機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
冗談であるし、別に咎めはしないが。
俺は貰った資料をテーブルにゆっくり置いた。
「しかし、大したもんだ。
昨晩の今朝でよく……データベースから見つけられたもんだな。
まるで……『前から知っていたみたいだが』」
そこから奇妙な間があった。アレハンドロは何も言わない。
距離的にも、意外に離れているもので、よくは見えないのだが、
その視線の先は彼のほぼ後ろにある窓に向いているらしい。
ただ、こちらからは、アレハンドロの体が蓋になって、
窓の外もまた、ほとんど何も見えない。
「オマエ……確か南アメリカ出身の移民だったよな。
南アメリカは確か……大西洋連邦の属国だったハズだが」
アレハンドロの頭が下がったように見えた。直後、
「実は俺……連中のスパイでして」
横顔が見えたが、アレハンドロの口角は上がっていた。
妙な緊張感を感じ、俺も言葉に詰まる。そこから2、3秒。
外から近付いているらしい足音が妙に大きく聞こえる中、
「……なぁんて、言ったらどうします?」
振り返ったアレハンドロは尚も笑っていたが、
少し表情が柔らかくなったように感じた。
「からかうなよ……俺を」
俺がゆっくり目を閉じる。間もなく、足音がやんだ。
部屋のドアが開く。そこには……
「……マユ?」
茶色い髪が棚引(たなび)いて、 紫色の瞳が俺を見つめていた。
そんな感情の風体(ふうてい)に、
何も考えずに、その名前で呼んでしまっていた。
ドアの外では、彼女が照れ臭そうに顔を下げている。いや違う。
本当は違うとわかっている。それは俺が思った彼女ではないことを。
俺はどんな表情を向けていいか分からず、顔を逸らした。
自然と向いたのは、アレハンドロの方だった。
見るとアレハンドロは、壁に頬杖(ほおづえ)ついて、
かつ半笑いで、逆にこちらを見ていたのである。
「うわぁ」
と言いはしなかったが、アレハンドロの口はそう動いた。
頬杖ついた手を開き、口元に当てながら。
「……何してんだ?オマエ」
「いやぁ……副長もやりますねぇ。ヴァイデフェルトちゃんと、
まさか、下の名前で呼び合う仲とはぁ~」
アレハンドロはえらく嬉しそうだ。
「おい……ふざけるな」
「そんじゃ……俺はこの辺で」
徐(おもむろ)に立ち上がるアレハンドロ。
「……おい!」
俺が声をかけるのを相手にせず、宣言通り、
ドアの方へとアレハンドロは歩いていく。ただ、その中途に、
一度だけ振り返り、
「……ごゆっくりぃ」
と、憎たらしい程の満面の笑みで、そう言った。
俺がゆっくり目を閉じると、足音は外へと出ていった。
「……ハァ」
と俺が溜め息を漏らしたとき、
ポンとテーブルに缶コーヒーが置かれた。見上げれば、
「……どうぞ」
と彼女こと、ヴァイデフェルトがこちらへ笑いかけていた。
俺は杖をつくように缶に両手を重ね、
「……悪いな」
そう微笑(ほほえ)みがちに軽く頭(こうべ)を垂れた。
「いいえ~」
ヴァイデフェルトの返答は、
そう語尾の「え」が間延びする言い方だった。
テーブルとソファーの細い間を、気持ち屈(かが)んで、
ヴァイデフェルトは、ゆっくり進んでいく。
そうして俺が貰った缶の蓋を開ける頃、彼女が隣に座った。
俺はコーヒーを飲んだ。すると、彼女はこちらにすり寄る。
それはもう、互いの腕が軽く触れる程、側に。
「……何だ?急に」
肩が当たった拍子に、そんなことを口走ってしまった。
「いいえ……」
ヴァイデフェルトはもう少し、こちらに身を寄せた。
肩口に、彼女の頭がもたれ掛かる。
そこから、1分ぐらいだったろうか。
ヴァイデフェルトは一向に口を割らないまま、
俺もこれといって話す言葉がないまま、時間が過ぎた。
しかし、やがて、彼女は俺の脇の辺りに額を当て、
「少しだけ……聞いてもらえますか?」
と囁(ささや)いた。
「……あぁ」
「パーディさん……泣いていたんです。ハサン先輩のことで」
ヴァイデフェルトの声は震えていた。
「ちゃんと話せるうちに……話さなきゃって、思って」
上目遣いでこちらに顔を寄せる。
鼻と鼻とが当たるかといった程に近付いている。
「私……」
慌てて彼女の肩を押さえて、動きを制止する。
「あのなぁ……」
思わず、俺は立ち上がった。
「気持ちは嬉(うれ)しいが……」
言葉に困り、顔を逸らす。そこから更に1分程度の沈黙を経て、
「すまんが……結構年も離れているし……」
そう言い、彼女の方を改めて見たときには、
その口が「そ」という言葉を紡(つむ)いでしまいそうだった。
だから、慌てて、それを遮るように、
「それに……俺はバツイチだ。別れてから、そんなには経ってない。
いくらか別れたからって、そう簡単に切り替えられねぇって……」
きっと傷付くだろうと、見当がついた。
だからついつい、話していく内に、顔を逸らしてしまった。
「そう……ですよね」
彼女の言葉に、視線が戻る。
「いえ、いいんです……伝えることが、大事だと思ったから」
いつの間にか、離していた俺の両手。
彼女の体はその隙間を抜けて、離れていった。
「すいませんでした……急に」
その場で頭を下げながら、膝で徐々に後ろへと下がっていく。
最終的に立ち上がると、
「ちゃんと聞いてくれて……ありがとうございました」
そう、もう一度頭を下げて、振り返り、足早に部屋を出ていった……
──マユ・ヴァイデフェルト。それが彼女の名。
奇(く)しくも、かつて亡くした妹と同じ名前の少女。
それが今、静かに俺の側を離れていった……