機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
それはホルローギンの入室後、しばらくしてからのこと。
廊下を走る人の姿がある。短い髪と目深に被った帽子と。
男にしては小柄な、女性にしてはやや大柄な。そんな人物だ。
その人物は、書斎の前で立ち止まると、息が乱れていたようで、
顔を下げて両膝に手を置き、ゆっくり息を整える。
そうやって2秒とか3秒とか、ドアの側にいれば、
中の声が聞こえてくる。といっても、そう大きな声ではない。
「アナタたちの部下として登録されている人物が、味方を脅し、
物資を奪ったという報告もあるが……」
ただその人には、声でその主が分かったらしい。
「ノエル……さん?」
息を吐く程度のごく小さな声で、その名を呼んだ。
室内には聞こえていないようで、会話が続く。
「……それ以上に、
4名のパイロットが戦死した上、アナタの軽率な行動のせいで、
どうにか支持を獲得できそうだった政治家たちも、
これからは批判する立場になっていくでしょう。我々は、
……テロリストと銘打たれても、反論できない立場になる。
ことの重大さが、お分かりか?」
とノエルが言えば、
「戦う訳ですから、多少の犠牲は出ましょう。
それは仕方のないことと言う外(ほか)ありますまいて。
……また、政治家どもなど、情勢の有利不利で状況を変える連中に、
何を媚(こ)びる必要があるのです」
との反論が返ってくる。それは勿論、ホルローギンの言葉だ。
ドアの外の彼(彼女?)は、ノブに顔を寄せた。そうして鍵穴の、
爪楊枝(つまようじ)さえ入らない狭い隙間から、中の様子を見る。
まず見えたものは、イスに座るホルローギンの後ろ姿だった。
やがてノエルがその横を通った。
鍵穴の広さではあまり確認できないが、
どうにもノエルは動き回っているらしいことがわかる。
「……綺麗事(きれいごと)だけで、
どうにかなるものと本気でお思いなのか?秘書殿は」
ホルローギンは淡々とそう述べた。
顔を下げており、ノエルの方は向いていないらしい。
「綺麗事?……信念のない者に、目的を果たせましょうか?」
ノエルの姿は見えていない。聞こえたのは、その声だけ。
ただ、それがドアの側にいたかの人物には、偶然ながら、
自分に向かって言われたもののように感ぜられ、
ビクッと反応してしまった。これが不味(まず)かった。
動いた拍子に膝がドアにぶつかってしまい、開いてしまったのだ。
開いたドアの隙間から、おそるおそる顔を出せば、
まずノエルがじっと見つめていた。腰に手を当てているものだから、
きっと拳銃を取ろうとしているのだろう。
対してクールカはほとんど動かなかった。
やがて、その顔を相手を確認したホルローギンが、
「リョウさんか……どうかされましたか?」
と問うのだった。対してリョウは、
しばらく躊躇(ためら)いがちにノエルを見ていただけだったが、
そのうちにホルローギンが首を縦に振った為、話を始めた。
「アーモリー・ツーから……連絡が!」
それを聞いたノエルの表情は一度驚いたのか、目を丸くしたが、
すぐに神妙な顔つきへと変わった。
「ひとまず……これで目的は果たせるでしょうな」
とクールカは言った。あの書斎での話の続きになる。
報告を終えたリョウの姿はもう部屋にはなく、
先程は立ち上がっていたノエルも今はイスに腰を据(す)えており、
目前で紅茶に舌鼓(したつづみ)を打つホルローギンの姿を、
その碧眼で睨(にら)むように見ている。
「ご安心めされよ、秘書殿……彼らは強いですよ?
彼ら、『銀の黄昏(たそがれ)』は」
ホルローギンの紅茶を啜る音に紛れるように、ノエルの、
「……『銀の黄昏』?」
の声は発せられた。
対するホルローギン、ゆっくりテーブルにティーカップを置き、
「ええ、『銀の黄昏』と、便宜上名付けさせてもらいました。
仮にも彼らは……指名手配犯ですからね。情報漏洩の対策で。
流石に、『カーン・カーァと嵐の三人娘』なんて呼び方すれば、
一発でバレてしまいますからね」
そう発言した後、右耳辺りの髪をかきあげる素振りを見せた。
それは背中側から見ても、動きが明瞭(めいりょう)にわかる程の、
オーバーなアクションだった。ノエルの表情はなおも硬い。
「……あのイカれた連中が、ね」
ホルローギンの顔つきもどこか険しくなる。
「それだけ……恐ろしいという話ですよ。
……死への恐怖を持たない連中というのは」
その言葉がどこか自嘲めいた響きを持っていた理由を、
このとき、ノエル・ド・ケグは知らない。