機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
バーテルソンの沈黙に伴ってこれといった音を欠いた室内に、
彼女のブーツが響かせる足音は、割に大きな音となって響いていた。
そこでツァンカルの真向かいでうとうとしていた男、
『オセアニア方面軍司令官』『エルナン・ピサロ』が目を醒ます。
ただし、直接最初に見たのは、恐らくツァンカルだったろう。
冷静沈着な彼も、一瞬目を大きくした。
足音が近付いて行くに連れ、周囲の顔も注目していく。
次いでマッツィーニには、バーテルソンの背中に、
白や紫のサクラソウが描かれた黒い羽織の袖が見えていた。
慌ててイスを引き、ルカーニアは立ち上がる。
その長い黒髪を馬の鬣(たてがみ)のように靡(なび)かせ、
また襷をサッと整える。
こういて周囲の視線を集めるマッツィーニだが、
彼自身がそれに何か気に止める様子はなく、
例の一人の女性の姿しか見えないといったところだ。
下は黒い袴(はかま)、羽織の下には白い小袖(こそで)で、
頭には星のマークが乗り、紫の帯が結ばれた黒のクローシェ帽。
目深(まぶか)に被(かぶ)されたこの帽子に顔を隠され、
その表情を窺(うかが)い知ることはできない。
「ラクス……いや」
ヴァレフスキが静かにその名を呟き、慌てて口を押さえるも、
他の誰にも聞こえてはいなかった模様。
ただ、スコルツェニー参謀長の耳がピクリと動いたことを除けば。
さて、立ち上がったマッツィーニだが、
「よくぞ、お越しいただきました……元首様」
と、まるで歌劇か何かのワンカットであるかのように、
大振りに両手を振り上げ、妙に滑らかな動きでもって、
左手を回しながら胸の前へ。
それから深々と、件の女性に向けて頭を下げるのだった。
髪がまた揺れた。
これに司会のツァンカルが、
そう大袈裟(おおげさ)でないまでも頭を下げて続き、
また一同も座ったままではあるが、おおよそ同じように頭を垂れる。
もっとも、バーテルソンだけは振り返りもしなかったが。
額に冷や汗であろう、1滴の汗を滴(したた)らせながら、
机に両手をつき、中腰ぐらいで顔を下げたまま、微動だにしない。
対する女性も帽子を取って、軽く会釈を返した。
その拍子に彼女のピンク色の髪が顕になり、また少し揺れた。
顔を上げた彼女は、なおも背を向けたままのバーテルソンへ、
その左肩に優しく自身の右手を置く。
ビクッと僅かながら肩を上げるバーテルソンを他所に、
「頭をお上げ下さい、皆様。
これでは……顔を合わせてお話することもできませんわ?」
と周囲に微笑みかけた彼女だった。
……テレビじゃ、そんなことを言ってるのに、
俺はいつの間にか頭を下げがちに、猫背でテレビを見ていた。
「まさか……国家元首が会議に首突っ込んでくるとは……ねぇ」
ワイリーの呟きに、俺の視線がそちらへと移る。
「病気なんじゃねぇかって噂もあったが……どう思う?」
そう言い、こちらに向き直るワイリー。
「どうって何だよ?今のラクス様は偽物だーとかか?」
「いや、そりゃねぇだろ」
俺は目を逸らして、左手で荒っぽく後頭部をかきむしった。
「冗談はおいといて……今、いなかったのは……」
「……ルカーニア司令だけか」
答えたワイリーの顔を、目だけで確認した。
次いでワイリーはフッとため息を漏らしたかと思えば、
「ご病気で療養中なんだそうだ……コイツに載ってた」
と、ベッド横のテーブルに載った雑誌を上からポンと叩いた。
「……マスコミもバカに出来ないもんでよ、昨日の夜、
宿泊先と思われるホテルに女性が入っていくのを見たらしい。
それも2人だってよ」
そう口を尖らせるワイリー。
「なるほど、看護師2人体制なら……ホテルでも安心だな」
俺の皮肉に、ワイリーは微妙な表情を見せた。
俺が本気でホテルに来たのが看護師だと認識したとでも、
思っただろう。
だから、付け足す形で小声でこう続けた。
「……腹上死(ふくじょうし)のリスクも減るだろうぜ」
ワイリーは一瞬だけ表情を硬くして、それから笑い出した。
「それ、いいじゃん。俺もここにデリヘル呼んで、一発……」
「……病院では静かにしろっての」
一先(ひとま)ず、俺は立ち上がった。立ちながら、
「オマエこそ療養中じゃねぇか」
と呟けば、体勢の問題で、音が濁った。
「……行くのか?」
俺が立ち上がったのに合わせ、自然ワイリーの視線が上がる。
「……あぁ」
左斜め上に首を振り、その上で首を縦に振った。
「気をつけろよ」
「わかってる……」
振り返る俺。しかし、
「あぁ……それと」
と呼び止められ、もう一度振り返ることとなる。
「……まぁ、俺が気にすることじゃねぇんだが」
ワイリーは顔を下げて、話を続けた。
「大丈夫なのか?……フレイヤ中隊は」