機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS   作:申業

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そのときは、出航してからどのくらい経った頃だろう。
俺はもうコクピットに座っていて、
無線はブリッジと繋(つな)いだ上で、本を読んでいた。
タイトルは『信仰と孤独』。小説だ。
貧しい人々に奉仕する生涯を送った、一人の修道女アグネスの物語。
一行で説明するなら、それだけの物語である。
この物語が称賛を受けているのは、
アグネスを単なる心優しい奉仕者として描くのではなく、
俗物的な一面や黒い交際、
そして今なお根深い社会問題としてのし掛かる、
宗教問題を取り扱ったノンフィクション性にこそある。
そこから、ただ一言だけ。一言だけ引用するとすれば、そうだろう。
アグネスが懺悔室(ざんげしつ)で告白する場面。
彼女はこんな言葉を呟くのである。
『時々、私は恐ろしくなるのです。地獄が。
死への恐怖ではありません。ただ、恐ろしいのです。イエス様は、
「主なるあなたの神を試みてはならない」と仰(おお)せですが、
私にはどうも……』
彼女は恐れていた。自分が生涯を費(つい)やし、信じてきた神が、
いないことという現実を。
……俺は堪(たま)らなくなって、本を閉じた。
それから数秒後、アナウンスが響く。
『……敵艦接近』


PHASE-05 駆け抜ける嵐(3/7)

出撃後、まもなく、戦艦からのアナウンスが聞こえてきた。

『敵艦接近中。有効射程範囲内到達まで、残り10秒。

カウントダウンを行います』

接近とは言うが、

もう実寸の20分の1の大きさぐらいには見える位置にあった。

その戦艦の種類は、つい昨晩、

アーモリー・ワンにて戦ったのと同じ《ロディニア級》だ。

ビームライフルを構えた。

『……9』

隣にいたサムが、《カオス》の背中からポッドを分離する。

『8、7、6……』

サムがポッドを戦艦の左右と、

火器の内蔵されていない後方に配置する頃、

俺は周囲の様子を確認する。戦艦のほぼ前方に陣取る俺から見て、

まず右手側にはジョーンの姿がある。

ヴァイデフェルトの《ジズ》の背中に跨(また)がった、

ジョーンの《ガイア》の姿が。

『5』

左手側を確認。アレハンドロの《アビス》に、2機の《ジズ》がいる。

『4』

最後に後方。しかし、後方にはそもそも誰もいない。

『3』

このとき、分離したポッドがようやく後方に到達した。

『2』

ポッドの配置を見回して再度確認した後、前方へと向き直る。

この間、モビルスーツたちの姿が必然的に目に入る訳だが、

ひとまず皆、ビームライフルを構えている。

『1』

俺はゆっくり息を吸い、そして吐いた。

『0……各砲、撃てぇぇ!』

本当は「うてぇ」と発音するのだが、慣例なのか、

少し省略されて「てぇ」と聞こえた。

ともかく、戦艦《フレイヤ》からビームが噴水のように湧(わ)き、

前方と左右とに展開されたモビルスーツたちの数々も、

ビームライフルで攻撃を開始する。

俺とてそうで、ビームライフルに加え、ポッドからも発砲。

こうして敵艦に降り注(そそ)いだビームの雨霰(あめあられ)。

しかし、

『……まさか』

と誰かが声を漏らした直後、俺たちは目撃した。

それが戦艦と信じて疑わなかった前方の巨躯(きょく)が、

針で刺された風船のように萎(しぼ)み始める様を。

いや、あれは破裂したという方が正解か。

中央を中心に穴だらけとなった、この大きな風船は、

割れて翼みたく左右に開いて、後方の様子を見えなくさせた。

かつ、見えないだけではない。

この風船、破裂した瞬間に内側から暗い煙を吐き出したのだ。

茶色がかった暗い煙。嫌な予感がした。

レーダー上には、この風船の後ろには何も表示されていない。

まるで、アイツが吐き出した煙のようだ、なんて思ったときには、

もうそれは起きていた。

開いた翼の中央部、まだ残った風船の部分を突き破って、

ヤツが姿を現したのだ。ヤツ、そう《ダーティ》が。

「……アイツ、今度こそ」

手首を少し動かし、ライフルの照準を《ダーティ》に合わせた。

その瞬間、左右に広がった翼の穴から。

あるいは、穴の空いていない部分が膨れ上がり、やがて突き破る。

こうして現れたのは……


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