気の向くままに、短編集。 作:天道詩音
今日も笛を吹く。
使い方の分からないガラクタばかりを売る店で買った笛を。
人里の外れに住んでいるから、こんな夜更けにでも笛が吹ける。
月を観ながら笛を吹く。
雲で少し滲んだ月を観ながら、気の向くままに音を鳴らす。
一人で暮らすには広いこの家で。
笛の吹き方は友人に教わった。仕事はさぼり、冗談ばかり言う友人でも、教えるときは真剣で、別人の様な姿に思わず笑ってしまった事を思い出した。
妖怪は人より永く生きるから、短命な人間が忘れた事も覚えている。幻想郷で日々を生きることに精一杯な人間は、楽器を鳴らす方法も忘れており、そう言った文化を後世に残すのは妖怪の役割だと、珍しく真面目に言っていた。
笛の吹き方も分からぬままに、外れた音を毎晩響かせていた私を見かねて、教えてくれたのだろう。
この頃毎晩訪れる友人は、家に来ては私がかつて鬼に貰ったなぜか尽きぬ酒を飲み、酔っては上機嫌でくだらぬ話で笑っており、それも飽きれば、私の布団に勝手に包まり、日が真上に来る頃にやっと目覚めて、風のように飛び出しては慌てて妖怪の山に帰っていく。
そんな友人でも、教えることは上手かった。
剣の師が日が傾いても起きない友人を迎えに来るあの白狼天狗だと伝えれば、何故かやる気を出して教え始め、言われるがままに何年も吹いていれば、こんな村はずれにでも村人が訪れる音色になった。
今日も笛を吹く。
友人に認められた笛の音は、いつしか稗田家の当主にも噂が届いたようで、昼には剣を振る私の元へやってきた。
「こんにちは。あなたの笛の音が美しいと聞きまして、私にもぜひ聴かせてくれませんか?」
白椿の髪飾りを刺し、綺麗に切り揃えた紫髪が美しく、人里を賭して護るべきと思わせる程の美しい少女が訪れた。
「阿礼様に聞かせる程でも無いとは思いますが、聞きたいのであれば吹きますよ」
「鴉天狗から教わったと聞いています。妖怪の事を知るために聴かせて欲しいのですが…それを抜きにしても興味がありました」
阿礼様はこの人里で長をしており、人里から妖怪の事など様々な記録の編纂を行っている方で、里の全てを掛けてでも護らなければと思わせる美貌と魅力に溢れている。
「では一曲演奏させていただきます」
目をつむり、音を奏でる笛に意識を集中させる。
友人から最初に教わった曲を演奏しよう。
人間と妖怪の恋物語ーー生きる時間の違う人と妖が残した曲は悲しい曲調になってはいるけども、
それでも楽しかった思い出は確かにあったようで、笛の音が唄うのはただ悲しいだけの曲ではなくて、
聴く者には幸せだった人と妖の時間が目に浮かぶような、優しくも儚い曲となっていた。
黒羽の天狗から教わった笛の音は、阿礼様へ伝えられた事から後世へ遺せるだろう。
かつて失われてしまった文化の継承へ私が一助になれたのであれば、友人への感謝の気持ちも遺せる物となったであろう。
演奏した曲のように人と妖の時間は違い、
人は妖怪よりも先に死ぬこととなるだろう。
だが、曲として思い出を…生きた証を残せるのであれば、人にはそれで十分なのだろう。
私もいつか友人に曲を残したい。
私が生きていた事を覚えていて欲しい。
笛の音が遺すのは自身が生きた証と、友人と居た思い出。
曲を作った人間も同じ気持ちだったのだろうか?
他の誰かには伝わらなくとも、共に生きた妖には伝わるのだろう。
そんな曲を遺していく為にも……今日も私は笛を吹く。
先ほど400文字ほど追記して完結。
数か月前に書き始めた時は、太宰治先生の葉桜と魔笛を読んで純文学っぽいのを書きたいと思っていました。
人と妖怪の生きる時間の違いとそれでも人の生きた証を遺すのだと、人が笛を吹く話を書きたかったです。
最初のイメージと違うものとなりましたがこれで完結します。
ありがとうございました。