「やあ指揮官、あの時以来だね」
「……ペルシカさんです……よね?」
「ん? まあ何で此処に居るんだ とか16LABから連絡なんて無かった と言いたいのだろうけど本物だよ?」
本日の勤務も終わり、後は私室に帰ってのんびりしようか……そう思い、執務室のドアを開けた所にその人はいた。 いや、何で執務室の前で待っているんですか とか今何時だと思ってるんですか とかツッコミの言葉は幾つか浮かんできたが、ボサボサの髪によれた白衣を着込む彼女を前にしたらとりあえず置いておこうと思った。
I.O.P.の16LAB主任技術者殿が、前連絡も護衛も無しにこんな時間に突如現れるのだ。 何かしら重大な事件が発生したのかもしれない。
とりあえずは執務室に招き入れ、応接用の椅子へ迎え入れる。 その間彼女は物珍しそうに執務室を眺めていたが……備え付きの給湯室から前にVectorへ出したココアを入れて渡し、しばらく待っても話を始めないのでこちらから要件を訪ねる。
「えっと……ではペルシカさん、何か御用でしょうか?」
「うん、これは指揮官にしか頼めない事でね。 重大な事なんだ」
重大な事……と人差し指を突き立てながら彼女が真剣な表情を見せる。
思わずゴクリ と唾を飲み込むが、彼女には日頃から世話になって居る。 協力は惜しまないつもりだ。
「その重大な事とは……?」
「……例えばの話で聞いてくれ。 機械にはどの位の負荷まで耐えられるかという数値が決まって居てね、その数値の負荷を掛けてちゃんと機能するかを検査する耐久試験という工程があるんだ。 完成品のチェック、または試作品検査に該当するかな」
「は、はぁ……」
何故そんな話を? という疑問から生返事を返してしまう。 それにペルシカさんは頷きながら分かっているよとでも言いたげに続ける。
「うんうん、工学系の人間でも無ければよくは分からないだろうね。 まぁ製品が許容範囲内のストレス値に対し、有効にその機能を喪失せず稼働し続けられるか というテスト、または許容範囲外の数値に晒された場合にどのような事が起こるかの確認だ」
「えっと……何となく理解は出来ました」
私の言葉に、彼女は何となくでもいいさ と軽く返事を返す。 しかしそんな説明が必要で私ができる重大な事……とはなんなのだろうか?
「それで、私に何をさせたいのですか?」
「直結に言おう、AR小隊の敵になって欲しい」
「……それは無理です」
「んじゃ404小隊でも良いよ?」
「そういう問題ではありません……はぁ、あのですね、彼女達の敵になって欲しいなんてどうしてそうなったのですか?」
淡々と何故そうなったのか、どうしてそう簡単に言ってくれるのかと怒鳴り声にならないように丁寧に問い質す。 表情筋がひくつくのを感じるが、まだ冷静な面を保てているだろう。
AR小隊がダメなら404小隊でも良いよ と言うのも何処か論点がズレている、そういう問題ではないんだ。
「最初に言った通り、負荷試験を行いたいだけだよ。 彼女達のメンタルモデルにストレスをかけ、それがどのような反応を示すのか実験を行いたい。
君の基地で彼女達を預かっているだろう?そして彼女達から並々ならぬ信頼を得ている事もデータから判別できる。 だからこそ君でなくてはいけないんだよ指揮官。 他の人間だとAR小隊は兎も角、恐らく404小隊は平然と射殺する、敵は排除するのが彼女達だ」
「それは……」
「違うと言えるかい? 絶対にそれは無いと」
「……」
彼女の瞳が真っ直ぐに私を捉える……私は返答出来なかった。 何故、指揮官権限のうちの一つに、対人射撃許可命令権があるのか……又、人形の思考プログラム内に対人攻撃を行う迄のプロセスが組まれているのか 等だ。
それに404小隊は特殊な人形の部隊、敵が誰であろうとそれを押し潰し、排除して任務達成を第一とする部隊のはずだ。 一々対人攻撃を躊躇って逆撃を貰っていたら彼女達は今ここに居ないだろう。
無言を肯定と受け取ったか、それともそれ自身にはそれ程関心が無いのか、ペルシカさんはんんっ、と咳払いをし私の意識を思考の中から呼び戻す。
