機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
そこは自室なのだろう。8畳はあろうかという大きなリビングは、
全体的に白く、テーブルとソファーなどが置かれている、
清廉(せいれん)で簡素な部屋。
ソファーに腰かけた男は、その髪の色から、
ヤン・クールカその人と分かるだろう。
項垂(うなだ)れる彼には何の音も聞こえていなようだ。
目前で流れているテレビの音さえも、また……
しばらくして、トントンと肩を叩いた小さな手に、
彼の頭は上がった。そこには、年の頃は10歳にも満たないであろう、
紫色の髪をした、ボブカットの小さな女の子が立っていた。
画面にエリサベト・ハッシの名を表示する、ケータイを持って。
「あぁ……ごめんね。プラウダ」
そうしてクールカが頭の上に手を置けば、
少女はポンと乗せられた手に前髪が押し出されて、
その顔の上半分が隠れてしまうのだが、それでもその口元と、
赤く染まった頬(ほお)から、笑顔が見てとれる。
クールカはケータイを受け取り、静かに告げた。
「もしもし。私だ……クールカだ」
閉じられたカーテンに向き、
ボリュームを落として会話するヤン・クールカの背中を、
幼くも小さい彼の娘プラウダが見つめている。
「……報告感謝する。それでは」
そう言って電話を切った父親。ようやく構って貰えると思ったのか、
プラウダは足音が立たないようにゆっくりと1、2歩踏み出した。
しかし、彼女の期待は脆くも裏切られる。
父親は彼女の目線ぐらいの位置で、片手にて端末を操作すると、
ブーというバイブ音が端末から鳴り始め、
それが鳴り止む頃には、その端末を耳に当てていた。
数秒後、彼が、
「おお、ホルローギン……私だ、クールカだ」
と語り出せば、プラウダにも状況が理解できる。
お父さんは誰かとお話している。だから、自分には構ってくれない。
彼女の口は一本線のように結ばれた状態で、
少し上がっていたその両角が、横にスッと伸びて、目は虚ろになる。
そのまま、ぼんやりと父の背中を見続けていた。
「……至急、仲間を集めてくれ」
『何をする気です?』
プラウダの視線は下がっていた。
ぼうっとした感覚で、何となく父親の足元を見ていた。
故に、父親は振り返ったらしいのだが、反応が遅れた。
視線を感じて彼女が顔を上げたときには、
もう父の顔は元の方向に戻っていく最中であって、
彼女に見えたのは一瞬、どこかひきつった横顔だけだった。
「アーモリー・ワンを攻める」
父の表明に、ホルローギンは即答せず、
無関係のプラウダにも緊張が伝わり、表情がなお硬くなる。
ようやく出たホルローギンの答えは、
『それはまた……大きく出ましたね』
という、ことの是非に関わらぬ感想であった。
「……頼めるか?」
ホルローギンの鼻で笑う声が聞こえた。
『えぇ』
「……頼んだ」
そんな一言で締め括られ、通話は終了した。
その後、ヤン・クールカは遂に振り返り、自ら娘へと歩み寄った。
膝をつき、その両肩を自身の両手で優しく握って、顔を寄せる。
「パパはね……今からお出かけしなくちゃいけないんだ……だから」
そこにいたのは、
部下相手に堂々たる態度を取り続けた男ではなかった。
優しさと恐怖とを内包したような複雑な表情と、
小さく震える口で精一杯の言葉を絞り出す、子煩悩な父親だった。
左肩に添えられていた片手が、プラウダの頭へと乗せられた。
「ごめんね、プラウダ……おばさんの家(うち)にいてね?」
プラウダは何も答えない。喋れないのだろう。
ただ音はなくとも、その口だけが、
「まってるよ」
と動いた。
父親は一瞬、ハッとした表情で娘を見つめた後、
傷のある自身の頬を、彼女の柔らかくも小さな頬にあてて、
ギュッと抱き締めた。
「ごめんね……ごめんね……」
震える口で何度も、そう呟く父親の姿がそこにはあった……