機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
3月30日未明。そこは暗く狭い球場の空間。
オレンジ色のシートに座る人物は、緑色の宇宙服を着込んでおり、
ヘルメットのバイザー・シールドに反射して、
うっすらと目前のモニターの画像が写っている。
逆に、この人物の紫色をした瞳もまた、闇に光って見えていた。
そんな薄暗い世界へと、
『リョウ!……リョウ!』
と呼びかける男性の声が響く。
紫の瞳がゆっくりと視線を上げていくと、
正面の画面の隅に、ある人の顔が写っていた。
それは、赤茶けたロングヘアーを束ね、三つ編みにした男。
左目は黒い眼帯に覆われているが、
右はその青みを帯びた灰色の瞳を顕にしている。
「……ヤン・クールカ隊長!」
思わず、リョウは右手で敬礼してしまった。
その様子に、ヤン・クールカの表情が柔和なものへと変わる。
『上官の呼び掛けを無視するとは……随分、肝の座ったヤツだな』
そんなヤンの言葉に、リョウは萎縮(いしゅく)したようで、
「……すみません。考え事をしていまして」
と、ゆっくり手を下ろした。
『緊張しているみたいだな?』
問われたリョウが、コクリと首を前に倒す。
『誰だって、最初はそんなものだ……恥じ入ることはない』
ヤンは腕を組み、右目を閉じた。しかし、その目は、
「隊長も……そうでしたか?」
というリョウの問いに反応して、すぐに開かれることになるが。
『私に限って、そんなことは』
そう話すヤンの顔つきは多少険しくなり、声にも力が入るが、
その迫力にリョウがピクッと反応した辺りで、
『と……言いたいところだがな』
の一言と共に、顔は右へ向けられ、口元も緩む。
『……正直、恐ろしかったよ。最初は私も』
「隊長が……ですか?」
『……あぁ』
気持ち上を向くヤンの横顔。
『宇宙は広い。少し油断すると、自分が何処にいるのか、
前に進んでいるのか、後ろに下がっているのかさえ分からなくなる。
そんな状態だというのに、
敵は容赦(ようしゃ)なく襲ってくるからな。
死の恐怖に駆られて、失禁する者もいた……』
リョウの表情が暗くなる。
『おっと……失禁などと、レディーに話すことではなかったな?』
と少し苦笑するヤンに、リョウは、
「ボクは男です!」
そう強く反論する。
正面に向き直ったヤンがリョウの顔を確認すると、
もうそこには脅(おび)えた表情はなかった。
ただ、無言で自身をじっと見つめるヤンに、そのうちリョウの方から、
「すみません」
と頭を下げてしまったが。
『構わんよ……
良い面構(つらがま)えになったからな、少々驚いただけのこと。
その様子なら、もう心配はいるまい……
活躍に期待する!リョウ・ナラ隊員』
ヤンが右手で敬礼。慌ててリョウも敬礼を返す。
『……共に生きて帰ろう!』
「はい」
『……ではな』
そう言い残し、ヤンの顔は画面から消えた。
ゆっくりと下げられるリョウの手。間もなく、その口から、
「これが……『メサイアの悪霊』か」
との言葉が漏れ出た。
時計の針をいくらか進めて……
戦艦のブリッジ(操縦を行う場所)を覗いてみよう。
メカニカルで、卵形の背もたれをした白いイスが10余り並ぶ部屋で、
しかし、肝心の室内は薄暗く、中には1人、パーディがいるだけ。
中央にある席を除いて、イスの正面にはテーブルがあり、
それは麻雀卓のようなものや、PCと一体化したものなど様々だが、
彼女が座っていたのは、壁に埋め込まれたタイプのものだった。
「気を付けてくださいね?先輩」
パーディが画面に向けて話しかける。
画面に映っているのはハサンだ。
銀を基調に、アクセントとして赤、更に一部に黒いラインが入った、
そんな宇宙服を着込んで、コクピットに座っている。
『ああ、任せてくれ』
そう答えてすぐ、
画面が切り替わり、1機のモビルスーツが表示される。
機体名は《ZGMF-X56SR Im/A-P(アイマップ)》。
背中に4つの小さな翼と、アームがついており、
アームに掴まれた形で、2丁の大きなライフルが置かれているが、
その銃口は両方ともに正面へ向いて、肩に乗っている。
「……《インパルス》、発進どうぞ!」
パーディの声を聞いて、
ハサンはヘルメットの右耳を触った。何かのボタンのようだ。
間もなく、ヘルメットのバイザー・シールドが降りる。
『ハサン・エルトゥールル。《2号機》、出る!』
灰色のボディをしたこの《Im/A-P》は、
背中に細いケーブルをつけられた状態で、
肩を掴むアームと足の下の縁、レールの上に固定されていた。
発進どうぞの掛け声と共に、
機体はレールの上を勢いよく押し出され、
レールが途切れるのに前後して、色がつき、
赤みを帯びたオレンジ色の装甲と、薄い青緑色のボディを得た。
やがてケーブルは取れ、体は空中へ放り出された。
その直前に、H型を描く背中のスラスターに青い火が付き、
勢いそのままに、機体は空へと飛んで行った。
そうしてほんの数秒で、フレームアウトしたのだった。