機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS 作:申業
『良い子だから。言うことを聞いてくれ』
などと苦笑がちに話すもので、
状況が飲み込めず、俺の手もつい止まってしまった。
しかし、直後、
『ガハッ』
という声がした。音といった方がよいか。
何かを吐き出す音。それも、嘔吐(おうと)するのとは違う。
吐血だろうと、自然と理解が及んだ。
『自分の体ぐらい……好きにさせてくれ』
かける言葉が見当たらない。手が、体が動いてくれない。
何を迷っているんだ。何を躊躇(ためら)っているのだ。
頭では分かっている。
目の前にいるのは敵なのであって、倒せばならないのであって、
まかり間違えど、同情すべき相手ではない。
それが、どうしてだろうか。指の一本すら動いてくれない。
ヤツは言った。
鉄の壁を一枚隔てただけで、人間はこれほど残酷になれると。
ただ、俺は思った。鉄の壁を隔てたから、残酷になるのではないと。
モビルスーツに乗り、敵と向き合うときに、
俺たちは相手の姿を想像できない。見えちゃいない。
だから武器を向けられる。引き金を引くことに迷いがない。
それが今はどうだ?
見えてしまった。血が流れ出る口元を押さえ、
必死に自分を鼓舞する男の姿が。
そして考えてしまった。
目の前にいるのは、同情すべき一人の病人なのではないかと。
その迷いが、刃を鈍(にぶ)らせる。腕を止めさせる。
それでも、
「アンタは敵で、俺は兵士で……」
言い聞かせるように、諦めるように。
進まぬ手を必死に前に出した。進まぬ足を必死に進ませた。
「仕方ないだろ?……全て。全てが」
必死に……クトゥルフの砲口をアダガに向ける。
だが、一発のビームが飛んでこようと、アダガも避けるだけで。
『また会おうとは……言えんか』
上から降り注ぐロイヤル・イタリアン大隊の砲撃を避けつつ、
アダガは暗い空へと消えていった。
ただ、ひとつ、付け加えておかねばなるまい、
最後に引き金を引いたのは、結局、俺じゃなかった。
後ろで控えていたヴァイデフェルトだった。
戦艦『フレイヤ』。
戦いを終えた兵士を迎え入れた、そのモビルスーツデッキに今、
1機のモビルスーツが羽を下ろした。
開いた右の掌を地面に添え、膝を少し曲げた姿勢で。
勿体振ったが、要するに俺のヴェスティージだ。
地面に足がついたところで、コクピットを開け、飛び出た。
そこは無重力空間、空中でふと立ち止まり、
ヴェスティージの姿に想うところがあったが、
「いやぁ……すっかりボロボロですねぇ」
などと、下にいたアレハンドロに代弁されてしまった。
言っていること自体は間違いないではない。だが、
俺はひとまず下まで降りると、半笑い気味のアレハンドロの額に、
グーを一発。
「……あ痛ェ」
なんて間抜けた声を出すアレハンドロ。
このときは、流石にちょっと可哀想だと思ったが、
このあと、ヴェスティージと同じくらいにはボロボロになった、
アビスを発見。もう一発打(ぶ)っておいた。
「2発は酷いっしょ?今時、親でもやりませんよ?」
なんて漏らすアレハンドロを、
「うるせぇ」
と一蹴し、辺りを見渡せば、
その場に50名ばかりいる『フレイヤ』のクルーが、
えらく騒然としているのである。
「……近くで見ると、スゲェ見た目だな」
「なんか、バランス悪いっつーか」
「正直、キモい」
そんな声が聞こえてくる。
彼らの視線の先には、
ヴァイデフェルトが乗っていたジズにより大事そうに抱えられた、
ダーティの首があった。
しばらくしてのこと。突然、周囲の話し声が止んだ。
これだけの人数、多少静かになったとて、
喋り声のひとつ、聞こえてきていいハズだが、どうしたろうか?
誰も口を開こうとしない。
数人の表情から、その場に広がる緊張が見えるようだった。
やがて、傷付いたハッチが外から開けられて、内部が露になる。
群衆の隙間から見れば、ハッチの前に立っているのは、
ジョーンではないか。
開かれた瞬間、ジョーンは鼻を摘まんだ。
「……うわぁ」
と声を漏らした者もいた。
当のコクピットでは、
パイロットがぐったりとシートに凭(もた)れており、
その足は折り畳まれ、胡座(あぐら)をかくように、
その場にへたりこんでいた。
尿か、または別の何かだろうか、
コクピット内から濁った液体の球が出て、
フラフラと空中を漂っている。
球体の進路に合わせ、人波に隙間が空く。
「……何これ?」
振り返り問うジョーンが垣間見えた。
ただ、彼女が話しているであろう相手は見えない。
そんな中……
……先に断っておくが、
この先の記憶はあまり鮮明ではない。