機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
そこはホテルの廊下。
灯りはなく、代わりに朝の太陽がカーテンに遮られながらも射し、
明るい影となって廊下全体を覆っている。
それは、彼女──フェイとて同じ。
ヒールでコツコツと足音を立て、そこを彼女が歩いていく。
格好も軍服ではなく、首に縞柄(しまがら)のスカーフを巻き、
うなじまで隠れた半袖のシャツに、サブリナパンツ。
映画『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンのように清楚で、
しかし、その季節に対してはやや軽装といった出で立ちであった。
なお、彼女が通りすぎていった右手側の壁には、
円形の時計がかけられており、8時9分との時刻と共に、
日付である4月2日のLunes(月曜日)を表示している。
そんなフェイの足が止まったのは、その1分後、
時計の針が2の部分に動いたときだった。
彼女が立ち止まったのは、少しだけ開いたドアの前。
フェイが右手を振り上げた。ノックしようとしたのだろう。
しかし、振り上げられた腕は突然、
ドアの向かいから現れる左手によって掴まれてしまった。
か細いフェイの指に対して、相手の腕は太く、筋肉質で、
手首には血管が浮き出ている。
「相変わらずキレイな手をしてやがる」
ドアの奥より聞こえる男性の声。
掴んでいた手がゆっくり開かれると、
半ば無理矢理に相手の掌を開かせ、中央を親指になぞり始める。
ただし、フェイは動じない。
「……ご冗談はおやめください」
フフッという笑い声がしたかと思うと、
その左腕は彼女の手を離し、部屋へと戻っていった。
「到着が早かったな……補佐官」
そう語る相手はなおもドアから姿を見せない。
「……襲撃を受けたらしいじゃねぇか。お疲れさん。
まぁ……俺も戦ってたんだがな。ベッドの上でよ」
ドアの方が少しだけ開いて、中の様子が見えるようになった。
フェイの目に写ったのは、大型のシングルベッド。
そしてそこに裸で横たわる2人の美女の姿だった。
1人は東洋人らしき黒髪の女性で、小柄で顔つきも少し幼げであり、
フェイと目が合うと、慌ててシーツを引っ張り上げて、
胸から下を隠した。
もう1人は色の黒い混血とおぼしき長身の美女で、
フェイに対して恥じらう様子はなく、
ただ挑発的な笑みを浮かべ、少しだけ頭(こうべ)を垂れた。
対するフェイは何も言わず、ただ2人より視線を外す。
同じ頃、例の左腕は今度はフェイのヘソに触れていた。
それもヘソのへこみが分かる程に深く。
「色々と……聞かせてもらおうじゃねぇか」
ヘソから鳩尾(みぞおち)、そして膨らんだ胸の谷間へと、
触る指がゆっくり上へと動いていく。
胸から首へ、そしてその指はスカーフをつついた。
「……何人生き残った?何人死んだ?」
スカーフの末端を2本の指が掴み、引っ張る。緩やかに。
首に結ばれていたスカーフが解(ほど)けて、
ダランと落ちた腕に握られて、やがてドアの奥へと消えていく。
「とりあえず……入れよ?」
鼻で笑う声と共に、ドアの隙間から見えて彼女のスカーフは、
牛を招く闘牛士の布のように揺れていた。
室内に踏み入れた足。そこは病院の一室だった。
カーテンもなく、太陽が白い室内を一層のこと輝かせていた。
部屋にはベッドは1つだけ。
シーツは乱雑にも隅の方に押し出されて、
ベッドの上には今、一人の男が横たわっていた。
肘をついて、窓の方を向いた彼の、後頭部がこちらに見えている。
耳のように垂れた髪。
その隙間からいつもならバンダナが顔を出しているのだが、
今そこから見えるのは白い包帯だ。
きっと窓ガラスに反射して、俺の姿が見えたのだろう。
「なぁ、アスカ……今日、何日か知ってるか?」
と話しかけてきた。
俺はポケットから少しだけスマホを出して、
画面を確認する。
9時2分の表示と共に、4月2日(月)との日付が出ている。
「2日なんだよ……4月2日。まあ、あそことは時差があるから、
アーモリー・ワン出た時点で2日にはなってんだけどよ……
それでも、ここに着いたのは、まだ1日だったから……
エープリル・フールだったからよ」
勢いよく振り返る男。
「期待しちまったよ……ケガも何も全部嘘だってさ」
振り返ったワイリーの顔には目と口だけ避ける形で、
包帯がグルグル巻きにされていた……