機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
ヤン・クールカとて、ホルローギン・バータルとて、
脱走兵の中では特段に上位の実力者という訳ではない」
ノエルは語る。
「え?」
とリョウが驚く中、
「……アメリカン・レモネードです」
ストローのついたビアタンブラーがノエルの前に突き出された。
中身は、上半分が赤く、下半分が白いカクテルだった。
出された拍子に中の氷同士がぶつかり合う音が聞こえて、
ノエルがマスターに軽く会釈を返す。
その横で先程までアラスカの入っていた空のカクテルグラスが、
マスターによって下げられる。
「クールカ隊長は強いです……勿論、バータルさんだって……」
「別に弱いとは言っていない」
ストローに口をつけるノエル。
7、8秒程度、静かに啜(すす)るノエルを、
リョウは黙って待っていた。不服そうに口を結びながら。
「そりゃ、『メサイアの悪霊』だとか、『氷原の狼』だとか、
ネームバリューでは及ぶ者は少なかろう。
しかし、知名度を別とするなら、腕の立つパイロットは多くいる。
ざっと挙げてやろうか?
ロコ・オツォ、アンドレイ・ココフ、シーザー・ルチアーノ、
フェルディナンド・ドナウアー、パヴァロッティ・ギボン、
トゥーッカ・マンニッコ、ザガリー・ジャッカス……」
「……知らない人も、多いんですけど」
「知名度は別と言ったろうが?
……この辺りは、オマエの上司2人やカーン・カーァと対等、
うち何人か……ロコ・オツォなどはそれ以上かもしれない。
まぁ……味方で強さを比べるも、不毛だがな」
そこまで言うと、ノエルの口はストローへと移る。
「言い出したの……ノエルさんじゃないですか」
リョウが不満げにボソリ。
「それに……戦いは数だ。物量には勝てない。
だから、オマエや……あの化け物を連れ出す必要があった」
「……『化け物』、ですか」
流石に聞き返さない。リョウにも思い当たる人物がいるのだろう。
「骨が折れたよ……ヤツのスカウトには、な」
ノエルは立ち止まった。ある店の手前、ハシバミの木の横で。
店の名前は『トライアングル』。喫茶店らしい。
ノエルはゆっくりと店内を進み、奥のテーブルに近付いていく。
そのうちに短くカールした女の黒髪が仕切り越しに見え、
そこから更に近付いていくと、その髪の持ち主の背中が見えた。
「本日は、仕事の依頼に参りました……ミズ・イスラフィール」
一礼し、そう声をかけるが、相手は背中を向けたまま動かない。
直後、相手の左手が見えて、中指にはめられた銀の指輪が目につく。
間もなく、左手の内からライターが顔を出し、
それが顔へと近付けられる。見えた口許。そこから出たタバコ。
点火され、赤く染まり、やがて灰色に変わる。
そうした行程を経て、ようやく、
彼女──グレース・イスラフィールは振り返った。
しかし、それでも彼女は何も言わなかった。
ただ、数秒の沈黙を経て、少し微笑んでみせたかと思うと、
ゆっくりと口に溜めた煙を吐き出した。
2、3m先にいたノエルに向けて。視界を防がれた数瞬。
男は突如後ろから誰かに組みつかれ、
喉元にナイフを突き付けられた。アゴを上げるノエル。
男がその目線を少しずつ後方へと移していけば、
まず相手の顔を覆う布切れが見えた。
茶色っぽいチェック柄のスカーフだった。
続いてその奥に、相手の顔を見た。笑っていた。ボロボロの歯で。
こちらを見ていた。血走った銀色の瞳で。
肌は、腐って変色したかのように黒く、
ナイフを握る指は、針金のように細い。
不気味などという次元ではない。
人間ではないとさえ、思える程であった。
「やめな……ビフロンス。その人はお客様だ」
イスラフィールの一言に、押し当てられたナイフは引かれ、
ビフロンスと呼ばれたソイツも引き下がった。
そそくさとその場を去っていったビフロンス。
次いでイスラフィールは頭上を見上げ、
再び濃い息を吐いたかと思うと、
「まあ、聞こうじゃないかい……依頼内容を」
そう、人を食ったように笑いかける。
「……ありがとうございます」
頭を下げるノエルだったが、目は前を向いている。
それもイスラフィールにではなく、その奥に。
実を言えば、ノエルは『彼女』を見つけてからというもの、
ずっとそちらから目が離せなくなっていた。
真っ白な、しかし光の加減だろうか、心なしか青みがかって見える、
美しき長髪を垂らして、
イスラフィールの向かいに腰をかけた女性。
いや、少女と呼ぶべきか?そんな幼さを残している。
顔は口許だけが見えていたが、
ノエルが頭を下げた辺りでイスラフィールに、
「お客様だ……アンタもご挨拶しな?ベレト」
と呼び掛けられて、『彼女』はペコッと頭を下げた。
やがてノエルがゆっくりと頭を上げたとき、『彼女』の目が見えた。
幾何学的な模様が見えてくるようなうっすらと青い瞳。
目尻から目頭まで、ごく細い緋色の線で縁取られているよう見える。
そんな不思議な少女だった……
その辺りまで話す頃には、カクテルはもうグラスの半分以下になり、
消しゴムぐらいの大きさはあったグラスの氷も、
もうエンドウ豆ぐらいに小さくなっていた。
「強化人間という言葉……知っているか?」
「……いえ」
「そうか」
ノエルは一々ストローで飲むのが面倒になったのか、
ストローを荒っぽく抜き取ってしまった。
その癖、貧乏たらしくストローの端を噛むのである。
白に紫のラインが入ったこのストローは、
グラスから引き抜いた時点では末端が黒ずんでいたのだが、
1秒後、ノエルの口から離れたストローにはもうそれがなく、
代わりにノエルの歯形がついていた。
「強化人間といってな……
身体能力で劣るナチュラルがコーディネイターに対抗する為に、
薬物の投与などでその向上を図った……早い話がドーピングだな。
当然、体への負担なんかは考慮に入れられてはいなかったらしい」
「……ひどい、話ですね」
リョウの口角が下がる。
「強化人間に人権など、ないに等しい……
パーソナルデータを消去され……名前も施設の人間がつけたそうだ。
当然、戦争が終われば、処分されるハズだったんだろうが……
皆が皆、処分された訳じゃない。今も何『体』かは使われている」
ノエルの何『体』という表現に、リョウの表情が曇る。
「ヤツ……ジェイナス・ビフロンスも、その1『体』だ」