機動戦士ガンダムSEED C.E.81 LEFTOVERS   作:申業

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FINAL-PHASE 希望と絶望と(7/7)

酒ってのは、まあ大したものだ。

仏教に深く帰依し、生涯その戒律に従って妻を聚(めと)らなかった、

かの戦国大名・上杉謙信ですら、

殺人と共に禁じることができなかったのが、酒だったという。

辞世の句にも残ってるくらいだ。

『四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒』と。

謙信にとって、その49年の生涯は、

一眠りの夢のようであり、その輝かしい栄光の日々もまた、

所詮は一杯の酒のように儚(はかな)いものであったというが。

……気持ちは分からなくはない。

あの夜まで、ワイリーが酒浸りの毎日を送ったことも。

ただ、仮にも俺は指揮官クラス。それに昨日の今日で、

何時敵が襲ってくるかも、また逆に出動命令が下るかも分からない。

だから、あくまでも気分だけ。

自室についた小さな冷蔵庫に、

ノンアルコールのビールを4、5本買い置きしていた。

つまみって言ったって、適当に柿ピーとか、焼き鳥とか、

コンビニで買える程度のものをいくつか。

これでもアーモリー・ワンて、そこそこデカい街の警備任された、

二番目に偉い軍人さんなんだがな。

結局のところ、中間管理職ってヤツでさ、

テメェの出世のことしか頭にない上官と、

そんな上官を適当に扱いつつ器用に立ち回る同僚、

部下には違いねぇが先輩だってんで叱りづらいヤツもいるし、

誰に吹き込まれたのか俺に必要以上の期待をしてくる若手たち。

どいつもこいつも忘れてやがるんだ。俺がただの人間だってよ……

右手に500mlの缶を、左手に柿ピーの袋を。

ギュッと握って柿ピーを砕いちまってから、

小さな破片だらけの袋を、一気に口に押し当てる。

顔は上を向けながら。

口から溢(あぶ)れた欠片がポロポロと足下に飛び散ろうと、

今日だけは気にしない。

どうせ足下にゃ、空になった缶々が3つばかり転がってる。

いいんだよ。明日、俺が片付ければ済む話。

袋もその辺に投げ捨てた。

ビールを口に運ぶ。

味はいいのだが、何かが足りない。そんな気分になる。

「……ハァ」

ひとまず缶を手前のテーブルに置いた。

そして、左手を背中側に伸ばし、見もせずに本棚に触れた。

あの本は……と探していれば、感触で分かる。 

一回り大きい本だからな。

引き抜いて見れば、意外に重くて、逆手に握った腕が多少痛んだ。

「……うんしょ」

なんて爺臭い声を出しながら、半ば叩きつける形で、

テーブルに置いた。

ウマル・ハイヤーム著『ルバイヤート』。

酒の片手間には、これがなくては困る。例えば、こんな一節。

 

同心の友はみな別れて去った、

死の枕べにつぎつぎ倒れていった。

命の宴うたげに酒盛りをしていたが、

ひと足さきに酔魔のとりことなった。

 

……ページ数だって、大体は覚えてる。大体だが。

ハイヤームの詩は面白い。

イスラーム帝国の時代に、ある種、仏教の無常感にも似た、

強烈なニヒリズム。しかし、悲観する訳ではないのがいい。

ムスリムは酒を飲んではいけないもの。

だから、ハイヤームは隠れて飲み、隠れて賛美した。

現にこの詩集が世に出たのは、彼の死後のことだったのだから。

いくらかは他人がハイヤームの名を借りて詠んだ詩だって話だが、

今となっては、しかも訳本で読んでいる身としては、

区別がつかねぇ。だから、気にしない。

酒はいいもんだ。そりゃ、欲望に負けたヤツも大勢いただろう。

……人間、何かにすがらなきゃ生きていけないらしい。

仏教だったり、イスラーム、キリスト……まぁ、色々あるよな。

宗教だけじゃない。

カネだったり、人とか地位とか、それこそ酒だったりもする。

でも、いつか立ち止まる。あの『信仰と孤独』のシスターみたいに。

宗教でも、他のものでも、完璧じゃないから。

地動説や進化論が暴いたキリスト教の矛盾。

本当は人を幸せにするハズの宗教が元で、何でか人を傷つけたりする。

盲目的に信じられるヤツは、幸せかもしれねぇ。

ただ、皆がみんなそうとは言えないだろ?

