機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
それからしばらくして、
このピンク髪の女性の姿は暗い路地の中にあった。
先程は黒いドレスのような格好をしていた彼女だったが、
今はその上に白い毛皮のコートを羽織(はお)った姿だ。
口では真っ黒なタバコを噛みながら。
ただし、かのオルランド・マッツィーニの姿はもうそこになく、
代わりに、あの黄金色の髪が一歩後ろから付き従っていた。
「こんな夜更けに……何の用?ダイ」
ダイと呼ばれ、黄金色の髪の男がこれに応じる。
「隊長に……ご報告すべき内容がありまして」
「……で?」
女が振り返り、口先を尖らせる。
ダイは一歩踏み出し、ポケットからライターを取り出し、
タバコに火をつける。
「サーベラス艦隊がアーモリー・ツーを出た、
との情報が入っています」
女は、横のビルの壁に背中から軽く凭(もた)れ、
ダイの顔にかからない位置から煙を吐いた。
「……それが、アタシに何の関係がある訳?」
「進路が、アーモリー・ワンとのことで」
先程の店内で様子が嘘のように、女の表情が急に険しくなった。
「確か……アーモリー・ワンにいたわね?サーベラス艦隊の……」
「プリュトン・ギドーでしたら、
はい……数時間前のアーモリー・ワンでの戦闘でも、
ギドー大隊長が指揮を執ったとの報告を得ています」
「非常事態にかこつけて、直属の部下を街に入れたワケね。
いくら大隊長とはいえ……好き勝手してくれたものね」
その後、彼女が、
「……チッ」
と舌打ちを鳴らせば、静かな街に思いの他大きく響いた。
無論、アーモリー・ワンが襲撃されたとの情報は、
彼女の耳にも入っている。
「どうされますか?……アルメイダ中隊長」
「愚問(ぐもん)……ていうのよ。こういうの」
アルメイダは右手で火のタバコを掴み上げ、
同じく右手の甲または手首の辺りを額に添えるように当てる。
口からはなおも煙が出ていた。
「今……このグナイゼナウを出て、
アーモリー・ワンに行こうなんてしてみなさい?
仮にも、『円卓会議』の護衛なんて大役任されてるのに、
仕事放棄したって言われるのがオチ。大体、
脱走兵連中がまだ近海に控えている可能性もあるじゃない?
帰りつけずに殺られた、なんてなったらお笑い草よ」
「……では?」
「しばらく、状況を静観(せいかん)するとして……」
タバコを持つ手を下ろして、ダイの方に向き直る。
「……マッツィーニ総司令閣下のベッドの中にでも、
匿(かくま)ってもらいながらね?」
そこには、顔を少し下げ、悪い顔で笑うアルメイダの姿があった。
娘の手を引き、愛車の方に歩いていくクールカの背中。
車種はフォルクスワーゲンのシャラン。
カラーはブルーだが、倉の奥で色褪(いろあせ)せた草のような、
草臥(くたび)れた蒼(あお)さである。
ロックを解除すると、プラウダはそそくさと助手席に向かった。
まだ父親はドアの前に立っているというに、
この娘はもうシートベルトまで締めて待っている。
娘はまだまだ不相応に大きいとはいえ、今は助手席に座り、
足を伸ばしている。
ぼんやりと霞(かす)む彼の右目には、
陽炎(かげろう)のように揺れる形でプラウダが見えている。
そんな中で一瞬だけ、そのシルエットが一人の女性と合致する。
「……リブシェ」
気付いたときには、そう呟いていた。
見えたのは、ごく一瞬だけ。幼げな娘が、
かの絵画モナリザのような微笑を浮かべ、座っているように。
いや、分かっているのだ。彼には。
そこに彼女がいないことを。彼女ともう会えないことを……
そうして止まって彼の袖を、小さな手で掴む。
見れば、そこには運転席のドアを開け、微笑む少女の姿が、
くっきりと写し出されている。
「いくよ」
娘の口がそう動いた。
「あぁ……」
男は静かに応じて、ドアを開けた……
間もなく、彼は目を覚ます。
そこはパーキングエリアなのだろう。
頭上には輪郭をぼやけさせる程に明るく輝く太陽があるが、
それは冬の太陽。明るいばかりで、熱は感ぜられない。
彼はシャランの運転席にて、眠ってしまっていたらしい。
夢の中とも、さして違(たが)わぬ状況。
ただ違うのは、もう助手席に娘の姿がないことだけで。