「まぁ良いんだ、それはさして重要な事では無いし、今議論すべき事でも無い。 話が脱線したがこれは負荷試験、つまりストレスをメンタルモデルに与えた時、どの様な反応を示すかの試験をしたいと言う事だ」
「私が敵対する事で、彼女達の感情が揺さぶれる と?」
「うん、そりゃーそうでしょ。 あんだけ扱いが難しい404小隊に、他も悪いが更に相性が悪いAR小隊を同基地に居させるだけでなく、殺気を出さずに口喧嘩する程度までに抑えてる。 その上で好感度も高ければまず間違いなく良い実験が出来ると思うよ」
そう太鼓判を押して協力して欲しそうにこちらを見てくるペルシカさん。 ただどうしても敵対となると……
「……しかし、私に彼女達を敵として見ろ と言うのは難しいです」
「んー……ま、そう言うと思ったからさ」
パチンッ と指を鳴らすペルシカさん。 その音と共に背後からウェルロッドが入室してくる。
この時点で私は席を飛び跳ねる様に立ち上がり、逃げ出そうとするが、私より瞬発力の優れたウェルロッドに組み付かれ行動を封じられる。
「指揮官、申し訳ありませんが大人しくして下さい」
「大人しくしろと言われて素直にそうなれば楽だよね……っ!」
「すみませんが、軽口も御遠慮下さい」
背中に組み付かれた腕が軽く締め上げられる。 痛みは微々たるものだが本気になれば骨を折る事も可能であろう。
……何故、基地所属のウェルロッドが指揮官である私に対してここまでするのかは分からないが。
「まぁまぁウェルロッド、私が頼んだ事とはいえ怪我はさせないで頂戴。 真面目なのは良いんだけどね?」
「はい、ペルシカリアさん」
「うんうん、素直なのは良い事だ。 それが仕事以外のプライベートな時間でもそうだと良いんだけどね」
「…………」
「それはどういう……痛い痛い!!?」
関節部が悲鳴をあげ、ウェルロッドの体が強く押し付けられる。 情けなく声を上げるのも仕方がないだろう、腕の骨が折れたら執務する所か普段の生活すらままならない。
「指揮官、そういう所だぞ? もう少し彼女達の気持ちに目を向けなさいよ」
「何が……」
「ウェルロッドが何で私に協力してくれるかとかさ、シミュレーションでも良いから抱き締めて欲しいなん」
「ふっ!!」
一体何が何なのだ…… 疑問に対する答えを得ることなく、意識を刈り取られる。悪い事にはなりません様に……まぁ、ペルシカさんが関わった時点でそれは無理か……
「対象が気絶しました、致し方ありませんので抱えて持っていきますね」
「気絶したと言うか、させたと言うか……ま、私は彼のデータが貰えれば何でもいいんだけどさ」
うむ、たった一息で大きい怪我をさせることも無く指揮官を無力化出来るのは流石である。 最も電脳の方でエラー警告は出ているだろうから自分の権限を使って先程の攻撃は対象保護の為 という認証を通す。 顔を顰めていた彼女の表情が少し和らいだ事から効果はあるだろう。
「さって、早速LABまで運ぼうか?」
「了解、書き置きとかは宜しいのですか?」
「メールか何かで命令書を作れば良いさ、とりあえず他の誰かに見つかる前に急ご、面倒な事はゴメンだよ」
「了解です、では背を低くして此方に……」
警備をしている人形や、整備等で残業している場所を潜り抜けヘリポートへ潜り込み、待機していた研究所所属のヘリへ乗り込み離陸する。 夜間用の為か駆動音は思っているより静かで、基地から森林地帯を越え管理区へと戻ってくる。
ここまでスムーズに行けたのも、目の前のウェルロッドが協力してくれたお陰だろう。 少なくとも基地を警備している人形達の巡回ルートや、通信報告をリアルタイムで覗き見ながらヘリポートまで安全かつ素早く導いてくれたのだ。
そのウェルロッドだが向かいの席で指揮官を横たえ、その頭を膝に置いている……要するに膝枕をしている状態だ。 後頭部に一撃を入れ意識を奪った事を気にしているらしい……気にするくらいならやらなければ良かったのに。
「大丈夫だよ、指揮官はそのくらいでどうにかなる人じゃないさ」
「……いえ、簡易的に触診しましたが怪我等はしていません。 ただ私の方に問題がありまして」
「問題?」
