センチメンタル・ネイビー   作:夏色バレッタ

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波濤をこえて

「ここから眺める海もなかなか素敵ネ。デッキがひらけてる分、ちょっと風が強いケド……潮風が気持ちいいワ」

 

「そうですね。しかし、自分と同じ名前を持つ艦の甲板から海を見るというのは不思議なものです」

 

舳先がしぶきをあげて波を砕く。

門出を祝福するかのように、海は鈍色の「わたし」にきらめきを添える。

 

水平線の彼方で何かが跳ねた。トビウオだろうか。

跳ねては潜り、またすぐ跳ねる。

なぜすぐ沈むのに飛び立とうとするのか。

私にはどうしても、トビウオの気持ちが理解できなかった。

 

 

その日、私は観艦式に参加していた。

もっとも、観艦式とはいっても、艦娘としてではなく来賓としての参加だ。

今回新しく就役する護衛艦の名前は「かが」というそうで、同じ名前を持つ私に招待がかかったのである。

私の隣ですこし眩しそうに目を細めるのは金剛。

彼女もまた、護衛艦「こんごう」の縁で、私と同じように招待されている。

 

いずも型護衛艦かが。

私と同じ全通甲板を持つ、ヘリコプター搭載護衛艦。

私は飛行機で、この子はヘリコプター。

物は違えど、空に飛び立たせるという役割に変わりはない。

この子が私と同じ名前を受け継いだのは、はたして偶然なんだろうか。

 

 

艦娘の身で、自らの名を冠する艦に乗る日が来るとは思いもしなかった。

この「かが」は、私にとって娘みたいなものなんだろうか。

少なくとも、私にはそう感じられてしまう。

だからこそ私は思う。

ミッドウェーの無念を、この子には継がせたくはなかった。

私の慢心を、この子には知って欲しくなかった。

……私は、自分の娘に「戦い」を知って欲しくはなかった。

 

「また難しいコトを考えてるネ、加賀」

 

のんびりしているようで芯の通った声が、私の意識を引き戻す。

 

「眉間にシワが寄ってるヨ。せっかくの観艦式なんだから、もっとhappyな顔しないとダメダメ」

 

やっぱり、この人にはわかってしまう。

赤城さんとこの人にだけは、私は隠し事をすることができない。

……あと、五航戦のあの子にも。

 

「なんとなく加賀の考えてるコトはわかりますヨ。多分それは、一人の女性である前に、一隻の空母だから抱く感情デス。違いますカ?」

 

よわった。

まさかここまで見抜かれているとは思わなかった。

いくら付き合いの長い赤城さんでも、きっとここまでは見抜けなかっただろう。

もっとも、赤城さんは強い人だから、こんな感情を抱くことはないのかもしれないけれど。

 

一呼吸おいて言葉を返す。

波の音が遠く聞こえ、しかし、金剛がしっかりと耳を傾けてくれていることだけは、なんとなくわかった。

 

「金剛。私は、弱い艦娘でしょうか。艦載機(こどもたち)を飛び立たせ、帰ってくるときに迎える存在。それが航空母艦、空母です。しかし、飛び立つ先は戦場。もちろん、帰ってくることのできない子もいます」

 

どうしてしまったのだろう。

今日に限ってやけに饒舌な私がいる。

 

「私とあの子達は一心同体。あの子達が戦果に酔えばそれが私に伝わるし、あの子達が波間に消えれば、息が詰まっていくその感触すら、私にはわかる」

 

決死の覚悟を決めたプロペラのように、私の口は止まらない。

 

「我が子を戦場に送り出す痛み。その痛みが私を蝕みます。そして、いま私は、自分の分身であり、娘ともいえる存在の誕生に立ち会っている。この子もいつか、護衛艦として戦場に向かう時がくるかもしれない。遠い戦場で沈むかもしれない。消えない炎の中で、暗く冷たい海の底に」

 

体が熱い。息が苦しい。とても立ってはいられない。

それでも、私の口は止まらない。

 

「私はあと何回、子供達の死を見届ければいいのでしょう。私がまだ鋼鉄の身だった頃、私の甲板の上で、たくさんの子が語らっていました。故郷を懐かしく語るその多くは、ついに再び祖国の土を踏むことはなかった。一航戦の名に自惚れた私は、子供達の帰る場所を奪ってしまった……」

 

不意に、何かが私の身体を支えた。

麻痺した頭は、オーバーヒートした栄のように熱かった。

すこし遅れて、私は倒れそうになり、それを金剛が支えたのだと気づいた。

 

「加賀。まずは落ち着いて。ゆっくりと深呼吸よ」

 

言われるがままに息を吸いこむ。

慣れ親しんだ潮の香りが私の肺を満たす。

柔らかな栗色の髪が、風に吹かれて私の首筋を撫でる。

 

「加賀。あなたは自分で思っているほど弱い艦娘なんかじゃないわ。戦場に身を投じながら、我が子の身を案じる。それができるあなたを、誰も弱いなんて言わないし、言わせない。あなたは一航戦の加賀。自信を持ちなさい」

 

久しぶりに聞く、金剛の真剣な声。

強さと優しさに満ちたこの声が、私はなによりも好きだった。

それをいまさらになって思い出す。

 

「我が子を戦場に送り出す痛みは、戦艦の私にはわからない。でもね、加賀。護衛艦の『わたし』の誕生を見た時、私はなによりも嬉しかった。それが娘を思う気持ちかはわからないけれど……戦場に送り出す痛み以上に、誕生を祝う気持ちの方が強かったわ」

 

この人はいつもこうだ。

能天気なようで、誰よりも思慮深い。

艦隊の殿で皆を見つめ、ひとりひとりの痛みを背負う。

どんなに苦しい戦局であっても、檄を飛ばし、鼓舞する。

 

「あの子達が戦場に行くことになるかどうかはわからない。私たちと同じように、戦うために生まれてきた存在。もしその時がくれば、あの子達はきっと勇敢に戦うでしょう。でも、一番大事なのは、その時が来ないように祈り、行動することなんじゃないかしら」

 

赤城さんに先を越され、二航戦がすぐ後ろに迫り、五航戦が戦果を挙げ始めた頃。

焦りに呑まれそうだった私を、こうやって励ましてくれた。

あの頃飲み慣れなかった紅茶の香りを、穏やかな潮風が甲板に運ぶ。

 

「私たちがこの子達のためにできるのは、ただ門出を祝うことだけ。だったら、真剣に祝ってあげなきゃ駄目。この子達の気持ちがなによりわかるのは、同じ名前を持つ私達だけなんだから」

 

一度、言葉を切る。

それにね、と言葉が続く。

 

「この子達は『護衛』艦。そして、私の娘はイージス、あらゆる邪悪をはらう盾。あの頃私たちが守れなかったものを、守りたかったものを、今度は必ず守るため。そのためにあの子達がいて、私達がいる。それって、とっても素敵なことなんじゃないかしら」

 

やっぱり、この人にはかなわない。

いつだって金剛は、私にとっての「イージス」だった。

どうしてこんな簡単なことを、今まで私は忘れてしまっていたのだろう。

 

水平線の彼方でトビウオが跳ねた。

さっきまでよりずっとたくさんのトビウオが、遠く遠くに飛んでいく。

どうか沈まないで、飛び続けてほしい。

たとえ鳥になれなくとも。水面にあらがい、波濤をこえて。銀の翼をきらめかせ。

澄み渡る蒼い空にどこまでも、あの子達の想いをのせて……

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