応の決着がついたようにも見えたが、
後に人々は思い知ることとなる。
それが……嵐の前の静けさに過ぎなかった、と。
3月30日未明。ドアが開いた。
室内には窓辺に1つ、テーブルと回転イスがあり、
そこに腰かけた男の背中にブラインド越しに夕暮れが射し込む。
それはもう、男の肩にかかる程長い白髪のほとんどを、
赤く染めるばかりに。
この男、ドアが開く音がするや否や、すぐに振り返って、
かつ相手が部屋に足を踏み入れるより先に、その突き出た鼻を見て、
「これは、ホルローギン・バータル君じゃないか」
と答えていた。座ったままに、軽く頭を下げながら。
このホルローギンというのは、前髪は短くオールバック気味だが、
襟足の長い(所謂ウルフカット)という髪型の男。
髪の色は暗いブルーグリーン。
糸のような細い目で、分かりにくいが、金色の瞳をしている。
そんながホルローギンが一礼すれば、その動きから、
服が擦(す)れてか風を切ってか、スッと音が漏れた。
こうして下がった彼の目線の先には、部屋の中央にある、
ガラス製のテーブルと、
その傍(かたわ)らの4つ置かれた木製のイス、
そして何より、そこに腰をかけたとある人物の姿。
もっとも、彼のほぼ正面にある1つのイスの背もたれが壁となり、
その人物に関しては、
垂れた白金色の前髪の他に、その姿を見ることは出来ないが。
間もなく顔を上げたホルローギンは、白髪の男の方に若干向き直ると、
「出撃を前に一言、
オートクレール殿下にご挨拶を、と思いまして」
と告げた。そんな彼の右目の端に、このときようやく、
イスに腰かけた人物の全容が見えた。
その人物は、ツーブロックをした短髪の男で、
左耳の上に分け目があり、左から右へカールした髪を流している。
瞳の色は淡い青。シャツの上にベストを着て、ネクタイを締めた、
バーテンダー風の格好をしていた。
「おぉ……結構」
そう答えるオートクレールは、片手間に髭(ひげ)を弄っており、
ホルローギンには目を合わせようともしない。
「作戦内容は……既にご確認されたものと窺っておりますが」
「あぁ……アーモリー・ワンだろ?」
「はい」
返答を聞いてすぐに、白髪の男はイスを回して元の向きに直る。
そのうち、回す拍子に取った机上のヤスリで爪を磨き始めた。
「オマエんとこの部隊の……アイツは何て言ったかな?」
「……ビフロンスのことでしょうか?ジェイナス・ビフロンス」
「おぅ、それそれぇ」
オートクレールの声は笑った拍子に上擦(うわず)った。
「確かに、彼女の経緯を考えれば……
危惧されるのも、無理もないこととは思いますが」
ヤンがそう言いかけたところで、
「いや、そうじゃなくてさぁ……もっと単純に」
との男の言葉がそれを遮った。
話の腰を折られたホルローギンが黙ったままに、目を見開き、
ほんの一瞬、間ができたかと思えば、
白髪の男は再び振り返り、告げた。
「使えんのぉ?ソイツ……ホントにぃ~」
人を食ったような、話し方。あるいは笑い方。
そこに数日前、テレビ越しに堂々たる演説を見せていた姿はない。
ホルローギンは目を閉じて、気持ち頭をも下げると、
「彼女の腕は確かです……
必ずや、その役目を果たしてくれるものかと」
「……ほー。君がそう言うなら、私も枕を高くして眠れるな」
ホルローギンが顔がゆっくり上がっていく。
「……自分はこれで」
「おぅ……お疲れさん」
洗練された動きで踵(きびす)を返すと、
ホルローギンはドアの方へとゆっくりとした足取りで進んでいった。
この間、白髪の男はなおも爪を磨いており、
ホルローギンの足がドアを目前にして一度止まった頃には、
終えたらしく、沈む間際の赤く染まった太陽と、暗く青い空とを、
その磨き抜かれた爪に写し、うっとりした様子で見つめていた。
「それでは……失礼します。オートクレール殿下」
当のオートクレールは何も答えなかった。
ドアは開けたホルローギンが、部屋の外へ出てから1秒もすれば、
このドアは独りでに戻り、ギィィッという物音を立てながら、
静かに閉まった。
「アレがホルローギン・バータルという男だ……
秘書として、何か感想はあるかね?ノエル・ド・ケグ」
オートクレールの視線は、あのイスに腰かけた人物へと向けられた。
彼は即答せず、紅茶を一口飲んだ後、目を閉じて、
「……いえ」
とだけ返答した。