「はい……こうしていなくても良い事は分かります。 しかしこうしていると、こう胸の辺りが温かくなります。 数値的には特に何もない筈なのですが……こうして居たい そう思ってしまうのです」
これは故障かバグでしょうか? そう不安げに問う彼女に私は自身の考えが正しかった事を確信する。 こうして人形達の感情プログラムへ自分の居場所を作り出し、必要とされると言う事は簡単な事ではない。
「それは君が答えを出さなければいけない事だ、ただ故障でもバグでもない事だけは保証してあげよう。 どういった答えが出てくるかは分からないけど……まあ、悩みなさい。 その方が君の為になるだろうさ」
「……はい」
「さって、そろそろ到着する。 運び出す準備をしておいてね」
「じゃあそこに寝かせておいて……そうそう、それで良いよ。 後は私がやるから」
カタカタとコンソールを操作し機械を立ち上げ、プログラムを実行していく。 歯医者の診察台に似た椅子に指揮官を寝かる様に指示を出し、頭部を覆う機械を取り付け……ウェルロッドの表情が僅かに怪しげな物を見る表情になるがキニシテハイケナイ。
パソコンを操作し体調や状態を示すパラメータを立ち上げ、不安げにしているウェルロッドから見える様に大型モニターへ状況を映していく。 白一色であった空間にコンクリート製の建物、木製の椅子や本棚等の家具から防御用の兵器等次々に配置され設定されていく。
「これは……訓練用のVR空間ですか?」
「お、流石に分かるかい? 今回は君達の基地を模倣して作ってあるんだよ」
「執務室まで正確に作られているなんて……いったいどうやって?」
「蛇の道は蛇さ、知らなくていい事もある……そうだろう?」
ニヤリ と笑うとウェルロッドは少し悩んだ様だったが追及を諦めてくれたようだ。 何でもない、ただM4達の映像データや基地の竣工図を見て作り出しただけだ……違法性は無い、イイネ?
そうこうしている間にも指揮官のデータを機械は収集し、VR空間に作り出した彼をコピーとして正しく機能する様に設定していく。 偶に診療台で寝ている本人が悪夢を見ている様に魘されているが直ちに影響はない……筈だ。
「後は作っておいた素体に人格を設定して……っと、これでヨシ」
「……これで正常に動くのですか?」
「ああ、その筈だよ……試しに話しかけてみるかい?」
VR空間に配置された指揮官に起動命令を出すと、画面内の彼は執務机に置かれた書類を確認し始める……うん、見ている感じに違和感はなさそうだ。 ウェルロッドの質問にマイクセットを渡し、VR内の執務室へ通信を繋げる様に設定する。
「分かりました……こほん、指揮官、お疲れ様です」
『ウェルロッド? お疲れ様、どうかしたのかい?』
「いえ、火急の事ではありませんが次の作戦について……」
画面内で指揮官が通信に気付き、手元のスイッチを操作してウェルロッドと話し始める。 少し驚いた様に言葉を紡ぐ所から、声や話し方に問題は無い様だ。 暫く雑談を交わし通信を終了したウェルロッドに感想を伺う。
「どうだった?」
「教えられなければ指揮官だと信じてしまう程でした……話し方や考え方もほぼ一致していたと思われます」
「ま、気合入れて作ったからね……よし、じゃあこの設定を保存して実験に移ろうか」
「指揮官に言われていた、AR小隊か404小隊……ですか、しかしどの様にして?」
「そこは抜かりなく、両方共今日はI.O.P.にて精密検査をしていてね、数か月に1回の定期検査だからスリープモードで待機している所さ。 そして検査は無事終了しているけどまだスリープモードは明日まで続くんだ……まあ、ここまで言えば分かるよね?」
同意なしにやるんですか……という言葉は無視する、科学の発展に犠牲は付き物デース。 最もその犠牲を最小限にする為に、安全なここでやろうっていう意味はあるんだけどね。
スリープモードに入っている404小隊の一人にアクセスし、仮想空間へデータを展開する指示を出して……ん~……まあ、最初はUMP45で良いかな。 宿舎に戻ったという体にして……よし。
「それじゃあ、実験スタート」
さて、君はどんな反応を見せてくれるかな?
404小隊、AR小隊は書こうと思くつもりです。