「これで最後、っと」
「……はい、本日もお疲れ様でした」
最後の書類にサインし、本日の副官であるスプリングフィールドに渡す。
蒼を基調とした制服に、白いロングスカートを合わせた彼女は受け取った書類を一通り確認してくれる。
視線を書類に合わせて左右に動かしていたスプリングフィールドだがどうやら問題は無かったようだ。
最初期の頃に比べて、問題点も間違いも少なくなりましたね 等と冗談交じりにトントン と机で書類の束を整理し、決済済みの棚へと入れてゆく。
言われる通り、着任したての頃は書類の種類も提出するべき場所も分からず、FAMASや彼女に相当な迷惑をかけていたかもしれない。
双方とも丁寧な仕事を行い、指導してくれる事から副官をお願いする事も多かったのだがそれも良い思い出だ。
うんっ と一息付きながら背中を伸ばすと骨の鳴る音がすると同時に気持ちの良い感覚が襲ってくる。
大体同じ姿勢で仕事をしているから、筋肉が凝り固まっているのかもしれない。
「ふふっ、お疲れですか?」
「まあ、毎日ずっとこういう仕事だからね……偶にはのんびりしたいと思う事もあるよ」
「でしたら、振り分けられる仕事量の調整を致しましょうか? その為の副官制度でもありますし」
ニコニコと微笑みながら、彼女は腕まくりの様な仕草をする。
確かに集中力や持続力から考えても、雑務は彼女達任せた方が効率は良いだろう……が、それはそれで駄目な気がする。
と言うよりも、こうして副官として書類仕事を手伝ってくれる事自体かなり贅沢な事だろう。
自分が決済しなければならない書類と、報告書を分けてくれるだけでもかなり捗る。
1から10まで全て目を通さなければならないのと、重点にだけを集中して読み進めるのでは違うという意味でもだ。
「いいや、書類仕事と指揮で音を上げてはいられないよ。 実際敵前に身を晒すのは君達なんだから。
このくらい私に頑張らせて欲しいな」
「では、その頑張りに報いて肩もみは如何でしょうか?」
「……ん、じゃあ少しだけお願いしても良いかな」
「はい、喜んで……では、向こうの応接机の方で宜しいでしょうか?」
了解、と答え彼女の先導に従い応接机に設置された長椅子の方へと移る。
事務作業を手伝ってくれた後に、この様な事をして貰うのも少し気が引けたが……ただ肩が辛い事も事実だ。
何か別の事でお返しをする事を心の中で決め、両肩に乗せられる彼女の両手に身を委ねる。
「はい、では肩の力を抜いて下さいね……よいしょっ と」
「うっ、おおっ?」
「あっ、ごめんなさい。痛かったですか?」
「だ、大丈夫…気持ちよかっただけだから気にしないで」
変な声を出してしまった事から、痛かったのかと心配して声をかけてくる。
そうでは無い、と伝えるとどことなく安心した様子でまた指を動かし始めるスプリングフィールド。
痛い部分のコリを丁度いい塩梅で指圧してくれるので、変な声が出てしまうのも仕方がないのだ。
その丁寧な指使いに、眠気を誘われながらも彼女のマッサージを受け続けたのだった。
「ふうっ……本当に助かったよ、ありがとうスプリングフィールド」
「いえ、お役に立てたのでしたら幸いです」
血流の巡りが良くなったのか、ポカポカとする体に景気よく腕を回してみた所快調である! という返答が各所から帰ってくる。
勿論人形ではない私にそんな機能は無いが、そう思わせる程肩のコリも首の痛みも無くなっていたのだ。
「スプリングフィールドには何かお礼をしないといけないね」
「……でしたら、一つ我儘を宜しいでしょうか?」
「ああ、私で出来る事なら」
「えっと……その、お酒に付き合って頂けませんでしょうか と」
そんな事で良いのか? と言うのが最初に頭に浮かんだ言葉であった。
まあ、そのくらいお安い御用であろう。
「ああ、そのくらいなら喜んで」
「ほ、本当ですか? 嬉しい……っ!」
了承の返事を返すと、不安げに見つめていた彼女が嬉しそうに微笑む。
何時もの冷静な彼女らしくない……と言うより、こっちが素なのだろうか?
