機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
俺はもうコクピットに座っていて、
無線はブリッジと繋(つな)いだ上で、本を読んでいた。
タイトルは『信仰と孤独』。小説だ。
貧しい人々に奉仕する生涯を送った、一人の修道女アグネスの物語。
一行で説明するなら、それだけの物語である。
この物語が称賛を受けているのは、
アグネスを単なる心優しい奉仕者として描くのではなく、
俗物的な一面や黒い交際、
そして今なお根深い社会問題としてのし掛かる、
宗教問題を取り扱ったノンフィクション性にこそある。
そこから、ただ一言だけ。一言だけ引用するとすれば、そうだろう。
アグネスが懺悔室(ざんげしつ)で告白する場面。
彼女はこんな言葉を呟くのである。
『時々、私は恐ろしくなるのです。地獄が。
死への恐怖ではありません。ただ、恐ろしいのです。イエス様は、
「主なるあなたの神を試みてはならない」と仰(おお)せですが、
私にはどうも……』
彼女は恐れていた。自分が生涯を費(つい)やし、信じてきた神が、
いないことという現実を。
……俺は堪(たま)らなくなって、本を閉じた。
それから数秒後、アナウンスが響く。
『……敵艦接近』
出撃後、まもなく、戦艦からのアナウンスが聞こえてきた。
『敵艦接近中。有効射程範囲内到達まで、残り10秒。
カウントダウンを行います』
接近とは言うが、
もう実寸の20分の1の大きさぐらいには見える位置にあった。
その戦艦の種類は、つい昨晩、
アーモリー・ワンにて戦ったのと同じ《ロディニア級》だ。
ビームライフルを構えた。
『……9』
隣にいたサムが、《カオス》の背中からポッドを分離する。
『8、7、6……』
サムがポッドを戦艦の左右と、
火器の内蔵されていない後方に配置する頃、
俺は周囲の様子を確認する。戦艦のほぼ前方に陣取る俺から見て、
まず右手側にはジョーンの姿がある。
ヴァイデフェルトの《ジズ》の背中に跨(また)がった、
ジョーンの《ガイア》の姿が。
『5』
左手側を確認。アレハンドロの《アビス》に、2機の《ジズ》がいる。
『4』
最後に後方。しかし、後方にはそもそも誰もいない。
『3』
このとき、分離したポッドがようやく後方に到達した。
『2』
ポッドの配置を見回して再度確認した後、前方へと向き直る。
この間、モビルスーツたちの姿が必然的に目に入る訳だが、
ひとまず皆、ビームライフルを構えている。
『1』
俺はゆっくり息を吸い、そして吐いた。
『0……各砲、撃てぇぇ!』
本当は「うてぇ」と発音するのだが、慣例なのか、
少し省略されて「てぇ」と聞こえた。
ともかく、戦艦《フレイヤ》からビームが噴水のように湧(わ)き、
前方と左右とに展開されたモビルスーツたちの数々も、
ビームライフルで攻撃を開始する。
俺とてそうで、ビームライフルに加え、ポッドからも発砲。
こうして敵艦に降り注(そそ)いだビームの雨霰(あめあられ)。
しかし、
『……まさか』
と誰かが声を漏らした直後、俺たちは目撃した。
それが戦艦と信じて疑わなかった前方の巨躯(きょく)が、
針で刺された風船のように萎(しぼ)み始める様を。
いや、あれは破裂したという方が正解か。
中央を中心に穴だらけとなった、この大きな風船は、
割れて翼みたく左右に開いて、後方の様子を見えなくさせた。
かつ、見えないだけではない。
この風船、破裂した瞬間に内側から暗い煙を吐き出したのだ。
茶色がかった暗い煙。嫌な予感がした。
レーダー上には、この風船の後ろには何も表示されていない。
まるで、アイツが吐き出した煙のようだ、なんて思ったときには、
もうそれは起きていた。
開いた翼の中央部、まだ残った風船の部分を突き破って、
ヤツが姿を現したのだ。ヤツ、そう《ダーティ》が。
「……アイツ、今度こそ」
手首を少し動かし、ライフルの照準を《ダーティ》に合わせた。
その瞬間、左右に広がった翼の穴から。
あるいは、穴の空いていない部分が膨れ上がり、やがて突き破る。
こうして現れたのは……