機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
間もなく、背筋を指でスッとなぞられたような、奇妙な感覚がした。
後に聞くところによれば、それだけでなく、
サブリミナル的に、視界が青白くなる一瞬があったという。
『……何だ?今の』
シージーが漏らす声。なおも動きは止まったまま。
その間に、当のダーティは例の煙をモクモクと吐き出している。
事態の異常性を理解するまで、一番早いサムでも2秒かかった。
「ジョーン!シージー!撃て!撃たなきゃ、殺される!」
らしくない程に張り上げられた声と共に、
カオスのポッドとビームライフルがダーティに向け発砲された。
しかし、
『サムこそ……前見ろ!前!』
シージーが指摘してきたときには、もう遅かった。
サムが仲間を鼓舞するべく、一瞬、ほんの一瞬、
目を逸らした隙に、カオスとガイアの前に、
ダーティの、あのビームの爪が姿を現したのである。
煙に紛れ、腕だけしか見えない状況で。
『……避けろ!2人とも!』
シージーは叫ぶが、
『うるさいなぁ』
というダーティのパイロットの声が聞こえて、
恐怖から声が出なくなってしまう。
何せ、あのどこから聞こえているか分からない声に、
時が止まったみたいに長く感ぜられる一秒に、
サングラスをはめたみたいに、濃さの違う一色として見える世界。
動きが止まったシージーのジズを、
煙の上から飛び出したダーティの本体下半身が攻撃して……
同僚たちの慌てふためく横にあって、
彼女──ジョーン・ウェールズだけは冷静だった。
それはもう、自分でも驚く程に。
彼女だって怖かった。あの不可解な現象に出会して。
怖いハズがない。けれど、ただ怯えていたのではなくて。
下で戦うアレハンドロ・フンボルトの言葉を思い出していた。
「……『出来損ない』」
いつの間にかそう口にしていた。
その一言は、サムの耳にも聞こえていた。
『……ジョーン?』
「サム……フォローお願いね。私……」
頭は冷静。だが、恐怖を感じないハズはない。
震える両手を添えたレバーを、
体重を乗せるように身体ごと前に倒した。
「……姉さんみたいには、出来ないけど」
『おい……』
サムの口が動いたときには、もうガイアの体は前に出ていた。
攻撃を仕掛けるというよりは、守るように、庇うように。
両手にシールドを貼りつつ、前傾姿勢となる。
恐らくだが、ダーティの視界からカオスの姿は消えていたことだろう。
すぐに、空でビームの放たれる音がした。
その音にサムやジョーンの顔が空に向いた。
それがシージーのジズに向けて放たれた攻撃であったと、
確認したのも束の間に、
シールドの隙間を蛇のように進むダーティの爪。
カオスからでは死角になって確認ができない。
『……ジョーン?』
呼びかけるサムの声に正面を向き直ったときにはもう、
爪は目の前に。
『返事をしろ!ジョーン!どうなった?』
サムの声が鳴り響く中、ジョーンは……やはり冷静だった。
位置関係から直感的に気付いたのであろう、変形すれば助かると。
それも全身ではない。
上半身が折れ曲がる。と共に、
背中にあったモビルアーマー形態用の頭が降りてくる。
犬のようなか細い頭部が。
頭部が降りるまで1秒程度。もう爪の先端は目の上辺りに触れていた。
そこから更に、額の先にビームの刃が形成されるまで、
もう1秒はかかる。
流石に、そこまでの時間はなかった。
ダーティの爪が深々と顔を抉ると同時に、
本来の3分の1も突き出ちゃいないビームの角が手に刺さり、
次の1秒を迎えたときには、
ほんの一瞬にも満たない時間だけ手を貫いて角の全容を顕とした後で、
どちらからとも知れぬ爆発が起きた。
何が起こったかも分からぬまま、
爆発の衝撃でカオスまでもが押し返される。
『……ジョーン?どうした?状況報告を!』
などと口走るサムだったが、その口は間もなく塞がれることなる。
何せ、そこに煙へ消えていくダーティの手と、
顔を無くし、爆風に押されながらも、
なお毅然とカオスの上で踏ん張っているガイアの姿を見るのだから。
『よく……動けたな?ジョーン。
あんな、よく分からないことがあった中で……』
そう言われて、
ジョーンは始めて自分の行いの意味を理解したのだろう。
深い息を吐きながら、シートの方に倒れてしまった。
これにはサムも驚いたが、生憎驚き立ち止まる余裕はない。
背後からザクが襲ってきている。
そのマシンガンの掃射を避けながら、
『……大丈夫か?』
などと尋ねるサムを他所に、
「アレハンドロが……ね」
とジョーンは静かに語り出す。
右へ左へ揺れる状況でも特に反応なく。
「言ってたんだ……ハサン先輩やワイリー先輩のこと、
何で自分みたいな『出来損ない』じゃなくて、
2人があんな目に合わなきゃならなかったのかって……」
『……アレハンドロが、か?』
首を縦に振るジョーン。
「あんな、いつもはテキトーなヤツなのに……一緒だった。私と……」