小さくガッツポーズを取っているのを見てしまうと、何時もは姉の様に頼れる人形が年相応の少女の様に見える。
「では指揮官、早速行きましょう?」
「ん? 今からかい?」
「ええ、善は急げです。さあさ、早く行きましょう?」
腕を取り急かす様に、それでも強引にならない様にスプリングフィールドが服を引っ張ってくる。
何かお礼をすると言ったのもそうだし、付き合ってあげないのは酷だろう。
「分かったよ、じゃあ行こうか」
「はい、ではこちらへどうぞ」
立ち上がり、執務室から出ようとすると自然な動作で私の腕に自身の腕を絡ませるスプリングフィールド。
当たり前の様な動作だったので、執務室を出てから数歩歩いてようやく気付いたくらいだ。
「えっと……」
「……いけませんか?」
頬を朱色に染め、俯き気味にそう言われては嫌とは言えない。
腕を絡ませた事によって、左腕から彼女の温かさと少し早い鼓動を感じる。
……柔らかい、と言う事は意識しない様にしよう、意識してしまっては自分の顔まで熱くなってきてしまう。
無言をどうとらえたのかは分からないが、彼女が歩き出したのでそれに合わせて自分も歩を進める。
それから数分の間、少し気まずい空気の中歩き続けていたのだが彼女が急に歩みを止める。
「スプリングフィールド?」
バーは人形達の宿舎から少し歩いた所にある。
執務室から移動すれば宿舎を通り過ぎてもう少し歩いた所になるのだが……
「バーでは他の人形も居るでしょうし……その、指揮官と二人で飲みたいと言いますか、一緒に居たいと言いますか……」
宿舎は既に消灯されており、非常口を示す誘導灯と月明りがぼんやりと照らしている。
窓から差し込む灯りでも分かるくらい、彼女の頬所か顔まで紅く染まっている。
「ご迷惑でしょうか……?」
少しだけ上目遣いになり、瞳が私の顔を映し揺れている。
付き合いの長い人形の一人であるが、この様な事を言われた事は始めてだ。
「いや、君に腕を組まれた時点で迷惑だったら振り払っているよ。 宿舎に誘われるとは思っていなかったけど……
お邪魔しようかな」
「……ありがとうございます」
揺れていた瞳が閉じられ、絡められた腕が僅かに締められる。
震えそうな声で絞り出した声に反し、彼女は花のような笑顔を浮かべていた。
宿舎と言っても内装を変えられる場所は人形達の共用スペースの様な物であり、その奥に個室が設けられている。
スプリングフィールドに続いて共用スペースを抜け、案内された部屋は整理された本棚、ベットに書き物用の机と一般的な部屋だ。
机の上に写真立てがあったり、本棚の中身が料理に関する本であったりと細かい差異はあるが……
ベットにスプリングフィールドが、椅子に私が座り向かい合って乾杯する。
良いブランデーが入ったのは良いが、バーに出してしまうとあっという間に無くなってしまうと思うから と私室に隠していたらしい
冬だからと言う訳でもないだろうが、温かい紅茶にブランデーを数滴入れて飲んでいく。
これまでにあった事、作戦での出来事、仲間達の事……昔話に花が咲く とはこういう事を言うのだろうか。
着任してからこうして誰かと二人っきりで飲む事なんて無かったが、こうして昔話をしながらコミュニケーションを取るのも悪くないのかもしれない。
「ふふっ、指揮官、指揮官?」
上機嫌に紅茶入りブランデーのティーカップを両手で持ち、首を傾げながら私を呼ぶスプリングフィールド。
コロコロと微笑み、頬が朱色に染まっている事から酔いは回りつつあるのだろう。
ちょいちょい、と手招きする彼女に、何の疑問も持たずに近づき……
「えいっ」
軽い声に対し、ぐいっと強い勢いで引き寄せられ背中に手を回される。
なす術も無く彼女に抱きしめられ、彼女の顔がすぐ真横にある状態だ。
僅かに香るのは香水だろうか、先ほど左腕に感じていた柔らかさが包み込む様に感じる。
「良く、ここまで私達を導いてくれました。
良く、ここまで立派な指揮官に育って下さいました。
貴方は素直に私達の言葉を受け入れ考えて作戦を立ててくれます。
貴方は私達を使い捨てにせず、常に無事帰ってこれる事に心を配っております。
私は貴方の補佐を行えて光栄です、指揮官」
ポン、ポン、と背中を優しく叩きながら彼女は私に語り掛ける。
彼女が語り、褒めてくれている事は私にとっては当たり前の事だと考えていた。
自分は戦場に立てない、指揮所で彼女達に戦えと、敵を打ち倒せと命令するしかできない。
確かに道具だと言われればそうなのだろう、見捨てたとしてもすぐに変えの効く兵器……
だがこうして話して、彼女達を近くに感じているとそんな事は出来ない。
指揮官としては失格なのだろうが……それが最後の細い一線だと私は思っている。
「……スプリングフィールドが思っている程、私は立派な指揮官じゃないよ。
でも、そう思ってくれて……ありがとう。
君達の期待に応えられる様に今後とも努力する、だから君達も力を貸して欲しい……良いかな?」
「勿論です、私は貴方が命令する限りその任務を遂行します。
書類仕事も、戦場で戦う事も、貴方が命令する事でしたら喜んで……
ですから、どうか……貴方は、貴方のままで……」
ぼそぼそ、と声が徐々に聴き辛くなると、背に回されていた手が力を無くしスプリングフィールド自体私にもたれかかってくる。
肩に彼女の顔が押し付けられ、瞳は閉じられている……スリープモードになった様だ。
恐らく許容量以上のアルコールと稼働時間に達し、居場所が自室であり安全であると判断しAIがシャットダウンしたのだろう……
目の前に男性の指揮官が居るのだが……まあ、信頼されているのだと考えよう。
「……おやすみ、スプリングフィールド」
制服のまま寝かせるのはあまり良い事ではないかもしれないが仕方がない。
彼女をベットへと寝かせ、カップやブランデーの瓶を机に纏め部屋を出てゆく。
その際に声をかけるが、勿論彼女からの返答はない。
ただ、スリープモードの彼女が少し微笑んだ様な気がしたのは間違いではないだろう。
春田さん好きに闇討ちされないか それが一番心配です(白目)