夜が曖昧さをそぎ落とし、徐々に研ぎ澄まされてゆく。
焼け跡にとても似合わぬ喧騒は輝きを増し、蠱惑的な紫の香りが私を包む。
私は懺悔に来たのだろうか。
それとも、新たな傷を増やしに来たのだろうか。
それは誰のため、と問われても、私にはわからない。
敵と味方の区別すら曖昧になりつつある私にとって、傷を増やす対象というものは、空虚で意味を持たないものだ。
私は除隊処分を受けた。
艦娘であり続けるには、あまりにも私は「兵器」だった。
試験管の中で存在を与えられ、
肋骨の代わりに暴力と殺戮の意志を与えられたキリングマシーン。
女の肉を着た、鋼鉄と重油で形作られた存在。
海の意志に依らず、戦の過去を知らず、人に祝福されずに生まれた艦娘。
それが私だ。
私は焼け跡のバラックの隙間を縫うように歩く。
今夜もメチールで明日の光を失う輩が騒いでいる。
金を払わぬ客の頭部を、店主が一升瓶で殴りつける。
言語野が死滅するまでの一瞬は呻きで満たされ、刹那に命を散らす彼岸花が咲く。
この焼け跡に「明日」はなかった。
「明日」はずっと以前に売り切れていたし、そもそも「明日」なんて誰も望んではいない。
九九艦爆の、二五〇キログラムの炎がすべてを買い漁っていった。
遠い海の向こう、かつて私が住処とした煉瓦と鈍色で形作られた虚構の箱庭で、それは大事に、されど豪奢に、消費されていく。
私は梅色の毒に彩られた戸を叩く。
戸の隙間から対の、琥珀色の沈殿した愛が私を見つめる。
彼は私を招き入れる。
私はかつて「街」と呼ばれたこの場所からすべてを奪い、さらに彼から奪い取ろうとしている。
しかし、彼は私を与える者だと思うのだろう。
今までも、そしてこれからも。
彼は明日を迎える期待と、行き場のない孤独を知る手つきで私の差し出す金を受け取る。
かつて血と炎の対価として与えられたそれを、彼は数え、戸棚にしまい込む。
そうして、私を薄汚れたシーツに誘う。
思い入れのない異国の地で、苦悶に歪む彼の顔を私は見つめる。
きしむスプリングが、私の本能を刺激しようと咽び泣く。
私を証明するかのように、彼は私の髪を掴もうとする。
私の死滅した蛋白質は、彼の手の中に留まらず、さらさらとこぼれおちていく。
単一の意志に彩られた衝動が、私を知って、その儚い命を終える。
彼は傷だらけの私の背をなぞる。
体温をもう知ることのない肉の抉れが、今夜も彼の涙を誘う。
生きるための衝動、それをねじ込む暴力。
自然がつくった当たり前のシステムなのに、彼はそれを望んでいない。
私はそれを知っていて、金と引き換えに、今夜も彼の獣性を買う。
望まれる暴力があったとして、望む暴力はあるのだろうか。
私はたくさん殺してきた。私はたくさん沈めてきた。私はたくさん焼き払ってきた。
それは私に望まれたこと。私が生を受けた理由。
使命と運命に彩られたわけではなく、ただ組織の都合で「建造」された私たち。
私が、海から生まれ、海で出会い、海に消えていけたなら。
私は、勲章の価値を覚え、命の価値を訴え、敵の価値を尊ぶことができたのだろうか。
「
だから、私はこの思考を、手早く静かに片付ける。
私には彼がわからなかった。
奪われて、すべてを失ってなお、与えようとする彼がわからなかった。
知ってか知らずか、すべてを奪った私に与えようとする彼がわからなかった。
だから、私は彼に暴力を望む。
私が与えられるものは、暴力だけだから。
私が与えられるのは、望まれた暴力だけだから。
私が与えられるのは、暴力を望むことだけだから。
そうして私は彼の「明日」を人質にして、今夜も彼の暴力を買う。
彼の望まぬ彼の暴力を、私は買う。
望む暴力はここにあった。
でも、私は気づかないふりをして、今夜も彼の暴力を買う。
一羽の夜鷹が、抱えた獣性を嘆いて啼いた。
一羽の夜鷹が、望まれた獣性を呪って啼いた。
一羽の海鷲が、望んだ明日を願って啼いた。
一羽の海鷲が、殺した夜鷹を呪って啼いた。