機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
ホルローギンとノエルの会話には、こんな続きがある。
「秘書殿は……島津(しまづ)の退(の)き口とか、
捨て奸(がまり)など呼ばれる戦術をご存知か?」
「……いえ」
「そうですか……まあ、トカゲの尻尾切りのような話で……」
ホルローギンは左手の掌がノエルに見える向きで、3本の指を立てた。
「関ヶ原という戦いにおいて、敗戦濃厚の状況となった島津家は、
諸説あるが10万近い敵に対し、僅か300の兵しかいない状況で、
敵陣を突破し、離脱するという強攻策に打って出た。
そこで用いられたのが、この捨て奸という戦術でした」
3本の指のうち、1本を折り曲げるホルローギン。
「……300の兵を更に少数に分け、
一部の兵を敵陣の真ん中に取り残し、足止めさせる。
その間に他の部隊が戦線を離脱する。
少しでも長く時間を稼ぐ為でしょう、
銃を持った部隊には相手から見えにくいよう、
胡座(あぐら)をかかせて敵を狙撃させたとのことで、
座禅陣とも言うそうですよ」
「しかし……そんな事をすれば……」
「……そういうことです」
そうして更に、残り2本となった指の片方すら、
ホルローギンは折り曲げた。
「捨て奸として残った者は、そのほとんどが戦死し、
……結果として生き残り、逃げ延びたのは、
全体の3分の1以下、80人程度だったと言われています」
そこまで言うと、
ホルローギンはその左手をティーカップに伸ばした。
持ち手に手を通さず、例の3本指で軽く添えるように持ち、
胸のままに抱えたまま、
「この島津の退き口で……敵も大きな損害を受けている。
負傷した者、落馬した者、
中にはこのときの傷が原因で病(やまい)にかかり、
亡くなった者もいたとか」
そう話してから、紅茶に少し口をつけた。
「そんな戦術……よく成立したものですね。
兵士は自らが捨て駒にされるなんて、嫌がりそうなものですが」
ノエルの問いの直後、カップがテーブルへと戻される。
「その点は、私も直接会った訳ではありませんから……
はっきりとしたことはわかりませんが。
むしろ、志願者は多かったと聞きますよ。かの『葉隠』で著名な、
武士道を死ぬことと評した理屈にも繋がる話でしょう」
そこでムッとした表情を見せたのはノエル。
「お言葉を返すようだが……『葉隠』の意図を理解していないご様子。
あの話は、命を擲(なげう)つことを美化した話ではない」
「……これは失礼」
ホルローギンは軽く会釈をした。
「それに……そのような非人道的な戦術が、現代で成立するとは、
考えにくいですが」
テーブルに両手をかけ、前傾姿勢気味に体を前に突き出すノエル。
対してホルローギンはどこか悲しげな表情で、
「えぇ……そうでしょう。それが……マトモな兵士ならば、ね」
と返すのだった。