疑って、迷って……そのうちに何も信じられなくなったりして。

孤独な権力者、大金を持っているからこそ使い渋る金持ち、

人間関係の縺(もつ)れ、不信……

なぁ?ジョーン。

オマエにとって、俺はすがれるぐらいに強い存在だったのか?

今となっちゃ、もう分かりっこないんだが。

ジョーン以外の連中は?

ワイリーは酒に逃げていた。ハビエルは分からねぇ。

サムはアメリカン・インディアンの何とか族の末裔(まつえい)で、

民族の伝統宗教を信じているらしい。プラントには珍しく。

アレハンドロ辺りは、テメェ自身が頼みってとこだろう。

ダイは……アイツも分かんねぇんな。

仲はいいが、本心を語らない男だから。

死んじまったハサンやマイクとは、

けして仲は悪かないが、そんなに話さなかったし……

うちの隊長も、ああしてラクス・クラインのことは慕っている訳で。

案外……俺が一番、不信心かもな。

脱走兵連中にシンパシー感じてたアレハンドロやダイ。

結局、ヴィーノはあの後、どうなったんだ?脱走兵に行ったのか?

ルカーニアや、スコルツェニーや……他のORDER。

クールカ、ホルローギン、カーン……

分からねぇことが多すぎる。俺には。

本当は、まだ何も始まっちゃいねぇのかも知れない。

 

自分が来て宇宙になんの益があったか?

また行けばとて格別変化があったか?

いったい何のためにこうして来り去るのか、

この耳に説きあかしてくれた人があったか?

 

ハイヤームにもいなかった。俺にも見当たらない。

ただ分かるのは、自分が慣れていってることと、その異常さだけ。

ジョーンが殺されたとき、俺はやっと思い出したんだ。

人間を殺している。殺されてるってことを。

クールカも言っていたが、確実に俺たちは麻痺している。

顔が見えないから?それとも、数が多いから?

ジョーンは戦場で死にたくないって震えてたが。

死に怯える感覚がなくなっている。

殺している自覚がなくなっている。

何時ぶりだ?目の前で本当に死っていうものを見たのは。

最初は多分、あのオーブでの日で、両親と妹が……




部屋用のインターホンが鳴る。
ガサガサっていう、ノイズが聞こえたかと思うと、
『……私です』
というヴァイデフェルトの声。
『少し、よろしいですか?』
「あぁ……鍵は開いてるよ」
自動ドアが開き、閉じるシュッて音。ヴァイデフェルトの小さな足音。
ゆっくりと顔を上げると、
やっぱりそこに立っているのは妹のマユなんだ。
名前だけじゃなくて、見た目までよく似ている。
可笑しいよな?死んだとこを見てるだぜ、俺はしっかり。
でも、まあ、10年前で、
そりゃ記憶も薄れているところはあるだろうが、
だとしても……つくづく、人間ってヤツは、どうしてこうも。
「……戻ってたのか」
「はい」
「どうしたんだ?その花は」
胸に握られた青い薔薇の花がひとつ、床に音も経てずに落ちた。
「いや、その……何か特別な日とかじゃないんで、
ヘンなのはわかってるんですけど……」
マユはうつ向いていた。いや、マユじゃないな。
妹はこんなタイプじゃない。
テメェのケータイ落としたのだって、大騒ぎする妹だった。
間違えても、花なんか持ってくることはなかったろう。
「……感謝の気持ちみたいな!」
腕を前に突き出し、俺の手に花束を乗せた。
照れ臭そうに顔を反らしながら。
「……わりぃな」
両手で優しく、花を受け取った。
「キレイな花じゃねぇか」
「青い薔薇って……自然界には存在しないんです。本当は。
だから、昔は花言葉も『不可能』だったそうです。
でも、遺伝子組み替え技術のお陰で、遂につくることが出来た。
だから、花言葉は『夢は叶う』になったんです」
「……夢か」
「副長の夢が……叶うように、って……」
俺の夢…………何だろうな。思いつきゃしねぇ。
今の日々がこれから先も続くように、とかか?
いや、そいつは夢っていうよりは、祈りってヤツだな。
もし、俺にそんなものがあるとしたら……
「……いい話だな」
そう笑って誤魔化す他に、返す言葉が思い付かなかった。
そんな4月7日、時刻は19時7分9秒を迎えた。

(完)

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