機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
ヤン・クールカを襲ったのは、痺(しび)れ。
コクピットの右端、レバーを握っていた彼の右腕が突然痺れ始め、
垂直に立っていたレバーが手の震えと共に左へ倒される。
このレバーには引き金があり、
丁度それがビームライフルと連動しているらしく、
震えた拍子に不本意にも引かれたトリガーは、ビームを放ち、
《アビス》を襲うが、コクピットには命中せず。
シールドの隙間から左肩を撃ち抜き、穴を開けるに留まった。
『……マズい』
ホルローギンが漏らした。
『なんだか知らねぇが……ラッキー!』
アレハンドロも瞬時にサーベルで反撃し、《アダガ》の頭部を狙う。
《ドミンゴ》の武器はサブマシンガン。
この距離では、
《アダガ》を避けて《アビス》だけを狙うのは不可能に近い。
だが、間合いを詰める程の余裕もない。
『……クールカ隊長!』
釣られるようにリョウも声を上げるが、当のクールカは、
「なんのぉ!」
震える右を左で押さえ、ギリギリで回避する。
サーベルに頭部左側を大きく削られるも、被害はそこまで。
《アダガ》に数歩余りの後退を許す。
『まだだって!』
近付くアレハンドロだが、
「筋はいいが……」
そう語るクールカはなおも機体を後退させている。
やがてクールカが目を閉じ、
「……視野が狭いと見える」
そう呟いたとき、後方から《ドミンゴ》のサブマシンガンと、
リョウの《ザク》のマシンガンとが《アビス》に降り注いだ。
『……クソッ』
首から上を破壊され、吹き飛ばされる《アビス》。
「今のは……危なかったな」
ゆっくりと開かれるクールカの左目は、
いつの間にかレバーより離されていた右手を見つめている。
「すまなかったな……ホルローギンに、リョウも」
『クールカ隊長……「プラトン」は公海へ出ました。
潮時(しおどき)かと』
ホルローギンの台詞。
「あぁ……わかった」
とだけ答えて離脱するクールカ。
さて、アレハンドロだが、吹き飛ばされた先で、
やがて《ガイア》の左翼にぶち当たった。
『大丈夫?……アレハンドロ』
とのジョーンの問いに、
『……あぁ』
やけに低い声でそう答えたアレハンドロは、
この直後に、胸のビーム砲を空高く撃ち放った。
狙いはやはり《アダガ》。
しかし、もう離れすぎていた。
長くて太い真っ赤なビームの一閃が、
彗星(すいせい)のように流れていったが、
その道筋はアダガのそれからは大きく逸れており、
代わりに周囲の小惑星、デブリなんかを多少巻き込んで、
小さな球状の煙を上げて爆発させた後、
見上げる宇宙(そら)にはもう、《アダガ》はおろか、
一機の敵の姿さえない。
『……アレハンドロ?』
労うように、心配するように、かけられたジョーンの言葉を、
聞いてか聞かずか、アレハンドロは吠えた。
『チクショーーーーーー!』
そう、耳を覆いたくなるほどに大声で。
けれども、そこは空気なき宇宙空間。
無線越しに戦場を一度だけ駆け巡ると、あとはもう、
嘘のように反響することさえなかった。
同じような話は『フレイヤ』のブリッジでも。まず、
「敵戦艦ロスト!プラントの領域を離脱したものと思われます!」
と声を上げる者が出た。次いでハビエルがギドーの方を向いた。
「追撃……されますか?」
「……勿論だ!」
「ギドー大隊長……公海での戦闘は条約違反ですが?」
そう言われては、ギドーも何も言えない。
ギドーはイスを両手で掴み、力強く腰を上げた。
「……大隊長?御決断を!」
ハビエルが呼び止めるも、足さえ止めず、
「以降の指揮は……ハビエル副艦長に一任する」
とだけ言い残したギドー。
そのまま出口の方へと足を踏み出してしまう。
独り言のように小さな声でそう答えたギドーは、
その足で、ブリッジを出て行ってしまった。
そんな彼の背後で、緊張の糸がほどけた油断からか、
ハサンの顔が頭を過(よぎ)ったパーディ。
その頬を、一滴の涙が伝う。
そんな顔を見たハビエルは、
数秒あまり彼女の啜り泣く声が響いた艦内で、
「言われた通りよ……敵はもういなくなった。
帰りましょう。地上へ」
こう宣言し、静かに帽子を取った。
そして表情を隠すように、顔の上に置いた。
なおもパーディの泣く声が静かに響く艦内。
「……副艦長?」
誰かがその名前を呼ぶが、ハビエルは答えない。ただ、
「終わったのよ……全部」
そう呟くばかりで。