短い物ですがよろしくお願いします。
「誕生日を祝いたい?」
「んっ」
ある昼過ぎスプリングフィールドの運営するカフェでエスプレッソをのんびりと飲んでいた私に、普段事務的な会話しかしない副長から告げられた相談に私は目をパチパチと瞬きさせた。
偽物か? と思い目線を合わせ網膜の奥に設置されている受光部から情報を読み取る……型式番号確認、Vector本人だ。 頼んだ珈琲を添えられたティースプーンでくるくると回すだけで、今の所一口も飲んでいない。
「突然どうして?」
「親しい人にはそうしなさいって雑誌で読んだ」
「それでなぜ私に?」
「FAMASなら指揮官の隣に居る事が多いから、何か良い案があるかと思って相談した」
Vectorとの会話……会話と言うより質疑応答という方が正しいだろうが彼女の言う事は間違いではない。 この基地で副官を最初期から務めているのは私だ。 今でこそ負担を軽減させるという名目で副官は交代制となったが、指揮官の隣に居る時間が最も多い戦術人形は私だろう。
ふむ……しかしどうだろうか、指揮官に物を贈りたいと言う事だが……贈る物を仮定しシミュレートを開始……
「んー…指揮官でしたら、何を送っても喜んでくれると思いますが」
シミュレートを手作りお菓子、万年筆、ネクタイ……と考察していくが、指揮官ならば喜んで受け取ってくれるだろうという結果が出た。 むしろ誕生日を覚えてくれている事を喜んでくれそうでもあるが……
「…それでも」
「それでも?」
「他の人形より覚えていて欲しいから、相手が本当に喜ぶものを選びたい」
目線を珈琲から上げ、私に目線を合わせるVector。 綺麗な黄金色の瞳が真っ直ぐに私を見ており想いの強さを示していた。
何事も冷めた様にしか見ていなかった彼女が、ここまで強い思いを持てる事は良い事だ。 それが指揮官に対して自分の事をもっと覚えて欲しい、見て欲しいという事であるのならば尚更だろう。
「……でしたら、マグカップはどうでしょう」
「そんな物で良いの?」
以外だと言いたげに目を開くVectorに、そんなものだからこそ良いのだ と思う。 皆そうやって特別になりたいと思う人形は何かしら自分でなければ贈らない物を探したがるものだが……珍しい物や価値の大きすぎる物では指揮官は必ず遠慮するだろうし、高価な物ならあの人の興味を引けると言う物では無い。
資金ならはっきり言って指揮官の方が持って居るのだし、本当に必要で珍しい物でも彼は欲しいと思えば手に入れられるのだ。
「身近で良く使うものであり、執務室でよく目に入る物……定番かもしれませんが、それ故に他の人形は避ける物です。 ただしVectorが指揮官を思い考え、選んだ物でしたらどんな高価な物よりも指揮官に思いが届くでしょう」
東洋の言葉ですが、思いは物に宿りその物は思いを相手に届けるだろう という事だと伝える。 指揮官は東洋出身であるのなら尚更効果があるだろうと言う助言も付け加えて だ。
「……ん、ならそうする。 ありがと」
「どう致しまして、上手くいく事を祈りますよ」
グッ と一息に珈琲を飲み、請求書の置かれた付近に珈琲一杯にしては随分を大目の貨幣を置いていく。 お礼だから気にしないで良い。 そう彼女の瞳は告げていたのでありがたく受け取っておこう。 ヒラヒラと片手を振り歩いていくVectorに軽く手を振り返す……上手く行くと良いのですが……
「……マグカップって、こんなに種類があるんだ……」
FAMASからの助言を元に、マグカップを贈り物とするのを決めたのは良いのだが……今目の前で広がる雑誌や検索をかけているネット上のカタログを読み込んでいるのだが、マグカップと一口に言っても陶器の物やステンレス、保温性のあるサーモマグカップと呼ばれるものまで、素材を決めたら今度は絵柄が描いてある物か無い物か、白の無色か単色か……
FAMASが言っていた、本当に相手の事を思い贈る物ならば……という意味が何となく分かった気がする。 これは答えが複数あり、そのどれもが正解であり間違いであるものだ……そして答えは誰にも分からないものだろう。
「……指揮官に似合う物 か」
記憶媒体より保存した画像データ、動画データを呼び出し展開する。 私服の彼を見た事は無いのでグリフィンの紅い制服のみだが……そのどれもが私に気付くと微笑んでくれるものであった。
もう少し考えてみよう……私は戦う事が本分であるが、指揮官が言ってら戦う事以外に何かを見つけてみたらどうだろうか という事に、私なりに答えてみようと思ったからだ。
悩んで悩んで……ようやく決めた物は陶器の真っ白なマグカップだ。 ステンレス物でも良かったのだが光を反射しやすいので目立ってしまうのはあまり良くないと思ったのだ。
執務室の扉をノックし、返事を待ってから入室する。 指揮官は相変わらず執務机で忙しそうに書類を整理している所であった。
「指揮官」
私の呼びかけに視線を上げ、何時も通り笑みを浮かべながら要件を聞いてくる指揮官に包装した箱を差し出す。
キョトン とした顔をして私を見上げる指揮官に誕生日でしょう? と呟くと驚いた様な表情の後嬉しそうに笑って箱を受け取り開けても良いかい? と聞いて来るので頷いて了承する。
指揮官は、私の気持ちに気付いてくれる?
次は12月にお誕生日の人が居るので、スプリングフィールドが確定しています。
間に合うのか……? 頑張りましょう