機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
彼が上空の、それも比較的コロニーの外壁近くにいたのが幸いした。
他に感謝すべきは、大出力のエネルギー砲ゆえの遅さと、
このフリーダムもどき──ヴェスティージの速さであろう。
『うるさいなぁ』
そんな言葉をダーティのパイロットが発したときにはもう、
ヴェスティージは外壁の隙間を抜き、既にコロニーの中にいた。
だから煙の奥で何かが光った時点で、警告をすることができた。
「シールドを出せ!死にたいのか!」
ただ、恐怖に震えきったシージーの体は動けないでいたから、
そう呼びかけたところで効果はなかったが。
とはいえ、呼び掛けながらも、俺は動いていた。シージーの方へ。
そしてギリギリ間に合った。
ヴェスティージのビームシールドはダーティの砲を受け止め、
シージーのジズはおろか、
ヴェスティージ自体にさえ一切の傷を残さなかったのだから。
『大丈夫ですか?……シージーさん』
ヴァイデフェルトの声が聞こえる。
彼女のジズは2秒後にシージーの側まで辿り着いた。
『あっ、あぁ……』
などとシージーの返事はぎこちなかったが、それでも、
「今度は……守れたな」
目前ではゆっくりと煙が晴れ始め、ダーティの全身が顕になる。
まず見えたのは足。上を向いていた両足だ。
次に下半身。向きから下の方から先に出るのだが、
ビームを吐き出した口に、
垂れて見える目がどうにも笑っているように見えて、気味が悪い。
次いで腰と、胸と、背中のX字の骨みたいなバックパック、
そして頭蓋骨が半分剥き出しになったような奇怪な頭部。
空中に逆立ちした体勢にあり、
ダーティの回転する左目が正面で動きを止める。
丁度、こちらを見る形で。
『……ヒヒッ』
そんな笑い声が聞こえた。
見たこともない女の笑う顔が見えた気がした。
ボロボロになった上下の歯が完全には噛み合わないまま、
隙間より唾の泡が漏れる。そんな表情が。
上下の歯が合う。それは何も笑うときだけなるのではなく……
事実、酒場の隅で強く噛み締める彼の表情は、苦しげであった。
「ノエル……さん?」
リョウはノエルを見ていた。
しかし、当のノエルはグラスを両手で抱き締め、
酒の水面に映る自身の顔をじっと見つめていたのである。
余談だが、グラスに入った酒の色が先程と違う。
先程の酒──ハイ・ライフは黄色は黄色でも白っぽく濁っていたが、
今度のは同じで黄色ながらより透明に近い。
名前はアラスカ。
シャルトリューズ・ジョーヌとジンを1:2の比率でステアした、
アルコール度数の高いカクテルである。
「ヤツは……ホルローギンは言った。ここを発つ前に。
自分(ホルローギン)には……『才能も、根性もない』ってな」
少し揺らせば、水面には波紋が広がり、
そこに映るノエル・ド・ケグの顔が歪み始める。
やがて広がる波紋の動きが止まり、ノエルの顔が元に戻る一瞬、
本来は片側にしかない前髪が何故だか両側ともにあるように、
『ある人物』に瓜二つの容姿として映った。
リョウはその様を見て、
「ノエルさんって……似てますよね?あの……」
と何かを言いかけるのだが、ノエルは最後まで言わせなかった。
急に自身の方へ向き直ったノエルに、
リョウは口を閉じてしまい、話を再開できなくなった。
「どいつも、こいつも……俺に言わせれば焦り過ぎなんだよ。
プラントはこと総兵力だけなら、7年前の数倍はある。
真っ向から国家転覆を行うには無理がある。
少し考えれば分かるだろうに……何故そう結論を急ぐ?」
そう語るノエルの顔は、気持ち顔は下に向き、
眉間にはシワが寄り、サングラスの奥の目も細くなっている。
睨んでいた、リョウの顔を。
「ぼっ……僕に言われても……」
目を逸らすリョウ。
「……オマエの上司の話だろうが」
リョウが視線を上げてノエルを確認すると、
もうノエルは正面を向いて、また酒に手をかけていた。
そこから4、5秒あまりリョウが黙っていれば、
「知らないのか?オマエの上司……ヤン・クールカの前歴を」
ノエルはそう呟いて、グラスを口へと運んだ。
「すみません……どういう意味ですか?」
グラスがゆっくりとテーブルへと戻される。
「オマエは、オーブの人間だったな?」
リョウが静かに頭を下げる。
「……少しは疑わなかったのか?
何故、プラントのテロリスト集団にオマエら余所者が呼ばれた?
このプラントのどこに世直しの必要性がある?
オートクレールのヤツが語った『尊厳』の意味は?
俺たちは……何をしようとしているのか?」
リョウは返す言葉を持たなかった。ただ黙って俯いている。
「教えてやるよ。これが……俺たちの戦争だ」