機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
ギドーは檄(げき)を飛ばすが、
彼の期待するような戦果は上がらない。
《ジズ》の手数の少なさでは。戦艦の手数の少なさでは。
上からの砲撃は、《ザク》の肩についたシールドが邪魔で届かない。
『こちらが有利には違いないんだ!……攻めろ!攻めろ!』
苛立(いらだ)ちつつ、艦から檄を飛ばすギドーの横で、
1つの爆発が起こるのは程なくしてのこと。
ギドーは見た。襲われた《ジズ》の体が2度揺れたのを。
間もなくその《ジズ》自体は爆発したが、
その煙に紛れてワイヤーらしきものが引っ込んでいくのが見えた。
やがてワイヤーはあるモビルスーツの元へと帰りついた。
タコのごとく丸みを帯びて後方に垂れた頭と、
コウモリのように節のある翼と。
ギドーは知らなかった。そのモビルスーツを。
同じ頃、数時間の時差があるその街は、夜中だった。
流石の軍都グナイゼナウもこの頃ともなれば寝静まっており、
暗い街を点在する青白い光ばかりが照らしている。
そんな街の地下に、BAR『M.Bruck(エム・ブラック)』はあった。
カウンターバーテンダーの男が、
シェイカーを振る音の響くばかりな静謐(せいしつ)の店内。
木製のカウンターの前に二人の男女が腰を下ろしている。
黄色と橙(だいだい)の中間のような色をした薄明かりが、
金属製のシェイカーに反射し、光っていた。
間もなく音が止み、シェイカーのトップが開き、
中の液体が深めのシャンパングラスへと注がれる。
それに螺旋(らせん)を描くよう剥かれたレモンが添えられ、
男の前へと置かれた。男は女の方に肩を寄せて、囁いた。
「……このカクテルの名前を知っているかい?」
女が笑いがちに、
「いえ……」
と答えれば、彼はこれ見よがしに語りだした。
「ヴェスパーというんだ……
小説『007』の作者イアン・フレミングが考案したものでね、
作中では主人公ジェームズ・ボンドが、
恋人のヴェスパー・リンドの為に考えたことになっている」
掌を上に向けて、グラスの脚を指先に挟み、彼女の前に置いた。
「どうぞ……ボクの奢りだ」
すると今度は女性の方が耳元に口を寄せた。
「……ありがとう」
グラスを右の親指と人指し指とで持ち、口へ運ぶ。
目を閉じ、黒い眉さえ下げて、ゆっくりと味(あじ)わうと、
女性は静かにテーブルへと置いた。
見ると、酒はほとんど減っていない。
「昼間は軍の司令官、それにファッションデザイナーで、
美食家で、それに物知りで……
いくつも顔をお持ちなのね……マッツィーニさん?」
こめかみに手をあて、ゆっくりと髪を撫で、
やがてその頬を優しく触ると、男は、
「オルランドでいい、そう呼んでくれ……ただの君の騎士さ」
そう言いながら、大胆にも唇を寄せた。
互いの唇が重なる瞬間、相手の女性は首を傾けたから、
この男─オルランド・マッツィーニの背後にいた人には、
その瞬間に目を閉じて、キスに応じる女の顔が見えたことだろう。
ルカーニアの顔が離れると、女性は仄(ほの)かに笑みを浮かべて、
「いけませんわ。奥様に怒られてしまいませんこと?」
「いいんだよ……君が大事だ。ルシア」
頬を触っていた彼の手は、今は彼女の後頭部に回っており、
そのピンク色をした髪を滑(なめ)らかな手つきで撫でていた。
「妻は気の強い女性でね……最近、つい考えてしまうんだ。
君にもっと早く出会えていたら、と」
女性は静かに微笑を持って、これに応じた。
手元に目をやれば、グラスに反射して、背後の様子が映っている。
故に、彼女は見逃さなかった。店の外に立つ、黄金色の髪の男を。